アンセオリー・オンパレード
朝靄の残る大路を、規則正しい息を吐きながら駆ける。
色づき始めた街路樹が、葉に乗せた露を光らせ、時折キラリと輝く。
「あいつ、もう起きてるかな。」
朝日を受けて、鮮やかな色を取り戻し始めた町並みは、大きく手を広げ
彼女の元へと、いざなってくれているようだ。
「今日こそは、一番乗りしなきゃな!」
その為に、今朝はいつもよりかなり早く起きた。
もともと寺院の朝は早い。
だが、炊事・掃除・その他の雑用をこなしていたら、いつのまにかすっかり明けてしまっている。
それから花梨の元へ出かけていたのでは、他の連中が出かけてくるのと大差のない時間になってしまうのだ。
ごく近しい人間はイサトの、八葉としてのもうひとつの顔を知っているから、
無理を言えば、雑用から解放してもらえないこともないのだが、
負けん気の強い彼は、それを拒んでいる。
それに考えてみれば、他の八葉も皆、本来の仕事持っているのだ。
自分だけ、仕事から解放されるのはフェアではない。
「ま、あいつは別かな。いっつも仕事がないってふてくされてるもんなあ・・。」
ふと、イサトに負けず劣らず、負けん気の強い乳兄弟の顔が浮かんだ。
普段から暇なせいか、花梨のところにはよく顔を出しているようだ。
時折、来ていないと思ったら、理由が「遠乗り」だったりする。
「ふざけた・・・やつだぜ・・・。」
さすがに息が上がってきた。
だが目指す屋敷はもう、すぐそこだ。
この時間なら、間違いなく一番乗りだろう。
花梨が起きたらすぐに、『一緒に行こう』と誘いにいこう。
自然と笑みがあふれてくる。
だが、イサトがラストスパートをかけようとしたその時。
大路の向こうから走ってきた馬が、紫姫の屋敷の前で急にスピードを落としたと思ったら、
スッとその門の中に消えた。
「・・・え?」
今のは、なんだかものすごく、見覚えのある姿だったような気がする。
あれは確か・・・。
「・・・・・あ〜〜、あのヒマ人!!」
近いくせに馬で来るなんて、反則だ。
イサトは怒りに任せ、ラストスパートを通り越して、猛ダッシュをかけた。
「ちょっと待て、勝真ぇぇー!!」
Illustration by 紫翠様 (自由京)
☆
「あ、あの・・・。」
一体、なにが起こっているのだろう。
いつもなら、紫が最初に朝のあいさつに来て、それから八葉を通してくれる。
それが、この京での一日の始まりである。
だが、今朝はまだ夜具の中でまどろんでいるうちから、急に部屋の外が騒がしくなった。
「先に屋敷に入ったのは、俺だぞ!」
「馬で来るなんてずるいぞ、てめえ!」
「年上に向かって、『てめえ』だあ?」
「うるさい、こんな時だけ兄貴面すんな!!」
微妙に脱線しかかった言い合いをしながら、声が近づいてくる。
「お、お止めください、お二人とも・・・! いえ、どうかお待ちください・・・!」
だが、必死で止める紫の努力もむなしく、次の瞬間には大の男が二人、我先にと部屋に転がり込んできた。
「え、ええ!?」
花梨は、慌てて飛び起きると夜具を引き寄せた。
「あ、あの・・・、どうしたんですか、二人とも・・・。」
せめて、着替える時間くらい与えて欲しい。
「み、神子さまぁぁ・・・。」
数瞬遅れて、今にも泣き出しそうな顔をした紫が、駆け込んできた。
「お、お二人とも困ります・・・、神子さまはまだお休み中で・・・!」
だが、花梨の状態も、紫の言葉もあっさり無視した二人は、我先にとまくし立て始めた。
「花梨、今日は俺と一緒に出かけようぜ、な、な!?」
「花梨、先にここへ来たのは俺なんだ、誘う権利は俺にあるよな!?」
「花梨、俺、今朝はいつもより一刻も早く起きて、寺の用事も全部済ませてきたんだ、
その努力をかってくれるよな!?」
「花梨、俺だって、いつもより念入りに馬の手入れしてきたんだぜ!?」
花梨、花梨と枕詞のように頭につけている割には、
当の彼女ではなくお互いの顔をにらみ合いながら、まくし立てている。
花梨は、そうっと几帳の陰に隠れると、手早く衣装を整えた。
だが、お互い相手を蹴落とすことしか頭にない二人は、それには全く気づいていないらしい。
「み、み、神子さま、殿方の前で・・・!」
唯一、紫だけが、着替えて出てきた花梨を見て、卒倒しそうな顔をしている。
(大丈夫、全然気づかれてないから。)
花梨は、紫に向かって微笑みかけると、軽くウインクをした。
そして大きく深呼吸をする。
「う、る、さ〜〜〜い!!!」
二人の前に仁王立ちになった花梨の声が、屋敷中に響き渡った。
し〜〜〜ん。
屋敷の中の空気が止まった。
勝真とイサトも、豆鉄砲をくらったような顔で、呆気に取られて止まっている。
論戦中(?)だったために、半開きのままの口が、なんとも間抜けだ。
花梨は呼吸を整えると、二人に向かって、できる限りの威厳をかき集めて言った。
「わかりました。今日はお二人と一緒に出かけることにします。・・・ただし!」
「「・・・は、はい!」」
その剣幕に押された勝真とイサトは、思わず正座をし、背筋を伸ばして返事をした。
さすがに気心のしれた乳兄弟、声が見事にハモっている。
「ただし、今日はお札集めを中心に、五ヶ所は回っていただきます。」
「「ご、五ヶ所・・・!?」」
一体、何を言い出すのだろう。
「ちょっと待て、花梨。札を手に入れるだけでもかなり気力を使うのに、そんなに回ったら・・・。」
「そうだよ、おまえ、倒れちまうぞ?」
思わず腰を上げ、反論しようとする二人を両手で制すると、
花梨はちょっと思案顔をした。
その様子に、思い留まってくれるのかと、二人がホッとしたのも束の間、
花梨はまた、とんでもないことを言い出した。
「ん・・・、じゃあこうしましょう!
今日は勝真さんとイサトくんが中心になってお札を集めてください。私はサポート役にまわりますから。」
・・・はい???
「あ、それと、ひとつも取れなかった場所では、もう一度やり直しですからね。」
「そ、そんなの・・・」
「・・・ありかよ!?」
ひとつの場所で何度もやり直すことはできないはずだ。
だが、花梨はしれっとした顔で、事も無げに言い放った。
「ありですよ〜。神子にとって(リロード)は常識です。」
・・・それは、この世界の常識か・・・?
☆
あの後、二人は花梨の無茶苦茶な注文に抗議しようとしたが、
嫌なら他の八葉と出かけます、と言われ、しぶしぶ付いてきた。
「なんで、こんなことになったんだ? 今日は花梨を遠乗りに誘おうと思っていたのに。」
勝真がぶつぶつ呟やきながら、イサトをにらんだ。
「なんだよ、俺のせいかよ?」
いつもより早く起きた上に、朝から全力疾走をしたので、かなり眠い。
イサトはあくびをかみ殺しながら、勝真をにらみ返した。
「俺はなあ、朝から一通りの雑用、片付けてきたんだ。どっかのヒマ人とは違うんだよ。」
「誰がヒマ人だよ!?」
また言い争いを始めようとする二人の間に、花梨が首を突っ込んだ。
「お二人とも。帰ります?」
鶴の一声である。
そうこうするうちに、祇園社に到着した。
「お! 花梨、ここなら属性が同じだから、俺は二回できるぜ、がんばれ・・よ・・」
イサトは嬉しそうに花梨に話し掛けたが、彼女の意味ありげな笑顔を見て、あっと小さく呟いた。
「じゃなくて、俺ががんばるんだっけ・・・。」
そうそう。
花梨がにこにこと頷く。
自分に有利な土地だから仕方がない。
ここは自分ひとりでやることにしたイサトは、改めて境内を見回した。
ここでの札入手方法は・・・。
「げ!? 貝並合見ぃ?」
苦手である。
はっきり言って、向いてない。
思わず、助けを求めるように花梨を見たが、彼女は相変わらずにこにこ顔でこちらを見ているだけだ。
ドッと疲れが出るのを感じたが、今更後にはひけない。
まぐれで一組でも当たるのを祈ろう。
「がんばれよー、イサト。」
勝真が、へらへらと笑いながらこちらを見ている。
「うるさい、黙ってろよ!」
イサトは、睨みを利かせて勝真を一瞥すると、次に、中身を透視しようかというくらい気迫をこめて、貝を睨んだ。
チャンスは4回・・・。
まず、あれとあれをめくって・・・。
次は、あっちへ行ってみて・・・、それからこっち・・か?
その間にどれか当たるかも、だな。それで・・・。
・・・あれ? どれからめくるんだっけ?
訳がわからなくなってきた。
「だあ〜〜! もう何でもいい!!」
イサトは半分ヤケになりながら、手近な2個の貝を開けた。
その瞬間。
ゴォ〜〜ッ!!
「うわっ!?」
スッコーン!
いきなり突風が吹き荒れ、風に巻き上げられた貝がひとつ、イサトの額を直撃した。
「・・・・・・。」
「あ、あの、イサトくん? だいじょう・・・ぶ?」
背を向けたまま、固まってしまったイサトを見て、花梨が恐る恐る声をかけた。
「・・・てやる。」
「え?」
「・・全部、手に入れてやる・・・。 貝なんかに馬鹿にされて黙ってられるか!!」
〜続 く〜
すいません・・・。 たいした内容でもないのに、またしても前後編・・/// しかも改めて読み返してみると、何これ?って感じです(汗) 前作を引きずる傾向のある私にとって、勝真、イサトのシリアス系ストーリーから スパっと頭を切り替えるのに苦労しまして・・(^^; って、言い訳言い訳・・・。 (2003.12.15) |