必死に笑いをこらえながら木の幹をたたいている勝真を尻目に、
大奮闘したイサトだったが。結局------。

「中回復の札が二枚かよ・・・。」

もうすでに、丸一日分の気力を使い果たした気分だ。






「で、次はどこへ行くんだ?」

可もなく不可もなくだが、いいところもなし状態のイサトを見て、気を良くした勝真が花梨に問い掛けた。

「そうですねえ・・・。」

花梨は、懐から手帳のようなものを取り出し、パラパラとめくって何やら考え込んでいたが、
やがて何かを思いついたように頷くと、それをパタンと閉じてにっこりと笑った。










「お、ここか!」

小川に架かった小さな橋、一条戻り橋を渡ると、草むらの中で白っぽい影がちょこまかと動いているのが見えた。

「ここ、勝真さんの好きな場所ですよね?」

花梨がにっこり笑いかける。

その笑顔に、『覚えててくれたのか』と勝真は感動しかけたが
花梨はまた例の手帳をチェックしながら言った。

「そして、属性も同じ。ということで札集めには有利ってことですね。」

「・・・・・・・・。 ま、まあ、そうとも言うが・・・。」

ふと見ると、花梨の後ろに立っているイサトが、勝真を指差しながら、声を出さずに大笑いしている。

「〜〜〜〜・・・。」



「じゃあ、ここは勝真さんにお任せしますね。」

どうやら花梨は、今度は勝真にやらせようとして、わざわざここを選んだらしい。




一瞬、期待したのにな・・・。

まあ、いい。
ここでパーフェクトを出して、株を上げ、後ろで大笑いしているイサトを黙らせてやる。



勝真は気を取り直すと、辺りを見回した。



ここは確か・・・。
そうだ、うさぎに餌をやれば良いのだ。
楽勝じゃないか。



勝真はほくそ笑んだ。






「よーし! ほら、うさぎども、餌だぞー!」

顔を出したうさぎに、手当たり次第、餌を投げる。
そのうち、満腹になったうさぎが一匹、二匹と札や紙を出してきた。

よしよし、この調子。この調子。

だがその時、もう充分食べたはずのうさぎが、何も出さずに巣穴に引っ込んだ。

「あ、おまえ食い逃げかよ!?」

目ざとく見つけた勝真は、思わず、手にしていた人参を巣穴に向かって投げつけた。
だが運悪く、ちょうど顔を出した別のうさぎに、ぶち当たってしまった。

「あ、わりぃ・・・」

勝真は素直に謝ろうとしたが、一瞬固まったうさぎは次の瞬間、勝真の顔めがけて突進したかと思うと、
バネの利いた足で、お返しキックを見舞った。

「〜〜〜〜〜っ! いきなり何しやがる!! 謝ったじゃねえか!」

勝真は抱え持っていた餌を放り投げ、そのうさぎを追いかけようとしたが。
運の悪いことに、放り出されたそれらの餌は、ことごとく他のうさぎたちを直撃した。

怒ったうさぎたちが、束になって、勝真に襲い掛かる。

「おわっ!? や、やめ・・・!」





「・・・・。勝真、子供の頃とちっとも変わってねえなあ・・・。」

離れたところで傍観していたイサトが妙にしみじみと呟いた。

「イ、イサトくん、助けなくていいの!?」

うさぎと格闘している勝真を見ながら、花梨がおろおろとイサトに声をかけたが、
イサトは、頭の後ろで腕を組み、相変わらずのんびりしたまま言った。

「ああ、放っときゃいいって。たぶんそのうち・・・。」






「て、てめえら、いい加減にしやがれ! ・・・・・くらえ!神鳴縛!!」

あちこちに生傷を作り、髪も衣も泥だらけになった勝真が、いきなり術を放った。






「な!」

イサトが得意げに微笑みかける。



「・・・・・・。」



なっ。

・・・じゃなくて!

「イサトくん、何、納得してるのよ! 勝真さんも、うさぎ固まらせてどうするんですかー!!」










結局ここでも、手に入ったのは、札と紙がひとつずつ。

「ま、まあ、『やり直し』とか言うやつにならなくて良かったぜ。なあ?」

勝真が、妙に冷めた雰囲気を何とかしようと、無理に明るく言う。

「そ、そうだよな! 一応ほら、もう四つも手にはいったし・・・な。 は、はは・・・。」

話を振られたイサトも、半ば引きつりながら、笑顔を浮かべる。


(・・・おい、何とかしろよ。なんでおまえのせいで俺まで怒られなきゃならないんだよ!?)

イサトが声をひそめながら、勝真を小突いた。







『きゃあぁぁぁ・・・! う、うさぎさんたちー!!』

あの後、花梨の必死の介抱で、なんとか元の状態に戻ったうさぎたちは、元気に巣穴へ帰っていった。

だが・・・。

花梨が口を利いてくれない。
勝真はもちろん、勝真がああいう行為に出ることを予想しながら、傍観していたイサトも同罪、ということらしい。





(なあ、次はどこへ行くんだ?)

(知るかよ、おまえ聞いてみろよ。)

小突き合いながらこそこそ言っていたのが聞こえたのか、前を向いたままの花梨がくぐもった声で一言、言った。

「次は、北山です。」










こ、こわい・・・。











ずんずん歩いていく女の子の後を、互いに小突きあいながら付いて行く男二人、
という間抜けな姿を京の街に晒しながら、やっと北山に到着した。

「ここは確か、蹴鞠じゃなかったか・・・?」

勝真が、さりげなく後ずさりする。

「あ、こら、逃げんな! あれって貴族の遊びだろ、おまえ行けよ! 少なくとも俺には縁がないぜ。」

根っから庶民のイサトは、自分には関係ないとばかりに胸を張っている。
だが、貴族とはいえ、勝真の家は下級貴族、蹴鞠に縁がないのは、似たり寄ったりだ。
それに、もし心得があったとしても、馬や弓が得意な勝真には、どう考えても不向きな遊びである。

なんとか逃れようと、押し付け合いを始めた二人を尻目に、花梨はキョロキョロと辺りを見回した。
木の向こうに、その姿を見つける。

「いたいた、泰継さ〜〜ん!」

「や、泰継・・・!?」

勝真とイサトは呆気に取られて、花梨と、その先にいる男を見つめた。

「あ、お二人とも、ここは私がやりますから、見てるだけでいいですよ。」

花梨が振り返って、いつもの笑顔を見せる。
どうやら、歩いてるうちに機嫌は直ったらしいが・・・。

「なんで泰継が・・・」

「・・・出てくるんだ?」






無駄のない身のこなしで、三人のもとへやってきた泰継は、
ポカンと口を開けたまま、こちらを見ている勝真とイサトに向かって
いつものポーカーフェイスを見せた。

「なぜとは・・・。なんとも間の抜けた質問だな。私の庵はこの辺りにあると言ってはいなかったか。」

「・・・じゃなくて! 今日はこの面子で回ってるのに、なんであんたが出て来るんだよ!?」

泰継のいつもの脱線トークに、勝真はいきなりキレそうになったが、
泰継は、何がそんなに不思議なんだと言わんばかりに、いつもの無愛想な表情のままで事も無げに言った。

「ここで、神子が蹴鞠をするときは、いつも私が手助けすることになっているが?」






・・・はあ?


(おい、イサト、おまえ知ってたか?)

(知るわけねえだろ!? だいたいここって、あいつの属性とは違う土地じゃなかったっけ?)

(いや、それ以前に、なんで花梨の供じゃないのに、手助けなんてできるんだよ!?)


「だから、ここに私の庵があるからだと、先程から言っている。」

後ろを向いてこそこそと言い合っていた二人に、スッと近づいた泰継がおもむろに声をかけた。

「「うわあ!!」」

心臓に悪い。

「あのね、ここは泰継さんのおうちがある場所だから、術がかけやすいんですって!」

「術・・・?」




泰継の不親切極まりない説明と、花梨の全く要領を得ない説明を総合したところによると、
要するに、結界のようなものを張るという事らしい。

それにより難しい球筋の鞠も、さりげなく軌道を変え、自ずと花梨の元へ落ちてくるのだ。
もちろん、結界自身は目に見えないので、相手には気づかれない。



「そ、それって・・・」

「ズルじゃないのか・・・?」

どう考えてもフェアではない。
だが・・・。

「なぜだ? 八葉とは、神子を守り、神子の手助けをするものだ。
おまえたちこそ、その自覚が足りないのではないか?
そのくらいのことが出来ぬようでは、神子の供など任せられぬぞ。」


・・・逆に説教されてしまった。


でもやっぱり、

「なんか違うよな?」
と顔を見合わせる勝真とイサト。




「だからね、ここでのお札集めはいつもパーフェクトなんですよ。泰継さんのおかげですよね!」

そんな二人の反応には気づかない花梨が、泰継ににっこりと微笑みかけている。

すると、どうした加減か、泰継はそれまでの無愛想な表情をみるみる崩した。

「神子・・・。」

そればかりか、信じられないことに、わずかに頬まで赤らめている。



「「・・・・・!?」」

(お、おい、イサト、見たか・・・!?)

(あ、ああ・・・なんかすごいもん見たような気がする・・・!)

(もしかして、あいつ・・・?)

(マ、マジかよ!?)

こんなところに、意外な伏兵がいた。

ライバルは、こいつだけじゃなかったのか・・・!
勝真とイサトは、お互いの顔と、泰継、そして相変わらずにこにこと微笑んでいる花梨を見比べた。


これはもう、ここ北山での札集めがフェアかどうかなんて、どうでもいい。
あの嫌味な上流貴族に一泡ふかせられる場所が、一ヶ所くらいあったって良いではないか。
ズルであろうがなかろうが、最早、知ったこっちゃない。


そんなことより・・・。


『花梨のハートを射止められるのは、いったい誰か!?』

焦点はその一点に絞られた。

見たところ、泰継にはまだ、勝真やイサトのような自覚はないらしい。
その前にまず、自分の変化を理解し、受け入れのが先だろう。

そして花梨は・・・。
そんな男たちの想いには全く鈍感な、天然少女である。

ということは、やはり・・・。
お互いの顔を見る。

((まずは、こいつか!!))





〜振り出しに戻る。〜












(今日は早く帰って・・・)

(さっさと寝なきゃな・・・!)

明日こそは、相手を出し抜いて、一番乗りを決めねばならない。




ふと見ると、もう日が傾きかけている。
秋の日はつるべ落としだ。

「花梨、ここでの蹴鞠が終わったらもう帰ろうぜ。暗くなってしまうぞ。」

「そうだよ、やっぱり、五ヶ所めぐりなんて無理だぜ。」

内心の思いとは裏腹に、絶妙に息の合ったところを見せる二人。


「そうですねえ・・・。」

花梨は頬に手を当てて、思案し始めたが、その様子を見た泰継が声をかけた。

「神子、まだどこかへ回ろうと思っているのか? では、私が供についてやろう。」

「ほんとですか?」

花梨が嬉しそうに泰継を振り返る・・・が。


「「ちょっと、待てーー!!」」

見事に声がハモった。

途中で供の人間が代わるなんて、聞いたことがない。
いくらなんでも、そこまで見過ごすわけにはいかない。

だが、それを聞いた泰継が、不信そうに二人をにらむ。

「なにか、問題があるのか?」

その様子に、勝真とイサトは、何かがプチっと切れる音を聞いた。

「あんたなあ、」

「もうちょっと、」

「「ルールってもんを理解しろよ!」」











どこからか、烏の鳴く声が聞こえてくる。
横から差し始めた黄色い光の中、洛中への道を三人で歩く。

蹴鞠の後、まだ二ヶ所回ろうとする花梨と、勝真とイサトを無視してついていこうとする泰継を
力ずくで引き離し、なんとか帰路についた。

思えば、今日は最初から最後までセオリー破りな一日だった。

いや、まず最初に屋敷を訪れたときに、「紫姫の取次ぎを通す」というルールを無視したのは
勝真とイサトなのだが。

とはいえ、その後は振り回されっぱなしだったような気がする。



(なんか、無茶苦茶・・・)

(疲れたぜ・・・。)



だが、弱音など吐いてはいられない。

明日は、もっと早起きをするのだ!!


















すっかり日が昇り、人通りの増えてきた大路を、全力疾走する。

「し、しまったぁぁぁーー!!」



乱れがちな蹄の音が、辺りを蹴散らしながら大路に響き渡る。

「お、俺としたことがーー!!」











「あら、お二人とも・・・。今日はお休みだとばかり・・・。」

朝の一仕事を終え、静けさを取り戻した屋敷で、紫がおっとりと出迎えた。

「神子さまなら、とっくの昔にお出かけになりましたが・・・?」

「「だ、誰と・・・!?」」

図らずも、ハモってしまう。

「はい、今日は朝早くから泰継殿がみえられていて、お二人でお出かけになりましたわ。
他の八葉の方々も、皆さま、お仕事に向かわれたようですが・・・。」

紫は小首を傾げながら、「今ごろ何をしに来たんだろう」という目で勝真とイサトを見た。
二人は、お揃いのように、額に縦線を走らせたまま、止まっている。


「それにしても、お二人とも仲がよろしくて・・・乳兄弟とは良いものですわね。」

昨日も今日も、同時に屋敷にやって来るとは。
それも、二日続けて的外れな時間に、だ。

紫は、上目遣いに二人を見ながら、くすりと笑った。


「な、仲なんて・・・!」

「・・・よくねえよ!」


昔はともかく、今はライバル関係だ。
たとえ乳兄弟といえど、お互い一歩も譲るつもりはない。

紫の前に並んで立っている二人の間に、バチバチと火花が飛び散った。






(明日こそは絶対・・・!)

(一番乗りを決めてやる・・・!)







勝真とイサトの低レベルな争いは、まだまだ続くのであった。








〜fin〜










アンセオリーとつけたからには、と思って書いていたのですが・・・
外しすぎ・・・?(大汗)
泰継さんが出てきたのは、全くの成り行きです(笑)
祇園社・一条戻り橋と来て、次に蹴鞠の出来るところというと、方向的に北山くらいしかなくて。
最初は「まろ」さんを出そうかと思ったのですが、あんなの(笑)出したってつまんないし・・・、
北山といえばやっぱり彼でしょうvvということで(^^;
相変わらず、行き当たりばったりの創作でしたm(_ _)m
(2003.12.22)