想心を梛にのせて 3




「ちょっと聞きたいんだけど。」

部屋へ戻る途中。
天鳥船の回廊で彼の後姿を見つけたとき、那岐は思わず声をかけていた。

「なにか?」

いつもどおりの無表情な顔で忍人が振り向いた。
が、その顔を見た那岐は、思わず噴出しそうになった。

「あんた、それ…。」

鼻の頭が擦りむけて赤くなっている。
大したことないからと何の手当てもしていないのだろうが、この表情にこの鼻は、かなり笑える。




illustration by 喜一さま



「俺の顔がどうかしたか。そういえば先ほどから、すれ違う者が皆、あからさまに目を逸らせて通り過ぎていくのだが。」

「なるほど、そうだろうね。」

布都彦やサザキあたりがこんな傷を作っていたら、からかい半分に声をかけられるだろうが、
相手が葛城将軍では皆、どう反応したら良いのか困るに違いない。

だがきっと、彼の知らないところで格好の話題になっていることだろう。

「さっきは…悪いことしたね。」

大笑いしそうになるのを必死にこらえつつ、半分同情をこめて、那岐はやっとのことでそう言った。

「ほう? 君が謝るなんて珍しいな。だが、先ほどの件なら俺も謝っておこう。
あの程度の攻撃でそこまで大きな怪我をするとは思わなかった。もう少し手加減が必要だったようだな、すまなかった。」

「…は…?」

忍人はなんの悪気もなく言っているのだろうが、思いきりバカにされているような気がする。

「この包帯は、千尋に無理やり巻かれたんだよ。」

「それで何の用だ。君のことだ、そんなことを言いに来たわけではないだろう。聞きたいこととは?」

ムッとした那岐に気づいたわけではないのだろうが、忍人はそう言って話題を変えた。

「そうだった。」

さっさと用を済ませてしまおう。

「さっき千尋に何か見せられてたよね。」

「二の姫が抱えていた問題の原因か?」

それを聞いた忍人は、フッと笑みを漏らした。

「手助けをしようとした俺の邪魔をしておきながら、結局彼女とはまともに話せていないのか。
君もよくよく損な性分だな。」

「…っ…。放っといてくれ。」

こんなヤツに聞いたのが間違いだった。どこまでも人の神経を逆なでするヤツだ。

「やっぱりいい。」

余計なことをしてないで、やはり部屋へ帰って寝よう。
那岐はふいっと顔を逸らせると背を向けようとした。

「ナギの葉だ。」

そこへ忍人の声が追いかけてきた。

「…?」

「姫が気に掛けていた代物だ。屈強な葉のはずだが、少しほころびているように見えたな。」

その言葉に、忍人の方へ向き直る。

「あれは君が彼女に渡した物だろう? 君が解決してやるのが筋というものだな。
用件がそれだけなら、俺はこれで。」

思案顔になった那岐を見て返事がないだろうと悟ったのか、あるいは最初から返事など待っていなかったのか、
忍人は一方的にそう言うと、スッと背を向けて歩き去っていった。

その後ろ姿を見送りながら、那岐は彼の言葉を小さく反芻した。

「ナギの…葉…。」






「那岐にもらった大切な葉なのに…。だんだん萎れてきたみたい。」

一方、千尋は那岐が去った後もひとり、秘密のベランダにいた。

手の中にはナギの葉。
青くて堅い葉だが、いつも持ち歩いていたせいか、少しずつ生気がなくなってきたように思う。

那岐に相談しようと思って探し回っていたが、いざ本人を前にすると、言い出しにくくなり躊躇してしまった。
結局、つまらない意地を張って喧嘩別れ。

「はぁ…。私ってバカ…。」

ナギの葉を持ち上げて日にかざしてみる。
すると、明るい光に縁取られてその輪郭が浮かび上がった。

「箱にでも入れて、しまっておこうかな。」

そうすれば、これ以上ボロボロになることはないだろう。

「…ほんと馬鹿だな、千尋は。」

「えっ?」

突然降ってきた声に、千尋が慌てて上を見上げると、堅庭の先端部分から那岐がこちらを見下ろしていた。

「お守りは身に着けてないと意味がないだろ。」

そう言いながら、軽い身のこなしで降りてくる。

「那岐…。部屋に帰ったんじゃなかったの。」

「気が変わった。」

那岐は壁面のくぼみに足をかけ、少し降りたところで、あとはヒョイと跳んで着地した。




illustration by 喜一さま


「こんなにいい天気なのに、狭い部屋で寝てるなんてもったいない。」

「じゃ、サザキに船を着地させてもらって、みんなでバーべキューでもする?」

那岐が戻ってきたのが嬉しかったのだろう、千尋は先ほどの喧嘩別れの件には触れずに、照れたように笑った。

「なんでそうなるのさ。」

その笑顔がなぜかいつもより輝いて見えて、那岐は思わず目をそらせ、ぶっきらぼうにそう言った。

「貸してみなよ。」

「え?」

「それ。ナギの葉。」

那岐は千尋の手から葉をつまみ上げると、陽の高さにかざしてみた。
確かに少し萎れた感じがする。
千尋が持ち歩いていたせいもあるだろうが、彼女に降りかかった厄災の幾分かは代わりに受けてくれたのだろう。

「浄化が必要だな。」

「元に戻るの?」

「見た目より中身の問題だよ。ずいぶん陰の気を吸収してるみたいだからね。」

浄化するならば、豊かな森を育てている肥沃な大地が良いだろう。

「次に地上へ降りるのはいつかな。食料の補給も必要だし、そろそろどこかに立ち寄るはずだけど。」

「あ、やっぱりバーベキューしたいと思ってるんだ?」

それを聞いた千尋が嬉しそうに言う。

「……千尋、僕の話聞いてた?」

那岐は思わずこめかみに指を当てて目を閉じた。

だがその時、突然、ガクンという衝動とともに、唐突に体が浮揚感に包まれた。

「え?」

どうやら、天鳥船が急速に高度を下げ始めたらしい。
それも、落下に近い感じだ。

「なんだっ、 いきなりどうした…っ。」

強い風が巻き起こり、気を抜くと飛ばされそうになる。

「きゃっ!」

千尋がバランスを崩して、宙を舞うように背中側へ倒れこんでいく。

「千尋っ。」

那岐は、自分もひっくり返りそうになるのをかろうじて堪えながら、千尋の腕をつかんだ。

「誰だよ、こんな乱暴な操縦するのは! それともまた墜落するのか?」

千尋を胸の中に引き寄せ、近くの木の大振りな枝をつかむ。

ここは堅庭の端の端、数歩向こうは崖っぷちだ。
いつかのように墜落するのであれば、簡単に吹き飛ばされてしまう。

那岐は千尋をぎゅっと抱きしめた。






「おい、どうなってんだ! また何かに引っ張られてるのかっ?」

船の唐突な動きに、サザキは血相を変えて操縦室に飛び込んだ。

「親分〜〜〜。」

サザキの手下たちが、情けない顔で彼を振り返る。
が、その中に意外な後姿を見つけて、サザキは思わず止まった。

「…って、あんた…。こんなところで何やってんだ?」


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那岐の話なのに、どうしても忍人さんが戻ってきてしまうっ。
もうこうなったら、とことん付き合って頂きましょうっっ(><)

…と、半分投げやりになりながらも、実際は楽しんでおります。

とはいえ、長めの話になると、いろんなキャラが出てきて
ワイワイガヤガヤって感じになることが多いのですが、今回は少ない方ですね(^^)
その分、関わり方が濃い忍人さん(笑)

さて、なかなか甘くならないカップルなので、ちょっとトラブルに巻き込まれてもらいましたv
このくらいしないと、那岐は千尋に触れてくれないので。

( サイト掲載日 2010 .1. 6 )



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