想心を梛にのせて 4




「見ればわかるだろう、船を着地させようとしている。」

忍人が、何が悪いという表情でサザキをちらりと見た。

「船長は俺だぞ! それに着地させるなんて話、ひとことも聞いてないぜっ?」

「どちらにせよ、食料や武具の調達が必要な頃だろう。」

忍人は、舵を握ったまま全く悪びれることなくそう言ってのけた。

そんなやりとりをしている間にも、船は忍人の操作に忠実に動き、船内のあちらこちらから
悲鳴やら怒号に似た声が響いてくる。

「それはそうだが…って、とにかく舵を放せ! そんな無茶苦茶な操縦してたら地上に突っ込んじまうっ。
おまえらも大事な舵を、素人に簡単に明け渡してんじゃねぇ!」

サザキは部下を怒鳴りつけたが、そうは言っても忍人相手では敵うはずもない。

「だって親分、葛城将軍ですよぉー。」

案の定、部下たちは、狼に睨まれた羊のように縮こまっている。

「ちっ、どけっ。」

サザキは小さく舌打ちをして、忍人から舵を取り上げた。

「おまえら、さっさと部署に戻れ。 船の体勢を立て直すぞっ。」

「へ、へいっっ。」

それを見た日向の一族が慌しく動き始める。

「サザキ。」

彼らの蚊帳の外に追いやられた忍人は、しばらくその様子を眺めていたが、ふと思い出したように声を掛けてきた。

「なんだよっ。」




illustration by 喜一さま


なんとか船のコントロールは取り戻したが、ここまで高度を下げてしまっていては、このまま着陸させるしかない。
サザキは、その声にうるさそうに返事をした。

「停泊地は、あの森の近くにしろ。」

「はぁ!? なんでだ。」

この状況の中、どこまでも上から目線な態度にキレそうになる。

「その方が姫にとっても都合が良いだろうからな。」

「姫さん? なんの話だ。」

「いやなら、俺が舵をとっても良いが?」

「あ、こら、手を出すなっっ。わかったから邪魔しないでくれ。」

スイッと近づこうとする忍人を、サザキが慌てて制止する。

「そうか、では頼む。」

それを聞いた忍人は、フッと笑みを浮かべて背を向けた。

「あ、こらっ、ちゃんと事情を説明して行けーー!」

舵から手を離せないサザキの抗議の声が追いかけてきたが、忍人はそのまま操縦室を後にした。
堅庭の方角を意識しながら、小さな笑みを浮かべる。

「姫、俺に出来るのはここまでだ。」





「ふう…。なんとか墜落するのは避けられそうだな。」

相変わらず高度は下がっているようだが、体勢は立ち直ったらしい。
那岐は、天鳥船がゆっくりと降下し始めたのを確認して、木の枝から手を離した。

操縦系統で何かトラブルがあったのだろうか。

「変な手出しをしたヤツがいたのかな。」

いきなり降下を始めた強引さに、なにかを連想させられる。

(なんだっけ…。)

だがそのとき、那岐は腕の中の感触にハッと我に返った。

「千…尋っ。」

そう言えばさっき体勢を崩した彼女を支えて、そのまま必死で抱きしめていたらしい。
彼女の方も那岐にぎゅっとしがみついている。

急に胸の鼓動が早くなるのを感じる。

「那岐…大丈夫?」

船が安定したのがわかったのだろう。少し遅れて千尋が顔を上げた。

「ああ、もう大丈夫だろ。このままゆっくり着地するよ。」

「そうじゃなくて…。那岐、すごくドキドキいってるから。」

「え…。」

「ごめんね、あんなに揺れたら自分だけでも必死なのに、わたしのことまで支えてたから大変だったよね。」

そんなんじゃない。
あの程度のアクシデントで、こんなふうに鼓動が早くなったりするものか。

「…ちが…っ。」

どう答えたらいいのかわからず返事に窮していると、それをどう理解したのか、
千尋が、両腕を那岐の背に回してきた。

「ち、千尋っ?」

その行為に、ますます鼓動が早くなる。

「大丈夫、落ち着くまでこうしてるね。」

そういえば子供の頃、不意に泣き出す千尋の肩を抱いていたことがよくあった。
すぐに風早がやってきて、明け渡したけれど。

あれと同じことを彼女はしてくれているのかもしれないが。

逆効果だ。
それだけは、はっきりと分かる。

だが、逃げ出したいような感触の中にほんの少し、甘美な心地良さを感じる。
那岐は、微かに触れている彼女の髪に、そっと頬を寄せてみた。




illustration by 喜一さま

「な、那岐? どうしたの…っ。」

千尋の声が微かにうわずっている。

「すぐ落ち着くから…。」

相変わらず心臓の音は聞こえるが、不思議と胸の辺りが温かい。
もう少し、この感覚に浸っていたい。

「ごめん、少しだけこのまま…。」

那岐は、一度緩めた腕にもう一度、力をこめた。

「うん…。」

それに応えるように千尋が、身を預けてくる。

「千尋…。」

その耳元でそっと囁くと、彼女の柔らかな香りが那岐を包み込んだ。






「突然ですね、一体どうしたというのでしょう?」

「さぁ、俺も何も聞いてないしねぇ。」

その時、ベランダの上の堅庭から話し声が聞こえてきた。
風早と布都彦らしい。

「姫はどこへ行かれたのでしょう。現状をご報告して指示を仰がねば。」

「う〜ん。別にいいんじゃないかな? どうやら、あの森の傍へ降りようとしているようだし。」

サザキが舵を取っているなら、何か事情があるのだろう。
風早がのんびりとした調子でそう言っている。

「あ…。」

その声を聞いて、千尋が慌てて那岐から体を離した。
那岐の胸に突っ伏していたせいだろうか、頬がほんのりと紅潮している。

その様子に、那岐も急いで彼女への束縛を解いた。

「わ、悪いっ…もう落ち着いたから。」

「う、うん…。ええと…探されてるみたいね、戻らないと…。」

千尋は急に落ち着かない様子になり、那岐から離れると、上の堅庭へ戻ろうと壁に向かった。

「千尋。」

だが那岐は、咄嗟に千尋の手をつかんだ。

「戻る必要ないよ、風早もいいって言ってるし…。それに今出て行ったらここの存在がバレちゃうじゃないか。」

自分と千尋だけが知っている秘密の場所だ。他のだれにも踏み込まれたくない。

「もう少し…千尋と一緒にいたい。」

「え?」

呟くように無意識に言ったその言葉に、腕を取られて振り向いた千尋が、そのまま止まった。

「いやっ、そうじゃなくてっ。船が森の横に降りたら、すぐにナギの葉を浄化しにいけるしっ。」

自分は何を言っているのだろう。
那岐は慌てて言いつくろったが、千尋が目を丸くして見ている。

「はぁ…。」

なんだかぐちゃぐちゃな感じだ。
那岐は気持ちを落ち着かせようと、大きく息を吐いた。

「ゴメン、やっぱり今のアクシデントで気が動転したみたいだ。」

その時、軽い振動が伝わってきた。
どうやら無事着陸したらしい。
草原に下りたようだが、少し離れたところにこんもりとした森があるのが見える。

「ほら千尋、行くよ。」

那岐は、動揺を隠すようにわざとぶっきらぼうにそう言うと、くるりと背を向けた。
ベランダから更に下へと向かう。

「え、ここから外へ出るの?」

「ああ。少し降りると出口への通路に繋がってるんだ。」

出入口の門番に出かけることを告げておけば、自分たちの所在もはっきりできる。

「ほら、早くしなよ。浄化するには時間がかかるし。」

「う、うん。」

千尋が慌ててついてくる。

(そうだよな、時間…かかるよな。)

しっかりと陰の気を払おうとするなら、一昼夜は固いだろう。

千尋と二人で野宿をすることになるのだろうか。
そんなに長く留守にしたら、風早あたりが大騒ぎしそうだが。

(ま、なんとかなるだろ。)

スタスタと歩いていく那岐に、置いていかれまいとした千尋が那岐の上着の裾をつかんだ。
千尋の重みを感じて、静まりかけた鼓動がまた鳴り始める。

こんなことで、二人で野宿なんて出来るのだろうか。

(徹夜、覚悟かもしれないな。)

動揺を押し隠しながら外に出ると、大地から青い草の匂いが沸き立った。

「やっぱり土の上はいいね!」

千尋が嬉しそうにはしゃいでいる。

「ああ、そうだな。」

向こうの世界で言うところの森林浴だろうか。
心が落ち着くのを感じる。

那岐は、少し表情を和らげて千尋を振り返ると、その手を取った。

「服、引っ張られてたら歩きにくいだろ。」

自分でもひねくれた物言いだと思う。
けれど今はこれが精一杯だ。

千尋は、そんな那岐に慣れているのだろう、那岐の手を握り返してにっこりと笑った。




しかし動揺していたせいか那岐は、着陸したばかりで、まだ門番が配備されていない出口から出てしまったことに気づかなかった。
そのせいで、他の仲間たちから見ると、行方不明状態になってしまう二人。

「二の姫の不在」を敵に知られるわけにはいかないため、大掛かりな捜索隊を組むわけにもいかず、
ヤキモキさせられた仲間たちのストレスが極限まで達することとは夢にも思わず…。


戻った瞬間から大騒ぎになる船内で、風早には大きくため息をつかれ、
忍人にはこっぴどく説教され、布都彦からは泣きが入り…。
サザキには、船が墜落するところだったと意味不明な文句を言われる羽目になるのだが。


今はただ、つかの間の休息を満喫する二人だった。


〜fin〜




後半、すこ〜しは、甘くなったかな…。
那岐の場合、これが精一杯ってところですが(^^;

忍人さんは彼なりに、恋のキューピッド役をこなした(つもり)みたいです(笑)

那岐にしても忍人にしても、ああいうツンデレキャラって
書いてておもしろいですね。
相手に心を許す瞬間というのが、やみつきになります。

今回も相方さんが素敵なイラストを描いてくれました☆
臨場感溢れるサザキの表情や、千尋に心を許している那岐の様子、
話の世界を広げてくれる相方さんの挿絵にいつも感謝です♪

そして、読んでくださった方々、ここまでお付き合い下さり、
どうもありがとうございました。


( サイト掲載日 2010 .11. 8 )










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