想心を梛にのせて1



遠くから名を呼ぶ声がする。

さわやかに風が吹き抜けていく穏やかな午後。
木漏れ日が落ちてくる樹の枝の上で、那岐はごろんと器用に寝返りを打った。
頭の後ろで組んでいた枕代わりの腕が、耳を塞ぐ。

風が揺らす木々の葉のこすれる音や、遠く響いていた小鳥のさえずりが聞こえなくなり、
同時に自分を呼ぶ声も遠ざかる。


この巨大な船は今、どの辺りを飛んでいるのだろう。
空の上にいる間は、戦いの気配も遠のき、平和な時間が流れる。

もっとも、多くの人間が乗っている分、喧騒も多い。

忍人が部下を連れて現れたかと思うと、いきなり武術訓練を始めたり、
道臣の手伝いをしていたらしい布都彦が、持っていた竹簡をばら撒いて派手に転んだり、
サザキが処構わず宴会を始めたり。

「はぁ…。」

思い出すだけでもため息が出る。

だが今日は珍しく静かだ。
こんな貴重な時間をひとりで満喫しないで、一体いつするのだ。

「那岐ー。那岐ぃー。なーぎー?」

塞いだ耳の向こうで相変わらず千尋の声がしているが、那岐は無視を決め込んだ。
あんな間の抜けた声で呼んでいるのだ、どうせ野暮用に決まっている。



illustration by 喜一さま


*


近くで人の声がする。

「那岐? いや、見なかったが。」

ふと気づくと、那岐が寝ている木の下で、千尋が忍人をつかまえて何やら話していた。
どうやら少し眠っていたらしい。

「そうですか、どこ行っちゃったんだろ…。今日は誰も那岐を見てなくって。」

「彼のことだ、どこかで昼寝でもしているのだろう。」

「そう思って、心当たりは探してみたんですけど。」

そう言って千尋は、この堅庭の隅の方にちらりと目をやった。
あの木の下にある秘密のベランダも探したのだろう。

(残念でした、いつもいつも同じところで昼寝なんかしないよ。)

あの場所は特等席だが、今日のように千尋が探し回っていると気づいていてあんな所にいては、
見つけてくれと言っているようなものだ。

「そういえば、少し前にも君が那岐を呼んでいる声を聞いたが。まさかとは思うが、あれからずっと探しているのか?」

「あ、はい。ええと…一刻くらい前からかな。」

(一刻って…っ。バカじゃないの、いい加減あきらめろよな。)

那岐は木の上で寝そべったまま、思わず額を押さえた。
腕に当たった葉ががさっと音を立てる。

「……。」

「……? 忍人さん、どうかしましたか?」

「いや。少し風が出てきたようだな。」

忍人は一瞬動きを止めたが、すぐに千尋に向き直った。

「姫、それだけ探しても見つからないということは、声の届かない場所にいるか、敢えて出てこないということだ。」

広いとはいえ限られた船の中だ、俺は後者だと思うが?と忍人はそう付け加えて、嘲笑気味の笑みを浮かべた。

(ま、普通はそう考えるよな。それに気づかない千尋って、ほんとバカ。)

そのまま千尋に、自分を探し回るのを諦めさせてくれたら助かる。

「それに姫。事態が膠着したままなのに、策も変えずただ同じことを繰り返すのは無能な将のすることだ。
そんなことでは先が思いやられるな。」

「あ、はい…。すみません。」

忍人がいつもの調子で、冷たく言い放っている。

「そもそも君は、なぜそこまで那岐にこだわるんだ。 彼でなければ解決しない問題でも?」

「那岐じゃないと絶対ダメってわけでもないんですけど…。」

「では、いくら呼んでも出てこない者に固執するのはやめて、別の方法を見つけるのが最善の策ではないのか?」

言っていることはいちいち、もっともだ。
この調子でいけば千尋は那岐を探すのを諦めるだろう。

だが。

(なんなんだよ、あいつ。)

千尋に探し回られるのは迷惑だが、なんだか無性にムカつく。

「那岐、那岐と大声で呼びながら歩き回られるのも迷惑だ。」

シュンとしてうつむき加減になった千尋に、忍人がたたみかける。

(大声で探し回られて迷惑してるのは、あんたじゃなくて僕だろ。)

なにゆえ、忍人にあそこまで偉そうに言われなければならないのだ。

(言われてんのは千尋だけどさ。)

ムカムカムカ…。

(どうでもいいけど、どっか他でやってくれよ。)

那岐は深呼吸をするべく、「はぁ〜〜。」と大きく息を吐き出してみた。
だがまだ、こめかみの辺りがピクピクしている。

「それで?」

忍人の声が続いている。

「…はい?」

「君の抱えている問題はなんだ。俺でよければ力を貸すが?」

「…え。」

(はぁ!?)

その台詞に那岐は思わず、枝の上でバランスを崩しかけた。

(さんざん文句を言っておいて、何でそうなるんだ…?)



illustration by 喜一さま


千尋も一瞬、呆気に取られたようだが、那岐でなくても構わないと言った手前、引っ込みがつかなくなったのだろう。
おずおずと何かを取り出した。

「実は、これなんですけど…。」

(なんだよ、あれだけうるさく探し回ってたくせに、そいつでもいいわけ?)

ムカつく。
忍人に対してなのか、或いはあっさり相手を変えた千尋に対してなのか、自分でもよく分からないが。

手に触れている小枝を折りそうになるのを何とかこらえながら、ふと視線を移すと、
ちょうど忍人の頭上あたりに、大きな木の実が生っているのが目に入った。

夏みかんの一種だろうか。

(ふうん…。)

那岐はそれをしばらく眺めていたが、スッと人差し指を動かし口唇に軽く当てると、小さく何言かをささやいた。

すると、風もないのに、音もなく木の実が枝を離れた。
緩やかな放物線を描いて落下していく。

その先には、千尋が差し出した物を見下ろしている忍人が。

「これは何──。」

次の瞬間、千尋の手の中のものを確認しようとしていた忍人の頭に、彼の顔より一回り小さいだけの良く育った実が直撃した。

「──だ。……ぶっっ…!!?」



illustration by 喜一さま



これ以上はないという不意打ちに、さすがの忍人も対処しきれなかったらしい。
バランスを崩して呆気なくひっくり返った。

「お、忍人さん? どうしたんですか!?」

千尋が慌てて駆け寄っている。

(ははは、天下の葛城将軍も形無しだね。)

胸がスッとする。

「───っ───。いや、心配無用…。」

上身を起こした忍人は、しばらく鼻頭を押さえて絶句していたが、傍らに転がった大きな実をみつけて状況を理解したのだろう。
やがて、ちらりと木の上に視線を向けつつ、ゆっくりと立ち上がった。

「姫…。使い立てしてすまないが、遠夜から傷薬を貰って来てくれないか。」

「え…? あ、はい、すぐに行って来ますね!」

忍人の言葉を受けた千尋が、大急ぎで駆け去って行く。
それを見送った忍人は、おもむろに木の幹に近づいた。

シャランという音とともに、剣を抜く音がする。

(え。なんか嫌な予感…?)

只ならぬ雰囲気に、那岐が肌寒いものを感じて身構えた途端、身を預けていた大振りな木の枝に衝撃が走った。

「うわっ!?」

同時に浮遊感が身を包んだかと思うと、その一瞬の後には枝とともに地面に叩きつけられていた。

「……痛ぅーーっっ…。」

本能的に受身を取ったはずだが、これはかなりのダメージだ。


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ブログで公開した創作の再掲です。

遙4で最初にオチたのが那岐だったので、初書きは彼になりましたが、
初っ端からごろごろと寝てるだけなので正直どうしようかと…(^^;
いや、そういう気だるいところもすごく好きなんですけどね☆
とはいえ、話を進めるには動いてくれないと困るので、忍人さんを出してみました。

脇を固めるキャラは毎回、さして深く考えることなく適当だったり成り行きだったり。
今回は私の好みが多大に反映された結果ですが、よく考えたらツンツン同士でした・・・lll。
でもこれはこれで、おもしろい展開になったかな〜と思ってます。

那岐を無理やり引っ張り出すあたり、相性は最悪っぽいですが(笑)
ゲームの中ではどんな風に関わってたのかな?
またプレイしてみよ♪

この話は、全4話にまとめる予定ですが、進み具合は挿絵を描いてくれる相方さん次第かな☆
今回はアナログ絵に挑戦!だそうで、ずいぶん雰囲気が違っててとても新鮮です♪
こちらもぜひお楽しみください☆

(サイト掲載日 2009 .10. 1)



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