夏風の海 8




「けいはんざい…法ですか。そのような法、ありましたか?」

幸鷹の口上を聞いた彰紋が首をひねった。

「ああ、失礼しました。神子殿の世界の法律です。 しかしながら、覗き見は取り締まらねば。プライバシーの侵害ですからね。」

「はぁ、まぁ…。」

「覗き見って何の話だ?」

ところどころ意味不明の単語を交えて話す幸鷹に対して、 相変わらず首をひねっている彰紋の横から、
イサトが口を挟んだ。

「イサト、君には5年ばかり早いのではないかな。」

「なんでだよ。」

ムッとするイサトに、翡翠がくすりと笑いながら続ける。

「勝真殿の乳兄弟とはいえ、そちらの経験も度胸も手の早さも、天と地ほどに違うようだからね。」

「手の早さ…??」

その言葉に、イサト・彰紋・泉水の三人は一様に首をかしげたが。

「あ。」

「もしかして…。」

「そ、そういうことですか…。」

次の瞬間には三人同時に顔を赤らめた。

「ということで、皆さんに納得いただけたところで …泉水殿。」

「はい。」

そんな彼らの様子を見ていた幸鷹が、にっこりと笑いながら泉水に声をかけた。

「泰継殿は我々が取り押さえておりますので、雨縛気で彼の術の自由を奪ってください。」

「あ、はい、承知しまし……。え、ええええ〜〜〜〜!!?」

あっさりと言う幸鷹につられて、思わず頷きかけた泉水だったが。
その意味に気づいて、ザザザーーっと後ずさった。

「わ、わ、わ、たくしが、や、や、やす、つぐ、どのに、じゅ、じゅじゅ、じゅつ、を!!?」

顔面蒼白、ろれつが絡まりまくっている。

「確かに、式神を操る自由を奪えるのは、勝真の神鳴縛か泉水殿の雨縛気のみですね。」

後ろで黙って聞いていた頼忠が追い討ちをかける。

「そ、そ、そんな…。」

「泉水、泰継に対する苦手意識を克服するいい機会だぜ。頑張れ。」

その横では、イサトがにやっと笑いながら言った。

「そんなぁ〜〜〜。」

嵐の入り江に、場にそぐわない情けない叫び声がこだました。







波の音が聞こえる。
身も心も包み込まれていくような優しくリズミカルなその音に、勝真はふと目を覚ました。

「眠ってたのか。」

嵐はすっかり収まり、辺りは穏やかな闇に包まれている。

月が出ているのだろうか、小さな洞穴の入り口からは薄い明かりが差し込んでいた。

「ん…。」

勝真の腕の中で、花梨が小さく身じろぎした。

「花梨。」

「勝真さん…。ここ、どこ…?」

ゆっくりと目を開いた花梨が、まだ半分夢の向こう側へいるような声で呟いた。

「夕立ちのときに飛び込んだ洞穴だ。おまえ、あの後のこと、覚えてないのか?」

「あの後…?」

花梨はまだ覚めきってない顔で首をかしげたが、ふと、 自分を包んでくれている勝真の胸が、素肌であることに気づいた。

「きゃっっ。」

「きゃっ…て、おまえ…。何を今更…。」

勝真は、思わず額を押さえた。

「おまえだって、似たようなものだぞ?」

彼女の方は、日よけ用にと持ってきていた薄衣を一枚、引き被っているだけだ。

「え…。や、やだー! あっち行って!」

「あっち行って…って…。」

そりゃないだろう、と絶句する勝真に、花梨は「はずかしいもんっ。」と口を尖らせ、
薄衣を頭まで引き上げてくるまると、背中を向けてしまった。

「ま…いいけど…な。」

花梨が勝真の腕枕を外してしまったので、勝真は苦笑い交じりにため息をひとつ付くと、 起き上がって洞穴の外に出た。
ああいう反応もまた、微笑ましいと言えなくもない。


夕刻の嵐が嘘のように収まった入り江には、波音だけが穏やかに響いていた。
中空には、満月に程近い丸みを帯びた月が浮かんでいる。

その光のおかげで、岬を入り江の輪郭がきれいに浮かび上がっていた。
船の姿はさすがに見えないが、岬の先端に係留しているだろう。

そういえば泰継の式神は、あれきり姿を見せていない。
心配しているはずだが、どうしたのだろう。
あの程度の夕立ちで船がどうにかなるとは思えないが。

「なんにしても、朝までは動けないな。」

まさか覗き見されていたなどとは思いもよらない勝真は、小さくため息をついた。

「勝真さん。」

その時、少し戸惑いを含んだ声が聞こえた。
振り向くと、衣を身に着けた花梨が、洞穴の入り口からこちらを覗いていた。

「花梨、出て来い。」

勝真が促すと、花梨は足元を気にしながら恐る恐る出てきて、勝真の隣に立った。

「うわぁ、きれい…。」

月の光が波間に反射して、きらきらと光っている。

「ああ…。」

海など見たこともなかった勝真には、想像したことさえない幻想的な風景だ。

「いろいろ気を揉むことも多かったが、来て良かったぜ。」

「ほんと?」

「ああ。こんな景色、京の中に閉じこもっていたら一生拝めなかったしな。それに──。」

そこで言葉を切った勝真は、花梨の肩を抱き寄せると、その耳元でそっと囁いた。

「おまえのことも…全部見せてもらったしな。」

「…なっっ…!」

そのセリフに花梨が思わずのけぞる。

「勝真さんのばか…っっ。」

だが勝真を突き飛ばそうとした花梨は、不安定な足元に逆にバランスを崩した。

「え?」

「あ、こらっ!」

勝真が慌てて彼女の腕をつかんで、自分の胸に引き寄せる。

「馬鹿はどっちだ。」

ひとつ間違えたら、夜の海へ真っ逆さまだ。

「ごめん…。」

「…ったく。おまえはおとなしく俺に抱かれてればいいんだよ。 あ、変な意味じゃなくて、だぞ。」

また突き飛ばされてはかなわない、と勝真は急いで訂正したが、花梨はしおらしく頷いた。

「うん…。」

「なんだよ、やけに素直だな。」

そんな彼女の様子に思わず苦笑いがもれる。
照れて突き飛ばそうとしたかと思えば、おとなしく胸に抱かれていたりする。
乙女心とは複雑なものらしい。

「花梨。今更こんなことを言うのもなんだが…。」

勝真はふと思いついて口を開いた。

「その…。悪かったな、こんなところで…。」

あの時点で自分を抑えられたかというと、それはやはり自信がないが、
彼女には申し訳なかったという気持ちがどこかにある。

「……波の音を聞きながらって、素敵ですよ。」

花梨は勝真の胸の顔を押し付けたまま、呟くようにそう言った。

「そう…か?」

実際には、激しい雷雨の音だったように思うが。
それとも、今、この穏やかな波音の中でもう一度…と解釈しても良いのだろうか。

(さすがに都合が良すぎるか。)

ひそかに苦笑いを漏らしていると、そっと顔を上げた花梨が ほんのりと顔を赤らめながら囁いた。

「勝真さん、大好き…。」

透明な月の光を受けて微笑む彼女が、今までになく美しく見える。

「ああ…。」

他の誰のものでもない。もちろん、龍神のものでもない。
自分だけの神子をこの手の中に大切に包みこんでおきたい。

「俺も…。」

彼女に応えるように、勝真も顔を近づける。

「おまえだけを…。」

恋人たちの姿を隠すように、小さな雲が月の光を薄くさえぎる。
打ち寄せる波の音だけが、小さな入り江にいつまでも響いていた。

──愛してるよ──




「夏風の海9」へ





やっぱり、このくらいのラブシーンの方が書いてて落ち着きますね〜(^^;

ということで、川遊び編から延々やって来たこのお話、
次回でやっと完結です☆

オールキャラは難しかった〜。
でも楽しかったですv

では、あともう少しだけお付き合いくださいませ m(_ _)m

(2008. 10. 17)




























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