夏風の海 5
「し・・・死ぬかと思いました・・・・。」
「彰紋君、大丈夫??」
砂浜の上で、両手をついて前かがみになった彰紋が、ぜいぜいと息をしている。
そんな彼の背を、花梨がさすっているが、それに応える気力もないらしい。
「・・・ったく、ヤワな奴だな。あれくらいで溺れるなよ。」
傍らに立ってそれを見ていた当事者のイサトは、フンと横を向いた。
だがその言葉に、同じように傍らで彰紋を心配そうに見つめていた泉水が、必死の思いで抗議した。
「イサト殿、それはあまりなお言葉・・・。私どもは、泳ぎはもちろん、水遊びの経験さえ満足にないのですから・・・。」
「そうよ、イサト君、それはヒドイよ!」
花梨までもが、珍しく怒った顔をイサトに向けている。 彰紋の姿に、どうやら母性本能をくすぐられているらしい。
「おい、イサト、意地を張らずに素直に謝っておけよ。」
勝真がイサトにこそっと耳打ちをした。
どちらかというとイサトに近い勝真としては、彼の方を支持したいところだが、泉水の言うことにも一理ある。
そして何よりも・・・これが一番の理由かもしれないが・・・花梨の意識を彰紋から離したい。
このような状況とはいえ、彼女が男の素肌に触れているのは、全くもって気に入らない。
「不可抗力だったとはいえ、彰紋を溺れさせたのは、おまえなんだからな。 それに、花梨を怒らせると怖いぞ?」
「・・・・・・・わかったよ。」
勝真の言葉に、一瞬思案顔になったイサトだったが、その最後のセリフに反応したのか、渋々折れた。
「悪かったな、彰紋。」
「イサト君・・・。」
「イサト殿・・・。」
その場に、ほっとした空気が流れる。
「ただし! 次からはこんなことで大騒ぎにならないように、今から俺がおまえらを特訓してやる!」
だが、それも束の間、転んでもタダでは起きない(謝らない?)イサトが間髪いれず言い放った。
「は・・・・?」
「とっくん・・・って・・・?」
なんとか復活した彰紋も入れて、その場の4人が呆気に取られる。
「おまえら二人の泳ぎの特訓に決まってんだろ。」
「「・・・・え・・・・・llll。」」
溺れたばかりで、しばらくは水に近寄りたくもないと思っていた彰紋と、 それを間近で見ていた泉水のふたりが、ピキッと固まった。
「大丈夫、大丈夫! 俺に任せとけって!」
そんな彼らに、イサトはニッと笑って見せた。
「大丈夫か、あいつら・・・。」
「結構ですーーー!」と必死に抵抗する二人に対してイサトは、
「遠慮するなよ、みずくさい。」と、 人を食ってるのか大真面目なのかわからない返答をしながら、彼らの腕を掴み、
有無を言わせず、引っ張って行ってしまった。
岬へと続く松林の中を歩きながら海を見やると、逃げ回る二人と、
彼らに水をかけながら、追い回しているイサトの姿が小さく見えた。
遠く、「そんなことで熊野へ行けるかぁぁぁ〜〜!」などと叫んでいるのが聞こえる。
イサトが二人を引っ張って行ったおかげで、思いがけず花梨と二人きりになれた勝真は、
わざわざ皆がいる海へ戻る必要はないと考え、彼女を伴って砂浜を離れた。
「楽しそうですねぇ〜。」
花梨がそれを眺めながら、くすくすと笑っている。
「そうか・・・?」
二人を追い回しているイサト、ひたすら泳ぎこんでいる幸鷹、そしてのんびりと波を楽しんでいる翡翠の三人はそうだろうが・・。
彰紋と泉水の二人は、水恐怖症への道のりをまっしぐらに進んでいるとしか思えない。
気の毒になぁ・・・。そう思って見ていると、そんな勝真を見て何を思ったか、花梨が心配そうに言った。
「勝真さん・・・つまんないですか?」
「・・・・・・なんでだ?」
その言葉に驚いて振り向くと、先ほどとは打って変わって、 うつむき加減になった花梨が、上目遣いにちらりと見ていた。
「だって・・・京を発ってから・・・ううん、準備をしてるときからずっと、
笑ってるとこ見てないように思うし・・・。」
「そう・・か・・・?」
言われてみれば、そうだったかも知れない。
最初、海に行こうと言われたときは、絶対無理だと歯牙にもかけなかったし、
他の八葉たちが絡んできて話が進み始めたときは、それはそれでおもしろくなかったし、
出発してからは、花梨を自分の傍に囲い込むのに必死になっていたので、
楽しんでいる余裕など全くなかったように思う。
ずっと明るく振舞っていた花梨だが、そんな勝真の様子を、心の中ではずっと気にしていたのだろうか。
「・・・・・。・・・やっぱり、こんな衣じゃダメかな・・・。」
彼女の言葉に考え込んだ勝真を見ていた花梨が、ぽつりと言った。
「衣・・・? なんの話だ・・・?」
話の繋がりがさっぱりわからず、驚いたように見つめる勝真の横を歩きながら、
花梨がうつむいたまま、話し始めた。
「だって・・・。」
ずっと苦虫をつぶしたような顔をしている勝真の気分を、なんとか上向かせたかった。
海に行きたいとは言ったが、大好きな人が一緒に楽しんでくれなくては、意味がない。
そのために、必要以上にはしゃいでみたり、前触れなくかわいい水着(?)を披露してみたりしたけれど・・・。
一向に効果がないばかりか、余計に機嫌が悪くなったような気さえする。
以前、川でずぶぬれになった時、いきなり押し倒され、驚いて抵抗してしまったが、
思えば、あれからずっと機嫌が悪いように思える。
彼を受け入れることが嫌なわけでは決してないけれど、
突然のことに驚いて(場所も場所だし)思わず拒否してしまった。
海に行くのだから、水着が欲しい。 最初は、単純にそう思って、紫姫に依頼した。
けれど、毎度毎度、彼の仏頂面に接しているうちに、もう一度、あのときのようなシチュエーションになったなら、
自分のことを甘く見つめてくれるのではないか・・・。
そんな淡い期待も抱くようになった。
「なにが違うのかなぁ・・・。」
「・・・・・おまえ・・・何もわかってないんだな・・・・。」
花梨がぽつりぽつりと話す、そんな独白めいた言の葉を黙って聞いていた勝真は、
彼女のため息につられるように、はぁ〜っと息を吐き出した。
「俺のため・・っていうその気持ちは嬉しいが、この状況では、どう考えたって逆効果だぞ?」
「・・・・・・・・?」
花梨がきょとんとした顔を、勝真に向けた。
「おまえのそういう姿を見ているのは、俺だけじゃないだろう・・・。」
彼女が勝真の目しか意識していなかったのは嬉しいが、本人はそうでも、他の男たちはそうは思っていない。
ある者は堂々と、ある者は顔を赤らめながら、またある者は見て見ぬ振りをしながら
大なり小なり、喜んでいるのだ。
海行きの話が進む間も、他の八葉たちが入れ替わり立ち代り首を突っ込んできたし、
そんな彼らの視線に気を取られるばかりで、自分が楽しむことなど、全くもって程遠い。
そういうフクザツな男心への理解が、すっぽりと抜け落ちている。
「ばかなヤツだな、だが・・・・。」
そんなところが、可愛い。
だが勝真はその言葉は口にせず、その代わりに立ち止まって花梨の前に回りこむと、
おもむろに、その両肩をつかんだ。
花梨が驚いて見つめてくる。 その半開きにされた唇が、彼女の意識に関係なく、勝真を誘う。
「やっと・・・二人きりになれたな・・・。」
勝真がずっと不機嫌だったのは、ここしばらく、こういう時間が取れなかったからに他ならない。
「勝真さん・・・・。」
花梨が少しはにかんだような表情を見せながら、みつめてくる。
自分の名を甘く紡ぐその唇を塞ごうと、勝真はそっと顔を近づけた。
「・・・かり・・・ん・・・。」
「神子。」
そのとき、勝真のささやきを遮るように、すぐ後ろから声が響いた。
「うわぁっ!」
「きゃあっ!」
反射的に抱きついてきた花梨を胸に包み込みながら、勝真が慌てて振り返ると、
いつものポーカーフェイスを湛えた男が、これまた全く動じる様子もなく二人の方を見つめて立っていた。
ず〜〜っと心の隅っこで気になりつつ、放置してしまっていたこのお話。 気が付いたら、この話の前から続く「夏林の清流」を立ち上げてから3年の月日が・・・(ll0ll) 毎年この季節が来るたびに、再開しようかな、オフ本にしようかなと思いつつ、 いろいろと忙しかったり、他のオフ本に手を取られていたりで、 いつのまにか夏が過ぎちゃってました(^^; 遙か2もどんどんマイナーになっていくし。 そんな中、遙か2メインサイト様とご縁を頂いたことで、再開するエネルギーをもらえました☆ ということで、今度こそ夏真っ盛りの間に完結させますv 話の内容は、ここらあたりから起承転結の「転」でしょうか(^^) ここらで、ちょっと甘めテイストを・・と思ったのに、外野が多くてなかなかですねぇ(笑) だらだら長くて申し訳ありませんが、八葉と一緒に夏のバカンスを味わっていただければと思います♪ (2008. 6. 3) |