夏風の海 3




「宴の松原のような風景だな。松林の前に広がる白い砂の上を、海の水が往復運動をしている。」

その松林はずっとつながっていて、勝真が言った『少し飛び出ている陸地』の方まで続いているらしかった。
そこは砂浜よりもかなり沖へ飛び出ているようで、その先端(=岬)がある辺りは、水深も深いらしい。

沖へせり出した岬へと続く小さな半島のおかげで、砂浜は入り江になっており、波も比較的穏やかなようだ。

「おあつらえ向きですね。」

泰継の報告を聞いていた幸鷹が、翡翠を振り返った。

「ああ・・・船を係留させるにはちょうどよいね。」

さして苦労もせずすんなりと、よくそのような場所が見つかったものだ、と苦笑いしながら翡翠が応じる。



岬に近づいて船の錨を下ろすと、水夫のひとりが岬の先端に飛び移り、一本の松の木に、
船から引っ張った綱をくくりつけた。

無事、到着である。

「よっしゃ〜〜! やっと水浴びが出来るんだなー!」

それを見ていたイサトが、今にも飛び込みそうな勢いでこぶしを振り上げた。
さっきまで熊野がどうとかぶつぶつ言っていたが、今は目の前に広がる入り江にすっかり意識を奪われているらしい。

「イサト、ひとつ聞かせてもらっても良いかな? 君は泳げるのかい?」

そんな彼に、船べりにもたれて水夫たちの様子を眺めていた翡翠が、くすりと笑いながら問いかけた。

「なんだよ、いきなり。ガキの頃はよく川遊びをしたもんだぜ、なあ、勝真。」

「ああ、そうだな! 二人ででかい魚を追い詰めて捕まえたこともあったな。」

思わず、昔話に花が咲く乳兄弟。

「それは結構。・・・だが所詮は川、潜れるほどには深くなかったのだろう?」

その言葉に、二人は顔を見合わせた。

確かに、京を流れる川は、川底の浅いものが多い。
深くてもせいぜい子供の腰あたりだった。
ゆえに、川とはそういうものだと思っている。

頭から水の中に入り、川底にいる魚などを探したりしたものだが、ああいうのを潜るとは言わないのだろうか。

「何が言いたいんだ?」

勝真が少々イラつきながら、問い返した。

「いやね、彼が今にも海に飛び降りそうだったのでね、さすがにそれは止めてやった方が良いだろうと思ったのだよ。」

「何でだよ、ここから底が見えてんじゃんか。」

その言葉にイサトは、船べりから海を覗き込んだ。
透き通った水の向こうにある海底は、手が届きそうに見える。

「イサト、ここは船が入れる場所ですからね、少なくとも水深2mはありますよ。」

「にめーとる・・・?」

横から口を挟んだ幸鷹に、勝真が問い返す。

「そうですね・・・、勝真殿がすっぽり入って、万歳をしたくらいの深さでしょうか。
透明度がとても高いので、水底がすぐ近くにあるように見えるのですよ。」

「「・・・マジ・・・・・?」」

その答えに二人して絶句する。
それはまず間違いなく、溺れるだろう。
足の届かないところで泳いだ経験などあるわけがない。

「ということで、海岸までは小船を出すことにしましょうか。」

勝真、イサトを始め、他の八葉たちにも異論があるはずもなく、皆そろって頷いた。
とはいえ、一艘しか積まれていないので、何度か往復させることにする。



「まずは、どなたから・・・。おや、神子殿はどうされました?」

幸鷹のその言葉に皆、そういえば・・と辺りを見回した。
だが、どこにも見当たらない。

「花梨・・・!?」

もしや海に落ちたのか?と勝真をはじめ、皆が青ざめかけたとき、
船室の奥の方から、彼女がひょっこりと姿を現した。

だがその姿に、勝真は思わずひっくり返りそうになった。

「お・・おまえ、またそんな格好・・・・!」

いつぞやと同じようなノースリーブとかいう衣を身につけ、その下には、
短い袴──太ももの中ほどで短く切って裾に紐を通して軽く縛ったようなもの──を履いている。

「えへへっ・・・また紫姫に作ってもらったんです。
いろいろ試行錯誤を重ねてですね・・・、え〜と・・そうそう、撥水性がすごくいいんですよ〜。
海に泳ぎに行くんですもん、重い衣なんか着てたら沈んじゃいますもんね!」

そう言って花梨は、嬉しそうにくるりと回って見せた。
その姿に皆の目が釘付けになっている。

「お・・おい、花梨!」

勝真は思わず、その姿を皆から遮ろうと、彼女の前に立った。

「あ、そうそう、勝真さんのもあるんですよ。」

そんな彼の気持ちには、とんと疎い花梨は、能天気な笑顔を向けながら、
手にしていた袋から何かをごそごそと取り出した。

目の前に差し出されたそれは、彼女が履いているものに良く似ていたが、
丈は膝の辺りまでありそうだった。

「なんだ、それ・・・?」

「あ、これは勝真さん用じゃないわ。・・・全員の分、用意してますからね、はい、これはイサト君。」

「お・・おう・・・。」

多少サイズが違うのか、一枚ずつ確かめながら配っている。

「じゃあ皆さん、これに着替えてくださいね〜。ちなみに皆さんが身に着けるのはそれだけですからね☆」

「「え・・・これだけ・・・??」」

皆の目が点になった。
あの翡翠でさえ、呆気に取られて止まっている。

「当然です、なんてったって海なんですから。男の人の水着は、パンツ一枚って決まってます!」

抜けるような青い空に、ところどころぽっかりと浮かぶ白い雲。
これぞ夏!という背景を背負った花梨が、きらめく波の照り返しを受けながら、高らかに宣言した。








「それは・・・そうですねぇ・・・。」

二の句が紡げない八葉たちの中で、まず幸鷹が口を開いた。

「納得するなよ、幸鷹!」

勝真を始め、皆の抗議が彼に集中したが、もともと現代人の彼にとっては、
よくよく考えればさほどのカルチャーショックでもない。
京で目にする女性たちの衣に慣れた身ゆえ、突然現れた花梨の水着(もどき)姿に最初は取り乱したもしたが、
夏の海というシチュエーションを考えると、まだまだ露出が少ないくらいだ。

「では、お言葉に甘えて、わたしも着替えさせて頂きます。
ああ、勝真殿、抵抗がおありなら、わたしが彼女のお供をしますので、無理なさらなくても良いですよ。」

幸鷹は、相変わらず立ち直れていない勝真に声をかけ、にっこりと微笑みかけながら船室へ消えた。

「・・・・あ、待てよ!」

穏やかではあるが、宣戦布告(?)されたことに気づいた勝真、さすがにここは黙っているわけにはいかない。
ひとり花梨から海パン(もどき)を受け取っていなかった彼は、彼女の手からそれをもぎ取ると、
急いで幸鷹の後を追った。

「あ、俺も〜!」

次に我に返ったイサトが続く。
よく考えたら子供のころは、勝真とふたりでこっそり山奥の川へ遊びに行き、素っ裸で遊んだのだ。
それに比べれば、このくらいどうってことはない。

「では私もお供しようかな。」

それに続き、なんとか平静を取戻した翡翠も、声を上げた。
海の男・翡翠ともあろう者が、衣ごときで遅れを取るわけにはいかない。

下っ端の水夫たちのような格好に、若干の抵抗を感じない訳ではないが、
仮にも花梨と紫が用意した衣、可憐な姫たちの好意(?)を無下にするのも忍びない。

「ではね、諸君。」

無駄のない身のこなしで、船室に消える翡翠。

「じゃあ、一番乗りは私を入れて、この5人ってことで!」

そう言うと花梨は、水夫さん〜お願いします〜と小船に声をかけに行ってしまった。



「「「・・・・・・・・・・。」」」

「あ・・あの・・・・いかが致しましょう・・・。」

残された八葉・・頼忠、彰紋、泰継をみながら、泉水がおずおずと口を開いた。
なんとなく、気まずい空気が漂う。

「私は、この船に残って留守番をさせて頂きます。船に何かあっては困りますので。」

そんな中、場の空気を感じたのかどうかは謎だが、
頼忠がひとことそう言って、すっと立ち上がり、操舵室に入っていった。
停泊しているので、当然のことながら船を動かす必要はなく、今は誰もいない。

その無人の操舵室で彼は、使命感に溢れた目で舵の前に立った。

「何か意味があるのか?」

その行動を見た泰継が、眉をひそめながら呟く。
くそ真面目な顔で前方を睨みつけている頼忠と、その行動に真剣に首をひねっている泰継。

「は・・・ははは・・・・。」

残された異母兄弟の二人は、乾いた笑いを漏らしながら、顔を見合わせた。


「さて・・・わたしは、禊でもないのに水の中に入る趣味はないのでな。松原を散策でもすることにする。
おまえたちも、好きにするが良い。」

だが考えていてもわからぬ・・とばかりにすばやく思考を切り替えた泰継は、
ひきつり笑いを残している二人にそう言い置いて、船の縁に飛び乗ると、
次の瞬間には、身軽な身のこなしで松の木が所狭しと生えている小さな岬へと飛び移った。

「泰継殿!?」

慌てた二人が船べりに駆け寄ると、彼は、先ほど回収した式神を再び放とうとしていた。

「・・・あの・・・何をなさるので・・・?」

「仮にも八葉として神子を守るために来ているのだ。式の目を通して、大事ないか見守る。」

泉水の問いかけに、当然だろうと言いたげな様子で形代を宙へ放つ泰継。

「ああ・・・なるほど・・・!」

その言葉に、泉水がぽんと手を打って頷いた。

「さすが泰継殿ですね。
それなら、神子の、あのように可憐なお姿も、間近で遠慮なく見ることができるでしょうし・・・。
ああ、羨ましいかぎりです・・・。」

感心しきったような、夢見ごこちのような・・・そんな表情で、泉水は式神の去った空を見つめた。

「も、泉水殿・・っ・・。」

泉水に、悪気は全くない。
彼にしてはとても珍しいことであるが、何の邪念もなくただ思ったことを素直に口にしたのだ。
それも、青く広がるこの大海原と、開放的な太陽のせいだろう。
だが、泰継の方は、またしてもぴたりと動きを止めてしまった。

その二人の間で、彰紋は大汗をかいた。

「あ、あの! 泰継殿に、そのようなお心がおありだとは、僕も泉水殿も、露ほども思っておりませんので!」

そのような心って、要するに下心か?とひとりでつっこみを入れる彰紋。

「も・・・問題・・・ない・・・。」

そんな彼のフォローになんとか応える泰継。
だがその一方で、「それもありだな・・・」などと考えているとは、無垢な(?)彼らには知る由もなかった。





「じゃあ、先に行きますね〜!」

花梨が、乗り移った小船の上から手を振っている。

「彰紋くん、泉水さん、待ってるから〜。ちゃんと着替えてきてね〜!」」

その横で、勝真が苦虫をつぶしたような顔をしている。
花梨があのように露出の多い衣をまとって皆の前にいるのは、やはり気に入らないのだろう。

「彰紋様・・・どうなさいます・・・?」

これ以上、彼女の周りに男が増えたら、勝真が気の毒なようにも思う。
それに、このような物を1枚だけ纏うというのも、何かにつけ自信のない泉水には、抵抗がある。

「・・・我々も、ここで留守番を・・・・。」

「もちろん行きますとも! 彼女の羽衣を守るのは僕だって、決めているのですから!」 

だが、彰紋は彼の意見をあっさりと却下した。
先ほどは、立ち直るのに時間がかかって、イサトたちに遅れを取ってしまったが、
元より、花梨の衣を守るという目的を持って、お供して来ているのだ。

「小船が戻ってくるまでに、着替えなくては・・・! 参りますよ、泉水殿!」

「え・・・あ、あの・・・。」

微妙に抵抗している泉水を、お構いなしに、ぐいぐい引っ張って連れて行く。

「・・し・・しかしながら・・・彰紋様・・っ・・・。神子の羽衣とおっしゃっても・・・。
彼女にあれ以上脱がれたら、いろいろと差し障りがあるのでは・・・と思ったりもするのですが・・・!」

有無を言わせない彰紋に、泉水が最後の抵抗・・とばかりに声を上げた。

「・・・・・え・・・・・・・・?」

その内容に、今度は彰紋がぴたりと止まる。
何を想像したのか・・・、前を向いたままの彼の顔が、斜め後ろから見ていても赤く染まっていくのがわかった。

「あ・・・あの・・・・?」

「こっ・・細かいことは気にしなくていいんです・・・っ・・・。」

だが彰紋は、次の瞬間には、それまでの倍のスピードで歩き始めた。

「・・・あ・・・彰紋さまぁ〜〜・・・・。」

泉水の情けない声が、船室へと消えていった。


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あ、あれ・・???
水遊びに入るはずだったのに、上陸さえ出来ませんでした・・・lllll。
ほんとにダラダラと無駄に長くなりそうです(大汗)

ええと・・今回の話に敢えて題名をつけるとしたら、「水着騒動」?(笑)
水着は、花梨ちゃんのは、へそ出しタンクトップにデニム地の短パン、
八葉のは、バミューダパンツをイメージしました☆
もちろん、和チックなものですけどね。

「そんな無茶苦茶な設定」?・・・まあまあ、「固いことは言いっこなし」ってことで♪
そもそも、全員で海に行くってとこからして、無茶苦茶ですからねv ( おい。)


(2005 .9. 13)























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