夏林の清流 4
「勝真さん、取り戻してきてください・・っ。」
勝真と同様に彼らの話に聞き耳を立てていた花梨が、半べそで訴えてきた。
さすがに、袖なしの衣で、しかも上から下までずぶ濡れの格好では、京の街中を歩く勇気はないらしい。
「致し方・・ないな・・。」
こういう場所で、こんなにも艶っぽく自分を見つめている花梨 (かなり妄想あり)
をモノにできないのは、
ものすごーーく残念だが、あの衣を忘れ物だと思って持って帰られては、さすがに困る。
「花梨さんの・・・そうか、やっぱり彼女は天女なんだ!」
勝真は小さくため息をついて、身を起こしかけたが、彰紋のその声に思わず止まってしまった。
「ここに衣を掛けて、水浴びをされてるんですね! ということは・・僕がこの衣を隠してしまえば、彼女は僕のモノに・・。」
「あ・・あの、彰紋様・・・!?」
花梨の衣をぎゅっと握り締め、目をきらりと光らせているらしい彰紋を見て、泉水がおろおろしている。
「彰紋・・・・花梨に気があったのか。」
年の近い二人が、よく楽しそうに話していたのは知っている。
だが、花梨は自分を選んでこの世界に残ったのだ。
尚更、あの衣を渡すわけにはいかない。
「あ・・・あの、彰紋様!?・・気をしっかりお持ちになって・・・ええと・・・もう少し常識的に・・というか・・・。」
泉水が必死に止めようとしている。
「もし仮に、ここで水浴びをされているのだとしたら、衣を持ち去ってしまっては大変お困りになるのではないかと・・・。
それに、彼女がひとりでいらっしゃるとは考えにくいと思い・・・
・・・・・・・・・・・・・・・あ。」
ふと顔をあげた泉水と、身を起こしかけていた勝真の視線がぴたりと合ってしまった。
「あ、しまった・・・。」
いや、どうせ衣を取り返しにいこうと思っていたのだ。今更焦る必要などない。
勝真はそう思って立ち上がろうとしたが、こちらを見ている泉水の顔が、どうしたわけかどんどん紅潮してきた。
よく見ると、勝真から微妙に視線がずれている。
「・・・・・・・・・?」
その視線の先を辿って、顔をめぐらせると・・・。
「げっっ、花梨、なんで起き上がってるんだ!」
本人はこっそり覗いているつもりのようだが、泉水の視界にしっかりと収められている。
しかも、勝真に押し倒されたときに抵抗したせいか、濡れた前髪がさりげなく乱れて額に貼り付き、
衣もそれらしく乱れ、妙に色っぽい。
「ばかっ、隠れてろ・・!」
思わず、再び押し倒す。
「あ〜・・・彰紋さまぁ〜?・・・あの・・・も〜充分休息もとったことですし・・・ま、参りましょ〜・・か・・?」
泉水の裏返った声が聞こえてきた。
すっかり動揺しているらしい。
「え、もう充分って・・・今、座ったところですよ?」
「ささ、その衣は見なかったことにしてー! ほら、はやくぅ〜〜。」
思い切り焦りまくっているらしい。彼にしては珍しく、全く聞く耳を持っていない。
しかも微妙に涙声になっている。
こっそり覗いてみると、彰紋を無理やり立たせながら、彼から花梨の衣を取り上げようとしている泉水が見えた。
「ちょっ・・・泉水殿・・・・!?」
普段の彼からは想像できない行動に、彰紋が呆気に取られている。
天女だの、衣だのと言っていたが、すっかり毒気を抜かれてしまったらしい。
そんな彼から、花梨の衣をさっと取り上げた泉水は、もとあった場所に律儀に置きなおすと
(こういうところはパニックになっていても几帳面な性格が優先されるらしい)
彰紋をぐいぐい引っ張って行ってしまった。
「あ〜良かったぁ〜〜!」
花梨は、勝真を押しのけて立ち上がると、一目散に上着を拾いに走った。
袖なしの衣は、夏向けの素材で出来ているのだろう、いつのまにか生乾き程度まで乾いてしまったらしく
もう艶かしい体の線も見えなくなっていたが、花梨はそそくさと上着をまとった。
「でも、どうしていきなり行っちゃったのかしら?」
花梨が、さっぱり分からないという顔で首をかしげた。
「そりゃ、おまえの姿を見て誤解したに決まってるだろ・・・。」
それにしても、何にもしていないのに、そんな風に誤解されるなんて、
ものすごく損したような気がする。
結果的に追い払えたから良いのだが、もう続きをやろうという気分にもなれない。
「せっかくの開放的な夏だっていうのになぁ・・・。」
勝真は、はぁ〜っと大きくため息をついた。
「あら、夏はまだまだこれからですよ? 京も平和になったし、これからはどこへ行ってもいいんでしょ?
わたしね、行きたいとこ、いっぱいあるんです。あ〜楽しみ〜〜!」
花梨が、木立の間から降りそそいてでる夏の光を、まぶしそうに見上げながら嬉しそうに笑った。
「行きたいところがいっぱいあるのは構わないが・・・。
今日みたいに一つ間違えたら大変なことになってた、なんてのはもうごめんだからな?」
そのせい(おがげ?)で、彼女を押し倒したのは、棚に上げといて。
神子と八葉のときに充分危険な目にあったのだから、今は、危険のない屋敷の奥に閉じ込めておきたい。
「だが、それもつまらんだろうしな・・。」
この辺は複雑である。
花梨は、重い衣をまとっておとなしく座っているような娘ではないし、
そのような娘だったなら、そもそも好きになったりしない。
「えと・・・心配かけてごめんなさい・・・・。今度から気をつけますから。」
花梨が殊勝な態度で謝っている。
だがその瞳は、「だからこれからも連れてって?」と言っている。
「わかったよ。・・・・惚れた弱みだな。」
花梨には花梨らしく居て欲しい。
そのために、自分がいるのだ。自分のすべてをかけて護ってやればいい。
「今日のところはもう帰るぞ。そんなでかいコブを作ったことだしな・・。
ま、大したことはないと思うが念のためだ。」
「は〜い・・・。」
こういう聞き分けのよいところは、とても可愛い。
勝真は思わず彼女の頭をポンポンと撫でようとして、おっと・・と手を引っ込めた。
その腕に花梨が絡みついてくる。
「で・・・。どんなところへ行きたいんだ?」
先ほど通ってきた道をかきわけながら、元の山道に向かって戻る。
「あのね、夏だから・・・やっぱり水遊びがしたいなって思うの。」
「水遊びならさっきしたじゃないか。」
「ああいうんじゃなくって、もっと広くて、深さももう少しあるところがいいかな・・なんて。」
「それはいいが・・・おぼれるなよ?」
「大丈夫ですよー、わたし、泳ぎは得意なんです。」
花梨が口を尖らせている。
まあ、岩場の少ない場所ならさして危なくもないだろう。
加茂川か、あるいは桂川の上流か・・・宇治川でも良いかもしれない。
そんなことを考えていると、花梨が突拍子もないことを言い出した。
「海に行きたいな。」
「・・・・・・・・・・・・・は・・・・・!?」
「え、だから・・・海。」
☆
「神子さまぁ、くっれぐれもっ、お気をつけて・・・・!」
紫が涙目になりながら、花梨にすがりつくように見送りの挨拶をしている。
「ほんとに行くのかよ・・・・。」
あれから、どうしても行きたいと譲らない花梨と、いくらなんでも無理だと言い張る勝真の間で
すったもんだがあったのだが、どういうわけか他の八葉たちがどんどん首を突っ込んで来て、
あれよあれよといううちに、勝手にどんどん決まってしまった。
「大丈夫だよ、紫姫。このわたしが付いているのだからね♪」
「翡翠殿、あなたを海に帰すのは、別当としていろいろと懸念材料が多いのですが・・。
仕方ありませんので、お供して、しっかりと見張らせて頂きます。」
にっこりと笑う翡翠と、そんな彼を牽制する幸鷹。
だが牽制しながらも、心なしか嬉しそうに見えるのは、彼が現代人だからなのか、或いは元伊予国主ゆえなのか。
「翡翠はともかく。神子殿がそのような遠い地に赴かれるなど・・・勝真ひとりに任せてなどおけません。」
「そうだな、体力面はおまえがいれば問題ないだろう。『期待している』ぞ。」
賊などの被害を防ぐのは頼忠、そして目に見えない分野の危険は、自分がいれば大丈夫と頷いている泰継。
「はぁ・・・。ありがたきお言葉・・・・。」
だが、その応援合言葉は、神子以外の者(それも男)に言われたところで全く嬉しくはないのだが・・、と腑に落ちない表情の頼忠。
一方こちら側では。
「天女と言えば、やはり海ですしね。花梨さんが羽衣をまとって天に帰ってしまわないようにお引止めせねば・・・!」
「彰紋さま・・・・まだおっしゃっておいでなのですか・・・・。」
なにやら、的外れな使命感に燃えているらしい彰紋を、
兄の自覚が出てきたのか、泉水が、困ったものだという表情でため息をつきながら見ている。
「大変だよなぁ。」
そんな彼らの様子に勝真が大きなため息をついていると、イサトが寄ってきてボソリと呟いた。
さすが乳兄弟、わかってくれるのかと感動しかけていたら。
「八葉が勢揃いしちまったら、花梨を独り占めするの大変だよなぁ。
・・・せっかく久しぶりに一緒に出かけられるってのにな〜。」
真剣な表情でぶつぶつ言っている。
「・・・イサト・・・llll。」
「紫姫ありがとう、みんな一緒だし、大丈夫だから・・ね、皆さん!」
そういいながら、花梨は勢揃いした八葉たちをぐるっと見回して、にっこりと笑った。
「もちろんだよ。」
「お任せ下さい。」
「俺がついてるぜ!」
「楽しい旅行にしましょうね。」
皆、花梨の笑顔に嬉しそうに頷きながら、口々に応えている。
「・・・・・・・・・・・。」
花梨、おまえは俺を選んだんだよな?
『信じてるから』な!?
戦闘の時に、誰かが好んだセリフだったが、誰のものだったかなんて、この際どうでもいい。
とにかく無事に終わってくれと、今はひたすら祈る勝真だった。
〜fin〜
そして「海編」へと続く(笑)
なんだか無駄に長くなりましたが、3万御礼創作でした☆ こんなの「貰って」と言っても、長くて邪魔だと思うので今回はフリーには致しません。 あ、もし、欲しいという方がいらっしゃいましたら、持って行って下さって構いませんので(笑) (その際は、ご連絡下さると嬉しいです) え〜、ということで、、勝真さん、未遂に終わりました(^^; 無用に期待(?)させてしまって、すみませんでした(ぺこぺこ//) 川遊び編は、ここで終わりですが、このまま海遊び編へと繋げていきます。 よろしければ、次作もお付き合いくださいませ☆ (2005.8.16) |