夏林の清流 3
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
花梨のしどろもどろな説明を一通り聞き終えた勝真は、しばし言葉を失った。
「足を滑らせて、気がついたら川の中に寝てた」などと言っているが、
要するに、その間・・一瞬だったにせよ・・気を失っていたということだ。
勝真が、彼女の異変を感じたのも、そのときだろう。
「・・・おまえな・・・・・。」
勝真は、背中に冷たいものが流れるのを感じた。
ただ気を失っていただけならまだしも(それはそれで心配だが)、一番の問題点は、
水の中に倒れこんだということだ。
仰向けに倒れた上に、そこがたまたま浅い部分だったのが幸いして
呼吸には何の影響もなく、ひっくり返っていられたのだろうが、
意識のない状態で、水の中に落ちたりしたら・・・・。
「下手したら・・・おぼれてたぞ・・・?」
すぐに意識を取り戻したとしても、十中八九パニックになる。
人間は、膝より下程度の深さでも、場合によっては溺死するのだ。
そこまで考えて、背中の冷や汗に加え、腕には鳥肌、そして顔が引きつるのがわかった。
顔面蒼白、というのはこういうのを言うんだろう。
もはや、怒る気力もない。
「やだなあ・・・、大袈裟ですよ、勝真さん。」
どっと疲れた様子の勝真を見て、とりあえず怒られる心配はなくなったようだと
安心した花梨が、能天気に笑った。
「俺は、どちらかというと、おまえみたいに外で生き生きと動いてる女の方が好みなんだが・・・。
好いた女を、屋敷の奥に閉じ込めておきたがる男の気持ちが、よーくわかったぜ・・・。」
勝真は、花梨から受け取った桔梗の花を、襟の合わせ目に差し込むと、はぁぁ〜〜と大きく息を吐き出した。
「え〜〜、それだけはイヤですからねっっ。」
勝真とは対照的に、元気になった花梨が、口を尖らせて抗議している。
「・・・おまえ、わかってるのか?
俺が心配してるのは、寝取られるとか、そういうことじゃないんだぞ?」
いや、ま・・・それはそれで、また別の心配なのだが、今は置いておくとして。
改めて、彼女を見る。
「もっと大切な・・・・。」
おまえの存在にかかわる問題なのだ・・・そう言いかけた勝真だったが、ふと言葉を途切らせた。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうかしたんですか?」
こちらを見つめたまま、唐突に黙ってしまった勝真に、花梨が首を傾げた。
「花梨・・・・。」
それには答えず、勝真はおもむろに彼女の腕を引き寄せた。
「そういう格好は・・・反則だな・・・。」
とりあえず一段落ついて、改めて眺めた彼女の姿は、
上着を脱ぎ捨て、袖のない薄い衣を一枚だけ纏っただけ。
そんな姿でずぶ濡れになったために、体の線がくっきりと浮かび上がっている。
「誘ってるようにしか、見えないぞ。」
言の葉を紡ぐ唇が、熱を帯びる。
「さ・・さ・・・誘ってる・・・・って・・・・っ・・/// 」
突然、艶めいた瞳で見つめられた花梨は。その視線を逸らすことも出来ず、
急にしどろもどろになった。
「違うのか・・・?」
「・・・ち・・ちが・・・っ・・・。」
違います!と言いかけた花梨だったが、その言の葉は勝真の唇に遮られて、声にならなかった。
花梨の背に腕を回した勝真が、その身をゆっくりと押し倒しにかかる。
「こんな衣をまとっていたら、風邪ひくぞ・・・。」
彼女の耳元でそうささやきながら唇を落とし、襟元に手をすべらせる。
「・・・か・・勝真・・さ・・ん・・・・・///。」
花梨が甘い吐息を漏らし始める。
「・・・・・・・・・っ・・!・・・・・・・い・・・たい〜〜っっ!」
だが、その彼女の口から、いきなり苦痛の声が漏れた。
「・・・え・・・?」
拒否するように呟き、涙まで浮かべた表情は、かなりそそられるものがあるが、
まだ口付けただけである。
「痛いって・・・まだ何も・・・・lll。」
「そうじゃなくって、コブが痛いのっ・・・。
そっ・・それに、こんな所でいきなり何するんですかっ・・・。」
何するって・・・男が上になってすることなんて、ひとつしかないだろう。
コブが痛いならこれを枕代わりにしてやろう・・と勝真は自分の上着を引き寄せて差し込んだ。
「こんなとこじゃ、イヤだってば・・・・/// 」
だが我に返った花梨は、勝真の下でじたばたと抵抗している。
「誰も来ないさ、こんな場所・・・。」
感じ始めたら、そんなこと気にならなくなる。
そう思った勝真は、彼女の襟元にすっと手を差し入れ、その胸元に唇を落とそうとした。
だが────。
そのとき、がさがさと草をかき分ける音とともに、なにやら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「彰紋様、このような場所に清い流れが・・・。一休みして参りましょうか。」
「泉水殿、そういう呼び方はもうお止めください、仮にも僕の兄上なのですから・・。」
そう諭している本人も、相手のことを兄上とは呼んでいない。
いや、そんなことはこの際どうでもいい。
聞きなれたものだが、今は全く聞きたくもない声に、勝真は動きを止めた。
「勝真さん・・っ・・どこが『こんなところ誰も来ない・・』なんですか・・・っ・・。早くどいてくださいっ。」
花梨も抵抗して暴れるのは止めたものの、声をひそめて抗議している。
「・・・しっ・・・。」
勝真は花梨の唇を人差し指で押さえながら、彼らの様子を伺った。
「それにしても、供を付けずに歩くのは良いものですね。八葉時代が懐かしいです。」
「しかしながら彰紋様・・・本当に良かったのですか、誰にも告げずに抜け出すなどして・・・。」
どうやら、羽を伸ばしたいと言い出した彰紋に、泉水が付き合わされたらしい。
がさがさと下草を掻き分けながら歩いてくるが、こちらの姿は草に隠されているらしく、気づかれてはいないようだ。
さてどうするか・・・・。
何食わぬ顔で出て行っても良いが、ずぶぬれになった花梨のこんなに艶っぽい姿を見せるのは、かなり抵抗がある。
(そこらへんで水を一口飲んで、さっさと行けよ。)
だが・・。
「おや、この木の下は草がなくて、腰を下ろすのにちょうどいいですね。」
先ほど勝真が下草を払った木の根元に、ふたりして腰を落ち着けてしまった。
距離にして20歩強・・というところか。
「しかし・・・綺麗に刈り取られている感じですね・・・人の手に拠るもののようですが・・・。」
泉水がさりげなくするどいことを言っている。
「ごく最近、誰かが・・・・。・・・・おや、これは・・・姫君の衣では・・・。」
(ちっ・・・。)
勝真は小さく舌打ちした。
先ほど花梨が脱いだ上着が、転がったままだったらしい。
「どうされました、泉水殿。 あれ?この衣どこかで見た覚えが・・・・。」
「あの・・・もしや、神子のものでは・・・? なぜこのような場所に・・・・。」
あ〜、危ないアブナイ・・・・///。 あやうく、裏へ突入するとこだった・・・(><* 連日の暑さにネジが1本飛びかけてました。 慌てて閉めなおしたけど(苦笑) でもまぁ、彼女のああいう姿を見た成人男性としては、健全な(?)反応ではないかとv ちなみに、二人の間にそういう関係が既に存在するのか、 はたまた、これが初めてになるはずだったのか・・については ご想像にお任せします(笑) (2005.8.9) |