夏林の清流
さらさらと音をたてながら、透き通った水が流れていく。
ひとときの涼を求めようと、山道を離れ木陰を求めて入った林の中に、偶然、清涼な流れを見つけた。
「花梨、早く来い。」
照りつける真夏の日の光に「勝真さん、暑いですー。」と
ダラけきった様子で付いてきていた花梨を振り返った勝真は、弾んだ声で彼女を促した。
その声に、けだるそうに顔を上げた花梨は、小川を見つけるなり、パッと顔を輝かせた。
「ここで少し休んでいくか。」
久しぶりに京の街を見渡せる場所へ行ってみたい、と言い出した花梨を連れて、
京の中心部から、そう遠くない小山にのぼってきたが、真夏の太陽はやはり半端ではなかった。
冬の間なら、多少息があがるかなという程度で登れた道が、倍以上の距離に感じる。
それでも勝真は、以前と同じように一気に登ってしまうつもりだったが、
さすがに花梨にはきつかったらしく、休憩を余儀なくされた。
だがそのおかげで、今までは気づかなかった、このような涼しげな場所を見つけることができた。
(もっとも、冬に見つけたところで、寒々しいだけだったに違いないが。)
「この辺りがいいかな。」
勝真は、大きめの木をひとつ選ぶと、懐に忍ばせている短刀で、
その下に生えている草をバサバサと取り払った。
その草を放り投げてから、ハッと気がつき、思わずきょろきょろと周りを見回す。
(こういうところで何かを投げると、どういうわけか、あのおじゃま虫が出て来るからな・・・。)
しばらく様子を伺っていたが、幸い今日は、「何するんですか!」という、あの素っ頓狂な声は聞こえてこない。
どうやら今回は、邪魔をされる心配はなさそうだ。
「座ってろ、水を汲んできてやるから。」
そう花梨を促しておいて、水辺に近寄る。
「うわぁ、きれいな水・・・!」
だが、持っていた竹筒を流れに浸していると、すぐ後ろから花梨が覗き込んできた。
「勝真さん、入ってもいいですか?」
勝真から受け取った竹筒の水を一口、口に運びながら、花梨が嬉しそうに問うた。
「・・・ダメだと言っても、聞かないんだろう?」
先ほどまでの疲れた様子はどこへやら、花梨は目をきらきらさせて、
流れと勝真とを交互に見つめている。
山を駆け下りてくる流れは、手を浸すと強い抵抗を感じるほど、早いものだったが、
深さはそれほどでもなく、せいぜい、膝の少し下といったところだ。
川幅も、大人の身長より少し広いくらいか。
これなら、特段、危険もないだろう。
「言い出したら聞かないしな、おまえは。」
ダメだといったところで、素直に引き下がるわけがない。
「それにしても、現金なヤツだな・・。」
勝真は、先ほどまでの花梨の様子を思い出して、苦笑いした。
「少し流れが早いから、気をつけろよ。」
「は〜〜い!」
それを聞いて花梨は満面の笑みを浮かべた。
「あ、そうそう、足元はいいが、袖を濡らさないように気をつけろよ。
衣が水を吸うと、重くなって後が大変・・・・。」
先ほどの木の下へ腰を下ろそうとした勝真は、ふと気が付いて花梨に注意をしておこうと振り返ったが、
彼女を見て、思わず目が点になった。
「・・・・って! おまえ、何してるんだ!?」
水辺に立った花梨は、おもむろに水干の紐を解くと、何の躊躇もなく、それを脱ぎ捨てようとしていた。
いや、上着を脱ぐのは構わない。
多少、理性を揺さぶられるような気もしないではないが、その下にも当然、衣を纏っているのだから。
だが───。
「なっ・・なんなんだ、それは・・・!」
上着を脱ぎ捨てた花梨を見て、点になった目が、今度は飛び出しそうになった。
「なに・・って。 勝真さんとお揃いですよ?」
素敵でしょ、と言いたげな表情で、花梨が無邪気に笑う。
「いくら涼しい素材とはいえ、こう毎日暑いと、あんなに袖がたっぷりある衣なんか着ていられませんもん。
だから、紫姫に頼み込んで作ってもらったんですよ。うふふっ、やっぱり夏はノースリーブよね〜!」
「のーすり・・・?」
なにやら意味不明の言葉を紡ぎながら、花梨は嬉しそうにくるんっと回って見せた。
今彼女が身につけているのは、勝真と同じような袖なしの中着と、「制服のスカート」とかいうものだけだ。
いつのまにか履物も脱ぎ捨て、腕も足も、指先まで惜しげもなく見せている。
その可愛らしさに思わず惹きつけられ、言葉を失っている間に、花梨はバシャバシャと水の中へ入っていった。
「俺とお揃い・・・か。」
一瞬、呆気に取られていたが、気を取り直した勝真は、
思わず笑みをもらしながら、先ほどの木の下に腰を下ろした。
手には、先ほど花梨が脱いだ上着がある。いつのまにか、押し付けられていたらしい。
「それにしても、あの紫姫がよくあんな衣を作ってくれたもんだな。」
きっと、連日「暑い、暑い」とまくし立てて困らせたのだろう。
「彼女も気の毒にな。」
だが、その言葉とは裏腹に、そうせざるを得なくなった紫姫に感謝したくなる。
花梨が跳ね上げた水しぶきが、木々の間を縫って降って来る日の光を反射してキラキラと輝き、
その中にいる彼女を、より一層引き立たせている。
うるさいほどの蝉しぐれの中、彼女のたてた水音が、清いせせらぎの音に混じって清々しさを増していた。
どのくらい時間が過ぎたのか、或いは一瞬眠っていただけなのか・・・。
何か、この場にそぐわない物音か声のようなものを聞いた気がして、勝真はハッと我に返った。
慌てて辺りを見渡すと、先ほどまで水と戯れていた花梨の姿が、どこにも見当たらない。
「花梨・・?」
何かあったのだろうか。
この辺りにはもう、怨霊の類はいないはずだが、危険はそれだけとは限らない。
「しまった。」
勝真は、身を跳ね起こして駆け出した。
「花梨! どこだ!?」
水辺まで来て、上流へ行くべきか下流を目指すべきか躊躇した勝真は、
辺りを見回しながら、大声で花梨を呼んだ。
木々の間を縫うようにして流れている小川は、曲がりくねっていて、見通しがほとんど利かない。
「くそっ・・・。」
彼女の気配が感じ取れない。
勝真の背中を冷たいものが流れた。
勝真さんといえば、夏が似合いそう〜v ということで、3万HIT記念を兼ねた夏企画です(笑) しばらくお付き合い頂けたら嬉しいです♪ 今回の話は季節が夏ということで、ED後を想定し、 春を舞台にした「桜色の夢占い」の後に位置付けました。 全くの短編として書いてもよかったのですが、前作からの流れがあったほうが、 二人の距離感などを想像しやすかったので☆ ということでへっぽこ陰陽師編(?)の続きの形を取っていますが、 今回彼は登場しないと思います。 (あの人、おもしろいんだけど、引っかき回されるし・・・^^;) さて・・・冬に見てたら寒々しいだけだった勝真さんの衣。 夏にはもってこいの格好だな〜と思っていたら、逆に花梨ちゃんの衣が暑苦しく見えてきて。 彼女、あんなことしてしまいました(笑) でもま、現代人なら当然かとも思ったり・・☆ あ〜でも、林の中の清流・・・気持ちよさそうだな〜。 毎日暑いので、その冷たさを感じたくて書いてる創作だったりします(苦笑) (2005.7.28) |