紅葉狩り





駆け出す瞬間、空気がふわっと動く。
その一瞬が大好きだと、以前、花梨は言っていた。

今もそんなことを考えているのだろうか・・・。

馬を走らせながら、勝真はそっと彼女の様子を伺ってみた。
勝真の前で横向きに馬に乗っている花梨は、左手で勝真の衣をつかみ、右手を自分の胸の前に当てていた。


「いっそのこと抱きついてくれてた方がいいんだがな・・・」

「え?」

「あ、いや、なんでもない。」

やばい・・『抱きついて』なんて、聞きようによっては下心があるみたいじゃないか・・・。
いや、そうじゃなくて!

「おまえ、後ろに乗ってたときは、あんなにしっかりとしがみついていたのに、
なんで今は、申し訳程度に俺の衣を持ってるだけなんだ?」
そうだ、これは素朴な疑問だ。

「え、なんでって言われても・・・」

花梨は一瞬返答に困った。後ろに乗ってしがみつくのと、前でするのとでは大きな違いがあるのだが・・。
そんなふうに意識するのは、やはりおかしいのだろうか。

答えに窮している花梨と見て、勝真は続けた。

「あ、あのな、変な意味じゃないからな?」

「はい?」

花梨が斜め上を見上げると、馬を操っているせいか勝真は微かに紅潮していた。

「ちゃんと持っててくれないとその・・振り落としそうで怖いんだよッ・・」

そうだ、それだけのことだ。
花梨を落として怪我でもさせたら、ただでは済まない。
神子の安全を守るのは八葉として当然のことだ。

勝真はそう自分に言い聞かせた。

だが花梨は意外なものを見るような目で、勝真を見つめた。

「勝真さん、前から思ってたんですけど・・何かあったんですか?」

「?・・・なんだよ、いきなり。」

何を言い出すつもりだろう。

「以前、後ろに乗せてくれてた時は、そんな心配なんか全然しなかったのに。」

え?

「そんなはずは・・」

ない! 
なかったはずだ。

俺は八葉だ・・・。


・・・あれ?


そういえばこの前イサトを後ろに乗せて走ったとき、あいつ血相を変えて何かわめいていたな・・・。

ちょっと待てよ・・・?
なんかイヤーな予感がするんだが・・・。

「勝真さん、なんだか最近優しくなったなあと思って・・・」

花梨は少しうつむき加減で、恥ずかしそうにそう言った、・・・のだが。

それどころではない勝真は、花梨の様子に気づいても、それの意味するところまで考える余裕はなかった。



「な、なあ花梨、後ろに乗るって怖いもんなのか・・?」

おそるおそる尋ねてはみたが、答えを聞きたいような聞きたくないような・・・。

勝真のそんな気持ちを察してか、花梨は言いにくそうにした。

「え?えと・・・そうですね・・・。強いて言えば怖かった、かな・・。」

やっぱりそうか・・願わくば、後ろだったからというだけの理由であって欲しいのだが。

「だって勝真さん、人を乗せてるって意識、あんまりなかったですよね。かなり荒っぽかったですもん。」

「うっ・・」

言いにくそうにしていた割には、ズバッと言われてしまった。
しかも、イサトが喚いていたのとほぼ同じじゃないか。
ということは・・・

イサトが馬から下りたときの様子を思い出して、勝真は耳を塞いで逃げ出したい感覚に駆られた。

しかし、話し出すと思い出話をするような気分になったのか、花梨は楽しそうに続けた。
「ほんと、何度も振り落とされかけて、死ぬかと思っちゃいましたよ!」




サーっと血の気の引く音が聞こえた。



「・・・・・・・・・。」



二の句がつげない。

「あの、勝真さん・・?」

い、いまは声をかけないでくれ・・・。とてもじゃないが返答できる状態じゃない。

『死ぬかと思った』だって?
自分は、今まで八葉として・・いや男として、花梨の信頼を得ることが出来ていたのだろうか?

勝真の動揺が伝わったのか、馬の速度もだんだんと下がっていた。

「あの・・大丈夫ですよ?『死ぬかも』っていうのは思っただけで、今はこうしてピンピンしてるし!」

花梨は能天気にそう言った。

だが、それは結果論というものだ。
もしかしたら、本当に振り落として・・・。ああ、考えるだに恐ろしい!!



「花梨、俺を殴れ!」

突拍子がないとは、こういうことを言うのだろう。

「・・・はい??」

花梨は訳がわからず、勝真の顔をポカンと見つめた。

「おまえにそんな思いをさせてたなんて、八葉失格だ。俺は自分が許せない!」

過ぎてしまったことはどうしようもない、だがケジメは付けておかねばならない。

「殴ったからといって、許されるもんじゃないとは思うが、このままでは俺の気が収まらない。だから・・・」

勝真はこれ以上はないというくらい真剣な目をして、花梨を見つめていた。
本気で後悔しているのだろう。



花梨は、そんな勝真の様子をしばらく見つめていたが。

「失格なんかじゃないです。」

にっこりと、そしてはっきりとした口調で勝真を遮ると、おもむろに襟元にある水干の紐を解き始めた。

「え・・・!? か、花梨!? な、な、なにをするつもりだ!!い、いくら人気がないといったって、こんな真っ昼間からそんなこと・・!」

先程までの真剣な口調はどこへやら・・勝真は思いっきり狼狽した。
冷静に考えれば、今までの話の内容からして、流れがいきなりソッチの方へいくわけはないのだが・・・。

硬派を装っていても、勝真だって20歳の健全な男子。
ある意味、仕方がない。

だが。

「・・? 何って、これ解かないと懐の中のものが出せないから・・・。あの、人気とか昼間からとか、なんのことですか?」

現代人の花梨にしてみれば、上着のボタンを外したくらいのことでしかない。

「え? あ、ああ・・そ、そうなのか・・は、ははは・・いや、なんでもないから・・。」

ここはもう、笑ってごまかすしかない。

「はあ・・。何言ってるんだ、俺・・・」

花梨に気づかれないように、勝真は横を向いてため息をついた。



その時、勝真の目にいきなり赤が飛び込んできた。

「!?」

よくみると、もみじの小枝だ。
この時期、別段珍しくもないが、勝真はどこか見覚えがあるように思った。

「これは・・・」

「覚えてますか? 以前、勝真さんが持ってきてくれたもみじですよ。」

そうだ。

イサトと桂川まで行ったときに、少し足を伸ばして取って来たもみじだ。
あの時、イサトは怒って帰ってしまったので、その後ひとりで山まで取りに行ったのだ。

「これを持って来てくれた前の日、私、せっかく来てくれた勝真さんを追い返しちゃって・・・。
気を悪くさせちゃったんじゃないかって、すごく気になっていたんです。」

花梨は、もみじの小枝を大切そうに手の平で包みながら話し始めた。

「愛想尽かされちゃったらどうしようって。あの日は一日中ずっと勝真さんのことばかり考えてました。」

馬はいつのまにか、完全に止まってしまっていた。

「だから次の日の朝、勝真さんがこれを持っていつものように来てくれた時、とっても嬉しかった。」



いつもがんばっている花梨に、少しでも息抜きになればと、何気なく手折って持っていった小枝。
そんなに日は経っていないはずだが、ずいぶん葉先がしおれてしまっている。
ずっとそうやって持っていたのだろうか。

勝真は、胸の奥にあった小さな灯りが 急速に熱を持っていくように感じ、戸惑った。

「花梨・・・」

「だから!だからね、八葉失格なんかじゃありません。勝真さんは・・・」
花梨はそこまで言うと、少し躊躇うように言葉を詰まらせた。

「・・・花梨?」

もみじの小枝を手の平で弄びながら、落ち着きなく視線を泳がせている。

「花梨・・・どうでもいいが、そんなに捏ねくり回していると葉がボロボロになるぞ。」

言ってから、『しまった』と思った。
花梨は何かとても大事なことを言おうとしているんじゃないだろうか?

「あ、いけない!わたしってば、大切なものなのに!!」

花梨は慌ててその小枝を懐にしまうと、水干の紐をきちんと結び直した。

「そんなに大切なのか?」

思わず聞いてしまう。

「大切です! 勝真さんといられないときは、このもみじが勝真さんだと思えるくらい・・・!」

それだけいうと花梨は、真っ赤になって俯いてしまった。
しばらく待ってみたが、もうそれ以上しゃべるつもりはないらしい。


俺=もみじ???
なんだそりゃ?

勝真は、花梨の言葉の意味を必死で考えていた。
花梨のセリフを反芻してみる。


もみじの小枝が大切だと言った・・・。

そのもみじは勝真と同じだと言った・・・。

と、いうことは・・・。


「!」


勝真の中で、チーンと音を立ててある結論が導き出された。


「あ、あの、よ・・・。」

こういう時は何と言えばよいのだろう。
別に、愛の告白をされたわけではない。
八葉として、大切だと、信頼していると言われただけかもしれない。

だが勝真は、胸の鼓動が早くなるのを感じていた。

こんなとき、翡翠あたりならきっと、気の利いたセリフのひとつやふたつ、すらすらと言ってのけるのだろうが、
とてもではないが、勝真にそんな余裕はなかった。

「あ、ありがとな・・信頼してくれて・・。俺も大切に思ってるぜ? なんてたって我らの神子様だもんな。」

とにかく何か言わなくてはと焦って口走ってしまったのだが、
それを聞いて顔を上げた花梨は、心なしか表情を曇らせた。

「あ、いや、そうじゃなくて・・・」

神子だから大切に守らねばならない・・・それは義務だ。
最初の頃は、確かにそれだけだったと思う。

だが今は違う。何かが違っている。

守りたい。守ってやりたい。

心の底からそう思っている。

この想いをどう表現すれば分かってもらえるのだろう。
言葉に出来ないもどかしさに、勝真はイラついた。


「ああ、もう、面倒くせえ!!」

「えっ?」 

それを聞いた花梨は何を思ったか、目を大きく見開いて凍りついたが、勝真は構わずその身体を引き寄せた。

「え、あ、あの・・・?」

勝真の突然の行動に、花梨は思いきり混乱した。

「だから・・・! こうしてしっかり掴んでろ! ・・・掴んでて、くれっ。」

勝真は、顔にどんどん熱がたまってくるのを感じた。

花梨が驚いて身体を離そうとしたが、いま顔を見られるわけにはいかない。
勝真は、何の前触れもなくいきなり馬の腹を蹴った。

「きゃあ!!」

花梨は、反射的に勝真にしがみついてきた。

そのまま全速力で馬を走らせる。

「か、勝真さん!!あ、危ないですー!!」

「大丈夫だ、落としたりしない、絶対に。」

勝真は、自分に言い聞かせるようにそう言った。
この腕で守ってみせる、必ず。

胸の鼓動は相変わらず、早い。

これは気付かれているだろうな、どう考えても・・・。
花梨は、観念したのか、勝真の胸に頬をくっつけてじっとしていた。









「なあ、花梨・・・。文を・・くれないか?」

最初の用事を終えて、木陰での休憩中。勝真はおもむろにそう言った。

「はい?」

いきなり何を言い出すのだろう、花梨は思わず勝真を見上げた。

「俺は、出来る限り毎日、紫姫の屋敷へ行ってやる。
だが、どうしても他のやつらと出かけないといけない日は・・・前もって教えてくれないか?」

断られた後、ずっとイラついてなきゃいけないなんて、もうゴメンだ。

花梨はしばらく勝真を見つめていたが、その意味するところを理解するとにっこりと笑って言った。

「わかりました。じゃあ毎日書きますね!」

「え? いや、都合の悪い日だけでいいんだが・・・」

勝真は訂正しようとしたが、花梨は聞いていないらしい。

「それじゃあ、今日はこれから紙を探しに行きましょう!それと文につけるお花も!たくさんいりますもんね。」

花梨ははしゃぎながら、うれしそうにそう言った。

「ああ・・・。 ん?ちょっと待て。自分がもらう文の材料を、自分で探しに行かないといけないのか?」

それは、それでなんだか味気ない。

だが・・・

「あ、そうですよね・・・。じゃあ、明日にでもイサト君たちと行ってきま・・」

「今から、行こう!」

勝真は勢いよく立ち上がった。
わき目もふらずに歩き出す。

「え?ちょ、ちょっと待ってください!!」

花梨が慌てて付いて来る。




少し歩くと、急に視界が開けた。

そういえばいつか見た虹も、こんな風景の向こうに架かっていた。
今では、自分と花梨をつなぐ大切な絆のように思える。

「いつまでも消えないでいて欲しいな。」

「え、何がですか?」

小走りで付いて来ている花梨が、無邪気に尋ねる。



「いや・・なんでもない。」



秋の空は、どこまでも穏やかに晴れ渡っていた。




こちらは勝真サイドから書いたショートですが、
花梨サイドからの詩もUPしています。
よかったら見てくださいね。

紅葉の遠乗り