大阪めぐり
「な〜、ちゃん、やっぱマズイんちゃうか?」
今日は、京都修学旅行の2回目の自由行動の日。
そう、自由行動。
各自それぞれ、自由に行動してよい日。(そのまんまだ)
前回と同じように、と二人きりの楽しい一日・・・なのだが。
「あ〜! 見えた見えた天守閣! あれだよね、大阪城!」
電車の中、扉の前に陣取り、窓にひっつくようにして外を見ていたが、嬉しそうな声を上げた。
今日は金閣寺か東寺あたりにでも行ってみようと思っていたのだが、
『 そうだ、せっかくこんなところまで来ているんだから、まどかくんの住んでた街に行ってみたいな。』
そう、可愛らしく迫られて(?)ついつい、YESと言ってしまった。
だが、本当にこんなところまで連れて来て良かったのだろうか。
自分ひとりならともかく、もし見つかったら、彼女もただでは済まない。
大阪城も見えたことだし、やはり次の駅でUターンすることにしよう。
「ちゃん、次で降りるで。」
「うん! 天守閣に登りにいこ〜!」
「・・・・・ぇ・・・・・。」
嬉しそうに振り向いたと目が合う。
「行くんか・・・? 大阪城・・・。」
「もちろん!・・・・あ・・・違うの・・・?」
一瞬止まってしまったまどかを見て、は少し心配そうな表情になった。
子猫のような表情で、じっとこちらを見ている。
「うっ・・・あかん・・・あかんなんて言われへん・・・。」
「・・・・・??」
言葉遊びのような返答に、意味をつかみ損ねたが怪訝そうな顔をした。
「ああ、ええとやな・・・無理だ、できないとはいえない・・・ってとこやろか。」
あの表情は、反則である。
決して意識的なものではなく、素の表情だけに、またやっかいである。
扉の窓に肘をあてた腕で、額を支えたながら、まどかは大仰にため息をついた。
「まどかくん、上手上手〜! やっぱり今日一日『標準語で話す日』にしとく?」
がくすくすと笑っている。
「それは、勘弁してえな〜。その代わりにここまで連れて来たったんやろ?」
そうなのだ、それを交換条件に出されたこともあって、あっさり承諾してしまったのだ。
まどかのようなどっぷり大阪人にとって、標準語で話すことは、なんともくすぐったくて、舌をかみそうで、
居心地の悪いこと、この上ない。
「嘘だって。だから、天守閣へ登りに行こ。ね!」
「しゃ〜ないなぁ・・・。」
どうしたって、彼女には適わない。
地上から離れ、空が少しだけ近くなった空間を、爽やかな風が吹き抜けていく。
空を見上げると、白くくっきりとした一筋の飛行機雲が、遠く京都へと続く山並みに向かって伸びていた。
そこから右の方へ目をやると、そちらには奈良との県境となる山脈が連なっている。
そして、その平野を全て埋め尽くしている街。
「大きな街だね・・・。」
欄干に肘を付き、両方の手の平で頬を包み込むようにして景色を眺めていたが、感心したように言った。
「これが大阪かぁ・・・。」
「厳密に言うと、今見えてるんは『大阪府』やな。」
彼女の横で、同じように肘を付いて街を眺めていたまどかは、体を起こすとおもむろにの手を取った。
「いわゆる『大阪』ちゅうんは、こっちや。」
そういって、天守閣をぐるりと回り、反対側に立つ。
こちらからは、遠く微かに海が見えている。
「こっちがキタで、反対側がミナミ。あそこに見えとんのが通天閣で・・・。」
「あ!ねえねえ、まどかくん! あの橋なに? すごく大きいみたい!」
近場の景色の説明を始めたまどかだったが、の意識は全く違うところに向けられてるらしい。
すっかり無視されている。
「橋・・・? ああ・・・あれか。
ちゃん、あんな細かいもん、よう見つけたなぁ。あれはたぶん関西空港への橋やな。」
苦笑いしながら答えたまどかだったが、次の瞬間、顔が止まってしまった。
「行きたい〜♪」
「・・・・・は・・・・!?」
関空へ行きたい・・・言うたか・・・?
マメ鉄砲を食らったようなまどかに、はにっこりと笑いかけた。
「ちょー・・・待て! ここからあそこまで行こう思たら、大変やで?
京都からここまでの、倍くらいの距離あんねんで・・・!?」
実際には、そこまでの距離はないと思うが、どちらにしても遠方であることに変わりはない。
(それに・・・交通費も馬鹿になれへんやんけ・・・。)
どちらかと言うと、こちらの理由の方が大きいのだが、そこは敢えて省く。
そんなみみっちいことは、プライドにかけて言いたくはない。
「・・・そうなんだ・・・。」
まどかのそんな思惑に気づいたのか、は一瞬残念そうな顔をしたが、
それ以上は無理を言わなかった。
「あそこなら、あまり人がいないかなと思ったんだけど・・。」
「・・・え?」
「じゃあさ、もう一箇所だけどこか連れてって? そしたら京都に戻るから。」
「あ・・・ああ、ええけど・・・。」
何か聞き逃してはならないことを言われたような気がする。
だが、がすぐに元の雰囲気に戻ったのと、「京都へ戻る」というセリフに
そんな思いは霧に溶けるように消えてしまった。
「そやな・・・。ほんなら近場で、プラネタリウムにでも行くか? でっかいで〜!」
プラネタリウムなら、はばたき市にもあるが、まだ一緒に行ったことはない。
大阪らしいところ・・とは言えないが、規模はかなり大きいし、そこそこ楽しむことはできるだろう。
(その割には安いし・・・?)
・・・・・・・懐勘定もしっかり計算に入ってるまどかだった。
神秘的なBGMとともに、全天が暗くなる。
「ぎょ〜さんの星やなあ・・・。」
300人が入れる大ドーム内に映し出された星空は、まるで本物さながらだ。
いや、今時ここまでたくさんの星が見える機会には、そうそう出会えない。
そういう意味では、逆に、虚構の世界だと言ってるようなものかもしれない。
そんなひねくれたことを考えていたまどかだったが、
その時横から、熱に浮かされたようなため息が聞こえてきた。
「・・・・すてき〜・・・・・・。」
そう呟いたが、スッとまどかに寄り添ってきた。
「・・え・・・。」
肘掛に乗せていた腕に、柔らかな感触と温もりを感じる。
「こんなとこへ、まどか君と一緒に来たかったの・・。」
(こんなとこ・・・・? こういう暗い室内へか・・・?)
ふわっと漂ってくる彼女の香りに、ふと、よからぬことを想像してしまう。
(ちゃうちゃう! 何考えてんねん、俺・・・っ・・///)
遥か頭上では、星々がゆっくりと動いている。
ナレーションの声が、季節が移ります・・とかなんとかしゃべっているが、
さっぱり頭に入ってこない。
「きれいだね・・・。」
だがの方は、視界いっぱいに広がっている星空と、幻想的なBGMが作り出すこの世界に
どっぷりと浸っているようだった。
ロマンティックな気分がそうさせるのか、まどかの腕に更にもたれかかってくる。
(・・ちゃん、それも反則や・・・!)
プラネタリウムは空を見るためのもの・・・当然、座っているイスはリクライニングさせていて、
今はふたりして、仰向けに寝ているような状態だ。
そこへ、こんなふうに寄り添われては、り・・理性が・・・っっ・・。
まどかは、天井に映る光の点(すでに星という認識はない)から視線を外し、こそっと首を巡らせてみた。
真っ暗で、ほとんど何も見えないが、小さな息遣いを感じる。
真上ではなく、少しまどかの方へ顔を傾けているのだろう。
ということは、ちょっと首を起こせば・・・。
(そ・・そやけど・・・初めてがこんなとこで・・ええんやろか・・・。)
まどかは、思わず周囲をきょろきょろと見回した。
満天の星空の下、というシチュエーションは最高ではあるが、所詮は作り物。
しかも、満員ではないにしても、周りには同じように寝っころがって上を見上げている人間がいっぱいいるのだ。
だが・・・。
(こんなチャンス、滅多にないやろし・・・。もしかして、期待・・・してるかもしれへんし・・・!?)
あくまでも、自分に都合よく考えてみる。
周りに人がいるといっても、両隣は空いているし、こんな真っ暗闇に近い状態では何も見えないだろう。
現に、の顔だって、ろくすっぽ見えないのだ。
ここでいかねば、男じゃ・・・・いや、姫条まどかじゃない!
「ちゃん・・・。」
自然と、声が熱を帯びてくる。
「ええ・・よな・・・?」
その身は寄り添ったままだが、返事はない。
さすがに緊張しているのだろうか。
あるいは、顔を真っ赤にして絶句しているのか・・・。
(真っ赤になったちゃんて、めっちゃ可愛いからなぁ。)
その姿を思い出して、笑いがこみ上げてきそうになる。
(あかん、あかん・・・またムードぶち壊しにしてどうすんねん!)
慌てて小さく咳払いをして、笑いを収めた。
姫条まどか、同じ過ちは二度と繰り返さないのだ。
は、相変わらず、まどかの腕にもたれかかったまま、動かない。
それを、OKの返事だと受け取ったまどかは、そっと首を起こした。
「ちゃん・・・好きやで・・・。」
ゆっくりと顔を近づける。
彼女の頬に手を添え、軽く目を閉じながら(どうせ何も見えないので)、
その息遣いを頼りに、唇を重ねようとしたとき─────。
・・・すー・・・・すー・・・・
「・・・・・・・え・・・・・・・・。」
実に、規則正しい息遣いが聞こえてきた。
「・・・・も・・・もしかして・・・。」
・・・・・・・・・・・・・・・寝てるんか!?
あやうく大声を上げそうになったが、寸でのところで、抑える。
「・・・・はぁ・・・・。」
・・・・・・がっっくり。
空調の整った館内、頭上には無数の星たち。
リクライニングさせたイスに、気持ちの良くなる(眠気を誘う・・?)ゆったりとしたBGM。
これで眠くならない方が不思議だとは思う。
思うが・・・・。
(あんまりにも無防備すぎへんか!?)
いや、彼女がまどかに対して安心しきっている・・・とも言えるのだろうが、
この場合、喜んで良いのか悲しんで良いのかわからない。
まどかは、自分のイスにドサッと身を戻した。
そのまま口付けることも容易くできたが、それは反則であるような気がする。
それに、彼女に自分を感じてもらわないことには、全く意味がない。
「・・・俺・・・ええ男やなあ〜。」
誰も言ってくれないので、自分で言っておく。
「・・・まどか・・・くん・・・。」
その時、のささやき声が聞こえてきた。
「・・・・・?」
目を覚ましたのか?
まどかは慌てて、耳を近づけた。
だが・・・。
「・・・むにゃ・・・むにゃ・・・・・。」
「・・・・・・・・・・なんや・・・寝言かいな・・・。」
(め〜っちゃ、どき〜ってしたちゅうねんっ・・・。紛らわしいやっちゃな〜。)
まどかは小さくため息をつきながら、再び、イスに頭を戻そうとした。
その時──────。
「・・・・キス・・・・して・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
そのセリフを解読するのに、しばらく時間がかかった。
『キ・ス・シ・テ』
「・・・・・・・・・・・・え・・・・ええ〜〜〜〜!?」
思わずあげた突拍子のない声に、周りの観客が一斉にこちらを睨むのがわかった。
慌てて口を抑えつつ、の様子を伺ってみる。
だが彼女は、相変わらずスース―と寝息を立てていた。
(寝言・・・やんな?)
だが、あんな甘いセリフを聞き流すことなどできない。
姫条まどかの、男としてのプライドにかけてっっ。
まどかは、ガバッと身を起こした。
そのまま身をひねり、彼女の両脇に手を付く。
彼女にも期待や願望はある、ということがわかった以上・・・。
(今度は、遠慮せえへんで・・・。)
再び顔を近づける。
プラネタリウム内に流れているBGMも、心なしか盛り上がっていうように聞こえる。
「・・・・ちゃんが・・・して・・・言うたんやからな・・・・・。」
寝顔に向かって一応断っておく。
だがその声も、自分で気づかぬうちに、自然と熱を帯びている。
瞳を閉じ、先ほどと同じように、彼女の息遣いを肌で感じ取る。
柔らかな感触が、唇にふわっと伝わってきた。
(・・・・・・・・。)
だが、まどかがその感覚をもっと深いものにしようとした時。
「あ〜〜、なんかやらし〜ことしてる〜〜。」
「・・こ・・らっっ・・・!・・・・あんたはあんなん、見んでええの! ほら、行くわよ・・/// 」
突如聞こえてきた、悪ガキそうな男の子と、その母親らしき女性の声・・・。
・・・・え・・・・?
(・・・なんや・・・・・今の声・・・/// )
なんだか、イヤ〜な予感がする。
まどかは、恐る恐る目を開いた。
「・・・・・・・・ちゃん・・・。」
が、呆気に取られた顔でこちらを見ている。
いつのまに目を覚ましたのだろう。
(・・・ていうか・・・なんで彼女の顔が見えるん?)
「い・・・いっやーーーーっっ!」
まどかの頭が、状況分析しようとフル回転を始めた瞬間、の渾身の一撃が、まどかの頬に炸裂した。
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(こちらから進まれると名前変換されない場合があります。その場合は一度目次にお戻りください。すみません//)