木漏れ日の下で
「ったく・・・。なんでこんなに安心しきって、眠ってしまえるんだ?」
京の街を見下ろす小高い丘の上。
馬でもなんとか登れる傾斜だったが、花梨が少し歩きたいというので、
登り口あたりで馬を下り、二人で歩いて登って来た。
『最近なんだか眠りが浅くて・・・少し寝不足気味なんです・・・。』
そんなことを口にしていたが、まさか本当に眠ってしまうとは思わなかった。
(疲れてるんだな・・・。)
気丈に振舞ってはいても、やはり神子としての重責を背負うのは大変なことなのだろう。
とはいえ、何の懸念も抱かずに熟睡してしまえるほど、信頼されているというのも、
嬉しいような悲しいような・・・フクザツな気分である。
木の幹の根元に腰を下ろしていた勝真は、自分の肩に頭を持たせかけている花梨を起こさないように気遣いながら、
彼女の背中に腕を回し、その身を胸の内に抱き直した。
勝真の右胸に、横から頬を押し当てる格好になった花梨が、自然と上向き加減になる。
その表情は子猫のように無邪気で、満足そうに微笑みさえ浮かべている。
「無防備すぎるぜ・・・・。」
思わず苦笑いが漏れる。
どこからか小鳥達の、じゃれ合うようなさえずり声が聞こえてくる。
頭上からは穏やかな木漏れ日が、優しくふりそそいでいた。
☆
・・・・・・・勝真さんの香りがする・・・・・。
小高い丘を登ってきた後の心地よい疲れが、ここ数日間の浅い眠りを後押ししながら、睡魔へと誘う。
自分の中にある勝真への想いの深さに驚き、戸惑い、彼から目をそらせていた日々。
それゆえに、なかなか深い眠りがえられなかった日々。
だが、彼に背を向けながらも、心ではずっと彼のことを想っていた。
この香りの中に包まれたいと願っていた。
それは、自分でもどうすることもできなかった矛盾した感情。
だがそれも、勝真らしい強引さで半ば丸め込まれ、いつのまにかその胸の中へこの身とともに包み込まれていた。
「勝真さん・・・大好き・・・。」
今は素直にそう言える。
先のことを一人で考えすぎる必要はない。
彼のそばでゆっくりと想いを温めていけばいい。
☆
「・・・・なっ・・・・!?」
思わずのけぞったので、あやうく花梨の頭を落としそうになった。
勝真の視線に応えるように、タイミング良く発せられた愛の言葉(寝言だが)に、柄にもなくドギマギしてしまう。
それにしても、普段は滅多に口にしないセリフを、夢の中ではこんなに簡単にささやいてくれるのか。
『好き・・・』
そう言ったまま半開きにされている唇。
その艶やかなラインをみつめていると、吸い込まれそうになる。
(・・・・・・。こういうのも・・・寝込みを襲うって言うんだろうか・・・・。)
ふと、そんな不遜な考えが頭をよぎる。だが────。
次に気づいたときには、彼女の柔らかな唇を感じていた。
────甘い香りがほのかに漂う。
何度でも奪いたくなる愛しい感触・・・。
深く・・・もっと深く感じさせて欲しい。
周囲の音がゆっくりと消えてゆく。
illustration by はな様(花めぐり)
「・・・ん・・・。」
ふいに花梨が身じろぎをした。
「・・・・や・・・・。」
息苦しくなったのか、目を閉じたまま、眉間にしわを寄せている。
その微かな拒否の言葉に、勝真はハッと我に返った。
伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。
「・・・あ、あぶねえ〜/// 本気で寝込みを襲うところだった・・・!」
夢の中ならともかく、本当にこんなところで手を出してしまっては洒落にならない。
「ま、まだ明るいし・・・な・・・。」
・・・・・・そういう問題ではない。
呼吸を整え、改めて花梨は・・と見ると、彼女は何事もなかったかのようにまた、すやすやと寝息を立てていた。
「・・・はぁ・・・・・。」
思わずがっくりとくる。
安心しきるにも程がある。
「俺は、おまえが思ってるほど、出来た人間じゃないぞ?」
知らないわけじゃないだろう・・・・?
そっと囁いてみるが、当然のごとく彼女の耳には届いていない。
これ以上みつめていると、また何をしたくなるかわからないので、勝真は無理やり視線を外した。
自分を信じきっている彼女の、その信頼に応えたいとは思うが、それもなかなか大変なことだ。
ふと見上げると、よく晴れた空の彼方で、鳶がゆっくりと弧を描いているのが見えた。
遠く近く、小鳥のさえずる声も聞こえてくる。
胸元にもたれかかっている花梨の温もりと、微かに漂ってくる香が心地よい─────。
彼女から伝わってくる寝息のリズムに、勝真の意識も同調し始める。
この時期にしては珍しく、あたたかい陽気に包まれた日の、穏やかな昼下がりだった。