気持ちも体も、すべて預けたくなるような優しい感覚に包まれている。

そんな満ち足りた気持ちの中で、ふと目を開くと、見慣れた顎のラインが飛び込んできた。

「・・・・・・?」

まだはっきりとしない思考の中で視線を上げると、半開きになった唇と、そっと閉じられている少し切れ長な瞳が目に入った。

(えーと・・・・?)

ぼんやりとしていた思考が、次第に定まってくる。
しばらく経ってやっと花梨は、それが勝真のものであることに気付いた。

「・・・・!・・・かっ・・勝真さ・・っ・・・・・。」

思わず、悲鳴まじりの声を上げそうになったが、彼が眠っているのに気付き、慌てて口を抑える。

「この距離でこの顔を見たことがない」という訳では、決してない。
だがやはり、目が覚めていきなり目の前に・・・という状況はかなり心臓に響く。

どきどきと音を立てる胸を抑えながら、暫く悩んでいた花梨だったが、
自分の背に回っている勝真の腕をそっと下ろして支えながら、とりあえず彼の胸の中からすり抜けた。

同時にひんやりとした空気が忍び寄ってくる。
小春日和とはいえ、初冬のこの時期、屋外で寝てしまってはやはり冷える。

木の幹に背を預けたまま眠っている勝真を、改めて見つめた花梨は、
とりあえず勝真の肩脱ぎにされている衣の袖を、肩からぐるっと回して、彼の胸元にかけた。
だが・・・。

「・・・・う・・・さむ・・・っ・・・。」

先程まで、勝真の体温に包まれていた身には、丘の上のこの空気は殊更冷たく感じる。

それは、勝真の方も似たようなものだろう。
否、今は感じていないかもしれないが、眠っている分だけ寒さによるダメージは大きいかもしれない。

「・・・・・・・。か・・・風邪・・・ひいちゃったら、困るわよね・・・・。」

誰にともなく、呟いてみる。
だが、こんな屋外では、着せ掛けてやる衣の持ち合わせなどない。

一番良いのは、先程のように、身を寄せ合っていることなどだろうが・・・。
一度離れてしまった今、もう一度身を寄せ合うことは、自分から抱きつきに行くようでかなり勇気を要する。

「・・・どうしよう〜〜〜・・・・。」

照れつつ、困りつつ、花梨は頭を抱えて勝真の方を見た。


と、そのとき、何かがひらひらと舞い落ちてきた。

「・・・・・? あ・・・もみじ・・・。」

散り残っていたのだろうか、わずかな風にあおられたらしい色づいたその葉は、
しばらく宙を舞った後、勝真の髪の上にふわりと落ちた。

茶系の髪の毛にくっついた、その深紅の葉は、まるで髪飾りのようだ。
あどけなささえ感じさせる、気持ちの良さそうなその寝顔に、妙に溶け込んでいる。

「・・ふふ・・・勝真さん、かわいい・・・。」

くすりと笑った花梨は、勝真の前に膝を付くと、そっと手を伸ばし、その葉に触れてみた。
同時に、意外と柔らかな髪の毛の感触も伝わってくる。

そっと顔を近づけると、彼を包む梅香の香りがふわっと漂ってきた。

軽く開かれた唇からは、微かな寝息が聞こえる。




吸い込まれそうになる─────。





ふと気が付くと、柔らかな唇の感触を感じていた。

「・・・・・っ!?」

ハッと我に返る。

「わ・・・わたし、何を・・・・!」

いつのまにか手にしていた、先程のもみじの葉を持ったまま、花梨は慌てて勝真から離れようとした。

だがそのとき、不意に腰の辺りに強い抵抗を感じて、身動きが取れなくなった。

「・・・・・!?」

「・・・・・・・・もう終わりか?」

聞きなれた声に慌てて視線を戻すと、薄目を開けた勝真が堪えたような笑みをたたえながら、
花梨の身を捕えていた。

「か・・か・・・勝真さん・・・・! な・・・な・・・なんのこと・・・ですか・・・・。」

無意識だったとはいえ、自分からキスするなんて・・・。
顔から火が出そうだ。
ここはとにかく、しらばっくれて逃げることにする。

だが、勝真の腕は、花梨をしっかりと捉えたまま離そうとしない。

「なにを今更照れてるんだ? 初めてってわけでもないのに。」

「・・・だ・・・って・・・・。」

確かに初めてではないが、挨拶程度にできるくらい慣れているわけでも、決してない。
ましてや、今までは完全に受身側だったのだ。

「それにしても、人の寝込みを襲うなんて、いい度胸だな・・・恐れ入ったぜ。」

「な・・・っ・・人聞きの悪いこと言わないで下さい・・・!」

花梨はゆでだこのように真っ赤になりながら、必死で腕を突っ張り、ぷいと顔をそらせた。

そんな花梨を愛しく思いながらも、それ故にまた、苛めてみたくなる。
勝真は笑いを必死で堪えながら、目を合わせようとしない花梨をみつめた。
先ほど自分が同じことをしたことは、この際、棚にあげておく。

「ずっと寝たふりをしてりゃ、良かったぜ。そうすれば、もっと先まで期待できたかもしれないのになぁ・・・?」

勝真は、なんとか逃れようと抵抗している花梨の体を、相変わらずしっかりと捉えたまま、独り言のようにつぶやいた。
さすがに堪えきれずに、くっと笑みがもれたが、その言葉に反応した彼女には聞こえなかったらしい。

「な・・な・・・なっ・・・・! そんなわけ・・・ないでしょーー!!」

動転した花梨が、勝真を突き飛ばしにかかってくる。
だが、突き飛ばせないので、諦めたのか、今度はぽかぽかと殴りかかってきた。

「勝真さんのばか〜! 離してよ〜!!」

「いてっ・・・! やめろ花梨、暴れるな・・っ。」

先ほどの勝真の台詞がよほどショックだったのか、彼女にしては珍しく、聞く耳持たずで抵抗している。

「・・・・・・花梨・・っ。」

仕方がないので、勝真は、それまで花梨の腰を支えていただけの腕を背中に回して
そのままぐいっと引き寄せた。

「え・・・!?」

花梨が、不意を突かれて倒れこんでくる。
その彼女の火照った頬が、外気にさらされて冷えた勝真の首筋をくすぐった。


心地良い温もりが伝わってくる。


いきなり抱きしめられて驚いたのか、急におとなしくなった花梨から伝わってくるそんな心地よさに
勝真はしばらく身を任せた。

胸の中で固まってしまった彼女が愛しい。



「それにしても、そんなわけないって・・・そこまではっきり拒否されると、さすがに傷つくぞ?」

彼女がおとなしくなったので、腕の力を抜きながら、勝真はふと思い出したように呟いた。
愛しさがゆえに、先ほどの反応はやはり気になる。

「えっ・・・・ごめんなさい・・・・そんなに傷ついた?」

同じように勝真の温もりを感じていた花梨が、驚いて顔を上げた。


「・・・・・・。・・・嘘だよ。」

まるっきり嘘というわけでもないが・・・・と心の中で呟いてみる。
だが、真剣なまなざしでこちらを覗きこんでくる彼女を見ていると、それ以上は言えなくなる。

「花梨、今度はちゃんと口付けてくれ・・・お互い寝込みを襲うのは、なしにして・・・。」

「・・・お互い・・・?」

「ああ、いや! こっちの話・・・。」

花梨がキスしてきたことをからかって楽しんだのに、勝真も同じことをしていたと知られたら、またややこしいことになる。
ここはなんとか、ごまかしてしまおう。
とはいえ、彼女を想う気持ちに偽りはないし、それと同じくらい自分のことも愛して欲しいと願っている。
そして、やはりその証は欲しい。

「花梨・・・おまえを感じたい。俺を愛してくれるおまえを・・・。」

「か・・勝真さん・・・・。」

真っ直ぐなまなざしでみつめてくる勝真に、花梨の心臓はまたしても跳ね上がった。
寒空の下なのに、急激に頬に熱が集まるのを感じる。
なにか問い質したいことがあったような気がするのだが、ストンと抜け落ちてしまった。


「・・・やっぱり目を開けてたらやりにくいか? ・・・・ほら・・・・。」

固まってしまった花梨をみて小さくため息をついた勝真は、少し思案すると、おもむろに目をぎゅっと閉じてみせた。

「これで、さっきと同じだろ?」

「・・・え・・・・・。」

さっきとは、眠っていた時のことを言っているのだろうか?

・・・これのどこが、同じなのだろう。
神経が花梨に集中しています、と言わんばかりだ。
その姿を見ていた花梨は、次第に笑いがこみ上げて来るのを感じた。

余裕が出来たのか、同時にいたずら心も湧いてくる。
花梨は、先ほどから手に握ったままだったもみじの葉をそっと取り出した。
今、勝真の腕は、花梨の背にそっと置かれているだけだ。

「勝真さん、目開けないでね・・・。」

「・・・ああ・・・。」

期待たっぷりに、勝真が返事をする。
だが、その軽く開かれた唇に真っ赤なもみじの葉を挟み込むと、花梨はすばやく勝真の腕からすり抜けた。

「ごめんなさい〜〜〜!」

そのまま、できるだけ勝真から遠ざかる。

「・・・・・・!?・・・花梨・・・?
な・・・なんだこれは! 俺はな、こんな枯れ葉じゃなく、おまえの瑞々しい唇が・・・・・!」

勝真は目を開くと、走り去っていく花梨に向かって声を張り上げたが、
大声で叫ぶのはさすがに恥ずかしい内容なので、慌てて口を閉じる。

「う〜〜〜・・・花梨・・・覚えとけよ・・・・。」

逃げられれば追いたくなる、すり抜けていけば捕まえたくなる、
そんな男の性を、彼女はまだ知らないのだろう。

「俺の理性の箍を外すのは、おまえだけだぞ・・・そのときは、何が起こっても保障しないからな。」

彼女に、勝真の理性の箍を外すつもりなど毛頭ないにしても、こんな調子では時間の問題のような気がする。

自分のちょっとした行動が勝真にどんな影響を与えるかなんて、露ほども考えていないのだろう。
そんな花梨の後姿を眺めながら、ひとつ、ため息をついた勝真は、
気を取り直すと、彼女の後を追うべく、ゆっくりと立ち上がった。


〜fin〜




というわけで、これでひとつの話です〜(^^;
前半とは逆パターンをやってみたかっただけです、はい・・・(大汗)
でもそれだけじゃおもしろくないので、勝真さんには目を覚ましていただきました(笑)

それにしても、このシリーズでは「丘の上」「紅葉」「眠る」というのがよく顔を出します。
意識して使っているわけではないのですが、
どうも、そういうイメージが出来てしまっているらしいです(^^;
そんなわけで、二次創作ではありますが、自分の中で作り上げてきた世界なので、
この「勝花シリーズ」はこれからも大切にしていきたいと思っています☆


それから、前後編合わせても別に変じゃない、気にしないとおっしゃっていただける方、
いらっしゃいましたら、こちらもお持ちくださって結構です(^^)

(2005.1.30)





















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