伝えられない言葉を
しまっておいた
心の奥底の小さな箱を
そっと
紙の上に乗せて贈りましょう
風と一緒に流れていく
淡いピンク色
あなたにも見せてあげたい、なんて
今年はちょっぴりロマンティック
お互いを知ったころ
初めて見た桜並木
あの頃は何とも思わなかったのに
伝えたい言葉があふれそう
今のあなたなら
この想い感じてくれますか?
あふれだしたこの想い
今のあなたなら
受け止めてくれますか?
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恋文騒動記
「恥っず〜〜〜〜/// なんだよ、これ!?」
この世界に似つかわしくない、丸くかわいらしい文字で書かれた一枚の・・・ポエム?
桜の季節がすぎ、初夏を思わせる陽気の土御門邸。
その門をくぐった所で、ふと見つけた薄紅色の紙。
普段なら気にも止めないのだが、綺麗に半分に折られたその紙は、
地面に落ちていたわりには特に汚れもなかったせいか、辺りの風景から浮かび上がって見えた。
思わず手にとって見たのだが・・・。
「これはどうみても、あかねの字・・・だよな・・。あいつ、こんなの書く趣味あったのかよ・・・。」
読んでいるこちらが赤面してしまう。
それにしても、この紙、どうしたもんだろう?
あかねの書いたものだとわかっていて、捨てていくのも気が引けるが、
かといって、おまえのだろうと持っていくのもなんとなく・・・イヤダ。
進退窮まって、悩んでいる天真の横を詩紋が通りかかった。
「天真先輩! あれ、何持ってるの?」
「し、詩紋!? な、なんでもねえよ!」
自分が焦る必要はどこにもないのだが、こんな恥ずかしいモノ(?)を他人の目に触れさせるのは
どういうわけか、かなり照れくさい。
天真は、持っていた紙を思わず後ろ手に隠した。
「ん〜?天真先輩、顔赤くない? ・・・なんか怪しいなあ?」
「な!なんでこんなの見たくらいで俺が赤くならなきゃいけないんだよ!?・・・・・あ。」
「・・・こんなの?」
詩紋が天真の後ろに回りこもうとする。
しまった・・・!
天真がなんとかごまかそうと、頭をフル回転させはじめた時、
ふいに後ろから、男の色気を漂わせた声が響いた。
「おやおや、これは・・・。恋文かな・・・?」
「うわっ?」
天真が慌てて振り向くと、扇で口元を隠しながら、くすくすと笑っている友雅の姿があった。
「これは、神子殿のお手蹟によるものだね? 天真、君が贈られたものなのかい?」
「えー!! 恋文!? あかねちゃんからの!? みせて!!」
詩紋が血相を変えて迫ってくる。
その詩紋を片手で押さえつけながら、天真は改めてその紙を見た。
恋文・・・?
「そうなのか、これ・・・。俺はてっきり、ハズイだけのポエムってヤツかと・・・。」
元いた世界でこんなもの貰ったら、照れくさいとか恥ずかしいとかを通り越して、引いてしまいそうだ。
だが、この世界でなら・・・?
「なあ、友雅。あんたなら、これ、どう読むんだ?」
天真はふと、恋愛事情に精通していそうな目の前の男の意見を聞いてみたくなった。
「こらこら天真、自分が貰った文を簡単に他人に見せるものではないよ?」
そう言いつつも、友雅からは興味津々な様子が伝わってくる。
「俺が貰ったんじゃねえよ。そこで拾ったんだ。」
「ほう・・・。では、誰に宛てたものなのか、わからないということだね?」
友雅の瞳が微かに光った。
「ですから、この最初の部分は、比喩的表現が用いられていてですね・・・。」
もっともらしく説明を始めた鷹道の横から、イノリが口を挟んだ。
「なあなあ、『ろまんてぃっく』でどういう意味なんだ??」
頼久が、その二人を無視して呟く。
「『心の中の小さな箱』とは、何のことでしょう?」
「だから、それは比喩的表現だと今説明して・・・・」
イノリの質問には聞こえないフリをした鷹道が、頼久を相手に講義を始めようとするが・・・。
「後半はともかく、前半は何が言いたいのかさっぱりわからぬ。」
今度は、泰明に遮られる。
「なあなあ、『ぴんく』ってなんなんだ?」
「『紙の上に乗せて』というのも意味が掴みかねます・・・。」
またしても、口々にしゃべり始める輩。
「あなた方! 私の説明を聞こうという意識はあるのですか!?」
「だから、聞いてやるから答えろよ。」
キレかけた鷹道の前に回りこんで、横文字の意味を教えろとイノリが迫る。
「だいたい、このようにまわりくどい文など書かずとも、相手の気持ちが知りたいのなら、直接聞けば良いではないか。」
これまた、雅の対極にいるような性格の陰陽師。
「泰明殿、そういう問題では・・・。」
土御門殿の中庭に顔を揃えた男たちが、一枚の紙をめぐってかしましい。
「なんでこんな大ごとになったんだ?」
「んー、やっぱり、あの人のせいじゃない・・・?」
喧騒から一歩はなれたところで、傍観していた天真と詩紋が辿った目線の先には・・・。
中庭に造られた池の上に架かった橋の上で、欄干にもたれかかりながら、苦笑を湛えている男。
「やはり、どう読んでも恋文だろうねぇ・・・。問題は誰に宛てたものか、ということだが・・・。
神子殿が桜を一緒に見たい相手というのは、誰だろうね?」
それはきっと自分だ、と言い張る天真と詩紋を無視して、友雅は通りかかった鷹道に声をかけた。
「・・・は? 桜・・・ですか。もちろん神子殿とご一緒したときに見ましたよ。あれは確か・・・。」
「いや、見たのではなくて、『見たい相手』なのだよ。」
そう言って友雅は、屋敷にいた八葉たちに次々と声をかけ・・・現状に至る。
「コホン・・・。とにかく、今一度整理してみましょう。」
理論立てて物事をまとめるなら、任せておけとばかりに、鷹道が皆の前に立った。
其の壱:最初の一節は、告白できない想いを恋文にするという宣言文である。
其の弐:恋文の相手とは、桜の季節に出会っている。
其の三:だが、一緒に桜は見ていない。
其の四:最後の部分は、ずばり愛の告白である。
「以上です!」
鷹道はめがねをキラリと光らせて、満足そうに頷いた。
「へえ〜、この世界じゃ、恋文をそういうふうに読み解くのか。」
「意外だよね〜、僕たちの世界よりずっと論理的なんだね。」
天真と詩紋が真顔で感心している。
他の八葉たちも同じように納得して頷く中、ひとり友雅だけが頭を抱えていた。
「鷹道・・・・・。」
「ただひとつ疑問が残っています。」
みなの反応に気を良くした鷹道が、調子に乗って続けた。
「疑問・・・とは?」
反論する気力をなくした友雅が、かろうじて問い掛けた。
「はい! 今、この京はすでに新緑の季節。しかしこの恋文には、今現在、桜を見ているように書かれています。」
「桜が咲いてた時に書いたんじゃないの?」
詩紋が小首を傾げながら、もっともらしい意見を述べたが、鷹道はあっさり却下した。
「いえ、この紙を見てください。先程、天真殿が拾われたということですが・・。」
其の壱:真中の折り線以外に折れた跡がない、きれいな状態である。
其の弐:こんなところに落ちていたということは、持ち歩いていた。
其の三:持ち歩いていたにもかかわらず、状態が良いということは、ごく最近書かれた物である。
「なんか、あんた、探偵みたいだなあ。」
「たんてい・・・ですか? いえ、それほどでも。」
天真の言葉に、意味はわからないながらも、悪い意味ではないと感じ取った鷹道は、さらに気を良くしたが、
頭を抱えていた友雅が、これ以上は黙っていられないとばかりに、口を挟んだ。
「・・・それは不思議でも何でもないのではないかな?」
「どういうことですか? 友雅殿。」
鷹道がいささかムッとした様子で振り向く。
その様子に苦笑しながら、友雅は欄干に持たせかけていた身体を起こした。
「洛中を離れれば、遅咲きの桜もあるだろう? 人里離れた山奥へでも行けば、この文のような風景もあるかもしれないよ。」
「確かに、そのような桜なら、所々で見かけますが・・・。
しかし友雅殿、並木といえるほど密集しているのは見たことがありませんが・・・。」
頼久が、もう一度文面を覗き込みながら、首を傾げた。
「これは皆さま、このような場所におそろいとは・・・・。いかがなされましたか?」
男7人、『うーむ。』と考え込んでいたところへ、控えめな声が聞こえてきた。
皆が一斉に振り向くと、その視線に圧倒された永泉が、おどおどしながら立っていた。
「あ!思い出した!」
「きっとあそこだよ!」
天真と詩紋が顔を見合わせて頷く。
「ああ・・・。きっとそうだろうね。」
「なるほど、あそこなら並木と言えるであろうな。」
「あ、あの・・・?」
友雅と泰明に見据えられた永泉は、冷や汗をかきながら一、二歩あとずさった。
「これはまた、見事な・・・・。」
仁和寺の庭園で、遅咲きの桜が所狭しと咲き誇っている。
初夏へと移り変わり始めた空は、穏やかな水色で、淡い桃色の花を美しく浮かび上がらせていた。
「季節がリバースされたみてえだな。」
「りばーす・・・ですか?」
天真の言葉に、永泉が首をかしげた。
「季節が遡ったみたい、ってことですよ〜!」
横から詩紋が、いつもより数段元気の良い声で、説明を加える。
その様子に、頼久が振り向いた。
「詩紋、なんだか楽しそうだな?」
「えへへっ・・・。だって僕、あかねちゃんと一緒に、この桜見に来たことないですもん。」
詩紋は、柔らかな髪をかきあげながら、しきりに照れている。
「見に来たことがないのが、何でそんなに嬉しいんだよ?」
天真が半ば呆れながら、尋ねた。
他の八葉たちも、さりげなく詩紋に注目している。
「え、・・いやあ・・・、だってほら書いてあったじゃないですか、『あなたにも見せてあげたい』って。
あれって、一緒に見に来てないって、ことなんでしょ。だから、僕のことかなあ・・なんて。」
「残念ながら、詩紋殿。それはかなり、安直ですね。」
嬉しそうに照れている詩紋に、鷹道が申し訳なさそうに声をかけた。
「この文の中盤部分を詳しく読み解いたところに拠りますと・・・。」
『見せてあげたい』のだから、この文を宛てた相手は、その桜を知らない、もしくは見ていない。
少なくとも、あかねはそう思っているはずである。
「しかしながら詩紋殿は、この桜をご存知の様子でしたが・・・?」
詩紋のことだから、きっとあかねにも話していることだろう。
「なんだそれ、どこらへんが『詳しく読み解いて』なんだ? まんまじゃねえか。」
さりげなく胸を張っている鷹道を、横からひょっこりと顔を出したイノリがせせら笑った。
「っていうかさ、京の人間で、ここの桜のこと知らないヤツなんているのか?」
「え・・・。」
し〜〜〜ん。
「・・・大概の者は知っているであろうな。」
止まってしまった空気と沈黙を破って、泰明が事実だけを端的に述べた。
「し、しかし、そうなると、この桜を見せてあげたい『あなた』というのは、一体誰なんでしょう?」
鷹道が冷や汗を押さえながら、誰にともなく問うた。
「いや、風の便りに聞いたことはあっても、見たことはないという人間もいるだろうしね・・・。」
「では聞くが、この中にこの御室桜を見たことがなかった者はいるか?」
これまた笑顔を引きつらせた友雅が、前向きな意見を述べようとしたが、現実派・泰明にあっさり却下された。
「いない・・・みたいだな。」
皆の様子を伺っていた天真が、慎重に言う。
この中に、あの恋文の相手がいないというのはよいが、自分もまたその対象外だということである。
淡い期待を抱いていた者も、自分だと思い込んでいた者も、
皆、オーディションにでも落とされたような気分になった。
「あ、あのー、ちょっとよろしいでしょうか・・・?」
春爛漫、はらはらと散り始めた満開の桜並木の下で、そこだけどよ〜んと低い雲が垂れ込めたような雰囲気の中、
ひとり蚊帳の外に置かれていた永泉が、おずおずと声をかけた。
「私、全く話が見えていないのですが・・・。ここの桜がどうかしたのですか?」
そういえば、永泉の姿を見てこの御室を思いつき、そのまま皆でやってきたが、
口数の少ない彼に、事の次第を説明するのを忘れていたようである。
(なんて失礼な・・・!)
「なるほど、そういうことですか。」
ずっと蚊帳の外に置かれていたことなど微塵も気にかけず、永泉はにっこりと笑った。
「実は、この奥に特別な人間しか入れない庭がありまして・・・そこにも美しい桜が咲いておりますよ。」
先日、神子と二人でその桜を見に行ったのだと、永泉は嬉しそうに言った。
〜続く〜
冒頭の天真の「恥っず〜〜!」というセリフは、私の気持ちの代弁だったりします。 なにせ、あの詩は高校の頃書いたモノのリメイク版ですから(^^; まあ、そのおかげで客観的な視点から突付くことが出来ましたが(笑) 透子様からのリク創作なのですが、この話の大元となる冒頭の詩にかなり悩み、 結局、昔書いたものを引っ張ってきたわけですが、それもピンと来なかったので 透子様に見ていただいて、ちょこっと校正してもらいましたv ちなみにこの時代の恋文といえば、短歌なのだろうとは思いますが、 まあ、その辺は笑って流してくださいませ。(^^; (あかねちゃんには文という意識はないかもですし・・笑) (2004.1.13) |