永泉が同行したことで入ることが出来たその庭は、こじんまりとしたものではあったが、
小さな橋が架かったひょうたん型の池を中心に構成されていた。

その池の周りには、枝ぶりの整った背の低い数本の桜の木が植えられており、
今まさに満開の枝々を、池の上に張り出し、その姿を湖面に映している。

はらりと落ちた桜の花びらが作った小さな波紋が、
空の青と淡いピンクを映した水面を、ゆらりと揺らす。

別世界のようなその光景に、八葉たちは皆、息を飲み、言葉を発することすら忘れていた。


「いかがですか、この庭は・・・。」

あの泰明ですら、魅入ってしまっている様子を見て、永泉が少し誇らしげに声をかけた。

「こちらは桜を中心とした春の庭なのですが、あの橋の向こう側は、紅葉や楓といった秋の木を中心とした庭となっております。
橋の上から見た景色は、池のほとりから見たものとはまた違った趣があって、すばらしいものですよ。」

どうやらここは、帝弟である永泉のために作られた庭であるらしい。
その中にいるせいか、彼はいつになく饒舌だった。



「あ、ああ、すげえなここ・・・。これをあかねと二人で見たのか・・・。」

最初に我に返ったイノリが、まだ少し夢見ごこちな様子で呟いた。

だがその何気ない言葉に、他の八葉たちは一気に現実に引き戻された。



この庭の桜を。
あかね(神子)と二人きりで。
見た・・・?


これ以上、情緒的で乙女心をくすぐる情景があるだろうか。
その場所に案内し、その優雅で優しく相手を包み込むような態度で、神子に語りかけたであろう永泉。
まだまだ夢多き少女である彼女が、彼に淡い恋心にも似た想いを抱かなかったという保証はどこにもない。

「も、もしかして、あかねちゃんが書いたこの恋文の相手って・・・。」

恐る恐る発した詩紋の言葉に応じるかのように、皆が一斉に永泉を振り返った。

「え・・・? あ、あの・・・・。ちょ、ちょっと待ってください・・・!」

皆の視線に圧倒され、またしても二歩三歩と後ずさる永泉。

「そ、それはないと思います!! だ、だってその文には『見せてあげたい』と書かれているのでしょう?」


「「あ・・・」」


そうだった、一緒に来ている者であるはずはないのだ。

「ということは、ここの桜のことを言ってるのなら、永泉様以外の誰もがその対象になるというわけだね・・・。」

友雅が誰にともなく呟く。だが・・・。
その友雅自身、それが現実味のある言葉とは思えなかった。

彼の経験から言えば、恋焦がれている相手がいるならともかく、そのような人間がいない状況で、
(少なくとも、今までの彼女の様子を見ている限りでは、いないといってよさそうである。)
この桜を見てあのような恋文を書いたのだとしたら、
その相手は、同行していた者である確率が一番高い。


「これは・・・これ以上詮索しても無意味なような気がしますね・・・。」

どこで読み間違えたのだろう??
鷹道が頭をひねっている。

「あんた、意外と当てになんねえなあ。」

一度は感心したことなど棚に上げて、天真が呆れ顔でため息をついた。

「しかし・・・客観的に考えるならやはり、永泉様は除外されるはずなのですが・・・。」

鷹道がまだブツブツいっているが、
だいたい、乙女チック全開状態の女の子が書いた文を、論理的に読み解こうとすること自体、無理があるのだ。


「な〜んかよくわかんねえけど、『ぴんく』とか『ろまんてぃっく』ってのは、こういうのを言うんだな!」

その二人の横で、イノリがすっきりした、という顔で元気よく言った。








「もう、皆さん、どこ行ってたんですか!!」

皆でぞろぞろと土御門邸の門をくぐったところで、仁王立ちになったあかねが頬をプクッっと膨らませて出迎えた。

その場の空気がピタリと止まる。
あかねが落とした文を皆で詮索していたとわかったら、さすがに乙女心が傷つくだろう。
八葉たちは、それぞれ近くの者と視線を交わして頷き合った。


「これは神子殿、おはよう。そのような表情もかわいらしくて素敵だね。」

友雅がくすりと笑いながら、ソツなくあかねに声をかける。
こういう場合は彼のような人間がひとりいたら、大変重宝する。

「・・っ! もう、友雅さんったら相変わらずなんだから。それに『おはよう』なんて時間はもうとっくに過ぎてます!」

あかねが、少し顔を赤らめながらも、ますます頬を膨らませる。
どうやら、うまくごまかせたらしい。

「ああ、そうだね、あまりに麗らかな日和なので、皆でその辺りを散策していたら思いがけず時間をくってしまったようだね。」

あかねがそっぽを向いているのを確認した友雅は、ちらりと天真を見ると、さりげなく目配せした。
それに気づいた天真が、横にあるつつじの木にカニ歩きで近づき、後ろ手に持っていた例の文を、パラリと落とした。

「と、ところで、あかねちゃんはこんなトコで何してたの?」

友雅の目配せを横から見て、その意味を感じ取った詩紋が、話を逸らせようと口を開く。

「なあなあ、あかね! どっか出かけるつもりだったんなら、俺と一緒に行こうぜ!」

だが、その詩紋と友雅を押しのけて、あかねの前に立ったイノリが喜色満面で彼女に誘いをかけた。
彼の場合、話を逸らせようという意識より、ただあかねと出かけたいだけの言動のようである。

「イ、イノリくん? な、なにするの! あ、出かけるなら僕も・・・!」

詩紋が必死の反撃に出るが、それを見た他の八葉たちも、負けじと口を開いた。

「お二人とも、誰を連れて行くかは神子殿がお決めになることですよ。
あ、ところで、例の場所へ行かれるなら私の属性が有利ですので・・・。」

「件の怨霊退治なら、私の術が役立つはずだ。」

「神子殿の行かれる所なら、どこへなりとお供いたします。」

「あかねは俺と出かけるんだよ!」

先程までの連帯感はどこへやら。
次々と名乗りを挙げる。


だが、それを聞いたあかねは、一転してそわそわとして落ち着かない様子になった。

「あ、えっと・・・、もうお昼近いし、今日はお休みの日にしようかな、と・・・。それにちょっと探し物してるから・・・。」

どうやら、例の文を落としたことに気づき、探しているところだったらしい。

「な、何を探しているのかな?」

友雅が冷や汗を滲ませながら、問い掛けた。
さすがに、いつもの笑顔が微かに引きつる。

だがその時、学芸会に出演した即席役者のような声が響いた。

「あれー? なんだこれ、きれいな紙がおちてるぞー??」





天真・・・・・・////

あまりの白々しさに一同はそろって頭を押さえた。
だがそれどころではないあかねは、幸い、皆には目もくれず、血相を変えて走り寄った。

「そ!それ〜〜!! 触らないで!!」

彼女は、目にもとまらぬ速さでその紙を掴んだかと思うと、そのまま懐にねじこみ・・・、
そしてにっこりと笑って見せた。
どうやら、ごまかし笑いをしているつもりのようである。


それを見ていたイノリが、ふと思いついたように口を開いた。

「あ、そうだ! なあ、あかね、『ぴんく』っていうのはさあ、桜のことなん・・・」

「イ、イノリ殿! この髪の毛、『ぴん』と立っていてすごく素敵ですね!!」

余計なことを言い出したイノリの口を、すぐ後ろにいた永泉が慌てて塞いだ。

「ね、ねえ神子、そう思いませんか!?」


・・・・・かなり苦しい。



「え? ええ・・・。」

だがあかねは、永泉の姿を見てふと思い出したように言った。

「そうだ、永泉さん、この前連れて行ってくれたあの場所、もう一度ご一緒できませんか?
ちょっと書きたいものがあって・・。」

それを聞いた永泉は、自分が名指しされたことにとまどいながらも、喜びを隠しきれずに満面の笑みを浮かべた。
押さえつけていたイノリを、ポイッと離す。

「あ、はい、もちろん、何度でもお連れ致しますよ! ・・・・・・ああ!あの文の続きを書かれるのですね!?」







「・・・・え?」








し〜〜ん。









「あ。」














「だ・か・ら! あれは恋文なんかじゃありませんからね・・・!」

「わかっておりますよ、ぽえむ、というものでしたね?」

興奮しているのか、少し顔を高潮させたあかねが、必死の形相で訂正を求めてくる。
その様子が、思いがけずかわいく見えて、永泉はくすりと笑った。

再び訪れた、仁和寺の奥の庭をゆっくりと歩く。
ひょうたん型の池に落ちた桜の花びらが、互いに寄り添い、さながら柔らかい絨毯のように見える。


あの後、八葉たちは何事もなかったかのように、それぞれ白々しい口実を口にしながら逃げて行き、
永泉ひとりが、あの恋文(もといポエム)を見ていたことにされてしまった。

あかねはそれから暫く拗ねていたが、元はといえば、そんなものを落とした自分が悪いのだと考え直し、
『桜の時期が終わってしまう前にもう一度行きませんか』という永泉の言葉に機嫌を直して、連れてきてもらったのだ。


「ち、ちなみに『あなたにも見せてあげたい』の『あなた』っていうのは、『昔の自分』のことですから!」

天真あたりが聞いていたら、間違いなく『うげ、少女趣味〜〜///』などと言って後ずさることだろう。

だが永泉は、にっこりと笑って言った。

「神子は今のご自分が大好きなのですね。昔のご自分に自慢したいほどに・・・。」

他の八葉たちが言っていたように恋文ではなかったけれど、そしてその相手も自分ではなかったけれど、
永泉は、彼女の純粋な心の内を垣間見ることのできた幸せを感じていた。

「続きができたら、ぜひ拝見させてくださいね。」

自分ひとりの責任にされたときは心底焦ったが、結果的に彼女の内面を知る特権も手に入れた。
今は、これ以上、神子に近しい場所はないのではないかと思う。

「え、ええ・・・。ちょっと恥ずかしいけど・・・。」

あかねは永泉の言葉に少し驚いたように、目を大きく見開いて彼を見つめていたが
ふと視線をはずすと、頬を微かに赤らめながら頷いた。




それが何を意味していたのか、ということに気づいた永泉がひっくり返りそうになったのは・・・。



それから数日後、
彼女が、今度はちゃんと文の形をとって彼に送って来た、件のポエムの続きを読んだ後だった。






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伝えられない言葉に

気づかないあの人に

心の奥底の小さな箱を

そっと

開いて見せましょう



水面に揺れている

淡いピンク色

あなたはきっとまだ知らない

わたしの小さな嘘にも気づかない



お互いを知った頃

初めて見たのは里桜

そしてあなたの心に触れた御室桜






伝えたい言葉があふれそう

今度こそ

この想い感じてくれますか?



あふれだしたこの想い

今度こそ

受け止めてくれますか?






                                                                        Illustation by ぱーぼぅ様 (the Lunarcook)





〜fin〜




昔の詩を引っ張ってきただけでも恥ずかしいのに、
創作の流れで2番(?)を書くハメになったときは、マジで焦りました〜〜。

一応注釈を付けますと・・・冒頭のものはポエムの形を取った、抽象的なラブレターで、
最後のものはそれを読んでも自分のことだと全く気づかなかった永泉さんに対する
直接的なラブレターといったところです。
イノリがこだわっていた「ピンク」は、あかねちゃんの心の象徴でして、
「あなたに見せてあげたい」ものは桜ではなく、自分の気持ちだったのです・・・。
こういうことは本文中で説明しなきゃいけないんですが、どうも詩に解説をつけるのが嫌な性分でして・・・///
(といいつつ、ここで書いてるこの矛盾・・・大汗)

それにしても、中途半端にラブコメ(?)で萌え度低くてすみませんでした〜////
(2004.2.1)

追記:イラストについては、ぱーぼぅさんのお宅にいらした永泉さんを、無理を言って頂戴してきたものです。
もう、イメージぴったり・・・・vvv