「わ・・わたしの・・せい・・かつ、ざね・・さ・・、けが・・させ・・・」
しゃくりあげながら、しゃべるので、ところどころ聞き取れない。
だが彼女の涙は、勝真のためのもの、なのだろうか。
次から次へとあふれてくる。
自然に手が伸びた。
頬に触れ、あふれる涙を拭いとる。
「言っただろ? 絶対に落としたりしないって。」
そのまま、柔らかな髪に触れ、そっと引き寄せる。
花梨の髪の毛が、勝真の頬をくすぐった。
「おまえは俺が守る。八葉としてだけでなく、ひとりの男として・・・。たとえ、この身を盾にしても・・・。」
花梨は、勝真の胸の中でしゃくりあげていたが、やがてゆっくりと顔を上げると、勝真を見上げた。
「・・・だめです。勝真さんが、傷つくのは、いや・・・!」
悔しさや申し訳なさと入り混じって、花梨の中にこみ上げてくるもの、それは-----。
「勝真さんが、大切です。・・・好きです。誰よりも、私自身よりも・・・。元の世界だっていらない、ずっと・・・そばに・・・。」
勝真が愛しい。
もう二度と、自分のために傷ついて欲しくない。
一度、止まりかけた涙がまた、大粒の雫となってあふれ出た。
「花梨・・・。」
勝真をみつめる、うるんだ瞳。
拭っても拭ってもあふれてくる涙。
そして、その唇からもれるのは、まぎれもなく、自分を特別な存在として想ってくれる言葉-----。
夕陽が真横から照らし始めていた。
花梨の濡れた頬を照らし、きらきらと輝かせている。
勝真はふと、以前見た虹を思い出した。
あの時、喜ぶ花梨を見ていて、捕まえてみたいと思った虹。
それが今、この手の中にあるような気がした。
「花梨・・・、もう、泣くな・・・。」
気がつくと、その頬に口づけていた。
「そばにいてやる、ずっと・・・。いさせて欲しい・・・。」
夕陽が二人の影を、ひとつに纏め上げていた。
☆
「それにしても、勝真のやつ、何であんなとこにいたんだ?」
「さあ・・・。でもあの馬は、勝真殿のものでしょうね。」
夕日の中を、イサトと彰紋が連れ立って、てくてくと歩いていた。
「だろうな。そういや、ふて寝してたとか何とか・・・。」
「・・・・・。」
「「あ!」」
ふたりして、あることに思い至る。
「つけてきた・・・。」
「・・・のでしょうね。」
「・・・ったく! 何考えてんだ、あいつ!」
「勝真殿らしいというか、らしくないというか・・・。」
腕組みをして眉をひそめるイサトの横で、彰紋がくすくすと笑っている。
「そんなに花梨のことが気になってたのかよ。俺にはそんなこと、ひとっことも・・・!」
「言えないでしょうね、立場を考えたら。いえ、ご自分では、はっきりと意識していなかったのかもしれませんし。」
彼なら、あり得る。
ついでに言えば、花梨も似たようなものだったのだろう。
今日の、道すがらの彼女の様子を思い出して、彰紋は可笑しくなった。
「それでも、今回のことでお二人とも、ご自分の気持ちに気付いたんじゃないでしょうか。」
「そうだな・・・。なんか俺、バカみてえ。結局、そのきっかけ作ってやったわけかよ。」
アホらしいとしか言いようがない。
イサトは大仰にため息をついた。
「そうですね。でも、勝真殿が怪我をされたのは・・・。」
「ん・・・わかってるさ、悪かったと思ってるよ。今度あいつらにちゃんと謝っとく。」
なんのかんの言っても、直接の原因を作ったのは、やはりイサトだ。
その言葉を聞いた彰紋は、相変わらずにこやかな頬笑みを浮かべたまま、イサトを覗き込んだ。
「花梨さんを遠方へ連れて行って差し上げる、というのはどうするんです?」
「うっ・・・。」
一瞬、言葉に詰まる。
「おまえ・・・。意外と性格悪いよな。」
イサトが軽く口を尖らせる。
だがすぐに、スッと伏目がちになって言った。
「わかってるよ。あそこまで身体張って、花梨のこと守ってんだ。俺の出る幕じゃねえよ。」
「きっと僕たち、これからは、本当に必要な時しかお供させてもらえないのでしょうねえ。」
彰紋がしみじみと言った。
「今までも、それっぽかったけどな。」
立ち止まって、顔を見合わせる。
「「は、ははは・・・・。」」
『朱雀組 返りてみれば ただの脇役 乾いた笑い 響く夕暮れ』 (字余り)
「「はあ〜・・・」」
☆
「金木犀の香りが・・・。」
花梨がふと気付いたようにつぶやいた。
「ああ・・・、たぶんこれだろう。」
勝真は、懐からその小枝を取り出した。
すでに夕日は地平線の向こうへ姿を消し、茜色の夕焼け空が広がっている。
その中を、二人は馬の背に揺られながら、ゆっくりと進んでいた。
花梨はごく自然に、勝真に寄り添っている。
「あ、それ・・・!」
「ああ、おまえが文に付けてくれてた小枝だが・・・。」
花梨はそれを見て嬉しそうに笑ったが、勝真は少し複雑な気分になった。
「花梨、ちょっと聞きたいんだが・・・、俺の好きな花って何か知ってるよな?」
「え? もちろんですよ?」
花梨は相変わらず、くったくのない笑みを向けている。
うーむ。
こういう場合はどうすればいいのだろう。
・・・まてよ、ひょっとして、金木犀だと思っているのか?
いや、だが今までに何度も竜胆の花を贈ってきたはずだし・・・。
勝真があれこれ考えていると、花梨が不安そうに覗き込んだ。
「あのう・・・、もしかして、気に入らなかった?」
「あ、いや、そんなことはない。いい香りだとは思う・・んだが・・・。」
どうも歯切れが悪くなる。
いい香りだとは思うが・・だからなんで金木犀なんだ?
勝真が、どう言おうかと悩んでいると、彼の手から受け取った金木犀に顔を近づけながら、花梨が幸せそうにつぶやいた。
「ほんと、いい香り〜。 昨日、がんばって取りに行った甲斐があったな。」
・・・え?
昨日?
昨日は確か俺と出かけたはず・・・。
「ちょっと待て、花梨。昨日は、こんなものを取りに行った覚えはないが?」
「そりゃそうですよ! だって、勝真さんと別れてから取りに行ったんですもん。」
花梨が屈託なく答える。
そういえば夕刻になって送っていったとき、ここでいいと言うので深く考えずに、屋敷の門の前で別れたのだが・・・。
勝真の中で、何か嫌な予感が膨らみはじめた。
「おまえ・・・もしかして、あの後ひとりで・・・?」
「ええ。」
花梨は、勝真の心中には露ほども気付かず、楽しげに答えた。
「だって勝真さん、前に言ってたでしょ。『自分が貰う文の材料を自分で探さなきゃいけないのか』って。
それも味気ないかなあと思って、たまにはひとりで取ってこようと・・・。」
だが、それを聞いていた勝真の表情は、みるみる険しくなった。
「ばかやろう!!」
「え?」
いきなりの勝真の剣幕に、花梨は呆気にとられた。
「おまえは・・・! 自分がどういう状況に置かれているか、わかってるのか!?」
「え・・・? あの・・・。」
「どこに怨霊や穢れが散らばってるかわからないんだぞ!?それだけじゃない、末法思想の世の中で、人々の心も荒んでいるんだ。
おまえみたいなのが、そんな小奇麗な格好でひとりで歩いていたら、どこで誰に襲われないとも限らないのに・・・!」
言っていて背筋が寒くなった。
ひとりでふらふらと出歩いて、何事もなかったことの方が不思議なくらいだ。
「あ・・・。ご、ごめんなさい・・・。」
突然、怒鳴られて驚いた花梨だったが、勝真が心から、自分のことを心配してくれているの良くがわかる。
言われてみれば、確かに軽はずみな行動だった。
だが・・・。
「私も・・前に勝真さんがくれた紅葉のように、心をこめたものを贈りたかったから・・・。
誰かに手伝ってもらって、手に入れたものじゃなんかじゃなくて、自分で・・・。」
花梨はしおれた花のようにしゅんとしてしまっている。
なんだか、とてもいじらしくなった。
こいつは・・・どうしてそんなことを考えるんだ。身の危険も顧みず、俺のために、なんて・・・。
「怒鳴ったりして、悪かった。だが、もしおまえの身に何かあったら・・・。俺は悔やんでも悔やみきれない。
・・・わかってくれるよな?」
こくん、と花梨が頷く。
それを見て、やっと表情を和ませた勝真だが。
急に額の傷を押さえて俯いた。
「痛て・・・!」
「勝真さん!?」
花梨が慌てて覗き込む。
勝真は、しばらく痛みに耐えるようにじっとしていたが、やがてゆっくり顔をあげた。
不安そうにしている花梨と目が合う。
「ああ、そういう顔もいいな。心配そうなその表情・・。」
ニッっと笑う。
「な・・・! 騙したんですか!?」
花梨は思わず、勝真の胸を突き飛ばした。
「うわっ!」
「きゃ!?」
反動でバランスが崩れそうになる。
勝真が慌てて花梨を支えた。
「馬鹿っ!」
「ご、ごめんなさい・・・」
「誰が騙したりするかよ! さっき怒鳴ったもんで、頭に血が上ったんだよ・・・。」
恨みがましく、花梨を見る。
「ったく、昨日のことといい、今といい・・・意外とじゃじゃ馬だな。」
「じゃじゃ、うま・・・!? ひっどーい!!」
花梨は、ぷっとふくれると横を向いてしまった。
「・・・まあ、そういうところもいいんだが。とりあえず、それは返せ。」
勝真はクッと笑いながら、花梨の手から金木犀の小枝を取り上げた。
「ありがたく貰っておくよ。」
捨てないで良かった・・・。
勝真は密かに胸を撫で下ろした。
「それにしても、どこまで取りに行ったんだ?」
あの時間からでは、そう遠くへは行けないだろう。
「勝真さん、わからないんですか?」
花梨が、少し意外そうに尋ねた。
「あ?」
「昨日の朝、お屋敷近くの小川沿いで立ち止まって、
『いい香りだな、たまにはこういうのもいいな。』って、言ってたじゃないですか。」
そういえば、そんなことを言ったような・・・?
「だから・・・、昨日別れた後、今日一緒に出かけられないのを思い出して、
勝真さんの好きなお花を付けた文だそうと思って。そこまで取りに行ったんです。」
・・・・・・・・・。
そうか、そういうことだったのか。
自分で好きな花だと言っていたのか。
(いや、厳密には『金木犀が好きだ』とはっきりと言ったわけではないのだが。
自然と笑いがこみあげてくる。
思わず、柔らかなその身を腕の中に包み込んだ。
額にそっと口づける。
「ありがとうな・・・。でも、これっきりにしておけよ。」
「勝真さん・・・。」
花梨が頬を赤らめながら、くすぐったそうにこちらを見上げた。
それに応えるように、勝真が顔を近づける。
自分の名を呼んでくれる、愛しい唇をみつめながら-------。
薄墨色の夕闇と金木犀の香りが、二人を優しく包み込んでいた。
ああ・・・。脱力・・・/// イメージはかなり前からあったのですが、具体的に言葉にするとなると・・・。 何度、ペンを放り投げ、マウスを弾き飛ばし、キーボードに突っ伏したことか・・(笑) 何はともあれ、ひとまずここまで来れて良かったです。 これでこの話は終わり、なのですが・・・。 つい、オマケなるものを書いてしまいました(^^; なんでも読んであげるわ!という奇特な方は、こちらからどうぞ☆ でも、この雰囲気のままで読み終わりたいわ♪と言う方は覗かないで下さいね〜(?) (2003.11.18) |