「わ・・わたしの・・せい・・かつ、ざね・・さ・・、けが・・させ・・・」

しゃくりあげながら、しゃべるので、ところどころ聞き取れない。

だが彼女の涙は、勝真のためのもの、なのだろうか。
次から次へとあふれてくる。

自然に手が伸びた。

頬に触れ、あふれる涙を拭いとる。

「言っただろ? 絶対に落としたりしないって。」

そのまま、柔らかな髪に触れ、そっと引き寄せる。
花梨の髪の毛が、勝真の頬をくすぐった。

「おまえは俺が守る。八葉としてだけでなく、ひとりの男として・・・。たとえ、この身を盾にしても・・・。」

花梨は、勝真の胸の中でしゃくりあげていたが、やがてゆっくりと顔を上げると、勝真を見上げた。

「・・・だめです。勝真さんが、傷つくのは、いや・・・!」

悔しさや申し訳なさと入り混じって、花梨の中にこみ上げてくるもの、それは-----。

「勝真さんが、大切です。・・・好きです。誰よりも、私自身よりも・・・。元の世界だっていらない、ずっと・・・そばに・・・。」

勝真が愛しい。
もう二度と、自分のために傷ついて欲しくない。

一度、止まりかけた涙がまた、大粒の雫となってあふれ出た。


「花梨・・・。」


勝真をみつめる、うるんだ瞳。
拭っても拭ってもあふれてくる涙。

そして、その唇からもれるのは、まぎれもなく、自分を特別な存在として想ってくれる言葉-----。


夕陽が真横から照らし始めていた。

花梨の濡れた頬を照らし、きらきらと輝かせている。


勝真はふと、以前見た虹を思い出した。
あの時、喜ぶ花梨を見ていて、捕まえてみたいと思った虹。
それが今、この手の中にあるような気がした。


「花梨・・・、もう、泣くな・・・。」

気がつくと、その頬に口づけていた。

「そばにいてやる、ずっと・・・。いさせて欲しい・・・。」

夕陽が二人の影を、ひとつに纏め上げていた。











「それにしても、勝真のやつ、何であんなとこにいたんだ?」

「さあ・・・。でもあの馬は、勝真殿のものでしょうね。」

夕日の中を、イサトと彰紋が連れ立って、てくてくと歩いていた。

「だろうな。そういや、ふて寝してたとか何とか・・・。」

「・・・・・。」


「「あ!」」


ふたりして、あることに思い至る。

「つけてきた・・・。」

「・・・のでしょうね。」

「・・・ったく! 何考えてんだ、あいつ!」

「勝真殿らしいというか、らしくないというか・・・。」

腕組みをして眉をひそめるイサトの横で、彰紋がくすくすと笑っている。

「そんなに花梨のことが気になってたのかよ。俺にはそんなこと、ひとっことも・・・!」

「言えないでしょうね、立場を考えたら。いえ、ご自分では、はっきりと意識していなかったのかもしれませんし。」

彼なら、あり得る。
ついでに言えば、花梨も似たようなものだったのだろう。
今日の、道すがらの彼女の様子を思い出して、彰紋は可笑しくなった。

「それでも、今回のことでお二人とも、ご自分の気持ちに気付いたんじゃないでしょうか。」

「そうだな・・・。なんか俺、バカみてえ。結局、そのきっかけ作ってやったわけかよ。」

アホらしいとしか言いようがない。
イサトは大仰にため息をついた。

「そうですね。でも、勝真殿が怪我をされたのは・・・。」

「ん・・・わかってるさ、悪かったと思ってるよ。今度あいつらにちゃんと謝っとく。」

なんのかんの言っても、直接の原因を作ったのは、やはりイサトだ。
その言葉を聞いた彰紋は、相変わらずにこやかな頬笑みを浮かべたまま、イサトを覗き込んだ。

「花梨さんを遠方へ連れて行って差し上げる、というのはどうするんです?」

「うっ・・・。」

一瞬、言葉に詰まる。

「おまえ・・・。意外と性格悪いよな。」

イサトが軽く口を尖らせる。
だがすぐに、スッと伏目がちになって言った。

「わかってるよ。あそこまで身体張って、花梨のこと守ってんだ。俺の出る幕じゃねえよ。」

「きっと僕たち、これからは、本当に必要な時しかお供させてもらえないのでしょうねえ。」

彰紋がしみじみと言った。

「今までも、それっぽかったけどな。」

立ち止まって、顔を見合わせる。

「「は、ははは・・・・。」」



『朱雀組 返りてみれば ただの脇役 乾いた笑い 響く夕暮れ』 (字余り)



「「はあ〜・・・」」



















「金木犀の香りが・・・。」

花梨がふと気付いたようにつぶやいた。

「ああ・・・、たぶんこれだろう。」

勝真は、懐からその小枝を取り出した。


すでに夕日は地平線の向こうへ姿を消し、茜色の夕焼け空が広がっている。

その中を、二人は馬の背に揺られながら、ゆっくりと進んでいた。
花梨はごく自然に、勝真に寄り添っている。


「あ、それ・・・!」

「ああ、おまえが文に付けてくれてた小枝だが・・・。」

花梨はそれを見て嬉しそうに笑ったが、勝真は少し複雑な気分になった。

「花梨、ちょっと聞きたいんだが・・・、俺の好きな花って何か知ってるよな?」

「え? もちろんですよ?」

花梨は相変わらず、くったくのない笑みを向けている。


うーむ。
こういう場合はどうすればいいのだろう。

・・・まてよ、ひょっとして、金木犀だと思っているのか?
いや、だが今までに何度も竜胆の花を贈ってきたはずだし・・・。


勝真があれこれ考えていると、花梨が不安そうに覗き込んだ。

「あのう・・・、もしかして、気に入らなかった?」

「あ、いや、そんなことはない。いい香りだとは思う・・んだが・・・。」

どうも歯切れが悪くなる。
いい香りだとは思うが・・だからなんで金木犀なんだ?


勝真が、どう言おうかと悩んでいると、彼の手から受け取った金木犀に顔を近づけながら、花梨が幸せそうにつぶやいた。

「ほんと、いい香り〜。 昨日、がんばって取りに行った甲斐があったな。」



・・・え?



昨日?
昨日は確か俺と出かけたはず・・・。

「ちょっと待て、花梨。昨日は、こんなものを取りに行った覚えはないが?」

「そりゃそうですよ! だって、勝真さんと別れてから取りに行ったんですもん。」

花梨が屈託なく答える。

そういえば夕刻になって送っていったとき、ここでいいと言うので深く考えずに、屋敷の門の前で別れたのだが・・・。
勝真の中で、何か嫌な予感が膨らみはじめた。

「おまえ・・・もしかして、あの後ひとりで・・・?」

「ええ。」
 
花梨は、勝真の心中には露ほども気付かず、楽しげに答えた。

「だって勝真さん、前に言ってたでしょ。『自分が貰う文の材料を自分で探さなきゃいけないのか』って。
それも味気ないかなあと思って、たまにはひとりで取ってこようと・・・。」

だが、それを聞いていた勝真の表情は、みるみる険しくなった。

「ばかやろう!!」

「え?」

いきなりの勝真の剣幕に、花梨は呆気にとられた。

「おまえは・・・! 自分がどういう状況に置かれているか、わかってるのか!?」

「え・・・? あの・・・。」

「どこに怨霊や穢れが散らばってるかわからないんだぞ!?それだけじゃない、末法思想の世の中で、人々の心も荒んでいるんだ。
おまえみたいなのが、そんな小奇麗な格好でひとりで歩いていたら、どこで誰に襲われないとも限らないのに・・・!」

言っていて背筋が寒くなった。
ひとりでふらふらと出歩いて、何事もなかったことの方が不思議なくらいだ。


「あ・・・。ご、ごめんなさい・・・。」

突然、怒鳴られて驚いた花梨だったが、勝真が心から、自分のことを心配してくれているの良くがわかる。
言われてみれば、確かに軽はずみな行動だった。

だが・・・。

「私も・・前に勝真さんがくれた紅葉のように、心をこめたものを贈りたかったから・・・。
誰かに手伝ってもらって、手に入れたものじゃなんかじゃなくて、自分で・・・。」

花梨はしおれた花のようにしゅんとしてしまっている。



なんだか、とてもいじらしくなった。
こいつは・・・どうしてそんなことを考えるんだ。身の危険も顧みず、俺のために、なんて・・・。

「怒鳴ったりして、悪かった。だが、もしおまえの身に何かあったら・・・。俺は悔やんでも悔やみきれない。
・・・わかってくれるよな?」

こくん、と花梨が頷く。

それを見て、やっと表情を和ませた勝真だが。

急に額の傷を押さえて俯いた。

「痛て・・・!」

「勝真さん!?」

花梨が慌てて覗き込む。

勝真は、しばらく痛みに耐えるようにじっとしていたが、やがてゆっくり顔をあげた。
不安そうにしている花梨と目が合う。

「ああ、そういう顔もいいな。心配そうなその表情・・。」

ニッっと笑う。

「な・・・! 騙したんですか!?」

花梨は思わず、勝真の胸を突き飛ばした。

「うわっ!」

「きゃ!?」

反動でバランスが崩れそうになる。

勝真が慌てて花梨を支えた。

「馬鹿っ!」

「ご、ごめんなさい・・・」

「誰が騙したりするかよ! さっき怒鳴ったもんで、頭に血が上ったんだよ・・・。」

恨みがましく、花梨を見る。

「ったく、昨日のことといい、今といい・・・意外とじゃじゃ馬だな。」

「じゃじゃ、うま・・・!? ひっどーい!!」

花梨は、ぷっとふくれると横を向いてしまった。

「・・・まあ、そういうところもいいんだが。とりあえず、それは返せ。」

勝真はクッと笑いながら、花梨の手から金木犀の小枝を取り上げた。

「ありがたく貰っておくよ。」

捨てないで良かった・・・。
勝真は密かに胸を撫で下ろした。



「それにしても、どこまで取りに行ったんだ?」

あの時間からでは、そう遠くへは行けないだろう。

「勝真さん、わからないんですか?」

花梨が、少し意外そうに尋ねた。


「あ?」


「昨日の朝、お屋敷近くの小川沿いで立ち止まって、
『いい香りだな、たまにはこういうのもいいな。』って、言ってたじゃないですか。」

そういえば、そんなことを言ったような・・・?

「だから・・・、昨日別れた後、今日一緒に出かけられないのを思い出して、
勝真さんの好きなお花を付けた文だそうと思って。そこまで取りに行ったんです。」



・・・・・・・・・。



そうか、そういうことだったのか。

自分で好きな花だと言っていたのか。
(いや、厳密には『金木犀が好きだ』とはっきりと言ったわけではないのだが。


自然と笑いがこみあげてくる。
思わず、柔らかなその身を腕の中に包み込んだ。


額にそっと口づける。


「ありがとうな・・・。でも、これっきりにしておけよ。」

「勝真さん・・・。」

花梨が頬を赤らめながら、くすぐったそうにこちらを見上げた。


それに応えるように、勝真が顔を近づける。

自分の名を呼んでくれる、愛しい唇をみつめながら-------。





薄墨色の夕闇と金木犀の香りが、二人を優しく包み込んでいた。













ああ・・・。脱力・・・///
イメージはかなり前からあったのですが、具体的に言葉にするとなると・・・。
何度、ペンを放り投げ、マウスを弾き飛ばし、キーボードに突っ伏したことか・・(笑)
何はともあれ、ひとまずここまで来れて良かったです。

これでこの話は終わり、なのですが・・・。
つい、オマケなるものを書いてしまいました(^^;
なんでも読んであげるわ!という奇特な方は、こちらからどうぞ☆
でも、この雰囲気のままで読み終わりたいわ♪と言う方は覗かないで下さいね〜(?)
(2003.11.18)