風に抱かれて 4





「…?」

「あいつが好きなのは、俺じゃないぜ。」

「なんの…話や。」

「おまえ、プレーボーイ気取ってたわりには、そういうトコ全然ダメだな。
ま、あとはあいつに聞けよ。…じゃな!」

意味ありげに笑いながらそれだけ言うと、和馬はの待つ玄関へ向かった。

「姫条くん、ちゃんとベッドで寝てるんだよ。あ、カギは持っていくからね。」

「あ〜そうそう、シーツ代えといてやったからな。ったく、なんで俺がそんなことまで…。」

ブツブツ言っている和馬の背中を押し、は小さく手を振りながら出て行った。
ガチャリとカギのかかる音がして、二人の気配が遠のいていく。

「はぁ…。」

小さな嵐が去って行ったようだ。

そういえば、二人ともそれぞれに意味深な言葉を残して行ったような気がする。
とはいえ、今は考える気力がない。

まどかはスエットの上下に袖を通すと、ベッドに倒れこんだ。
きれいに乾いた服とシーツが心地良い。

今は何も考えずに二人の好意に感謝することにしよう。

目を閉じると、心地良い環境にリラックスしたのか、すうっと意識が遠のいた。






どこからか、いい匂いが漂ってくる。
近所の家が、食事の支度でもしているのだろうか。

(…腹、減ったなぁ。)

空腹と喉の乾きを覚えるが、一人暮らしの身の上では自分でどうにかするしかない。

(面倒やな…。)

夢うつつの中でそんなことを考えていると、突然、口に何か固いものが触れた。
戸惑い気味に冷たいものが流れ込んでくる。
乾いた砂を水が潤していくような清涼感が広がる。

「…っ…。」

思わずつかんで飲み干してから、ふと気づいて目を開くと、手が見えた。
もちろん自分のものではない。

ペットボトルを握っているのは、ひと回り小さな白い手だ。

(…え。なんや?これ。)

その柔らかな手を、まどかはペットボトルごとしっかりとつかんでいた。

「姫…条くん…。」

回らない頭を無理やり起こして考えようとしたとき、すぐ近くで聞き覚えのある声が囁いた。
ゆっくりと視線を上げる。

「……へ? な…んで自分、ここにおるん……?」

「あの…。姫条くん、手…。」

視線を泳がせて困ったように言うに、まどかは慌ててつかんでいた手を離した。

「す、すまん…。」

「ううん。えと…もっと飲む?」

「あ、いや…。」

とりあえず、喉の渇きは癒された。
それを見て、彼女はにっこりと笑った。

「あのね、いろいろ買って来たんだ。薬と熱さまし用のシートと、スポーツドリンク。
あと、ご飯の材料を少しね。」

「それはありがたいけど…。鈴鹿は?」

まどかは身を起こして、改めてを見た。
一度、家へ帰ってきたのだろうか、制服から私服姿へと変わっている。

「鈴鹿くんなら部活よ。さっきもそう言ってたでしょ? もうそろそろ終わって帰るころかもしれないけど。」

その言葉にふと時計を見ると、7時を回っていた。
窓の外はもう真っ暗だろう。

「そうか…。鈴鹿、ここへ来るんか?」

「なんで?」

「なんでって…。自分送っていかなあかんやろ。もう暗いし。それに今度こそ下校デート…。」

「姫条くん、そんなにわたしと鈴鹿くんをくっつけたいの?」

は、買い物袋を引き寄せて、中をごそごそと探り始めた。

「そんなんちゃうけど…。あ、いや。」

思わず本音が出そうになる。

「鈴鹿くんとは、あの後すぐ別れたよ。」

二人でこの家を出た後、和馬は学校へ向かってダッシュで走り去り、
それを見送ったは、その足でショッピングセンターへ向かったらしい。

「姫条くん、よく寝てたね。少しはマシになった?」

「あぁ…。って、え? いつからおったんや!?」

「えへへ…。」

はそれには答えずに、にっこりと笑った。

「自分なぁ、言うてることとやってること、矛盾してんで? なんで好きなヤツ追いかけんと俺なんかのトコにおんねん。」

「わたし、何か言ったっけ?」

「なにって、そりゃ…あれやんか…。えーと……あれ?」

そういえば、彼女は自分の口から言ったことがあっただろうか。

「ほら、もうしばらくおとなしくしてたほうがいいよ。」

相変わらず回らない頭を必死に動かそうとしているまどかを尻目に、はなにやら手を動かしていたが、
いきなりまどかの前髪をかき上げたかと思うと、熱さまし用のシートを額にペタッと貼り付けた。

「姫条くんの言うとおりだと思うよ。好きな人は勇気を出して追いかけないとね。」

「そやったら、こんなトコにおらんと…。」

「はい、水枕。」

彼女はせっせと枕元を整えていたが、説教口調になるまどかを制するように肩を押した。

「余計な心配しなくていいから、寝てて。」

掛布団を引き上げ、どこから取り出してきたのか、その上から毛布をかける。

「頭は冷やして、体は温かく…っと。あ、そだ、雑炊作ってたんだった。持ってくるね。」

「あ?ああ、そやけど…。」

「姫条くん、いい加減うるさい。」

「え。」

はぴしゃりと言ったが、目を丸くしているまどかを見て、柔らかく笑った。

「姫条くん、あのね。」

今度は囁くように優しく言う。

「私が今一番したいのは、姫条くんの看病だよ。だから、ここにいさせて。…ね?」

彼女の緩急つけた言葉に、胸の奥がドキッと音を立てる。

「……ええんか?」

「もちろん。」

まどかの問いかけに満面の笑みで頷いたは、キッチンへ立って嬉しそうにあちこち動き回り始めた。

「お茶碗とスプーンでいいかな。レンゲがあればいんだけど。」

しばらくして戻ってきた彼女は、まどかの前に温かそうな雑炊を差し出した。
身を起こすと、食欲をそそる匂いがふわっと漂った。

「お口に合うかどうか、わからないけど…どうぞ。」

「これ、自分が作ったん? 意外と家庭的やねんな。」

「味の保証はしないからね。」

まどかの素な反応に、は恥ずかし気にそっぽを向いた。

「いや、うまいで。 自分みたいな子、嫁に貰う男は幸せもんやな…。」

口に運びながら、思わずため息をつきそうになって、雑炊の熱を冷ますふりをしてごまかす。

「そやけど、なんでここまでしてくれるん? 昨日のことやったら気にせんでも…。」

「……ある人がね、私に言ったの。」

小首をかしげながら問うまどかに、彼女は少し視線を外しながら言った。

「好きなヤツを振り向かせたいなら真正面から行けって。下手な小細工するよりグッと来るもんだ…って。」

どこかで聞いたような言葉だ。
まどかは雑炊をすすりながら首をひねった。

「鈴鹿くんにそんな話をしたら呆れてたみたいだったけど。」

「ええ、セリフやないか、なんで呆れるんや。」

「さぁ?」

はおかしそうにくすっと笑っている。

「でね、その人が言ったことを自分でも言葉にしてみたら、不思議とその通りだなって思えて。
それで、吹っきれたの。相手にどう思われようと、私は私の気持ちに素直に動こうって。」

そう言うとは、視線をまどかに戻してにっこりと笑った。

「だから気にしないで。」

「う〜ん、好きなヤツには真正面ってセリフで…吹っきれて…。自分がしたいんは、俺の看病…?」

答えがそこまで出かかっているのに、あと一歩足りない。

「あかん、エネルギー不足や。あ、おかわり。」

「3杯も食べたんだから、このくらいにしときなさい。昨日の夕方から何も食べてなかったんでしょ。
いきなり食べたらおなかがビックリするよ。」

は空になった茶碗をまどかから取り上げると、さっさと片付けてしまった。

「なんや、お母さんみたいやな。」

「なんとでも。」

彼女は苦笑いしながらまどかの肩を押して、横になるように促した。

「…なぁ、なんや俺、ちゃんと考えなあかんこと、あるような気がすんねんけど…。」

「いいから、少し眠って。」

はその言葉をさえぎるように、まどかの額にそっと手を置いた。

「まだ、熱があるみたいだから。」

その重みが心地良い。

「…ああ。そやな。」

確かに、身を起こしているとまだフラつく。
彼女の言葉に甘えて目を閉じると、その優しさが全身に広がって、温かく包み込んでくれるような幸せな感覚に覆われた。

「なぁ…。」

まどかは、額に置かれているの手に、自分の手を重ねてみた。

「な…に…?」

ほんの少し戸惑いを含んだ声が聞こえた。
だが、その声さえも子守唄のように優しく響く。

「なんでそんなに優しいねん…。」

「ん〜…なんでだろうね?」

彼女が微笑を含んだような声で答える。

「俺、勘違いしてしまうで…。」



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まどかが寝込んでで覇気がないせいか、彼女の方が少しばかり積極的な感じになりました。
母性本能全開ってところですかね(笑)

まどかに「好きなら積極的に行け」と言われたことをそのまま
本人に対して実行してる主人公ちゃんです。

まどかがそのことに気づかないのは、体調のせいなのか、
思い込みのせいなのか。

期待したものの、あとで落ち込むことになったら、また傷ついてしまう、
…という恐れから本能的にシャットアウトしているのかもしれませんが。

そういう理性が働かなくなったら…。以下次号(笑)

( サイト掲載日 2010. 2. 5 )






































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