風に抱かれて 1




なぜあんなことを言ってしまったのだろう。
あの日、彼女を前にして。


* * *



「さすがにきっついなぁ。」

延々と続く上り坂。
山道なのだから当然と言えば当然なのだが、ちょっとしたハイキングのつもりで来たのに、
こんなに本格的に山登りをする羽目になるとは。

「何言ってるの、こんなにきちんと整備された道じゃない。サンダル履いてたって登れるよ〜。」

さすがにサンダル履きでは足に負担がかかるんじゃないかと思うが、息が上がったこの状態では、
そこへ突っ込む元気がない。

「ほら、あともうちょっとだよ、頑張って!」

「はぁ…元気やなぁ。」

普段の自分なら、このくらいの山道、どうということはなかったと思う。
けれどここ数日、赤点を取ったおかげで氷室に補習でみっちり絞られ、
生活費を稼ぐバイトも手を抜くわけには行かず、学校が終わった後は半夜勤もこなすという生活を続けていた。

というわけで、少々お疲れモードのため体がついてこない。
そしてもうひとつ、体力的な問題だけではなく、気持ちが上向かないのだ。

(俺も往生際が悪いよなぁ。いつまで引きずってんねやろ。)

久しぶりの休みの今日は、家で休養するのがベストなのだろうが、に「紅葉を見に行かない?」と誘われ、
二つ返事でOKと言ってしまった。

こんな状態なのにOKしてしまうのは、やはり惚れた弱みなのだろうか。




「まどかくん…っ。」

あのとき彼女は、とても困惑した様子でまどかを見ていた。
その表情を見たとき、自分の取るべき行動を示されたような気がした。

だから、ああいうしかなかった。あのあと彼女を呼び出したあの場所で。

「好きなやつ、おるんやろ? 隠さんでもええやないか、友達やのに水臭いなぁ。」

気持ちを奮い立たせ、必死にいつもの明るい口調を意識してそう言うと、
はハッとしたように目を見開いた。

「俺、こう見えても、そういうのするどいんやで。もっと早よ言うてくれたら良かったのに。」

「まどかく…ん。」

「何も言わんでええ。応援したるさかい、安心し。」

本当はそんなこと全く気づいていなかった。
だから、気が動転していたのだろう、気がつくとそんなことをペラペラとしゃべっていた。
ご丁寧にも、満面の笑顔をつけて。

けれど一番大きな理由は。
聞きたくなかったのだ。彼女の口から。

(他に好きなやつがおる…なんて。)





「どっち行く?」

山道に弱音を吐きながらも進んでいると、「山道コース」と「つり橋コース」に分かれる道に差し掛かった。

「そりゃぁ、やっぱり…。」

「つり橋コース!」

「やなっ!」

と盛り上がって更に進むと、山と山の谷間に架かった大きなつり橋に出くわした。
この辺りはもう、標高的に頂上に近いのだろう。
つり橋の片端に立つと、一気に視界が開けた。

「うわぁ、きれいに色づいてるね〜!」

「こりゃ、絶景やなぁ。」

向こう側の山とその谷間を埋め尽くしている木々は、見事なまでに赤や黄色に色づいている。

「うん、すごい…。来て良かったね!」

「お気に召しましたか、姫君?」

まどかがおどけてそう言うと、はくすぐったそうに笑った。

「うん、付き合ってくれてありがとう、姫条くん! 無理言ってごめんね。」

「なに言うてんねん、こっちこそ声かけてもろて光栄ですぅ。」

そんな彼女に笑顔で返す。
だがその陰で、まどかはに気づかれないようにそっとため息をついた。

(姫条くん…か。)

以前、はまどかのことをファーストネームで呼んでいた。
それを許せる数少ない人間だった。

けれどあの日。
動揺した口は、更に勝手なことを言っていた。

「あ〜、その『まどかくん』てのも止めとき。誤解される元になるやろ。」

は一瞬、寂しげな顔をしたが、何も言わずに頷いた。
それから彼女は、まどかのことを、出会った頃のように名字で呼んでいる。

にとってまどかは、昔も今も変わらず、気軽に話せる男友達なのだろう。
いつの頃からか、まどかにとっても彼女は、遊び友達の一人ではなくなっていた。

自分の中にスッと入って来て、傍にいるとホッとするような居心地の良い存在。
そんなふうに、数少ない「大切な友人」の一人だと思っていた。

(けど今はもっと…。)






秋の初め。

なにかしら忙しい日々が続いていたため、の誘いを何度か断っていた。
そんな中、気になりつつも所用をこなし、やっとのことで開放された日。

そういえば、メールの返信もしていなかったことを思い出し、詫びがてら顔を見に行こうと思い立ち、
特に連絡もせず気の向くまま彼女の家に赴いた。

だが、の家の近くまで来たとき、バッタリと出会ってしまった。
他の男と楽しそうに帰ってきた彼女に。

「あ…。」

まどかの姿を見つけたは、一瞬嬉しそうに笑ったが、すぐに困惑した表情になった。
隣の男が何か話しかけ、それに小声で答えている。

その様子を見たとき、全てがわかった気がした。
自分の気持ちも、彼女の想いも。

まどかにとっては、この手の中にそっと包み込んで、守ってやりたい人。
そして、自分の傍に柔らかく寄り添っていて欲しい大切な人。

そんなかけがえのない存在になっていたことに、今の今まで気づかなかった。
でも彼女にとっては、まどかのそんな想いはきっと重荷なのだ。

(こいつのこと好きなんや…って、わかった瞬間に友達宣言してる俺って…。)

カッコいいのか、ただのバカなのか。





「姫条くん、大丈夫?」

つり橋を渡り始めたが、急に口数の少なくなったまどかを心配そうに振り返った。

「もしかして、高いところがダメとか?」

「な、なに言うてんねん、この俺がそんな情けない男やと思うか?」

慌てて笑顔を取り繕ってそう言うと、彼女もそれにつられるようににっこりと笑った。

「そうだね、姫条くんってなんでもソツなくこなすもんね。そういう人って素敵だよ。」

「そう…やろか?」

深い意味もなく言っている言葉だとわかってはいるが、ちょっとドキッとしてしまう。

「うん、だから人気者なんだろうね…。」

は再び前を向いて、ゆっくりと歩き始めた。

「あ〜。人気者かどうかは置いといて、確かに周りにはいろんなやつがおるなぁ。けど…。」

たった一人の人を振り向かせることが出来ないのでは、意味がない。

「けど…?」

「ああいや、なんでもない。」

つり橋のロープを片手で握ったまま、が顔だけ振り向いた。
そんな彼女を笑ってごまかし、先に進むよう促す。

「そやけど、ええんか? 俺なんかとこんなとこまで来て。」

が背を向けたのを見て、まどかはずっと気になっていたことを口にした。

「街中でちょっとお茶」くらいならともかく、休日の朝から弁当を持って、
はばたき市から遠く離れた山奥まで二人で出かけるなんて、これはもうれっきとしたデートではないか。

「ねぇ、姫条くん。」

「ん…?」

人がやっとすれ違える幅の橋を恐る恐る歩いているが、前を見たまま言った。

「好きな人に気持ちを伝えるのって難しいね。」

「な…んやねん、急に…。」

友達として応援すると宣言したはずなのに、いざこういう話をされると、
胸の奥がギュッと絞られるような心地がする。

つり橋を一歩一歩踏みしめるたびに、床板の軋む音がする。
その音を聞いていたまどかは、二人の間に沈黙が漂っていることに気づき、ハッと我に返った。

「あ〜その…。告白…でもしようと思てんのか?」

「う〜ん、どうだろ…。」

「ほんまに好きでたまらん、て思うんやったら、その気持ちを素直にぶつけたらええねん。
下手な小細工するより、真正面から来られた方がグッとくるもんやで。」

実際には、彼女がそんな風に誰かの前で必死になっている姿なんて見たくないし、想像したくもない。

(なに言うてんねやろ、俺…。)

ますます体が重くなったような気がする。

「でもさ、友達としか思われてないのにいきなりそんなこと言ったら、やっぱり引かれちゃうよね。」

あの日、二人で楽しそうに帰ってきたように見えたが、まだそこまで親しくはないのだろうか。

は、微妙に揺れているつり橋を、一歩ずつ足元を確かめるようにゆっくりと進んでいる。
少し風が出てきたのだろうか、眼下に広がる色付いた樹々が、時折ザーっと音を立てている。

「そうかもしれへんけど…。伝えることで相手の態度が変わるかもしれへんし。」

彼女に対して友好的であるのなら、良い方向へ動く可能性の方が高い。
でもそれは、まどかにとっては辛い展開だ。

「はぁ…。」

「姫条くん? どうしたの?」

思わずため息を吐いたまどかに、が振り返った。
今日、何度目のため息だろう。

山道を登っていたときはごまかせたが、平坦なつり橋の上で、こんな風にあからさまに息を吐いては
彼女に不快感を与えてしまう。

「あ、いや…。すまん、ちょっと山道がハードやっただけや。」

まどかは、手をひらひらと振って笑って見せた。

「そやけど、そんなに思い詰めてんのやったら尚更、俺なんか誘っとる場合ちゃうやろ。」

誘われたらホイホイと出てくる自分も自分だと思うけれど。

振り返ってこちらを見ているに、苦笑まじりでそう言ったが、
彼女はそれには答えず、まどかをじぃっと見た。

「ど、どないしてん…。」

「姫条くん、体調悪いんじゃないの?」

「え、そんなことないで…。」

確かにちょっと寝不足ではあるけれど。

そう続けようとしたが、はくるりとこちらに向き直ると、先ほどとは打って変わって
すばやい足取りで近づき、まどかの目の前に立った。

「な、なんや?」

「少しかがんでくれる? あ、もうちょっと。」

「……?」

意味がわからないまま、言われたとおりに前屈みになる。

「うん、そのまま…。」

そう言うとは、スッと手を伸ばしてまどかの前髪をかき上げると、自分の額をくっつけた。

「へ?」

彼女の顔が目の前にある。
それこそ、数センチの距離に。

いや、額と額はゼロセンチだ。

「え…。 えええ〜〜!? な、な、なにすんねん…っっ。」



「風に抱かれて2」へ





ブログで公開した創作の再掲です。
今回の話はゲーム中の親友設定を題材にしてみました。

好きな子に友達宣言された男の子の気持ちってどんなだろうなぁと
思いながら書いてたら、出だしはずいぶんブルーな雰囲気に…(^^;
この話の中ではまどかが先走って親友宣言してますけど(笑)

まどかって、根は真面目だから悩みだすととことん行きそうですね。
そのくせサービス精神旺盛だから自分の中の葛藤は意地でも外に出さないんだろうな〜。

そういうところを表現できてればいいなと思います。

( サイト掲載日 2009. 12. 14 )









































アクセスカウンター