花舞う空へ君と 1
「ですから私があれほど申し上げたでしょう、きちんと養生なさってくださいと。だいたい殿下はいつもいつも……っ。」 「わかった…。わかったから、頭の上で怒鳴るな。」 イスに深く身体を預けたアシュヴィンは、額を抑えながらリブを遮った。 「いいえ、わかってはおられませんっ。そもそも先日、もう一日だけでも我慢してくだされば良かったんです。そうすれば…。」 「…寝るっ。」 「あ、殿下っ。」 アシュヴィンは、イスの傍らにあるベッドへ倒れ込むように横たわると、毛布を頭まで引き被った。 「リブ…俺の体調を気遣うなら、説教は諦めて今は休ませろ…。」 声だけがボソボソと聞こえる。 「まぁ確かに、今はそれが最善であるとは思いますが…。」 あの覇気のかたまりのようなアシュヴィンが、やけに弱々しい。 これは相当無理を重ねたのだろう。 「承知しました、今日のところは引き下がりますが、今度からは私の忠言も聞いてくださいよ?」 「………。」 無視しているだけなのか、或いはもう眠ってしまったのか、返答はない。 「では後ほどお茶をお持ちします。ごゆっくりお休みください。」 リブが諦めて部屋を出ようとしたとき。 「リブ、千尋はどうした。」 相変わらず背を向けたまま、アシュヴィンが問いかけた。 「姫様でしたら、お庭で花壇の手入れをされていたようです。殿下が戻られたと知らせをやったので、そろそろ駆けてこられるかと思います。」 だが、アシュヴィンが体調を崩しかけた状態で帰ってきたこと気づいたのは、リブがこの部屋に入ってからだった。 今はゆっくり休んでもらうためにも、千尋には遠慮してもらった方が良いのかもしれない。 「ですが、姫様には改めて…。」 「そうか。」 だがリブがそう言いかけたとき、アシュヴィンの声色に嬉しそうな気配がにじんだ。 「……。」 千尋を遠ざけるのは逆効果のようだ。 「では私はこれで。」 リブは軽く頭を下げると部屋を後にした。 「アシュヴィン。」 庭から掛けてきた千尋は、息を整えながら軽く扉を叩いた。 だが、しばらく待っても返事がない。 「アシュヴィン、帰ってるの?…千尋です……入るよ?」 リブから彼が帰還したと知らせを受けたのだが、何かの間違いだったのだろうか。 千尋は、人の気配が感じられないことに少しばかり気落ちしながら、部屋のドアをそっと押した。 「アシュヴィン?」 やはり彼の姿は見当たらない。 だがベッド際のイスに、彼の上着が無造作に掛けられていることに気づいた。 (やっぱり帰ってきてるのかな。) 少し席を外しているだけかもしれない。 千尋はイスに近づいて、上着を手に取ってみた。 そっと頬を寄せると、微かに彼の香りが漂う。 「ちょっとだけ…。」 戯れに上着を肩に羽織ると、アシュヴィンに抱きしめられているような心持ちになった。 「わ…どうしよう…。」 先日、朝の回廊で抱きしめられたときのことが甦って急に落ち着かなくなる。 「わー、なにしてるんだろ私、恥ずか…っ……。」 熱くなった頬を押さえようとしたとき。いきなり腕をグイッと引かれた。 「え…っ?」 あまりに突然のことに、千尋はバランスを崩してベッドへ倒れ込んだ。 肩にかけていたアシュヴィンの上着が滑り落ち、かわりにベッドの毛布が降ってくる。 「そんなものより、ここに本物がいるぞ?」 「ア、アシュヴィン…っ?」 あっという間にベッドの中に引き込まれ、気づいたときには千尋はアシュヴィンの腕の中にいた。 「な、な、なにする…のっ。」 彼の香りと温もりに閉じ込められ、急速に頬に熱が集まる。 「何とは、つれないセリフだな。出かける前に言ったはずだぞ、俺のベッドを温めて待ってろと。」 「……っ……。」 アシュヴィンが千尋の耳元で囁くと、頬を赤らめていた千尋は耳まで赤くなった。 「だっ…て…。この部屋で寝泊まりしてるわけじゃないし…。」 千尋はもごもごと言い訳を並べたが、それを無視して、彼女の耳に口づける。 「……ゃ…っ。」 「この部屋に荷物を移せと言っておいたはずだがな。」 頬を滑り下りて首筋に口づけながら、抱きしめていた手を解いて身体のラインをなぞると、千尋がピクッと反応した。 「夫婦が寝室を共にするのは当然だろう?」 「それ…は…。」 何事か反論しようとする千尋の言葉を奪うように口づける。 「……ん……っ…。」 それに応えるように千尋の身体から力が抜けた。 「千尋…。」 身を起こして彼女を組み敷くと、千尋の潤んだ瞳がアシュヴィンを捉えた。 その眼差しに身体の奥がぞくりと震える。 「…っ…俺の妃殿は煽るのがうまいな。」 不敵な笑みを浮かべて千尋を見下ろしてみるが、実際には余裕など露ほども残ってはいない。 「あ、アシュ…待って…。」 「聞けない要求だな。」 アシュヴィンの胸を押し返そうとする手を捉えてシーツに押し付ける。 彼女の胸元に唇を寄せて口づけると、千尋は逃れようとするように仰け反った。 「…ぁ…っ……やっ…。」 漏れ出る甘い吐息に、歯止めがかからなくなる。 「いい声だな…もっと聞かせろ。」 「やっ…だめ…。」 千尋が身をよじって抵抗しようとするが、そんな行為にますます煽られる。 「ダメと言われたら、余計にいじめたくなるな。」 宮へ帰ってきた挨拶代わりにちょっとからかうだけのつもりだったのに、いつの間にか理性の箍は呆気なく砕け散っていた。 「千尋…。」 千尋の胸元を緩め、その膨らみに手を伸ばしたとき。 ノックとともにドアがガチャリと開く音がした。 「殿下、軽いお食事とお薬をお持ちしま……。え?」 「……っ。」 声の方を見ると、リブがトレーを持って突っ立っていた。 ドアノブに手をかけ、部屋に一歩足を踏み入れた姿勢のまま固まっている。 「リブ…おまえ…。」 「きゃーーっっ、いやぁぁぁ〜〜〜!」 リブに恨みがましい目を向けたとき、アシュヴィンの身体の下から悲鳴があがったかと思うと、思いっきり突き飛ばされた。 「………はっ?」 思いもよらない出来事に呆気なくベッドの下へ放り出される。 「……ってぇ…っ。おまえ、なにす…っ…。」 「アシュヴィンのばかっ。恥ずかしい…っ…。」 千尋が毛布を頭まで引き被って、はだけた服を隠した。 「あ、あのっ…そのっ…、た…たた…大変失礼を…っ。」 リブが慌ててトレーをテーブルに置こうとしている。 それを横目に、アシュヴィンは額を抑えながら上体を起こそうとしたが、くらりと目が回るのを感じて、床に手を付いた。 「…っ…。少し戯れが過ぎたか…。」 「殿下?大丈夫ですか!?」 それに気づいたリブが慌てて駆け寄ってきた。 「全く何をなさってるんですか…っ。姫様を恋しくお想いなのは重々承知しておりますが、体調不良のときくらいご自重なさってください。」 「仕方ないだろう、あいつが可愛すぎるんだ。手を出すなと言う方が無理だ、身体に悪い。」 リブの助けを借りて立ち上がる。 「はぁ…。いや、しかし…っ。」 「え、アシュヴィン、体調が悪いのっ?」 それを聞いていた千尋が驚いて身を起こした。 被っていた毛布が滑り落ち、はだけた胸元からその膨らみが覗く。 「あ。」 それを目にしたリブが、アシュヴィンを支えたままピキッと固まった。 「馬鹿、見るなっ。」 アシュヴィンが慌ててリブの額を掴む。 「わっ…?」 いきなり視界を奪われたリブは、更に気を動転させ、体勢を崩した。 「あ、こら…っ。」 めまいを起こしてリブに支えられていたアシュヴィンが、それに対応できるはずもなく。 派手な音を立てて、二人して床へ倒れ込んだ。 「…つぅ…。」 「ア、アシュヴィン様!? わ〜っ、申し訳ありませんっ、大丈夫ですかっ?」 「お…まえ…、さっさと出ていけっっ。」 |
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