白刃の光芒 3

次の瞬間、青龍召喚と白虎召喚、那岐と千尋の連携技が次々と放たれた。

『ガ…ッ……グ…ググッ…。』

怒涛の攻撃に黒龍は明らかに大きなダメージを受けた様子で、苦しげに身をよじる。

『これほどの…力…示すとは……。』

呻きに似た声を上げながら、黒龍は頭からゆっくりと落下していき、辺りに大音量が響いた。

「やったか…っ。」

アシュヴィンを始め、皆の間に安堵が広がる。

「忍人さんは…っ。」

こちらはなんとか片付いた。
彼は無事だろうか。

千尋は後方を大きく振り返った。
だがその時。

『致し方なし…これよりまた暫しの眠りにつこう。だが…その引き換えに…。』

崩れ落ちた黒龍の目が、千尋を捉えた。

『白きモノの神子…そなたに伴をしてもらおうか…。』

「……え?」

「…っ…いけないっ。」

風早がハッとして、千尋に駆け寄った。

「千尋、黒龍の目を見ないでっ。」

『もう遅い。』

黒龍の淡々とした声が響く。
それと同時に千尋の身体から力が抜け、ゆっくりと弧を描くように倒れ込んでいった。

「千尋っ。」

風早が辛うじてその身を受け止める。
サッと目を走らせたところ、外傷は無さそうだ。
そのことに風早がホッと息をついたとき。

「皆、無事かっ。」

忍人とサザキが走り込んで来た。

「おや忍人、無事だったんですね。大きな怪我もないようで何よりです。」

柊が振り返って、労いの言葉をかける。

「ああ、なんとかな。こちらも禍日神を倒したようだな。」

「おおっ、すげぇ~!おまえら、オレ抜きでよく頑張ったなぁ。ほら那岐、褒めてやろう。」

サザキがたまたま近くにいた那岐を捕まえて、頭を撫で回した。

「ちょっ、やめなよっっ。」

首に腕を回された那岐がジタバタと抵抗する。

「わ、あれを見てください。景色が…っ。」

その横で布都彦が、宮の外を指した。

禍日神が放っていた陰の気が消えたせいだろう、荒涼としていた大地が急速に緑を取り戻しつつあった。

「この国も元々は美しい国だったんだな。」

忍人もホッとした表情で辺りを見渡す。
だが、ふと風早の腕の中を見てすぐに異変に気付いた。

「風早、姫はどうしたんだ、まさか…っ。」

「いや、意識を失ってるだけだよ。かすり傷程度のケガはあるけど大したことはない。ただ…。」

「……?」

どことなく歯切れの悪い風早に忍人は眉をひそめたが、彼はスッと話題を変えた。

「いや…。とりあえず戻ろうか。アシュヴィン、あとは任せていいかな?」

「ああ。外で争っている者たちも俺が収拾しよう。おまえたちは千尋を連れて俺の宮まで下がれ。緊張の糸が切れたんだろう。ゆっくり養生させてやるといい。」

「感謝するよ。」

その場を後にするアシュヴィンを見送った風早は、改めて忍人を振り返った。

「忍人、少しばかり不味い事態になったかもしれない。」


*****


「千尋が目を覚まさないって、どういうことだよ。」

回廊を歩く忍人を見つけた那岐が、駆け寄ってきて忍人に詰め寄った。

「黒龍に何某かの術を掛けられた…らしい。」

あれから一行は、眠ったままの千尋を連れて、アシュヴィンの城である幽宮に移っていた。
同行していた中つ国の兵たちも、軽傷だった者から少しずつ撤退してきており、この宮に集まりつつある。

「らしい、ってなんだよ。このまま放っておいて大丈夫なのか?」

「それはこっちのセリフだ。那岐、君はあの場に居たのだろう。何があった。」

何か知ってる様子だった風早は、千尋が幽宮に入るのを見届けると、忍人に彼女を任せ、すぐにまた根の宮へ戻っていった。

「何って…。黒龍を倒したと思ったら、風早が千尋に駆け寄って…それだけだよ。」

度重なる激戦の末に最後の強敵を倒し、気が抜けて座り込んだ。那岐の目に千尋はそんなふうにしか映っていなかったようだ。
恐らく他の者たちも同様だろう。

「ともあれ、兵たちも続々と戻ってきている。このまま常世の国に留まるわけにはいかない。」

「いかない…って言ったって、千尋が目を覚まさないんじゃ…。」

那岐の言葉を遮るように、忍人は前を向いたまま続けた。

「中つ国も本格的に再興することになるが、王が不在のままではまとまりがつかん。那岐、君には先に帰国して王の代理を務めてもらいたい。その勾玉があれば王族の証として…。」

「……あのさっ。なにそんなに淡々と喋ってるんだよ。あんた千尋のこと好きなんだろ?心配じゃないのかよっ。」

その言葉に忍人はぴたりと足を止めた。

「………君に…なにがわかる……っ…。」

感情を押し殺したような声に、那岐はハッとして忍人の横顔を見た。
うつむき加減になったその顔には、疲労と焦燥が滲んでいた。

「……っ…。」

忍人が、公の立場としても二の姫の側近であることと、代々王家を支えてきた葛城の一族であることを考えれば、彼が私情だけで行動できないのは当然のことだ。

「…ごめん…。言い過ぎた。」

忍人は黙ったまま拳をにぎりしめている。
那岐もそれ以上かける言葉を見つけられず、その場に沈黙が漂った。

「中つ国の件、承知したよ。」

「…っ……ああ…頼む。」

那岐の言葉に、ハッとしたように顔を上げた忍人は、短くそう言うと再び歩き出した。

「但し!」

「……?」

そんな彼を、那岐は立ち止まったまま引き止めた。
何事かと、忍人が足を止めて振り向く。

「千尋を…中つ国の二の姫を必ず連れて帰って来いよ。僕の仕事はあくまでも彼女の代理だからな。」

「……当然だ。」

忍人がほんの少し頬を緩める。

そのとき回廊の向こうから、誰かが駆けてくる足音が聞こえてきた。

「忍人っ、ここにいたんですね。あぁ那岐も…。」

「風早、戻ったのか。」

「ああ。すまないけど皆を集めてくれるかい?」


*****


「時空のはざま…?」

聞き慣れない言葉に忍人が眉をひそめる。
宮の中の一室に、アシュヴィン以外の全員が集まっていた。

「それって…もしかして、僕たちが向こうの世界と行き来したときに最初に飛ばされた場所?」

ふと思いついたように那岐が呟いた。

「那岐、覚えてたんですね。」

「まあね。あんまり思い出したくもない記憶だけどさ。」

意外そうに言う風早に、肩をすくめてみせる。

「その時空の狭間とやらに、姫が居るというのか?」

風早の言わんとすることがよく分からず、忍人は眉を寄せたまま彼の言葉を待った。

「ええ。根の宮へ戻って黒龍が消えた場所を探ってたんです。あれを倒した直後に異様な気配を感じたからね。そこで術の痕跡を見つけたんです。」

「あの、どういうことでしょうか?姫なら今、別室で休んでおられるのでは…。」

彼らの話を聞いていた布都彦が首を傾げた。

「つまり…。」

顎に手を当てて考えていた柊が、呟くように言う。

「身体はここにあるが魂が飛んで行ってしまっている…ということですか?」

「それはどういう…。」

「ちょっと待てよ、それってヤバいんじゃないのっ?」

再び首を傾げる布都彦の横で那岐が声を上げた。

「そうですね。つまり、ひとつ間違えば三途の川を渡ってしまう状態、ということでは。」

「な……っっ。」

淡々という柊に、忍人が絶句した。

「ちょっといいか?なーんか良くわかんねえんだが。」

そこへ、珍しくおとなしく聞いていたサザキが声を上げた。

「そもそもなんで姫さんはそんなとこに飛んでったんだ?」

「力を失った黒龍は、時空の狭間で暫しの眠りにつくんです。」

「や、黒龍じゃなくて姫さんの話をしてるんだが。」

被せるように言うサザキに、那岐が口を挟む。

「話は最後まで聞けよ。つまり、眠りにつこうとする黒龍に連れ去られたってわけ?」

「恐らく…。」

「でも時空の狭間なら、身体ごと飛ばされるんじゃないのか?」

「たぶん、遠夜がずっと守ってくれてたからじゃないかな。」

その言葉に遠夜が頷いた。

あのとき皆の援護に回っていた遠夜は、千尋の受ける被害が最小限になることを優先して術を展開していた。

「彼の力がなければ、黒龍が消える時に一緒に連れ去られていたでしょう。」

「じゃあ、この事態は不幸中の幸いとも言えるわけ? 」

「少なくとも姫さんは、今ここにいるからな。だがこのままじゃ、眠ったままってわけか…。」

那岐とサザキが思案顔になる。

「どうすればいい。」

そこへ、くぐもった声が割って入った。

「風早、どうすれば彼女を取り戻せる。」

皆が同時に振り向くと、じっと皆の話を聞いていた忍人が、拳を握りしめて俯いていた。



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