白刃の光芒 2
(なんだ、これは…。) ありえない光景に理解が追いつかない。だが考える前に、本能的にわかった気がした。 (これは前世の記憶?…いや、正確には終えた後…か。) 普通なら夢か何かと思うところだが、なぜかそう確信できる。 『 姫…いえ女王様、将軍はすでに息絶えておられます。これ以上穢れに触れてはなりません。どうかお離れください。』 『 いやっ。忍人さんが簡単に死ぬわけないっ。離してっ。』 『 女王様、お立場を弁えなさいませ。上に立つ者がそのように取り乱すものではありません。』 狭井君が現れ、武官に指示して千尋を忍人から離そうとする。 彼女は泣き叫びながら尚も抵抗していたが、武官たちに敵うわけもなく、無理やり引き離されて行った。 (そうだ、千尋。それが王となる者の務めだ。) そう思いながらも、ひどく心が痛む。 (俺はそんなにも君を哀しませていたのか。) 不意に、全てわかった気がした。 千尋が異常に忍人の身の心配をしていたこと、千尋本人にも理解できていなかった言動の数々。 それは彼女の魂に傷をつけるほど深く刻まれた、哀しみの記憶。 (俺は…俺たちは、やり直すために、今度こそ添い遂げるために、もう一度生まれてきたんだな。) それならば。 尚更こんなところで斃れるわけにはいかない。 ハッと我に返ると、一瞬のことだったのだろう、敵の斬撃が襲ってくる瞬間だった。 それを避けるべく咄嗟に身をひねったそのとき。 耳元でキンっと甲高い金属音が響き、視界の端に、どこからか飛んできた飛び道具と思しき武具が、敵の剣を弾き飛ばすのが見えた。 「忍人!大丈夫かっ?」 辛うじて体勢を立て直して声のした方を見ると、サザキが宙から舞い降りてくるところだった。 「サザキか、助かった。」 「間一髪だったな、間に合って良かったぜ。」 「ああ。」 短く言葉を交わしながら、背中合わせになって、敵に対する。 「あれだけの数の衛兵をここまで減らしたのか、さすが将軍様だな。じゃあ、残りもさっさと片付けちまおうぜっ。……と言いたいとこなんだが…。」 最初は威勢の良かった彼が、なぜか急に歯切れが悪くなった。 「……?」 「悪ぃ、さっき投げちまった武器しか持ってなくってな。俺は今、丸腰状態だ!はっはっはっ〜〜!」 言い切った開放感からか、また無駄に威勢が良くなっている。 「……….。」 「…って、おいっ。そこは突っ込めよっ。」 「何も言う気になれん。」 一瞬でも加勢を期待した自分が馬鹿だった。 最初から、追っ手を一人で引き受けるつもりで残ったのだ。サザキがいてもいなくても、さして変わらない。 「…は…っ…。」 忍人は、荒く息を吐いた。 「役に立たないのなら、さっさと戻って姫の援護をしろ。」 「仮にも命の恩人に対して、ひでぇ言い草だな。それにしてもお前、よく見たらボロボロじゃねぇか。」 彼の言う通り、剣を握る腕は今、鉛のように重い。 更に、浅いとはいえ傷もあちこちに負っていた。 この状態で、あと数人とはいえ最後まで残った手練を相手に勝てるのか。 (俺は、また君を哀しませるのか…?) ――破魂刀―― その存在が脳裏を掠める。 その瞬間、言葉が直接心に響いてきた。 ――我ヲ求メヨ。ソノ魂ヲ差シダシ、勝利ヲ求メヨ ―― 「……っ?」 同時に、手の中にある二本の剣が鈍く光り始める。 それを見た衛兵たちの間に、動揺とざわめきが広がった。 だが次の瞬間、忍人はその剣を二本とも思い切り床に突き立て、手から離した。 「は?おいおい、忍人っ。おまえまで丸腰になってどうすんだよっっ。」 「破魂刀、おまえの力を使えば、今の俺は恐らく無事ではいられない。」 以前の自分なら、迷わず破魂刀を選んだだろう。だが今は違う。 「俺はおまえに魂を渡すつもりはないっ。俺は、千尋と国と、そして自分の未来も守るっっ。」 倒した兵の手から離れた剣を拾い、再び襲いかかってきた衛兵の攻撃を受け止める。 「なるほど、その手があったか。」 それを見たサザキも、そのあたりに転がっている剣を拾いあげ、攻撃に加わる。 そのとき突然、床に突き刺した二本の剣が、先程とは違った輝きを放ち始めた。 「な、なんだぁ?」 それに気付いたサザキが素っ頓狂な声を上げる。それと同時に、忍人の頭の中にまたしても声が響いてきた。 ――そなたの覚悟、しかと受け止めた。誓約は破棄される。これよりは持ち主を生かす刀となろう―― 「………はっ?」 そうこうするうちに、二本の剣はどんどん輝きを増し、太陽の光と見紛うほどの輝きを放ち始めた。 「うわっ、何も見えねぇ。忍人、いったい何がどうなってんだっ。」 「こっちが聞きたいっ。」 常世の兵のたちもパニックになっている様子が伝わってくる。 一気に片をつける絶好の機会だが、あまりの光の強さに、周りが全く見えない。 なすすべもなく成り行きを見守っていると、やがて光はゆっくりと収束していった。 「…収まったか。」 剣に近づいてみると、刀身がぼんやりと淡い光を纏っている。 忍人はしばらく二本の剣を睨んでいたが、おもむろに片方の剣を引き抜いた。 「うわっ、大丈夫か、忍人っ。」 「ああ……。いや、これは…っ。」 「な、なんだ!ヤバいなら離せっ、今すぐ離せっ。」 だが、サザキの声を無視して、もう一方の剣も引き抜く。 「うわーーっっ。」 サザキがざざっと後ずさるが、忍人は片方の剣を身体の前でくるりと回した。 「ずいぶんと軽い…。いや、違うな。」 剣が軽いのではなく、そこから注ぎ込まれる生体エネルギーが忍人の身体を巡って新たな力となる。 「持ち主を生かす刀…。」 心に響いてきたその言葉の通り、破魂刀のような禍々しさは微塵も感じられない。 忍人のその様子に、とりあえず害はなさそうだと判断したサザキが恐る恐る近づいてきた。 「大丈夫なのか?…ってか、なんか神々しくなってないか?」 「そうだな。」 神がかり的という点では、間違ってはいないだろう。 忍人は両手首をくるりと返して、二本の剣を同時に鞘に収めた。 一方、その様子を見ていた衛兵たちは畏れ慄いた。 「な、なんだ、あの刀はっ。」 「こいつ、あれだけ戦った後なのに、あんなに軽々と…っ。」 顔面蒼白になって立ち尽くしている者や、腰を抜かしている者など、明らかに戦意を喪失している。 そんな彼らに忍人は一歩近づいた。 「ひ、ひぃぃ…っ。」 「戦う意思のない者に刃は向けん。このまま退くと言うなら見逃そう。」 残って居た数人がこくこくと頷く。 「承知した。だが気が変わられては困るからな。全員拘束させてもらう。…サザキ。」 「お?おうっ。」 いきなり名指しされたサザキは一瞬目を白黒させたが、すぐにどこかから縄を持ってきて、彼らを縛り上げた。 「よっしゃ~!これで背後を突かれる心配はなくなったな。さっさと姫さんたちに合流しようぜっ。」 「言われずとも。」 だが、二人が皆の後を追おうとしたとき、行く手から突然、大音響が鳴り響いた。 それより少し前。 「あとひと押しだ、死ぬ気でかかれっ。」 禍日神が黒龍へと姿を変え、圧倒的な力で皆の前に立ち塞がる。 「わかってるけど、あんたに言われると無性に腹立つなっ。」 黒雷の術を放つアシュヴィンの横で、那岐が鬼道を操りながら文句を言う。 「ふん、生憎と俺は下々の者の上に立つ教育しか受けていないのでな。」 「誰が下々だよっ。」 「那岐っ。」 思わずアシュヴィンに意識を向けた那岐に向かって、黒龍の攻撃が襲いかかる。 そこへ風早が飛び込んで来て、那岐を突き飛ばしながら一緒に転がった。 「…痛…ってぇ…。」 「大丈夫ですか?」 「ああ…。悪い、助かったよ。」 そんな二人の前に千尋が走り出て、弓を構える。 「ここは私がっ。」 「相変わらず戦場に出ると勇ましくなる姫君だな。」 千尋に襲いかかろうとする黒龍の攻撃を剣で弾き返しながら、アシュヴィンが那岐に向かって不遜な笑みを浮かべた。 「おまえも無駄口を叩いてないで、四神の召喚術でも出したらどうだ?」 「そうしたいのは山々なんだけどさっ。相方が居ないんだから仕方ないだろっ。」 「……?」 半ばキレ気味に返す那岐に、改めて周りに視線を走らせたアシュヴィンは、サザキの不在に初めて気付いたらしい。 「余計なこと言い出す前に言っとくけどね、忍人の援護に回ったんだよっ。」 「なるほど?では仕方ないな。朱雀は諦めて青龍の術でも出すか、風早。」 「龍同士の一騎打ちとか、あんまり見たくない構図だね。」 風早が返事をする前に、那岐が肩をすくめた。 「誰が一騎打ちだと言った。そこの物理攻撃しか能のないやつと、やる気が感じられないおまえ。おまえらも四神の術で同時攻撃に出ろ。」 「物理攻撃しか能がない……。」 黒龍に槍を突き出していた布都彦が、自身も核心を突かれ絶句する。 「私は、がむしゃらに戦うだけが凄いとは微塵も思っておりませんので。」 一方、柊はさらりと受け流した。 「しかしながら、殿下の策は試してみる価値はありそうですね。布都彦、ここは殿下のおっしゃる通りに動いてみましょうか。」 「……は、はいっ。」 「遠夜、援護をお願いできますか?」 柊の言葉に、遠夜が力強く頷く。 「僕も最大級の鬼道の術を繰り出してやるよ。千尋、力貸して。」 「みんなの話、やっとまとまったの?」 それまでひたすらに矢を放っていた千尋が、少し疲労の滲んだ様子で苦笑いを浮かべながら振り向いた。 そのままさりげなく後方に視線を走らせるが、期待する人の姿は目に映らない。 「では一斉にかかるぞ。これがとどめだ、用意はいいな。」 アシュヴィンの声に、皆が同時に頷いた。 その声に千尋もハッと我に返る。 「これで、決めるっ。」 |
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