白刃の光芒 1
「ここは俺が引き受ける、先に行けっ。」 「そうだな、数は多いがこの程度の衛兵なら、悪名高い葛城将軍には造作もないだろう。」 衛兵たちの剣を弾いて道を拓きながらアシュヴィンがにやりと笑みを寄越す。 「悪名だと?」 「ああ悪い。常世の国に帰ってきたせいで、長年染み付いた感覚が戻ってしまったようだ。口が滑った。」 言葉とは裏腹に、悪いと思っている様子は全く伝わって来ない。 「無駄口を叩いていないで、さっさと行けっ。」 「そう睨むな。俺たちが離れたら例の術でも使って一気に片付けて来い。行くぞ千尋、こっちだ。」 その声に千尋が振り向いたのは、アシュヴィンではなく。 「忍人さんっ。」 「大丈夫だ、姫。すぐに追いつく。」 アシュヴィンの言う例の術、破魂刀は使わない。 そう念じながら千尋に頷くと、彼女は少しだけホッとした表情を見せた。 「わかりました、先に行きます。そちらも気をつけてっ。」 「ああ。」 衛兵たちの剣を受けながら、他の仲間と一緒に走り去っていく彼女を目に映す。 その後ろ姿にふと妙な胸騒ぎを覚えたが、無造作に斬りかかってきた兵に意識を戻された。 それを払い除け、千尋たちを追おうとする兵の前に立ち塞がる。 「ここから先は一歩も通さん。俺が相手だ、まとめてかかって来いっ。」 「心ここに在らずといった様子だな。そんなに気になるか?」 忍人が盾になってくれているからだろう、これといった障害のない回廊を走り抜けていく。 その中で、ちらちらと後ろを気にしている様子の千尋にアシュヴィンが声をかけた。 「言っておくが、人の心配をしている余裕などないぞ。」 「…っ…。わかってるっ。」 アシュヴィンの言葉に、千尋は思いを振り切るように前を向いた。 「わかってるけど…。」 あの人数を彼一人に任せてきたのは、やはり無謀だったのではないだろうか。 いくら彼が歴戦の戦士だといっても、破魂刀を封じた状態では厳しいかもしれない。 「自分が信じた部下なら全てを任せろ。上に立つ者はもっと大局を見るべきだ。」 破魂刀うんぬんの事情を知らないアシュヴィンには、千尋のそんな様子は覚悟が足りないと見えるのだろう。 「千尋、忍人なら大丈夫ですよ。」 そんな二人のやり取りを聞いていた風早が、千尋に追いついて小声で囁いた。 「風早…。でも、私があの術を使わないでって言ったせいで忍人さんが危なくなったら…。」 本末転倒だ。 「千尋、忍人は何と言って約束したんですか?自分の身が危なくなったときは例外だ。そう言ってたんじゃありませんか?」 「あ…。」 その言葉に千尋は、先日二人で花見に出かけた時のことを思い出した。 確かに彼はそう言っていた。 千尋の身とそして自分の身も危うくなったときは例外だ、と。 「……って。なんで風早がそのこと知ってるのっ。」 あの日、途中から仲間たちとは別行動をとる羽目になったが、そもそも風早は最初から居なかったはずだ。 「さぁ…なんでだったかなぁ。」 風早はわざとらしく首をひねって見せたが、ふと気付いたように手を打った。 「ああ、空から見てたんだった。」 「ええ〜?風早、いくらなんでもごまかし方が雑すぎだよ。」 「全く同感だね。あんたも木の陰から覗いてたんなら素直にそう言えばいいじゃないか。」 苦笑いする千尋の横で、歩調を合わせた那岐が呆れ顔を見せた。 「そうですか?ホントなんだけどなぁ。」 「ん?ちょっと待って、那岐。今なんか聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけどっ?」 風早ののんびりした口調と、那岐に突っ込む千尋に、緊迫していた空気が少しばかり和む。 「えっ、いや…その…。あれは僕の意思じゃなくてサザキが首謀者で…。そうだよ、僕は弓矢の的にされて死ぬとこだったんだからなっ。」 「なるほど、君たちが急に消えたのはそういうことだったんですね。」 納得したと頷く柊に、千尋が走りながら首を傾げた。 それを見ていたサザキが慌てて口を挟む。 「あー、姫さんっ。俺、やっぱ戻って忍人の様子見てくるぜ。その方が姫さんも安心だろっ。」 「あ、うん…。そうだね、お願い。」 「任せとけっ。」 そう言うとサザキはサッと踵を返し、あっという間に走り去って行った。 「うっわ、逃げ足はやっ。」 「はは、確かに…。でも忍人の援護に回ってくれるなら心強い。」 呆れる那岐の横で、風早が少しホッとしたように言う。 そんな彼らにアシュヴィンがちらりと視線を送ったが、すぐに前方を見据えた。 「程よくリラックスするのは結構だが、ここからは気を引き締めてかかれよ。……着いたぞっ。」 その声に、一同の間に再び緊張が走る。 彼らの眼前に、根の宮の最奥にあたるバルコニー状になった広間が現れた。 「ったく、次から次へと…っ。」 さすが常世の国の喉元を警護する衛兵だけのことはある。 忍人の名を知っても、怯まず果敢に立ち向かってくる。 「このまま破魂刀を封じた状態では、厳しいか。」 宮の外では、千尋たちの突入を助けるため道を拓き、盾となった兵たちが乱戦状態になっているのだろう。 彼らの戦いの喧騒が遠く伝わってくる。 恐らくこちらへ援護に駆けつける余裕はない。 「…っ、一瞬でも他人の助けを期待するとはな。」 そんな自分を叱咤し、疲れの見え始めた身体を無視して、剣を構え直す。 「なんなんだ、こいつは。たった一人で…っ。」 「名は聞いていたが…。つ、強すぎるっ。」 が、対する衛兵たちの方も、忍人の鬼神のごとき戦いぶりに戦意を失い始めていた。 「おまえたち、それでも王都の衛兵か。国の中枢を守る兵の威信にかけて、あの将軍を倒せっ。」 そんな彼らをリーダー格の男が叱咤する。 「お、おうっ。」 その声を受けて再び数人が斬りかかってきたが、忍人は流れるような動作で彼らの剣を薙ぎ払った。 「はっ、その程度の剣で向かって来るとは、命知らずにも程があるな。」 一度畏れを感じた者は、そう簡単に恐怖を払拭できるものではない。 明らかに剣筋に迷いが出ている。 「だが、こちらも手加減してやる義理などないぞ。」 再び向かってくる兵たちを今度は全力で退ける。 やがて、忍人の的確で無駄のない剣さばきによって、動ける敵の数は確実に減っていった。 いま残っているのはわずか数人だ。 「……っ。」 荒くなる息を整えながら、忍人はその者たちを見据えた。 少人数とはいえ、ここまで残っているということは、それだけ腕も立つということだ。 先程のリーダー格の男も、一歩も引かない様相で剣を構えている。 「はああああっ。」 次の瞬間、その男が力いっぱい斬りかかってきた。 その剣を受け止めて、辛うじて弾き返す。 「く…っっ…。」 その瞬間、身体がフラつき不覚にも膝をついた。 「…は…っっ。」 片方の剣を地に刺して身体を支えながら荒く息をつく。 が、その隙を敵兵が見逃すはずもなく、再び左右から同時に斬りかかってくる。 自由になる剣で片方は受け止めるが、もう一方の対処が間に合わない。 「くそ…っ。」 これまでかと思わず眼を瞑る。 すると、それを待っていたかのように、千尋の笑顔が瞳の奥に広がった。 「……っ?」 彼女との思い出が走馬灯のように流れ始める。 そして初めて出会った泉のシーンまで巻戻ったあと、なぜか経験していないはずの光景が浮かび上がった。 『 忍人さん…忍人さんっ…っ。なんで…っ。お願い、目を開けて…。』 壮麗な宮とおぼしき回廊の一角に、剣を持ったまま倒れている自分。 その身体に千尋が縋りついて泣いている。 忍人はそれを俯瞰で眺めていた。 (なんだ、これは…。) |
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