海と空と心にグラデーション2
ドリーム小説
「あ〜、疲れたっっ。」
駅から離れ、臨海公園の煉瓦道に入ったところで、瑛はそこにあったベンチにドサッと腰を下ろした。
「だいたい、『けなげさ』ってなんだよ。あ〜、むかつくっ。」
「なんの話?…っていうか、まだ何にもしてないのにどうしてそんなに疲れるの? 遊覧船に乗るんじゃ…。」
「やだ。疲れた。」
が首をかしげながら見ているが、瑛はふてくされた顔でそっぽを向いた。
「もう…ほんとわがままだよね。赤城くんの前ではあんなに好青年を演じてたくせに。」
「だから疲れたんだよ。」
登校するときは、それなりの心構えを持って行くから良いが、今日はすっかり休日モードだった。
しかも全力疾走した直後だ。
「前から思ってたんだけど、どうしてそんなふうに使い分けるの? そのままの瑛くんで充分素敵だと思うけど。」
が不思議そうな顔でこちらを見たが、それを聞いた瑛は額を押さえた。
「おまえな…。」
素敵だとか、そんなセリフを男に向かってサラッと言うな。
「そういうこと、さっきのヤツにも言ったりするわけ?」
「さっきのって、赤城くん? え〜、彼は瑛くんみたいに二重人格じゃないと思うけど…。」
「……。」
どこまで天然なんだ、こいつは。
瑛は、「はーっ。」と大げさにため息をついた。
あの男は、自分と彼女は赤い糸でつながっているのかも…と暗に言っていたのだ。
では、自分と彼女との関係はなんなのだろう。
瑛にとっては、自分を飾らなくてもよい相手。
ではにとっての瑛は…?
こんなふうに時々、出かけようと誘ってくるのだから、それなりに好意は持ってくれているのだろうとは思う。
…たぶん。
「瑛くん、大丈夫?」
「え…? あ、あぁ…。」
の声にふと我に返ると、彼女が横に座ってこちらを覗きこんでいた。
瑛が急に黙り込んだので、心配になったらしい。
「瑛くん、ほんとに疲れてるんだ…。待ち合わせ時間にもすごく遅れてきたし、どこか体調でも悪いんじゃないの?
今日はもうこのまま帰ろ。わたし、家の近くまで付いていってあげるから。」
は「断ってくれても良かったのに」などと言いながら、瑛の手を取って立ちあがった。
「え、帰る…って…。」
彼女の手の温もりに一瞬ドキッとしながらも、一方で、彼女のその言葉に急速に気持ちがしぼむのを感じる。
「ほら、立って。」
が瑛の手をぐいっと引っ張った。
「……だ。」
「え、なに?」
「い、や、だ…っ。」
「いやって…。あ、そか、手とかつながない主義って言ってたよね、気付かなくてごめ…。」
「そうじゃなくてっ。」
瑛は、離れかけた彼女の手をつかみ返した。
無意識にぐいっと引っ張ったのだろう。
反動では、先ほどまで座っていたベンチにまた、今度は転がりこむように座った。
その手をつかんだまま、瑛は横に座った彼女をみつめた。
「おまえ、そのまま家に帰るのか?」
「え?えと…そうだね、せっかく出てきてるんだし、ショッピングくらいして帰るかもだけど…。」
「却下。」
そんなふうに一人で街をうろうろしていたら、誰に声をかけられないとも限らない。
(例えば、赤城とか…。赤城とか…。赤城とか…?)
瑛は彼女から目をそらすと、反対側の手で髪をかきあげた。
他にも、クラスメートに会うとかナンパとかいろいろあるだろうが、今は彼のインパクトが強すぎる。
(あ〜もうっ。)
瑛は、はぁ…と短くため息をつくと、改めてに向かって言った。
「……帰さない。」
あんなふうに宣戦布告されて、おめおめと引き下がれるものか。
「え。」
彼女の隣に赤城の姿を見ていたのだろうか。
自分でも驚くくらいシリアスな口調になったそのセリフに、も目を丸くして動きを止めた。
「あ、いや! そのっ…変な意味じゃないから、ぜんっぜんっ。」
ハッと我に返った瑛は、慌てて彼女の手を離すと、その手を顔の前でぶんぶんと振った。
「今日の瑛くん…やっぱりなんか変…。」
「変じゃないって言ってるだろっ。…あ、いや、そうじゃなくて…。」
同じ「変」でも意味が違っていることに気付く。
なんだか一人で空回りしているようで、だんだん恥ずかしくなってきた。
「とにかく…帰らないから。」
瑛は、口を尖らせながら、ふいっと目をそらせた。
「そう? 大丈夫ならいいけど…。じゃ、遊覧船に乗る?」
こちらをのぞきこんだが、そんな瑛の様子に何を思ったか、にっこりと可愛らしい笑みを見せた。
「……海、行こう。」
目の前で微笑む彼女に顔が赤らむのを感じた瑛は、彼女の向こうに見える景色に視線を向けたままぶっきらぼうに言った。
「ここ……海だけど?」
がキョトンとした顔で見たが、瑛はそれには答えず黙って立ち上がると、再び彼女を手を取った。
「泳ぐには、まだ早いけど。」
もちろん水着も持ってきてはいないけれど。
「行こう。」
人の少ない場所で海を感じたい。
彼女と一緒に。
☆ ☆ ☆
「うわぁ、気持ちいいー。」
寄せては返す波の音が、耳に心地良く響く。
波打ち際に近づいたが、歓声を上げながら波と戯れている。
夏には若者たちや家族連れでにぎわうビーチも、今は人影がまばらだ。
「真夏以外の海もいいだろ。」
初夏の陽射しを受けた海は、水平線の彼方までキラキラと輝いていた。
こんな場所なら、ありのままの自分でいられる。
だから。海が好きだ。
「瑛くんもおいでよー。」
波打ち際で遊んでいるが、瑛に声をかけた。
「いや、俺は見てる方がいい。」
砂浜で白く砕ける大小の波。
沖へと遠ざかるにつれ、水色から深い青、藍へと色を深める海。
水平線でくっきりと分かれた空は、海とはまた違った透明なブルー。
そんな風景の中で軽やかに微笑む少女。
(意外と絵になるんだな…。)
なぜだか、懐かしいような胸が締め付けられるような、不思議な心地になる。
打ち寄せ引いていく波の音を聞きながら、瑛はのいるその風景を、夢心地な気分の中で眺めていた。
「あのさ、。ふと思ったんだけど。」
瑛が波打ち際から少し離れた場所でじっと立っているだけなので、
しばらく遊んでいたも、照れ笑いを浮かべながら戻ってきた。
瑛の横に並んだ彼女に、海を見つめたまま話しかける。
「うん?」
「ええと…その、おまえ…さ…。」
「……?」
一瞬、言いよどんだせいで、彼女の意識が一気に集中するのを感じる。
(う…。もっとサラッと言えばよかった…。)
が少し首をかしげて瑛を見ている。
「あぁ…っと。その…おまえ、俺と出かけていない休日って何してるんだ?」
さらりと言えば何でもない問いかけなのに、意識しすぎて自分で自分の首を絞めている。
(…俺、なに言ってるんだろ。)
今まで特に気にしたこともなかったのに、なぜこんなことを聞く気になったのか、自分でも不思議に思う。
「え、なんで?」
怒っているようにでも聞こえたのだろうか、からは微かな戸惑いが伝わってきた。
「なんでって…。なんとなく気になったから。その、例えば…。」
「例えば?」
「た…例えば…。こんなふうに他のヤツとも出かけてるのかな〜とか…?
あ、いや! 深い意味ないからっ。ぜんっぜんっっ。」
こんなふうに必死に否定する時点で、すでに「なんとなく」ではなくなっている。
「う〜ん、その日によるけど…。でも、なんでそんなこと聞くの?」
「なんでって、だからちょっと気になっただけで…。ってか、なんでさっきから、なんでなんでって聞くんだよっ。」
自分でもわかっている。こういうのを逆ギレという。
瑛は砂浜にドサッと座り込むと、片ひざを立てその上で頬杖をついた。
「はーーっ。」
自分でもこのイライラの原因がわからない。
「瑛くん。」
ふてくされた顔で海を眺めていると、視界いっぱいに、小花柄の可愛いフレアスカートが広がり、
同時にの声が上から降ってきた。
「なに。」
何気なく見上げようとしたとき。
「いてっ!?」
いきなり額にチョップが落ちた。
「やったぁ!」
思わず額を押さえた瑛を見て、がキャハハと嬉しそうに笑った。
「いつかお返ししてやる〜って思ってたんだよね。」
「……。てめー、いーい度胸だな。」
「え。」
ゆらりと立ち上がった瑛を見て、はしゃいでいた彼女がピキッと固まる。
「ご、ごめんっ。いまのナシ!」
両手を上げてガードしながら後ずさるを、瑛は不敵な笑みを見せながらじりじりと追い詰めた。
「ぼ、暴力反対っ! やだー、チカンーーっ。」
が両手をぶんぶん振り回しながら叫んだ。
甲高いその声が、波の音を掻き消す勢いで辺りに響き渡る。
「なっ? ちょっと待て、っっ。」
いくら人影が少ないといっても、言っていいことと悪いことがある。
「それは反則だろっ。」
瑛は大股で彼女に近づくと、その腕をつかんでグイッと引き寄せた。
「やだってば…!」
だが、慌てていたせいで力の加減が出来なかったらしい。
弾みでが倒れこんできた。
「きゃっっ?」
「うわっ。」
とっさに彼女を支えようとしたが、瑛も砂に足を取られバランスを崩した。
重心をかけた足が、柔らかな砂の上ですべる。
「わっっ、ちょっとまっ…。」
晴れ渡った青い空と白い砂浜、そして濃いブルーの海が、頭の上でぐるりと回転した。
瑛のこういう二重人格的なトコや、自己中なところって大好きです(笑)
何かを意識し始めたとき、
内面でうだうだと考えては消化しきれないで、結局
「もういい!」って感じでそっぽを向いてしまうあたりなんかも☆
そんな彼を温かく包んであげられる相手は
やっぱりちょっと大人な感じかな。
そんなわけで、彼のお相手になる主人公は
こんな感じでわりと穏やかな雰囲気の女の子になりました。
( サイト掲載日 2008.12. 1 )
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