海と空と心にグラデーション1



ドリーム小説
初夏の日差しがきらきらと反射してまぶしい。
いつのまにか、季節は夏へと向かっているらしい。
一斉に咲き乱れ街を薄紅色に染めた桜の樹も、今は新緑へと衣替えを始めている。

「あれからもう1年か。」

まさか同じ学園へ通う生徒とは思いもせず、海を眺めて過ごす至福のひとときを邪魔されたために
思わずつっけんどんな対応をしてしまった、あの朝。
学園では優しくてカッコよくて優等生、そんな瑛のもうひとつ別の顔を知ってる唯一のヤツ。

最初は弱みを握られたようで落ち着かなくて、事あるごとに捕まえては釘を刺していた。
そんな瑛の態度をどう捉えたのか、そのうち彼女──が、遊びに行こうと誘ってくるようになった。

最初のうちは適当にあしらっていたが、最近は「面倒くさい」という素振りを見せつつも、誘われるがままに出かけている。
なんだかんだ言っても、飾らない素の自分でいられる開放感は気持ちがいい。



「あれ、待ち合わせ場所どこだったっけ。」

考え事をしながら歩いていたせいか、ふと気がつくとバス停に来ていた。
確か今日は、臨海公園へ行こうと言っていたような。

「やべ、間違えた。」

時計を見ると、待ち合わせ時間の3分前を指している。
少々遅れても構わないつもりでのんびりと歩いていたが、このままでは「少々」どころか大遅刻だ。

「さすがにマズイよな。」

彼女のことだから、それなりにまともな格好をして(要するにおしゃれをして)来るだろう。
そんな子がひとり待ちぼうけをくらっていては、変な輩に声をかけられないとも限らない。

「あれで意外と、可愛い…と言えなくもないからな…。」

本人の前では絶対に口にしない台詞。

そういえば、いつも瑛を取り巻いている女子たちには、平気で歯の浮くようなセリフが言えるのに、
彼女に対しては、なぜ憎まれ口しか出てこないのだろう。

「別に『彼女』ってわけじゃないんだし、いいんだけどっ。」

そう言いながらも、早足程度だった瑛の足はいつのまにか駆け出していた。




「や…やっと着いた…。」

待ち合わせ場所の駅に着いた瑛は、前かがみになってひざに手を付き、肩で息をした。
その体勢で視線だけ上げて彼女を探す。
いつもなら噴水の前あたりに立っているはずだ。

「……いた。」




水色のキャミソールに柔らかい印象のフレアスカート、上に白い薄手のカーディガンを羽織っている。
大遅刻してしまったが、ちゃんと待っていてくれた。

同じようにも瑛を見つけたらしく嬉しそうな顔を見せたが、次の瞬間、
全力疾走をしたせいでゼイゼイと息を吐いている瑛の様子に、呆気に取られたようだった。


(さすがにこんなトコは見せたことないもんな。)

学校では絶対にこんな醜態はさらさない。

(けど、あいつの前なら…。)

瑛は、呼吸を整えながら近づいた。

「悪い、。待った…よな。」

「うん、ずいぶん待たされたよね。」

その時、彼女の横から誰かがヒョイと現れた。

「……え?」

自分たちと同じ年頃の男子だが、学校内では見かけた記憶がない。

「なんだ、待ち合わせの相手って…彼氏だったんだ。」

「え、そんなんじゃないよ。」

が「やだなぁ。」とか言いながら、顔の前で手をぶんぶん振っている。

「そうなの? まぁ確かに彼氏なら、自分の彼女を20分も待たせたりしないよなぁ。
君みたいな子が一人でぼ〜っと立ってたら、放っておかない輩がいっぱいいるだろうし。
……例えば僕みたいに?」

彼女と妙に仲の良さげなその男は、癪に障るほど爽やかな笑みを見せた。

「なんだよ、あんた。ナンパか?」

大遅刻してしまったのも、彼氏じゃないのも事実だが、なんだかムカつく。

「あ、瑛くん、違うんだ、この人は…。」

「僕は、はばたき学園の生徒。学年は同じ。彼女とは…そうだな、運命に導かれて出会った、とでも言っておくよ。」

「え〜何それ。 赤城くん、今日は何かヘン。あ、一言多いのは同じだけど。」

赤城? はばたき学園??
なんでそんなヤツと知り合いなのだろう。

はというと、ケラケラと笑いながら赤城とかいうヤツの腕をバシバシ叩いている。
この雰囲気からすると、今日初めて出会ったわけではなさそうだ。

しかもこの男、なかなかの好青年ときている。
だが、対する瑛も学園内では「成績優秀、スポーツ万能で人当たりの良い人気者」で通しているのだ。
こんなヤツに負けてなるものか。

「ふうん、運命か。それは素敵だね。でもそういう意味では、僕もとは
入学式の日の朝早くに、海で偶然出会ったんだよね。」

余裕を見せてにっこりと微笑みつつ、「夜明けの海」「偶然」というところに力を込める。

(ちょっと違うけど…。)




ちらりとを見ると、一瞬目をぱちくりとさせたが、すぐに噴出すのを堪えているような
なんとも言えない妙ちくりんな表情になった。

「それはまたロマンティックな…。そうなの?」

赤城が意外そうな顔をして瑛を見たあと、横にいる彼女の方を振り向いて問いかけた。

「え? あ〜…うん、まぁ…そうかな…?」

は曖昧な表情のまま、あははと引きつり笑いをした。

(話合わせろよ、バカ。)

心の中で毒づきながら、にっこりと好青年的笑みを浮かべる。
そんな瑛を、赤城が不思議そうな顔をして見た。

「ふうん…。そういえば君、さっきとずいぶん雰囲気違うけど…二重人格とか言われない?」

「…なっ!?」

す、するどい。
優等生モードへの変換が完全に終わってなかったのか、或いはどこかに動揺が表れたのか。
どちらにしても、たて直さなければ。

いやそれよりも、いつまでもこんなヤツの相手をしてないで、さっさとこの場を離れる方が賢明だろう。

「コホン、何のことかな。」

瑛は動揺を押し隠して、最上級の笑みを作って見せた。

それにしても、初めて会った相手に対して「二重人格」とはずいぶん不躾な言葉だ。
しかも、赤城と彼女が横に並んでいて、その向かいに瑛が立っている。
噴水を背に立つ二人は、妙に絵になっていて、なんだか腹が立つ。

三人が顔を合わせたときの状況を考えると仕方のない位置関係ではあるが、
これではどちらが待ち合わせをしていて、どちらが偶然会ったのかわからない。

「とにかく、僕らの出会いは君の言うようにロマンティックだったわけ。」

瑛は話を強引にもとに戻した。

「ということで、僕たちこれから臨海公園へ行くんだけど…いいかな?」

の横へ近づいて三人の位置関係を変えながら、さりげなく「帰れ」と言ってやる。

「あ、そうなんだ。臨海公園か、いいなぁ。気候も良くなったし、気持ち良さそうだね。」

「まぁそうだね。遊覧船の上で海風を切って走るときなんて、もう最高に…。」

赤城が一瞬とてもうらやましそうな顔をしたので、気をよくした瑛は思わずその言葉に応じたが。

「僕も行こうかな。」

「……って、は!?」

なんだか今、とんでもないセリフを聞いたような気がする。

「あ、それいいね、大勢の方が楽しいし。」

さらに追い討ちをかけるようなのセリフ。

「瑛くん、いい?」

「え…と、あーそう…だね…。」

表面ではにこやかな表情を保ったまま答えるが、さすがに頬の上あたりがひきつりそうになる。

(冗談じゃないぞっ。)

せっかくの休みなのに、優等生モードのまま過ごさなければならないなんて、御免こうむる。

(こいつも、もっと気を遣えよ。)

少しずつの方へにじり寄って、赤城と位置取りを逆転させていた瑛は、彼が海の方向へ目を向けている隙に
彼女の後頭部にチョップをくらわせた。

「…たっっ! なにするの…っ。」

「どうかした?」

「いや〜、何でもないよ。あははは。」

の声に振り向いた赤城に、にっこりと笑みをくれてやる。
彼女は、と横目で見ると、涙目になりながら瑛を見上げていた。

「なんでもないよね、っ。」

瑛は彼女の頭を乱暴になでながら、同意を求める。

「ちょっと瑛くん、髪が…っ。」

が抗議の声を上げているが、瑛は彼女の頭をぽんとひとつ叩いて、そのまま鷲づかみにした。

(おまえはちょっと黙ってろ。)

指先から瑛の声が伝わったのか、は少しだけ口を尖らせたが、すぐにおとなしくなった。
それを見て瑛も、手を離す。

「一緒に行くのはいい…けど。 君…赤城くんだっけ。何か用事があって出てきたんじゃないの?」

こいつの都合をクローズアップして、うまく丸め込んでやる。
相手の顔を立てつつ断るのは得意だ。

瑛のそんな雰囲気が伝わったのか、がちらりと視線をよこした。

(そうだよ。女子に囲まれて困ってるときと同じなの。もっと早く気づけよ。ほら、助っ人!)

だが彼女は、面白いものでも見るようにくすっと笑った。

(なっ…、おまえ、あとで覚えてろよ。)

一方の赤城は、瑛の問いかけに一瞬考え込んだようだった。

「ああ、用事か…そうだな。あるような、ないような。う〜ん、もう目的は果たしたとも言うかな。」

なんだそれ?
瑛はと顔を見合わせた。

「外を歩かないと、出会えないだろう?」

誰とだ。

「そういう意味じゃ、今日はもうミッションコンプリート。いや、どっちかというと失敗かな…はは。」

一体、何の話をしているんだ、こいつ。

「あ、あのさ、赤城くん。話、全然みえないんだけど…。」

瑛は、額に怒りマークが出そうになるのを必死で押さえながら、ひきつり笑いをした。
丸め込むどころか、赤城のペースに巻き込まれている。

「ああ、ごめん。独り言だから気にしないで。でも、いつかのように彼女には伝わっているといいな…なんてね。」

赤城は、に向かって意味ありげに頬笑んだ。

「じゃ、僕はこれで失礼するよ。」

「え?」

突然の申し出に、瑛は呆気に取られた。

「僕だって、空気くらい読めるさ、瑛くん。」

赤城がフッと笑みを浮かべながら、瑛だけに聞こえるように小声でささやく。

「ま、彼氏ってわけじゃなさそうだから、僕にもチャンスはあるよね。……あ、そうだ。」

そこまで言って、赤城は彼女の方へ向き直った。

「せっかくだから、君の携帯番号を教えてくれないかな。」

「あ、そうね、え〜と…。」

赤城の申し出には、何のためらいもなく携帯を取り出した。

「あ〜、ごほんごほんっ。」

すっかり赤城のペースに巻き込まれていた瑛は、それを見て慌てて割って入った。
ちょっとわざとらしかったような気もするが、背に腹は変えられない。

「あのさ、遊覧船に乗ろうって言ってたよね。早く行かないと出航時間に間に合わないよ。」

「え、遊覧船って…?」

そんなこと決めてたっけ?という顔でが瑛を見た。

「乗るんだよねっ。」

そんな彼女を目で押さえ込む。

「ってことで、僕らはこれでっ。」

「え…。ああ、そっか。」

赤城がまた「一緒に行く」などと言い出さないうちに、この場を離れなければ。
瑛はの手首をつかむと、「それじゃこれで。」と極上の笑みを投げつつ、歩き出した。

「あ、ちょっと待ってくれないか、瑛くん。」

「…佐伯だよっ。」

どうでもいいが、ファーストネームで呼ぶのはやめて欲しい。

「あ、佐伯くん…ね。」

赤城は、の反対側から瑛に近づいて、小声でささやくように言った。

「僕さ、彼女とは何度か街で偶然出会って、一緒にお茶したこともあるんだけど、お互いの名前を知ったのは最近なんだ。」

「…はぁ。」

何が言いたいのだろう。

「そんな僕らが、今日またこうして出会った。これってすごいことだと思わないかい?
何か目に見えない力でつながっているのかも…なんてね。」

そう言って赤城は、屈託のない笑みを見せた。

(何だよそれ。)

元はと言えば、瑛が遅刻したせいでそんなチャンスが出来ただけではないか。

(……遅れてくるんじゃなかった。)

瑛は、待ち合わせ場所を間違えたことを心底、後悔した。

「今日のところは君のけなげさに敬意を表して引き下がるけど、次にまた彼女に出会うことがあったら、
そのときは遠慮なくTELもアドレスもゲットさせてもらうよ。」




「それは、どうも。『出会うことがあれば』ね。」

あくまでも爽やかに言う彼に、瑛もにこやか笑顔で応戦しつつ、さりげなく嫌味を言ってやる。

「ああ、そうだね…。」

その言葉に赤城は一瞬、自嘲気味な笑みを浮かべたが、すぐに表情を戻すと、の方をのぞきこみ、
「じゃ、またね。」とにっこり笑った。

「うん、またね。」

手を振りつつ離れて行く赤城に、彼女もにこやかに手を振り返している。

(「またね。」か…。)

その姿を眺めつつ、瑛は赤城の言葉を心の中で反芻した。
何気ない言葉だが、彼の中では大きな意味があるに違いない。


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ブログで連載し、その後コピー本として発行した話の再掲です。
本にする際、相方さんに挿絵を描いて貰ったので、
そちらも一緒にUPさせてもらいました☆

瑛に優等生顔をさせたくて、誰かほかのキャラを出そうと思ったら
なぜか赤城君になっちゃったのですが…。

彼の話からすると、主人公とそれなりに仲良くなりかけてるらしいので
この流れは彼にとってちょっと気の毒だと思い、
別の話(雨粒が輝くとき)を立ち上げるきっかけとなりましたv

こちらの話では、瑛にかなりのインパクトを与えてくれました☆

(サイト掲載日 2008.10.31)


































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