夏の夜は夢模様




「いや、いい…と思う。うん…。」

「ほんと? それなら良かった。」

瑛の言葉を聞いて、がにっこりと笑いながら、その場でくるりと回転した。

「あぁ…。」

いつもと違う雰囲気をまとった彼女に、うまく言葉が出てこない。

待ち合わせ場所には、自分たちと同じように浴衣をまとったカップルがあちこちにいるが、
その誰よりもが一番輝いて見える。

の浴衣は、深い海の色。
そこに花火をイメージしたような、カラフルな大柄の花が描かれている。
そして少し落ち着いた色合いのピンク系の帯。

アップにされた髪には、小花の髪飾りが華やかさを添えている。

「うん…。」

「瑛くん?」

ぼ〜っと見惚れていたのだろうか、が怪訝そうな顔で覗き込んだ。

「ほんとに、似合ってる?」

言葉少なな瑛に不安を感じたのか、彼女は袖を広げて改めて浴衣を見ている。

くるくる回ったり、袖を広げたり。
ふと気づくと、の大振りな行動に、待ち合わせ中の男たちの視線が集まっていた。
露骨な視線ではないが、ちらちらと盗み見ているのがわかる。

瑛の贔屓目ではなく、普通に見ても彼女の浴衣姿は、良く似合っていて可愛いのだろう。

「行こうっ。」

瑛は、そり返って腰で結ばれた帯を見ているの手をつかむと、さっさと歩き出した。






「あ、瑛くん、かき氷! 次はかき氷食べよ!」

が瑛の浴衣の袖を引っ張る。

「まだ食うのかっ?」

たこ焼き、フランクフルト、焼きそば、綿菓子とひと通り制覇した。
そして瑛の頭には、彼女の趣味なのか、キャラクターもののお面。
手にはヨーヨー釣りでゲットした水風船を握らされている。

「デザートだよ〜。」

は事も無げに言いながら、店の前に立った。

「へい、らっしゃい! 」

「ブルーハワイふたつ下さい!」

瑛の意向は無視して勝手に注文している。

「はぁ…。ま、いいけど。」

「まいど!…って、あれ、おまえら…。」

屋台の店員の声に聞き覚えを感じてふと見ると、全くお目にかかりたくない人物が立っていた。

「げっっ。」

「あれ? ハリーだぁ! どうしたのこんなところで。」

ヒクッと引きつる瑛の横でが嬉しそうに笑っている。

「あぁ、バンド仲間の知り合いがこの店やることになってたんだけど、体調崩して倒れちまったらしくてさ。
急だったんでみんな都合がつかなくて、俺に助っ人依頼が来たってわけ。」

針谷が二カッと笑いながら、ねじり鉢巻を締めなおした。

「それより…。へ〜、おまえらそういう仲なわけ? ふ〜ん。」

今度はニマ〜ッと意味ありげに笑いながらこちらを見ている。

「そ、そういう仲って…。」

「そのペンダント。お揃いじゃんか。」

「ペンダント?」

言われて改めて自分の胸元を見ると、先ほど輪投げの景品で貰ったおもちゃが掛けられていた。
が「瑛くん、勝負!」と言うので、ついムキになったが、結局同点だった。
結果、同じ景品を渡され…。

いやだと言ったのにに強引に首に掛けられ、後でこっそり襟の中に隠そうと思ってすっかり忘れていた。

「いや、これはそんなんじゃなくて…。」

「照れるなって。へ〜〜学園のプリンスがねぇ。ま、結構似合ってんじゃねえか。あ、それも。ぷぷっ。」

針谷がどこまで本気なのかわからない調子でにやにやと笑いながら、瑛の頭を指した。

「う〜る〜さ〜い〜。」

瑛は、ムッとしてそっぽを向いた。

「お〜? そんな口の利き方していいのか、誰がどこで聞いてるかわかんねえぞ〜?」

針谷がしつこく絡んでくる。

だがそこでペンダントもお面も外さなかったのは、自分でも偉いと思う。
おもちゃとはいえ、が掛けてくれたものを、ちょっとからかわれたくらいで外すなんて
子供っぽいことはしないのだ。

「……。ブルーハワイ。ふたつ。シロップたっぷりでお願いします。
はい、御代。お釣り間違わないで下さいね?」

営業スマイルで嫌味たっぷりに言ってやる。

「あ〜。へいへい。少々お待ち〜。」

そんな瑛に針谷は、からかうのはこれくらいしておいてやろうと思ったのか、
或いは本来の目的を思い出したのか、氷を削り始めた。

「へい、ブルーハワイふたつ!」

「おい、針谷、これって…。」

瑛は、差し出されたかき氷を前に、顔を引きつらせた。

「シロップたっぷりで〜す。」

「おまえなぁ…。」

確かにシロップたっぷりだが、かけすぎて氷が半分以上溶けている。

「作り直せ。それか、金返せ。」

「何言ってやがる。客の要望に真摯に応えただけじゃねえか。」

「どこが真摯だっ。」

「わ〜、おいしそう〜。いただきま〜す。」

だが、にらみ合いを始めた二人の横で、がそのかき氷を嬉しそうに手に取った。

「え。」

「それ食うのかっ?」

呆気に取られる瑛の横で、針谷が思わず口走る。

「……おい。」

「あ、いや。まいどあり〜〜!」

じろっと睨む瑛に、針谷は笑顔でごまかした。

「はぁ…。も、いいや、何でも。」

彼女の姿にため息をつきながら、瑛もシロップ浸しのかき氷を手に取った。

「甘…っっ!」

「へっへっへ。恋の味ってやつ?」

針谷がニマニマ笑っているが、もうバカらしくて返事する気にもなれない。

「それはいいけどよ。」

だが、もくもくと頬張る瑛に、針谷はふと声を潜めて言った。

「おまえさ、あいつのこと本気なら、学校での生活態度ちょっと考え直したほうがいいぜ。」

を横目に見ながら続ける。

「優等生ぶるのも、王子様とか言われて女子にちやほやされるのもいいけどよ、彼女、傷つけんなよ?」

「……。わかってるよ。」

「ま、おまえの本性知ったら、誰も寄り付かなくなると思うけどさ。」

簡単じゃん!とか言いながら、針谷がケラケラと笑った。






(とは言うものの…。)

の気持ちがイマイチつかめない。
誘えば余程のことがない限り付き合ってくれるし、デートの最中にどちらからともなく次の約束をしていることもある。

他のヤツと遊びに行っている様子もないし、もちろん瑛が彼女以外とデートすることもない。
普通に見たらこれは「付き合っている」という状態なのだろう。

(でも…好きだって言われたわけじゃないしなぁ。)

言ったこともないけれど。

「あれはもうしたか? けーあいえすえす。」針谷がニヤニヤしながら言っていた。
そのときは何のことかわからなかったが。

Kiss…。

歩きつつ、その意味にたどり着いて、思わず赤くなるのを感じた。

(してねえよっ。…あ、意識的には、だけど。)

いつぞやの事故を思い出して、またまた赤らむ。
縁日を離れ、海岸に出ていたおかげで、誰にも気づかれずに済んだのが幸いだ。

もう少しで花火が始まる。

「瑛くん、もっと向こうの方へ行こ。あっちの方が人がすいてるよ。」

が瑛の手を引っ張った。

「あ、いや、こっち行こう。穴場があるんだ。」

彼女のその手を握り返す。
少し力を入れてクイッと引っ張ると、が瑛の腕に軽くぶつかってきた。

「足元暗いから、つかまってろ。」

前を見たままぶっきらぼうにそう言うと、彼女が照れくさそうにもう一方の手を瑛の腕に絡ませた。

腕全体にの体温を感じる。
瑛の腕に抱きつくような格好になっているのだろう。

(ちょっと歩きにくいけど…。)

──悪くない。



人影の少ない場所を見つけてふたりで腰を下ろす。
が小さなレジャーシートを広げてくれたので、海辺の岩場だが濡れずに済みそうだ。

「ちょっと花火から遠くなっちゃったな。」

「ううん、充分楽しめると思うよ。」

彼女がにっこりと笑った。

(こんな場所選んだわけ…伝わってんのかなぁ。)

「けーあいえすえす」。
針谷の声がフラッシュバックする。

(…って! そんなことまで考えてなかったぞ、俺はっ。うん!)

ただ、ゆったりした気分でと一緒に花火を楽しみたい、そう思っただけだ。
……そのはずだ。

「もうそろそろかなぁ。」

そんな瑛の心の内には全く気づいていない彼女が、能天気に空を見上げている。

「あー、そうだな。」

「瑛くん、眠い? 肩貸してあげようか?」

諮らずも気のない返事をしてしまった瑛に、何を勘違いしたのか、がそんなコメントしている。

「肩を貸すのは、俺だよ。」

瑛はほんの一瞬考え込んだが、彼女の頭にちょいとチョップを落とした。
その反動でがもたれかかってくる。

「て、瑛くん…。」

さすがに少し照れているようだ。

(俺も照れくさいけど…っ。)

でも、の柔らかさが気持ちいい。


花火が始まったら、その音に紛れながら聞いてみようか。
彼女が聞き取れるかどうか、それは天に任せることにして。

一度だけ。


一発目が華々しく上がった。
少し遅れて、威勢のいい音が響き渡る。

「あ…のさ…参考までに聞いてみたいな…とか思うんだけど…。」

「…ん?」

瑛の肩にもたれていたが、顔を少し瑛の方へ向けた。
ここまでは聞こえたようだ。

「俺とおまえって…。」

波に乗り始めた花火が続けざまにどんどん上がる。

だが、空に開く色とりどりの大輪の花も、目に映ってはいるけれど見えてない。
今年の花火大会は、どうやらそんな状態になりそうだ。



──俺とおまえって、どういう関係、かな…。

──俺?

──俺は…おまえのこと…。




〜fin〜






花火大会イベントを題材に書いてみました。
初夏のデートを経て、瑛の気持ちがかなり彼女へ傾いてきた感じです☆

こちらの話は突発的に書いたもので、こじんまりまとまりましたが、
逆に言えば書き足りない感がありまして…。
後日、目線を変えて、
この花火大会(夏祭り)デートを彼女の視点で書き直してみました。

そちらは「夢色の星空の下で」というタイトルでUPします☆
いろいろエピソードを加えたのでこの話よりだいぶん長くなりましたが、
そちらもまた覗いてやって下さい♪

( サイト掲載日 2009. 8. 19 )