「花梨、花梨?・・花梨!? かり〜ん!」 ドタドタと足音を響かせながら、自分を呼ぶ声が近づいてくる。 途中にある部屋の引き戸を片っ端から開けているらしく、 バタン、ガタン、ゴン、という音もおまけのごとく、ついてくる。 「だれ? 朝っぱらから・・・。ちゃんと紫姫に取り次いでもらって・・・」 言いながら身を起こした花梨は、いつもと部屋の感じが違うことに気づいた。 辺りに漂っている香りも、芳しい香ではなく、これは・・・線香? まだはっきりしない頭で、ぼんやりと考えていた時、目の前の襖がいきなり開いた。 「あー!! かりん、みっけー!!」 見上げると、イサトがにこにこしながら立っていた。 「イサト君? もう何なのよ、いきなり・・・」 「なんだあ? まだ寝てたのかよ。俺たち、もうメシ食っちまったぜ? おまえ、いくら自分の爺ちゃんちでも ここまで寝坊するって、マズくないか? 一応、寺だぞ、ここ。」 僧兵見習いのイサトにとって、寺で早起きするのは当然のことなのだろう。 だが昨日、京で決戦を終え、ホッとしたのもつかの間、 どういうわけか、八葉のうちの4人と一緒に現代へ送還された花梨は、 体力的にも精神的にも疲れ切っていた。 「ゴメン、今日はお休みです。紫姫にそう言っておいて・・」 そう言って、もう一度寝ようとしたが・・・。 「なに寝惚けてんだ! 起きろ! 一緒に探検しに行こうぜ。おまえの世界って、超おもしろそうじゃん!!」 イサトはこれ以上はないというくらい、わくわくとした様子で言った。 「・・・そっか、戻ってきたんだっけ。」 自分の世界に戻ってきた。 それはやはり嬉しいことではあったが、4人の八葉(四葉?)を連れてきてしまったのも、また事実らしい。 「ほらほら、早く行こうぜ!」 それにしてもこの少年には、異世界に迷い込んだという不安はないのだろうか。 とりあえず、落ち着き先が見つかって良かったのだが、さてこれからどうしたものか・・・。 思案し始めた花梨だったが、イサトに腕をつかまれてハッとした。 「ちょ、ちょっと待って! 私まだパジャマなのよ、勝手に入ってこないでよ!」 「ぱじゃま・・?」 「えーと、ねまきなの!!」 祖父の寺には時々泊まるので、パジャマも含め着替えを一式、置いてあった。 いま着ているのは、ゆったりとしたスエットの上下だ。 「へえ、それ寝巻きなのか。でも俺が貸してもらったのと大差ないけどなあ?」 よく見ると、どこから調達してきたのかイサトは、色褪せてヨレヨレになったえんじ色のスエットを着ていた。 「どうしたの、それ?」 「これか? おまえの爺ちゃんが貸してくれたんだよ。結構着やすい衣だぜ。京で着ていた物はやっぱまずいんだろ? こっちではこれ着てるからさ、だから早く行こう!」 「おじいちゃんの?」 そういえば祖父は、健康のためと言って、毎朝のジョギングを欠かさないらしい。 こういう服も何着か持っているのだろう。 「騒々しいぞ、イサト。」 その時、襖の陰からふいに泰継が姿を現した。 「あ、泰継さん、おはよ・・・」 言いかけて、花梨は目が点になった。 「や、泰継さん、そのカッコ・・・?」 泰継は、やはり祖父から借りたらしいグレーのスエットスーツに身を包んでいたが・・。 長身のせいだろう、袖は七分袖、ズボンに至ってはバミューダパンツ状態である。 「ああこれか? 住職が貸してくれたのだが、露出の多い衣だな。こちらでは皆このようなものを身に纏うのか?」 「いえ、そういうわけではなくて・・・」 「そうなんじゃないのか? 花梨だって、『すかーと』 とかいうの履いて足出してたじゃんか。」 イサトが能天気なことを言っている。 花梨は頭を抱えた。この調子では、幸鷹と泉水も似たような状態なのだろう。 「とにかく、こっちの衣に着替えたんだしさ。はりきって京都とやらの見物にでかけようぜ!」 今にも飛び出しそうな勢いだ。 「ちょ、ちょっと待って!!」 花梨は大慌てでイサトを制した。 「神子?どうかしたのか? 私もおまえとこの世界で生きていくと決めた以上、こちらの世界のことをもっとよく知りたいのだが。」 泰継が心配そうに覗き込んだが、花梨が口を開くより先に、イサトが割り込んだ。 「ちょっと待てよ、泰継。夕べの爺ちゃんの話、聞いてなかったのか? こっちに一緒に来た以上、俺にだってまだその権利はあるんだぜ?」 腰に手を当て、胸をそらせて、イサトは不敵な目で泰継を睨み付けた・・・が。 着ている物がモノなので、いまいちサマにならない。 対する泰継の方も、ハナから相手にしていない風情でひとこと、「問題外だな。」と冷たく言い放ったが、 こちらも七分丈状態のスエットでは、滑稽なだけである。 それぞれに違った魅力を持つ "イイオトコ" な2人が自分を巡って争って(?)いるのに このシチュエーションでは、全然キマらない。 花梨は大きくため息をつくと、2人の間に割って入った。 「イサト君、ありがと。気持ちだけもらっておくから。」 「気持ちをもらってしまっては、イサトを受け入れることになりはしませんか? 神子。」 「そうですね、言葉は慎重に選ばないと。」 突然の声に振り向くと、泉水と幸鷹が微笑みながら立っていた。 やはり、というか何というか・・・。2人とも予想通りの格好である。 「やっぱり、変・・・ですよね?」 幸鷹が照れくさそうに笑った。 さすがに彼には自覚があるらしい。 「とにかく! 俺は花梨をあきらめてはいないからな!!」 イサトは威嚇するように、皆に向かってそう宣言したが、すぐに表情を崩すと、甘えるように花梨を覗き込んだ。 「ま、それはとりあえずおいといて、だな、見物に行こうぜ、な?」 どうやら、花梨も京都見物も、今のイサトにとっては同レベルらしい。 それはそれで解せないが・・・他の3人も出かけたくてうずうずしているらしいので、今は不問にしよう。 「わかった。じゃあ、出かけましょう。」 「そうこなくちゃ!」 イサトがパチンと指を鳴らした。 「ただし!! 京都見物は後回し。まず行くのはデパートよ!」 とにかく、4人の服をなんとかしなければ・・・! 「今、何時ですか?」 「8時半ですよ。」 幸鷹が即答する。 祖父に借りてきたのか、腕時計をしていた。 「なんだ、そりゃ?」 イサトが興味津々で覗き込んでいる。 8時半・・・。 今から身支度を整え、開店時間と同時に入店できるよう、タイミングを見計らってここを出ることにしよう。 客が増えてくる前に済ませたい。 一番近いのは、やはり四条通りの・・・そこへ行くのにかかる時間を逆算して・・・ 花梨はめまぐるしく、頭を回転させた。 京に残してきた4人の仲間。 どういうわけか、くっついて来てしまった残りの3人。 そして、本来なら自分と2人だけでこちらの世界へ来るはずだった泰継。 自分は彼と、無事ハッピーエンドになれるのだろうか? 幸鷹はともかく、イサトと泉水は異世界・京へ戻れるのか・・・。 考えねばならないことは、山ほどあるが・・・。 何はさておき、 「とにかく今は、4人の服よ!!」 |
By 夏帆