遙かなるED異聞
「あー、信じらんねえ!なんで泰継なんだよー!!」 雪のちらつく京、百鬼夜行を見事封印し、平和の戻った神泉苑に、神子と、神子を護って共に闘った8人の男たちが揃っていた。 京の平和が守られて大団円・・のはずなのだが、約1名(+α?)心穏やかでない人間がいるらしい。 「イサト、潔く諦めなさい。神子殿と泰継殿は、誰の目から見ても、お互いを必要とし合うお似合いのカップルなのですよ。」 「かっぷるぅ? なんだよそれ!」 イサトは八つ当たりの矛先を、声の主に向けた。 「だいたい、そういうおまえは悔しくないのかよ。 おまえ、もともとは花梨と同じ世界の人間なんだろ? 花梨と一緒に帰りたくはないのか?」 「そ、それは・・・」 痛いところを突かれて、幸鷹は一瞬口ごもったが、すぐに笑顔を浮かべて言った。 「私は、あちらの世界で生きたのと同じくらいの時間を、すでにこの世界でも過ごしてきました。 こちらにも家族はあるし、やりがいのある仕事もある。 今の私にとっては、この世界もまた故郷といえるのですよ。」 にっこり笑って一気に言い切ったが、イサトは上目遣いにじっとこちらを見ている。 「・・・おまえ、びみょーーに引きつってないか?」 あくまでも意地わるくつっこむイサト。 「・・そ、そんなことは・・・」 幸鷹の笑顔がほほの辺りで固まる。 「イサト、そのくらいにしておいてやり給え。 幸鷹殿は、おまえのように感情を素直に吐き出せる人間ではないのだよ。」 「ひ、翡翠殿、それは・・・」 全然フォローになっていない。 ガックリと肩を落とす幸鷹を横目に、泰継がおもむろに口を開いた。 「どちらにせよ、といっても神子は私のものだが、もうあちらの世界とつながることはない。 神子は、私とともに、この世界に残ると言ってくれたのだからな。」 さりげなく強調するところはして、他の八葉たちを牽制する泰継。 他の男たちの、嫉妬と羨望のまざりあった眼差しが心地よい。 このように感じることができるとは、私もまこと、人となることができたのだな・・・。 一人満足げにうなずいている泰継をあっさり無視して、イサトが花梨に駆け寄った。 「ほんとか? 花梨!」 「うん・・・。だって泰継さんは、陰陽師としてこの世界になくてはならない人だもの。 それに、私の世界に来たって、陰陽師としての仕事なんてないし・・・。泰継さんがいてくれるなら、私はどこでだって生きて行けるから・・・」 ほんのり顔を赤らめて言う姿は、これ以上はないというくらいカワイイ。 が。 「ちぇっ、結局はあいつの為かよ。」 ぷっとふくれるイサト。相変らず満足げにしている泰継をにらみつける。 「え? あ・・ごめんね、イサトくん・・・」 「う・・・っ。 あ、あやまるなよ・・・(涙)」 幸鷹に続きイサト、撃沈。 神子に少なからず思いを寄せていた2人が、戦闘不能(?)になったのを見計らって泰継が言った。 「しかし神子、本当に良いのか? あちらの世界には、おまえの家族も友人もいるのだろう? このまま、すべて捨ててしまって、本当に悔いは残らぬか?」 「泰継さん・・・」 最終決戦の前から、この世界で泰継とともに生きていこうと決めていた花梨だったが・・。 全く迷いがないといったら嘘になる。泰継は花梨にとってかけがえのない人間だが、 今まで自分を育ててくれた元の世界もまた、そう簡単に捨てられるものではない。 泰継の言葉は、心の中のもやもやした部分をするどく突いていた。 泰継は、言葉に詰まってうつむいた花梨をしばらく見つめていたが、おもむろに空に向かって声を張り上げた。 「白き龍神、白龍よ! 今一度、そなたの神子の声を聞き、その願いを叶えよ!」 「や、泰継さん!?」 神子を含め、その場にいた全員があっけにとられたが、泰継は構わず続けた。 「我らが神子の心安く在らんために、時空の扉を開きたまえ!」 「や、泰継さん、私はここに残るって・・・」 「神子、やはりそなたの世界へ行こう。私はずっと孤独に生きてきた。この世界に未練などない。」 「でも・・・!」 「泰継殿! そのようなこと、おっしゃらないで下さい、私たちがいるではありませんか!」 泉水があわてて駆け寄ってきた。 「そうです、我々はあなたのことをかけがえのない仲間だと思っているのですよ! それに、神子の世界に行くなら私のほうが・・・あ、いえ、そうではなくて・・・」 「なんだと、てめえ! 花梨はずっとこっちにいるんじゃなかったのかよ!?」 撃沈している場合ではないと、幸鷹とイサトも、泰継に詰め寄ってきた。 その時。 白い光がまっすぐに下りてきた。 『神子の願い、神子を想う者の願い、叶えよう。』 声と同時に、花梨と泰継の周りは眩い光に包まれ・・・。 「おいこら、ちょっと待て!」 「神子殿!」 「花梨!」 「泰継殿!」 皆の声を聞きながら、2人の意識は急速に薄れていった。。。 バッシャーン!! 思いきり水を浴びて、花梨はハッと我に返った。 「な、なに!?」 どうやら浅い川の中らしい。 少し離れた岸辺に、男女のカップルが等間隔に並んで座っているのが見えた。 こちらに気づいて騒ぎ始めているようだ。 「そ、そうだ、泰継さん・・?」 あわてて辺りを見回す。 「つ・・何だここは・・・」 後ろの方から声がした。 「泰継さん!!」 聞きなれた声を聞き、ほっとして振り向いた花梨だったが・・・。 「?・・・!!・・・〜〜〜!!?」 あまりのことに、驚きの声も出ず、花梨は口をパクパクさせたまま固まってしまった。 花梨のすぐ後ろにいたのは、陰陽を表す白と黒に分けられた狩衣に身を包んだ、精悍な姿の陰陽師。 尻もちをついた格好だが、頭から水をかぶった風情が何ともいえず色っぽい。 あ、いや、それはいいとして。 「いってえ・・・何だよいきなり・・・。」 そういって額を押さえながら立ち上がったのは、赤い髪を後ろで束ね、錫杖を手にした、まだ幼さの残る少年。 「え?」 「こ、ここは・・・川の中なのですか? 確か神泉苑にいたはずでは・・。どちらにせよ、水に縁の場所には違いありませんが・・」 妙な納得の仕方だが・・。オロオロしながらも、懐から懐紙を取り出して顔を拭いているあたりが、高貴な生まれを伺わせる青年。 「ええ!?」 そして。 * 「こ・・ここは、もしや現代の鴨川では!? 向こう岸に見えるのはまさしく、鴨川名物 『等間隔イチャイチャカップル』!」 「・・・・・。」 京に召還されたのは確か15歳のときでは・・・。 しかも、それまで留学していたはずなのに何でそんなこと知ってるんだ? ・・・という突っ込みはおいといて。 痛さも冷たさも忘れて、放心したように岸を見つめている、眼鏡をかけた秀才タイプの青年。 「み、みんな!? ど・・」 どうして、と言いかけた花梨の横で、それより一瞬早く。 「な!なんだ貴様らは!!」 めったに聞くことの出来ないであろう、泰継の狼狽した声が響いた。 一方、眩い光が収まった後の神泉苑。 「おやおや、これはおもしろいことになったねえ。」 「て・・・てめえ、喜んでる場合じゃないだろう!」 くすくす笑う翡翠の横で、勝真が顔を引きつらせて言った。 「イ、イサトぉ・・。いくら花梨が好きだからって、あいつが選んだのは泰継だぞ!? 見も知らぬ世界で、ただのおじゃま虫で、どうやって生きていくんだよ・・・!」 弟のようなイサトを心配して、涙目になっている。 「そ、その通りです、泉水ど・・兄上もですよ・・・!! これから親王として認められるための、儀式も務めも目白押しなのに・・。 泰継殿にくっついていって、どうするんですかあー!!」 天に向かって、『龍神のばかやろうー!!』とでも叫びそうな勢いの彰紋。 「まあ、あの2人はともかく、幸鷹殿は帰りたがっていた様だし、いいんじゃないのかな?」 長いストレートの髪をいじりながら、どうでもいいといった風情で翡翠が言った。 「幸鷹殿は良いのですが・・・」 それまで黙って控えていた頼忠が口を開いた。 「神子殿は、戻ってきてくださるのでしょうか?」 「・・・はあ??」 という皆の視線を無視して、頼忠は続けた。 「神子殿がおられなくては、私はどなたを主としてお仕えしたら良いのでしょう?」 胸に手を当て、苦しそうにつぶやいている。 「あのなあ、頼忠。花梨はこれから泰継が守るの! こっちにいようが、あっちに帰ろうが、どっちにしてもおまえもう、お役ご免なんだよ。」 馬鹿かおまえ、と言わんばかりの勝真に、頼忠はくってかかった。 「そのようなことは関係ない! 神子殿が誰と夫婦となられようとも、私はあの方の従者として、一生お仕えする所存!」 一歩も譲るつもりはないらしい。 「・・・・・・・・。」 『花梨と泰継は帰って来ない方が幸せだな・・・』 京・居残り組の一致した意見であった。 |
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*鴨川・・・・京都市街地の中を北から南へほぼまっすぐに流れている川。 三条大橋・四条大橋・五条大橋(牛若丸で有名)などの大きな橋がかかっています。 幸鷹が言っていたとおり河川敷はデートスポットで、恋人達が見事に等間隔に並んでいます(笑) |
By 夏帆