雨宿り


「しっかりつかまってろよ!」

言うが早いか、勝真は馬の腹を蹴った。

「は、はいぃ〜〜///」

振り落とされないように思わずその背にしがみつく。
相変わらず、勝真の運転(?)は荒っぽい。
後ろに女の子を乗せているという意識があるのだろうか。

思えば初めて出会ったときも、彼の乗る馬に危うくひかれるところだった。
それが縁でこうして毎日面倒を見てくれているのだが・・・。

「もう少しなんとか・・・」

「ああ?何か言ったか!?」

「な、なんでもないです・・・」

怖くて言えない・・。

それでも、遠方へ行くときはありがたい。
徒歩なら一刻はかかる距離が、四半刻もかからないのだ。





遠方ばかりを回り、最後の場所での用を済ませた頃、にわかに空が掻き曇って来た。

「勝真さん、空模様が・・」

「ああ、一雨来そうだな、行くぞ。」

言うなり、勝真は走り出した。

「あ、はい!」

慌てて後を追う。

勝真に置いていかれないようにと必死に走るが、所詮男の足について行くのは至難のワザだ。

「か、勝真さんっ、待って下さい!」

「あ? 何やってんだ、さっさと走れよ。」

・・・それはないだろう。

「は、走って、ます!!」



その時、2人が避難するのを待ち切れないかのように、大粒の雨滴がひとつ、ふたつと落ちてきた。

「みろ、降ってきただろうが。トロいやつだな。」

「ひ、ひどーい!」

雨が降ってきたのは私のせいじゃないです!
そう言おうとしたが。

「!?」

いきなり引き寄せられて、喉まで出かかっていた言葉が止まってしまった。

「濡れるぞ。」

気がつくと、肩脱ぎされた勝真の衣の下に、すっぽりと収まっていた。

トクン。

胸の奥が小さく鳴った。

「そこの林だ。走るぞ。」




最初の一滴からほんの1〜2分の間に本降りになった雨のせいで、
勝真はかなり濡れていた。

「あの、ありがとうございます・・
私だけ濡れなくて ごめんなさい・・」

「なんだそりゃ? 礼を言うか謝るかどっちかにしろよ。」

衣の雫をバサバサと払っていた勝真は、半ば呆れながらもニッと笑った。

トクン。

さっきより少し大きく、胸の奥が鳴った。

「さ、さっきまであんなにいいお天気だったのに・・」

動揺を隠したくて、慌てて言葉をつなぐ。

「ああ、この時期にはよくあることだな。半刻もすりゃ止むだろ。帰るのが遅くなるが、しばらくここで・・」

だが勝真は何も気づかないらしく、話続けている。

ホッと息をついた。
だがそれと同時に、少しがっかりしたような気分になるのは何故だろう。






雨脚が強くなり、支えきれなくなった木の葉の間から、雨粒がポトポトと落ちてきた。
無意識のうちに内側へ寄っていたらしく、いつのまにかお互い寄りそうような格好になっている。

気がつくと会話も途切れ、雨音だけが響いていた。

微かに汗の匂いの混じった梅花の香が漂ってくる。

一度収まっていた心臓の音が、また聞こえ始めた。

(き・・気づかれないかな・・・)

そっと隣の様子を伺ってみる。
勝真は、片膝を立てた上にほお杖をつき、どこか遠い目をして雨をながめていた。

相変わらず、規則正しい雨音が2人を包んでいる。

知らず知らずのうちに、昼間の疲れが襲ってくる。
まぶたが重いー。








どのくらいの時間がたったのだろう。

いつのまにか勝真にもたれかかり、眠っていたらしい。

気がつくと、雨はずいぶんと小降りになっていた。
少し離れた辺りはもう晴れているらしく、青空が見えている。

その視界の中に唐突に飛び込んできたもの。

「あっ、虹!」

見事に七色に分かれた大きく美しい虹がかかっていた。

「勝真さん、ほら、虹!虹!!」

あまりにも見事な虹なので、指さしながら、思わず勝真の肩をぶんぶんと揺すってしまった。

「あ? ああ・・・」

(・・あれ?)

いつもなら、こんなふうにはしゃげば、憎まれ口のひとつやふたつ返ってくるのだが。

どういうわけか勝真は、呆けた顔をしてこちらを眺めている。

「ああ、勝真さんも寝てたんですか!」

「・・・・・・・は?」

「起こしてごめんなさい。でももう雨も止みそうだし、そろそろ帰りませんか?
ちょうど虹の方へ向かっていくことになるから、きれいですよ。」

虹に追いつけないことくらい充分理解していたが、少しでも近づいてみたい気分だった。

「あ、ああ。そうだな。」

勝真は、しぶしぶといった風情で腰を上げながら、何事かブツブツ言っている。
熟睡していたところを起こされたので、機嫌が悪いのだろう。




「・・・・・いや、別に寝てたわけじゃないんだがな。。。」




その日の帰り道、勝真は虹がよく見えるようにと、珍しく前に乗せてくれた。








それから数日後のこと。

「あのー、今日は後ろでいいですよ?」

遠方へ出かけるので、また彼の馬に乗せてもらうことになったのだが。

「いいの!これからはここに乗れ。」

どういうわけか、勝真の腕の中にすっぽりと収まっている。

「はあ・・。」

・・・・・・?

一体どういう風の吹き回しだろう。
さっぱりわからない。

だが勝真が両腕で包み込んでくれているので、振り落とされる心配はなくなった。

そっと彼の顔を見上げてみる。
相変わらずいつものような素っ気ない表情だ。
それでも不思議と、胸の奥がほんのりと暖かだった。



あの夕立ちの日からなぜか、勝真はほんの少しだけ優しくなった。









花梨ちゃん、ときめきいてるくせにオオボケです・・・
ところで
このSSだけ読まれた方、イマイチ意味わからないかも・・・(^^;
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詩作「雨宿り」