雨粒が輝くとき 7






「今日のは貸しにしとく。いつでも返しに来てええで〜。」

そんなセリフを残しながら今度こそ去っていく姫条を見送り、煉瓦道から砂浜へと続く階段を下りる。

いつのまにか辺りはすっかり暮れ、ぼんやりと浮かび上がる水平線の中で、波音だけが響いている。
目が慣れるのを待って空を見上げると、満天の星空が降って来た。

「すごい…。」

「ああ…。この街でもこんなに星が見えるんだな。」

「うん。学校から近いのに、全然知らなかった。」

水に濡れないよう、波打ち際から少し離れた場所に腰を下ろす。

「今度、みんなにも教えてあげよ。」

横に座ったが、楽しそうにそう言った。

「それって…。」

さっき言ってた氷上とかいう男子生徒も含まれるのだろうか。
そんなことをまた皮肉交じりに言いそうになって、慌てて口を閉じる。

なんでもっと素直になれへんねん…先ほどの姫条の言葉がこだました。

「あ、いや…。あのさ、教えるのはいいけど…。」

「ん?」

「その…。こうやって一緒に眺めるのは、ええと…僕とだけにして…くれないかな。」

「え…?」

がこちらをみつめる様子が伝わってくる。
暗くてお互いの顔がよく見えないのが幸いだ。
多少キザなセリフも照れずに言える。

「君が行きたいところ、してみたいこと、いろいろあると思うけど。出来るなら…僕と一緒に…。」

ほんの少し沈黙が漂う。

「……。」

言わなきゃよかったかと後悔しそうになったとき、彼女が口を開いた。

「赤城くんと同じ学校だったら良かったのに…。」

「え。あ、あぁ…そうだね。」

それと同じことを何度思っただろう。

「いつだったか、赤城くんを見かけたことあったよ。男の子も女の子も一緒に5〜6人のグループで歩いてて、
赤城くん、ユキって呼ばれてて、とっても楽しそうで。」

「え?」

「あんな表情見たことなかったし、ユキって呼ばれてるのも知らなかったし…。
わたし何も知らないんだなって思ったら、なんだかとても遠い人のような感じがして、
声かけられなかった。」

「そんな…。」

クラスメートや生徒会の仲間と一緒に下校することはよくある。
そのとき、彼女とすれ違っていたなんて。

友人たちに気を取られていたとはいえ、彼女の視線にもその想いにも気づかなかったなんて
情けないを通り越して、腹立たしささえ感じる。

「…ごめん…。」

「赤城くんが謝ることないよ。私も1回くらい声かければよかったのに、って思うし。」

「1回くらい…!?」

そんなに何度もすれ違っていたのだろうか。

「うん。赤城くん、気づいてないだろうけど、私たちの登下校ルート、ほんの少しニアミスしてるんだよ。」

「うそ…だろ。」

「ほんと。」

彼女がいたずらっぽく、くすっと笑った。

「あ、でも、毎日同じ時間に同じ場所通るとは限らないし。そんなに何度もすれ違ってはいないと思うけど。」

絶句してしまった赤城を気の毒に思ったのか、彼女がフォローを入れている。

確かに、初めて会ったときもバーガーショップで出会ったときも、下校途中だった。
よく考えたら、下校ルートが似通っているから出会えたのだろう。

「盲点だった…。」

あんなに「会いたい」と一途に想い続けていたのに、そんなに身近なところにいたなんて。

「はぁ〜〜〜。」

赤城は、背中から倒れこむと、砂浜に仰向けに寝転がった。

「大げさだなぁ。」

がくすくすと笑っている。

街中の人ごみの中では、彼女の方も気づかずに、すれ違ってしまったこともあっただろう。
お互いを認識できるように出会うことは難しいとは思う。けれど。


両腕を頭の後ろで組み枕にして目を閉じると、波の音が心地良く響いてきた。
横に座っている彼女の気配が波音に溶け込んで、穏やかな温もりになる。

「あの三つの星、大きな三角形になってる。」

の声にふと目を開くと、満天の星が目に飛び込んできた。
その中にひときわ輝く三つ星が見える。夏の大三角形だ。

「あぁ、あれは織姫と彦星。その間にあるのが天の川と白鳥座、銀河の中心部分だな。」

「へぇ、さすがだね。」

彼女が感心しながら空を見上げている。

「あれが七夕の星かぁ。そういえば、会いたくてもなかなか会えないなんて、なんだか私たちに似てるね。」

「織姫と彦星に…?」

その言葉に思わずの方へ頭を起こす。
彼女はくすっと笑うと、赤城に言葉には答えずに、三角にした膝を抱いた。

「そうだな、でも…。」

赤城は身を起こすと彼女の横顔を見た。
目が慣れてきたせいか、先ほどよりも表情がよく見える。



illustration by 喜一さま


「年に一度しか会えないなんて、ごめんだな。」

空を見上げていた彼女が、こちらに顔を向けた。

「学校も違うし、予備校や生徒会のつながりがあったわけでもない。
それなのに偶然の積み重ねだけで、こんなふうに近づくことが出来たんだ。」

「うん。」

「だからさ…これはもう偶然とは言わないんじゃないかと思うんだ。」

『偶然も積み重なれば必然である。』
そんな言葉を聞いたことがある。

初めて彼女を見たとき思わず声をかけていたのも、引き寄せられる何かがあったからだろう。
そんなふうに目に見えないつながりがあるのなら、その絆を大切にしたい。

「だから…。」

だから、七夕伝説のような悲恋にはしたくない。
想いを寄せ合うことが出来たとしても、最後に引き裂かれてしまう恋なんてしたくない。

伝えたい想いはこんなにもたくさんあって溢れそうなのに、うまく言葉に出来ない。
好きです、付き合ってください、そんな言葉では片付けられない。

何からどう伝えればよいのだろう。

「そうだね、でも…。」

言いよどむ赤城に助け船を出すように、が口を開いた。

「織姫と彦星は最後に会えなくなっちゃったけど、わたしたちは最初がそうだったから。
え〜と…そうそう、逆バージョンだよ。」

「逆バージョン……?」

だがその言葉に、赤城は一瞬呆気に取られた後、思わず噴き出した。

「え。なによ、なんか変なこと言った?」

がいきなり笑い出した赤城を、きょとんとした顔で見る。

「い、いや、そうじゃなくて…。」

その様子に、余計に笑いが沸いてくる。

「すごい人だな、君って…。」

赤城がうまく言い表せなかったことを、彼女はたったひとことで片付けてしまった。

逆バージョン。

要するに彼女は、ここから始めればいいのだと、今まで会えなかった分を取り戻すつもりで
これからいっぱい会って話をしようと、そう言っているのだ。

「もう、何がそんなにおかしいの!? しつこいなぁ、いい加減、笑うの止めなさいよっ。」

一人で大笑いしている赤城にムッとしたらしく、はそう言うと赤城の頬をむぎゅっと引っ張った。

「あははははっ……って、痛てててて…わ、わかったから、ごめんって…。」

どうやら、本気で膨れているらしい。
赤城はなんとか笑いを収めると、自分の頬を引っ張っている彼女の手をつかんだ。

「あはは…悪かっ…。」

そう言いながら視線を上げると、口を尖らせたの顔が目の前にあった。

「…った…。」

暗くて見えにくいとはいえ、かなり近い。
思わずドキリとして、言葉を飲み込む。

「…あ…。」

彼女もそれに気づいたのだろう。
一瞬、目を丸くして動きを止めたが、すぐに、つかまれている腕を慌てて引っ込めようとした。

赤城の手の中から、の手首がスルリとすり抜けていく。

「……っ。」

反射的に彼女の手をつかんでいた。

「え…。」

触れ合う指先から、の微かな戸惑いが伝わってくる。

「あ、ごめ…。」

自分の行動にハッと我に返った赤城が、捕らえていたその手を離そうとしたとき。
彼女のささやくような声が聞こえた。

「赤城くん…。」

頬を染め、視線を泳がせている様子に、胸の奥がジンと痺れるような感覚に襲われる。

考えている余裕など、なかった。
気がつくと、の身を引き寄せていた。

ふわりと倒れ込んでくる上半身をしっかりと抱き止める。

「あ、あのっ…。」

が戸惑っているのがわかる。
けれど、赤城は彼女を抱く腕に力を込めた。

「今度は…成り行きや無意識なんかじゃないから…。」

彼女の小さな戸惑いも、健気さも、強がりさえも、この腕の中に閉じ込めてしまいたい。

「ずっと…会いたかった。」

「うん…。」

柔らかな香りが鼻をくすぐった。
の髪に頬を寄せ、目を閉じて彼女を感じる。



illustration by 喜一さま


星空の下、波音だけが優しく響く。

「ごめん、もう少しだけ…このままで…。」

いつもいつも会いたかった人が、今、自分の腕の中にいる。
夢じゃないと確認するように、彼女の髪にそっと口付けると、それに応えるかのように
それまで受身だった彼女が、赤城の胸の辺りのシャツをキュッと握った。

彼女もまた、今こうして自分を抱きしめている相手が、幻ではないと確かめるように。


いつのまにか東の空に現れていた望月が、海をゆるく照らし、波間でゆらりと揺れた。


「雨粒が輝くとき8」へ





やーっと丸く収まりました(^^)
やれやれです。

とはいえ、まだ在学中の設定なので、
ゲーム上ではこういう展開はありえないのですが…。
まあ、彼女がこの海辺に姿を現した時点で、もうゲームを無視してますけどね(^^;
そのあたりは大目に見てやってください//。

さて、ずいぶん長く引っ張りましたが、次回で完結です。
あと少し、お付き合い頂けると嬉しいです♪

( サイト掲載日 2009. 11. 4)



1 2 3 4 5 6 8







































アクセスカウンター