雨粒が輝くとき 8





「送ってくれてありがとう。」

「ああ…。すっかり遅くなっちゃったな…。家の人に謝っておいて。」

もっと一緒にいたいけれど、お互い学生の身分ではそうもいかない。

早く帰さなければという気持ちと、彼女の家までの道のりがもっと長く続けば良いのにという
相反する気持ちが交錯する中、彼女に歩調を合わせて歩いていたけれど、それもここが終点だ。

握っていたの手を、そっと離す。

「私だけじゃ、家に入った途端に怒られるかも。赤城くん、一緒に謝ってくれる?」

返された手を、もう一方の手の平で大事そうに包み込んでいた彼女は、ふと思いついたようにそう言って笑った。

「え、それは…その…。」

いたずらっぽく言うの言葉を真に受けて、赤城は大いに焦った。

「君のご家族に挨拶するっていうのは、ちょっと…。まだ…。どうかなと…。」

「赤城くん、真面目だね。」

そんな赤城を見て、彼女がくすくすと笑った。

「からかったのか? ひどいなぁ。」

思わずむくれてしまう。
でも。

いずれはそんな日が来るのかもしれない。
たぶん。きっと。

いや、必ず。

「今度は、ちゃんと夕方には帰すから…。だから…。」

「今度は朝からいっぱいデートしよう…?」

が赤城の言葉を引き継いだ。
こんなふうに、気持ちよく言ってしまう彼女に思わず苦笑いが漏れる。

「ああ。楽しみにしてるよ。」

その言葉に、は屈託のない最高の笑みを見せた。

「ほら、もう入って。家の人が心配してるだろうから。」

「うん。…赤城くん。」

背中を押そうとする赤城に、彼女がすっと振り返った。

「なに…?」

そう問いかけようとした瞬間だった。
がふわりと近づき、赤城の腕を捉えた。

スローモーションのような動きだった。

赤城の腕を支えにした彼女が、背伸びして顔を近づかせたと思うと、次の瞬間、頬に柔らかな感触が広がった。





illustration by 喜一さま



「………え?」

「お、おやすみなさいっ。…またね!」

呆気にとられている間に、彼女は玄関ドアの向こうへ姿を消した。

「あ、あぁ、おやすみ…。」

すでに無人となっている玄関先に向かって、返事をしてみる。

殴られたり、つねられたり。
そして今のは…。

閉じられたドアをみつめた赤城は、の唇が触れた頬を手でそっと包むと、しばらく呆けたままそこに佇んでいた。







「お・ま・え・は、アホかっっ!」

「……返す言葉もありません……。」

数日後、姫条に呼び出された赤城は、例のガソリンスタンドのレストルームの椅子の上でうなだれていた。
そんな赤城の前で、姫条がテーブルをバンッと叩いた。

「また連絡先聞くの忘れた、て! おまえの頭ん中、どうなってんねんっ。」

そのまま椅子にドカッと腰を下ろす。

そんな彼の前で、赤城は更に縮こまった。
垂れた頭が、テーブルにゴンと音を立てて付く。

「自分で自分に聞きたいです…。」


あの日は夢心地なまま帰宅し、幸せな気分に包まれて休んだ。

が。
次の日の朝、携帯を手に取ってふと気づいた。
その直後、顔面蒼白になって、携帯を床に落としたのは言うまでもない。

「情けなくて、涙も出ません…。」

「はぁぁぁ〜…俺もアホらしいて声になりませ〜ん。」

そんな赤城に、姫条はため息をつきながら、怒りモードのテンションを落とした。

「そやけど、彼女の家がわかったっちゅうんは大きいわな。そこで待ち伏せするっちゅう手もあるしな。」

「あぁ…そうですね…。」

それもアリだなと、気を取り直しかけた赤城に、姫条がちらりと視線を投げる。

「…そうは言うても、変な男がうろうろしとる〜言うてご近所さんに通報されるとか、
彼女の家の人にバッタリ出くわして、後で気まずいことになる〜とか、いろいろリスクはあるやろけど?」

「……。」

充分考えられる。

「どうすればいいと…思います…?」

再び凹まされたせいで、どうしたらいいのか、全く思い浮かばない。
だが姫条は、すがるように見る赤城の視線を振り払い、プイッとそっぽを向いた。

「そんなん自分で考え、ボケッ。そこまで面倒見切れんわっ。」



だが、そう言いつつも、結局突き放すことの出来ない姫条は、赤城と一緒に奔走する羽目になる。

ネット・携帯世代の二人が、
「彼女の自宅がわかっているのだから、家のポストに赤城の連絡先を書いた手紙を入れておけばいい」
と気づくのは、数々の無駄な努力をした後のこと。



「どこまで世話焼かすねん、おまえはっ。」

「すみません…。でも…。」

何の根拠もないが、たぶん大丈夫。そんな気がする。

頭を下げながら赤城は、あの日ののいろんな表情を思い出していた。

思いつくままに対策を口にしている姫条の横で、ふと窓の外を見ると、抜けるような青空が広がっていた。
その空に向かって祈るように目を閉じる。

──今度は偶然なんかじゃなく、ちゃんと君に逢いに行くから。
  こんな間抜けな僕だけれど、どうか待ってて…。

すると、同じ空の下にいるであろう彼女と、気持ちがつながった、
そんな確信に近い想いが胸いっぱいに広がった。



〜fin〜






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【おまけ】氷室零一


「わたしの依頼はどうなっているのだ。」

職員室の自分の机の前で、氷室は腕を組んで苦虫をつぶしたような顔をしていた。

あれから赤城は、姫条の元へ行ったと思われるのだが、その後、何の報告もない。
しかも、その次の日あたりから赤城は、なんとなく様子がおかしい。

どこかそわそわしているかと思えば、急に窓の外を見て、ため息をついていたりする。

「もしや、わたしに報告できないような事態になっていたのか…。」

それならばそれで、はっきりと言ってくれた方が余程すっきりする。
教師として、姫条の青春時代を狂わせた責任について、彼に謝る覚悟も出来ている。

赤城が自分のところへやって来るのを待っていたが、こちらから問いただす方が、
報告できずに悶々としている彼の負担を取り除いてやることが出来て、良いかもしれない。

「赤城。」

授業が終わり、生徒たちが昼休みを楽しもうと散らばったところで、氷室は彼に声をかけた。

「は、はい、氷室先生。」

赤城が、何事かと緊張した様子で振り返った。

(なんだ、このリアクションは。)

先日の依頼など、何もなかったかのような反応だ。
いや、それほどまでに言いにくい結果だったのか。

「姫条の件だが…どうなっている?」

動揺を隠して、問いかける。

「姫条さん…ですか? あの人なら彼女への連絡方法を考えてくれて…。」

「連絡? …そうか…彼女に絶縁を言い渡されたにもかかわらず、まだ諦めきれていないのだな。
うむ、わかった。彼には申し訳なかったと何かの折に伝えることにする。君にも手間をかけさせたな。」

「はぁ…。もちろん諦めるつもりはありませんので…。……?」

「…?」

なにやら、話が噛み合っていないような気がするが、気のせいだろうか。
まあ、いい。

「君の内申点には傷をつけないでおくので、心配しないように。」

そう言って、背を向ける。

今度、姫条のガソリンスタンドに行ったとき、どんな顔をしたら良いのだろう。
先日は15リットルしか入れなかったので、愛車のガソリンはもう底を突きかけている。
どうしたって近々行かねばならない。

「あーーー!!」

そんなことを考えながら教室を後にしたとき、後方で、突拍子もない声が上がった。

眉をひそめながら振り返る。
すると赤城が、手にしていた教科書やペンケースを床にばら撒いて立ち尽くしていた。

「どうした…?」

「せ、先生っ。あの、ええと…。あ、写真! 写真、貰ってきますのでっ。」

「写真?」

彼は一体、何を言っているのか。

「ということで、内申点の件はそのままで…。では!」

そう一方的にまくしたてた彼は、そのまま教室を走り出て行った。

「こら赤城、教科書っ。」

落ち着いた優等生だったはずなのに、あの慌て振り、ドタバタ振りはどうしたことか。
走り出ていった後姿が、何故か、高校時代の姫条の姿とオーバーラップする。

赤城は、姫条の悪影響をもろに受けてしまったのではないだろうか。

「わたしはまた、取り返しのつかない失敗をしてしまったのか…。」

あの二人を近づけたのは、間違いだったのかもしれない。

自分の数学教師としての才能に疑いを持ったことはない。
だが、生活指導としての能力には、一抹の不安を感じ始めた氷室だった。


おしまい。










やっと完結!
長々とお付き合い下さり、ありがとうございました。

赤城くん相手の主人公ちゃんは、どちらかというと積極性のあるタイプかな〜と思います。
あまり出てこなかったので、描ききれていませんが…//。

このあとも、赤城くんやまどかがいろいろ頑張るでしょうが、
彼女の方が、もっと簡単に行動を起こして何とかするんじゃないかと思います☆
(例によって、ゲーム設定を全く無視しております…^^;)


氷室先生については、前半登場したきりで、尻切れトンボのようになっていたので、
なんとかしたいと思ったのですが本編の流れの中ではもう書けなかったので、
おまけという形にしました。
それにしても、どうしてもコミカルになってしまいます…ゴメンね先生(^^;

それはおいといて。
赤城くんはゲーム中であまり登場しないため、
普段の生活や、考え方・感じ方に触れてみたくて書き始めたこの話、
当初、想像が膨らみにくくてGS1キャラに助けを求めましたが、
その後どんどん膨らんだため、こんなに長々とした話になってしまいました。

ゲームの世界からはかなりズレた話になりましたが、大目に見てやってください//。
書いてる本人はとっても楽しかったです(^^*
どうもありがとうございました♪

( サイト掲載日 2009. 11. 23)



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