雨粒が輝くとき 6




「赤城くんって、意外と大胆…なんだね。」

横を歩くが、視線を泳がせながら小さく呟いた。

暗くなり始めた海辺を離れ、煉瓦道に入る。
水平線にはまだ夕日が残っており人の顔が見える程度に明るいが、この道沿いの街灯はすでに灯されており、
ところどころで、ライトアップされた街路樹がおしゃれな夜のデートスポットを演出している。

「うっ…。」

彼女の言葉に、思わず返答に詰まる。

あれは普段の自分の行動ではない。絶対に。
ほとんど姫条のせいだ。
けれどこの場合、言い訳の仕様がない。

「もっと普通に優等生なのかと思ってた。」

がちらりと見上げながら、はにかむように言った。
なんだか無性に恥ずかしい。

「優等生が大胆じゃ、いけない?」

優等生でも大胆でもないと思っているが、もう開き直りだ。

「そんなこと、ないけど。」

そんな赤城にがくすっと笑みを漏らした。

「けど?」

照れ隠しをしたくて、どうでもいい言葉尻を捉えてしまう。

彼女の中にも深い意味はなかったのだろう、一瞬困ったように言葉を切ったが、
ふと思いついたように赤城を見た。

「うちの学校の生徒会にね、氷上くんっていう子がいるの。」

「氷上…?」

なぜ突然、そんな名が出てくるのだろう。

「すっごい真面目で勉強も出来て優等生なんだけど、真面目すぎて笑えちゃうの。
デートに誘っても、向学のため〜とか言って博物館とか選んじゃうんだよ、きっと。」

そう言ってはおかしそうにくすくすと笑った。

「デート…。」

その氷上とかいう男と遊びに行ったことがあるのだろうか。
同じ学校だからそういう機会もあるだろうとは思う。
けれど。

「赤城くんが生徒会やってて、頭も良さそうだって知ったとき、その子のこと思い出して…。」

「その彼と全然違ってたから、がっかりした?」

「え?」

が驚いたように立ち止まって、赤城をみつめた。
それにつられて、赤城も足を止めて彼女に向き直る。

「生徒会に入ってる人間がみんな優等生で真面目だなんて、偏見だな。」

「そんなこと…。」

彼女が眉をひそめた。

(違う…。)

こんなこと言いたいわけじゃない。

あんなにも会いたかった人が、自分の目の前に立っているのに、なぜこんな物言いになってしまうのだろう。
いや、原因はわかっている。
彼女が、その氷上という生徒を通して自分を見ていたことが、気に入らないのだ。

氷上ではなく、赤城一雪という男を見て欲しい。
そう素直に言えば済むことなのに、こんなふうに喧嘩腰になってしまう自分が腹立たしい。

「はぁ…。」

赤城はため息をひとつつくと、から視線をそらせて、小さく呟いた。



illustration by 喜一さま



「…ごめん。」

気まずい空気が漂う。

「赤城くん。こっち向いて。」

少しの沈黙の後、が穏やかだが有無を言わせない口調で言った。
その言葉に引っ張られるように顔を上げると、いきなり頬に小さな衝撃が走った。

「え?」

少しの間をおいて、平手打ちされたのだと気づく。

「な…っ…。」

呆気に取られて彼女をみつめる。

「人の話は最後までちゃんと聞きなさい、って習わなかった?」

叩かれた頬に触れながら目を丸くしている赤城を、がじっと睨んでいる。

「いや、だから、ごめん…って言っ…。」

「わたしは、氷上くんが好きだなんてひとことも言ってないよ。」

「そんなこと…。」

自分もひとことも言っていないし、思いたくもない。

「生徒会の人がみんな融通の利かない堅物だとも思っていない。」

「それは…。」

確かに似たようなことは言った…けど。

(か…なり飛躍されているんじゃ…?)

だが、口を挟める雰囲気ではない。

「…思ってない。今は。」

ところが、急に彼女の勢いが落ちた。

「…?」

「今は思ってないけど、赤城くんに出会うまでは、生徒会の人って近寄りがたいって思ってた。
でも赤城くんも生徒会の人で…けど全然そんな感じじゃなくて。
だから最初はとっても意外な感じがして…でも楽しくて…。」

うまく言葉がまとまらないらしく、「でも」の連発だが、なんとなく言いたいことは伝わってくる。

「偶然会うたびに、気持ちが傾いて、引き寄せられて…。どんどん惹かれて、とても会いたくて…。」

話しているうちに感情が高まってきたのか、だんだん涙まじりのかぼそい声になった。
そんな彼女の言葉を、聞き漏らさないようにと神経を集中させる。

「夢で会ったときも、それを思い出したときも、嬉しくてどきどきして…。」

「そ…っか…。」

が自分と同じ気持ちでいてくれたことが、とても嬉しい。
なのに、うまく言葉が出てこない。

余計なひとことや憎まれ口なら、すらすらと出てくるのに、こんなときに限って何も言えないなんて。

「ごめん…。」

情けないを通り越して、申し訳なくなってくる。

「赤城くん…。」

気の利いたことが何も言えず目を伏せた赤城に、は何かを言おうとしたようだが、
少し哀しそうな目で赤城を見ただけで、そのまま黙ってしまった。

気まずい沈黙が漂う。





「あれ〜? ユキやないか。」

そのとき、やたら張りのある元気な声が聞こえた。
聞き違えようのないその声に振り向くと、予想通りの男が立っていた。

「なんや、可愛いカノジョの連れてるやん。デートか?この色男!」

「いや、デートとかそんなんじゃ…。というか、姫条さん、なんで…。」

あのまま帰ったはずではなかったのか。
それに、のことは百も承知のはずだ。

首をかしげている赤城に、姫条がつかつかと歩み寄ってきた。

「ちょっと、来い。」

にはにこやかな笑みを向けたまま、赤城の腕をぐいと引っ張る。

「ごめんやで、ちょっとだけ待っててな〜。」

そのまま数歩離れた街路樹の陰に引っ張り込む。

「なんなんですか?」

「…お・ま・え・は、アホかっっ。」

「は??」

そんな風にアクセントをつけて怒鳴られても、訳がわからない。

「さっきのあれ、どう聞いても告白やろっ。」

「さっきのって…。」

どこから聞いていたのだろう。この状況では、偶然聞いたとは考えにくい。

「立ち聞きですか? 趣味悪いですよ。」

「そんなん、どうでもええやろ。」

だが姫条は、眉をひそめる赤城の視線をさらっと流した。

「今は、そんなこと言うてる場合ちゃう。ええか? さっきあの子、おまえに惹かれた、すごい会いたい思てた、
って言うてんで? それで、ごめんってどういうことやねん!」

「…? なにか変ですか?」

「おまえなぁ…。」

姫条は、心底呆れたように街路樹にもたれながら、額を押さえた。

「ほな、もっとわかり易ぅ言うたろか。好きです、つきあって下さい、って言われました。
ごめんなさいって答えました。はい、どういう意味になりますか。」

「そりゃ、断るってことに…。…え、あれ?」

「そやから、アホ!っちゅうたんや。」

「で、でも、僕はそんなつもりで言ったんじゃ…。」

「おまえはそうでも、向こうはそうは取らへんで。」

彼女の方をちらっと見ると、こちらを気にしつつ、うつむき加減で立っている。

「ま、百歩譲って彼女に告白したつもりがなかったとしても、皮肉言うか、謝るしかせん男なんて
ちーっとも面白ないやろな。」

「そんな…。」

頬を引きつらせて絶句する赤城に、姫条が容赦ない言葉を浴びせる。

「会われへんかった間に、おまえを理想の男にしてしもて、現実とのギャップにガッカリ、ってとこやろ。」

「う…。」

「あーもう、あんな健気でカワイイ子、おまえにはもったいないわ。こっから先は俺がエスコートしたるさかい、
おまえはもう帰れ。」

そう言うと姫条は呆然としている赤城にあっさりと背を向け、スタスタとに近づいた。

「え…??」

姫条の言いたいことは理解できたが、その後の行動の意味がわからない。

「待たしてごめんな〜。ユキ、予備校があるから帰る言うてんねん。そやから、代わりに俺が送ってったるわ。
あ、そや、その前に食事でもどうや? あんな優等生ぶったヤツより、俺の方が数段ええで〜。」

慣れた仕草でさりげなく、彼女の肩を抱いている。

「え、あの…?」

さすがにそんな仕草に対する免疫はないのだろう、は困惑しながらも顔を赤らめた。

「ユキ、そういうことやさかい、おまえは安心してお勉強しに行ってええで。ほな行こか、おじょーちゃん。」

姫条は、ヒラヒラと手を振ると、彼女の背を押して歩き出した。

「え、わたしは…。あ、赤城くんっ!」

が、慌てて赤城を振り返った。

展開の速さに呆然としていた赤城は、その声にハッと我に返った。
姫条に肩を抱かれたが、半泣き状態で必死にこちらをみつめている。

「…っ…。」

その瞳に、考えるより先に体が動いた。

「待って下さい、姫条さんっ。」

小走りで二人に追いついて、の肩を抱いている姫条の腕を払いのける。

「赤城くんっ。」

すがるような彼女の目に、胸がジンと音を立てるのを感じながら夢中でその手を取って引き寄せると、
引っ張られた弾みで彼女が肩にぶつかってきた。
よろける彼女を、反射的に胸の中に包みこむ。



illustration by 喜一さま



「この人は…。この人は、僕の大切な人なんです。ずっとずっと会いたくて…でもなかなか会えなくて。
事あるごとに思い出しては辛くて、やっと…。」

言っているうちに、いつも心の奥で感じていたせつなさがこみあげてきた。

「やっと…。」

そこから先の言葉が繋がらない。

そんな赤城を見ていた姫条が、ふっと笑みを漏らした。

「やっと会えたのに…なんでもっと素直にならへんねん?」

「…え?」

「ほんま、世話の焼けるやっちゃ。」

姫条は、払いのけられた手にフーフーと息を吹きかけながら、苦笑いをした。

「おまえ、思いっきりはたいたやろ。」

「あ…。」

そこで初めて、姫条がわざとナンパ男のような真似をしたのだと気づく。

「ま、ええけどな。」

そんな赤城に、姫条はいつもの笑顔を見せた。

「女の子抱きしめて、僕の大切な人ですーって宣言するなんて、なかなかでけへんで。
ほんま、普通の優等生と違って、見どころのあるヤツや。」

なっ、おじょうちゃん、と言いながら姫条が、赤城に抱きしめられている彼女を覗き込む。

「あら〜? この子、茹でダコみたいになってんで?」

姫条は、目をパチクリとさせた後、吹き出しそうな表情になった。

「え。」

そこまで言われて初めて、赤城は自分の行動に気づいた。

「あ、これは…。ええと、その…。」

赤城が慌てて腕を緩めたので、も少し身を離す。

「おじょうちゃん、これがこいつの本心や。良かったな。」

にっこりと笑った姫条が再び覗き込んでそう言うと、は、赤城の胸の前で下を向いたまま、小さくコクンと頷いた。



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あのまま甘くまとまるかと思いきや、
やっぱりどこかひねくれ者なんでしょうね、赤城くん。
どうしてもこういう方向へ展開してしまい、どうなることかと思いましたが…(^^;

そんな彼を愛のハリセンで矯正してくれたのは、やっぱりまどかでした(笑)

まどかって世話好きなんだろうな〜♪
この話の中では、だいぶ大人になってるしv

余裕のある温かな目で
ユキの背中を押したり、引っ張り戻したり、挙句の果てには突き飛ばしたり…。
そんな名脇役としての彼を書くのはとっても楽しかったです☆


( サイト掲載日 2009. 10. 18)



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