雨粒が輝くとき 1


昨日までの晴天が一転して、今日は低い雲が重く垂れ込めている。

今にも降り出しそうな空を眺めながら、赤城は下足室の外に出た。
湿度が高いのだろう、夏服に変わったばかりなのに、制服が肌に張り付くような心地悪さを感じる。

「雨、降るかな…。」

あいにく傘は持っていない。
だが急いで帰れば、雨に遭わずに済むかもしれない。

「あれ、ユキじゃん。今帰り?」

「あ、あぁ。」

その声に振り向くと、クラスの女子が靴を履きながら出てくるところだった。

「わたしも今からなんだ。今日はバイトもないし、一緒にお茶でもして帰らない?」

「あんたも塾ないんでしょ?」と言いながら、かばんを開いてごそごそと何かを探している。

「あったあった、折りたたみの傘。雨降りそうだけど、傘あるから大丈夫だよ。行こっ。」

彼女は、赤いチェック柄の小ぶりな傘を見せながら、歩き出そうとした。

「あ、いや…。今日は一人で帰るよ。ちょっと寄りたいところもあるし…。」

そんなクラスメートに、赤城は苦笑いを浮かべながら言った。
学校の仲間と寄り道をするのは嫌いではないけれど、今日は一人になりたい気分だ。

「そうなんだ、残念〜。どこ行くの?」

そこで別れるのも変なので、とりあえず一緒に歩き始める。
実際のところ、特に用はないが、傘を持たずに街の中にいればまた会えるかもしれない。あのときのように。

「どこ…。う〜ん、どこかなぁ。」

「え〜、何それ。」

「あ、いや、独り言。」

「全然、独り言じゃないじゃん〜。」

横を歩くクラスメートが、キャハハとおかしそうに笑った。

「そうか…な。はは…。」

クラスメートのその声に相槌を打ちながら赤城は、
雨宿りに飛び込んだ店の軒下で、空を見上げていた少女の横顔を思い出していた。


他校生の彼女との出会いは、いつもなんの予告もなく突然やってくる。
その姿を見つけた瞬間はとてつもなく心が躍るのに、振り向いたその顔を見ると出てくるのはいつも憎まれ口。
必死に応戦してくる彼女とのやり取りにワクワクしながらも、それ以上踏み込めない自分にいつも歯がゆさを感じる。

(次に会えたときは、もっと…。)

通り過ぎていく風に、雨の匂いが混じり始めている。
降り出すのも時間の問題だろう。

「…だしね。…ってユキ、聞いてる?」

「え?…あ…ごめん、なんだっけ。」

「もう、どうしたの、心ここにあらずって感じじゃん?」

「あ、いや…。雨が降り出しそうだなぁと思ってさ。」

クラスメートの存在をすっかり忘れていたらしい。
微妙に気まずくなったので、赤城は苦笑いを浮かべながら空を指した。

「だから今私が言ったじゃん、傘持ってないんだったら走ったほうがいいよって。」

「え…あ、そっか。」

「駅までなら私の傘に入れてあげるけど」と、少し頬を膨らませながらその女子は言ってくれたが、
今はむしろ濡れて帰りたい気分だ。

「サンキュ。でもいいよ。ゆっくり行くから。」

赤城は、先ほどよりも暗くなった空を見上げた。
心のどこかで、無意識に雨を待っているのかもしれない。

「濡れちゃってもいいってこと? そういえばユキ、今日は何か変だね。」

横を歩くクラスメートが、首をかしげながらこちらを見た。

「変…か。」

そうかもしれない。
あの雨の日の出会いを思い出して、センチメンタルな気分になっているのかもしれない。

「…? あ、わかった!」

敢えて否定もしない赤城に、その女子は少し不思議そうにしていたが、突然、ひらめいたという顔になった。

「あんた失恋したんでしょ!」

「……え??」

突拍子もないその言葉に、赤城は思わず立ち止まってクラスメートを見た。

「そう言えば時々、窓の外を見てボ〜ッとしてたもんねぇ。そうだったのかぁ、気付かなくてごめんね。
慰めてあげたいところだけど、そういう時はひとりで雨にでも濡れてる方がいいよね。うん、わかるわぁ。
悲劇のヒロインっていうか……あ、あんた男だけど…そういう気分に浸りたいときってあるもんね。」

「いや、あの…。」

赤城が呆気に取られているうちに、その女子は一人で納得したらしく、
「じゃ、わたしは先に行くね。頑張ってね!」と言い残して走り出した。

「いや、そうじゃなくて…。」

思わず手を伸ばして制止しようとした赤城に、何を勘違いしたのか振り返って手を振り、
「お大事に〜!」などと叫んでいる。

その声に、周りを歩いていた生徒たちが何事かと振り向いた。

「…何だよそれ。一人で勝手に納得するなよ。しかも失恋って…。むしろ『これから』のつもりなんだけど?」

始まる前に終わらせてどうする。

とはいえ、他校生の彼女との出会いを偶然に任せるしかない今の状況では、進展する以前の問題だ。
赤城は立ち止まったまま小さくため息をついたが、周りの視線に気付いて「こほん」と咳払いをした。

そのとき、小さな雨粒がポツリと頬を打った。
ふと見上げると、手の届きそうなところにある低い雨雲がゆっくりと動いていくのが見えた。
雨粒がひとつ、またひとつと落ちてくる。

「雨か…。」

見上げているうちに、堰を切ったように降り始めた雨は、あっという間に本降りになった。
周りで次々と傘の花が開く。

「ほんとに降り出しちゃったな。」

空から放射状に落ちてくる雨粒があの日の出会いを連想させて、感傷的な気分へと導く。
こういうのを「せつない」とでも表現するのだろうか。

あの日、困惑した表情で空を見上げていた彼女を見たとき、引き寄せられるように近づいて、気がついたら声をかけていた。
なぜあんな行動を取ったのか、今でも不思議に思う。

彼女は今、この雨の中で何を想っているのだろう。
ほんの少しでも、思い出してくれているだろうか。


「……っ。」

落ちてくる雨粒がひとつ、目の中に飛び込んできた。
その刺激が、意識を現実へと引き戻す。

ふと気づくと、前髪が雨を含んでしっとりと重みを持ち始めていた。
帰路を急ぐ生徒たちが、立ち止まったままの赤城を怪訝そうに見ながら、足早に通り過ぎていく。

「濡れて帰りたいとは言うものの…限度があるしな。」

赤城は、濡れた髪を無造作にかきあげると、手にしていたかばんを頭に乗せ、傘の波を縫って走り始めた。

いつかのように、雨を避けるためにどこかの店先に飛び込んだら、また彼女に会えるだろうか。



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隠しキャラのためか、ゲーム中ではあまり日常が描かれてないユキ。
主人公から見ると、フラッと現れては嫌味や皮肉を言い、
そうかと思うと、なにやら意味ありげな態度を残していったり。
…と、謎多き人物(^^;
そんな彼の日常を想像してみたくて書きはじめた話です。 

きっと、彼女に会えない分だけ余計に悶々としちゃってるのだろうなぁ〜と(笑)

再掲するにあたって改めて読み返してみると、
ここまででも日常のひとコマとしてまとまってるのでは?と気づきました。
ていうか、これで丸く収めちゃったらいいじゃん、みたいな(^0^;

でもこれだけじゃ飽き足らず、ちまちまと書いてたら
今までにない長編になっちゃったんですよね〜。
ゲーム中でなかなか会えない欲求不満をぶつけちゃった感じです(^^;

彼の日常に視点を置いたせいで、前半はLOVE度がかなり低いですが
お付き合いいただけると嬉しいです。

( サイト掲載日 2009. 4. 15 )

































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