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世界に羽ばたけゴリョーくん!!

キャラクター紹介

ゴリョーくん

 ゴリョーくん達の中でも中心となるイメージキャラクターです。前方後円墳らしい古墳ということで、仲哀天皇陵(岡ミサンザイ古墳)がモデルになっています。だから仲間内では『仲哀君』と呼ばれることもよくあります。

 元々天皇陵や古墳というのは明確に『この古墳は誰のお墓である』とはっきりしている古墳は少なくて、中でも仲哀陵は残念ながらあまりはっきりとはしていないようです。何しろ仲哀天皇の実在そのものを疑う説すらあるようですので。

 墳丘の長さは242メートルあり、古市古墳群野中では3番目、全国でも18番目の規模を誇ります。

 ところで何で堀が膨らんでるんだ?と疑問に思った方もいらっしゃるかもしれませんが、これは縫いぐるみにしたら、膨らんでしまうことを先取りしたものです。着ぐるみにするときは、もっと平たくても問題は無いんですけどね。作り方が違ってきますので(笑)。

 

ヒメちゃん

 元々はゴリョーくんだけでは淋しいだろうということで、女性の名前の御陵さんをモデルにしました。その御陵さんの名は、仲津姫陵(仲津山古墳)。

 実はご近所にある日本2位の大きさを誇る御陵の主、応神天皇のお妃様のお墓ということになっています。そういう意味ではゴリョーくんの名前は、応神天皇陵の方が相応しかったかもしれませんね(笑)。

 墳丘は290メートルもの長さがあり、実はゴリョー君のモデルとなった仲哀天皇陵より長大で、古市古墳群内で2番目、全国でも9番目の大きさを誇ります。周壕のサイズまで含めると、仲哀天皇陵と同じくらいになってしまいますけどね。なのでゴリョーくんと並べると、同じくらいの背丈になっています。

 周壕が緑に塗られているのは、本物が空堀だからです。『元々御陵さんの壕というのは水が入っていないものなんだよ』というのは、Dolly pop!店主もつい最近知りました。水が張ってあるのは、後世治水用に転用されたためだったのですね。縫いぐるみを意識して膨らんだ表現になっていますが、本物の御陵さんではここは結構深く凹んでいます。

 額(?)の桜の花飾りは、以前写真を撮りに行ったとき一本だけ咲き誇っていた桜の木の印象が残っていたことに由来します。もっとも、ご近所の允恭天皇陵と混同している可能性が大ですが(笑)。

 御陵さんは混生林が多いので、実際には結構桜の木も植わっているところが多いです。近所の古室山古墳の桜は一級品ですし、野中宮山古墳に広く植えられた桜も、地元ではお花見の宴会スポットになっています。仲津姫陵の桜がもし敢えて一本だけポツリと植えられたのであれば、そのセンスには脱帽です。いやまあ、別の古墳と混同しているかもしれない訳ですが(笑)。

 御陵さんの元々の築造時は禿山状態だったと言いますから、今ある植生は自然とそうなったものなのかもしれませんね。

 

ニントクくん

 ご存じ世界で一番大きなお墓こと、仁徳天皇陵(大仙山古墳)をイメージしました。墳丘だけで486メートルもの長さがあります。勿論、文句無しに日本で一番大きな天皇陵です。何しろ、世界一の大きさですから。

 一応仁徳天皇陵ということになっていますが、仁徳天皇の後に即位した筈の履中天皇陵より後で築造されたらしいとか、御陵さんらしい曖昧さがあります。天皇陵と認められた御陵さんの発掘許可を宮内庁さんが出さない関係で、却って権威性が曖昧になっちゃってる面がありますね。

 んでまあとんでもなく大きい奴ですが、ゴリョーくんのお友達です。何しろ同じ縮尺で縫いぐるみを作ろうと思ったら、倍近く大きくなってしまうのですから。実際デザイン画を起こす際も、その辺どうしようか迷いました。が、曙関と舞の海関を同じサイズに表現してしまったら、奇怪しいですよね?っていうことで、ホームページではこのように扱っております。縫いぐるみクッションのシリーズでも作ることがあれば、またそのときどうするか考えますが‥‥。

 仁徳天皇陵はゴリョーくん、ヒメちゃんのモデルとなった仲哀天皇陵、仲津姫陵と違って、古市古墳群(藤井寺・羽曳野市を中心とする古墳群)ではなく百舌鳥古墳群(堺市を中心とする古墳群)に属していますので、所在地も少し離れています。

 なる程、古市古墳群とバランスを取るために優先してキャラクター化したのかと思われるかもしれませんが、実は手の処理を見せておきたかったからだったりします(笑)。もしゴリョーくんやヒメちゃんが何かを持つ必要があったときは、こんな風にウニョッと腕が出てきます。

 じゃあなんで仁徳天皇陵だけ腕を生やしたのかと言えば、丁度イラストの手の辺りに、陪塚(ばいちょう・ばいづか)があったからです。仲哀天皇陵とか他の大きな古墳にもこういう陪塚はあるんですが、こんな風に意匠として組み込める、都合のいい古墳はなかなか無かったもので‥‥。

 尚、外側の二つの細い堀がディティールを省略した線になってしまっている理由は、キャラクターデザインが縫いぐるみ化したときの処理をあらかじめ反映している為です。本当は、省略とかしないで済むならそのままの形にしたかったのですけどね。

 正確な御陵さんの土産物とかも作れたらと思っているので、その時は正確な形にするとは思うんですが、その場合は植生込みにするか地図の形を優先するかは、やっぱり悩むところです。個人的には、それを見たら現地に来る必要を感じなくなる(オイ)くらいの本物っぽいものにできれば嬉しいんですが‥‥。

 

オオシュラ・コシュラ

 

 藤井寺市内の三つ塚古墳で見つかった、荷物運搬用の橇(そり)とされる修羅(しゅら)を擬人化したキャラクターです。全長8.8メートルの大修羅(アカガシ製)と、全長2.8メートルの小修羅(クヌギ製)が同時に発掘されました。ここでは、親子ということになっております。

 大きくて力持ちの大修羅を、小修羅は大好き!いつも一緒に引っついて行こうとします。

 本物は綱で轢いてコロか何かで地面を滑らせる様なのですが、このキャラクター達は普段は2本脚歩行(笑)。でも、大きな荷物を運ぶお仕事のときは、横倒しになって荷物を乗せられます。キャラの頭にある四角い穴は、元は紐を通すための穴ですね。

 藤井寺市で行われた実証実験では、小修羅は使い物になったのですが、大修羅の方は相応しい荷物を載せると重過ぎてまともに轢けなかったそうです。ただ実験では横向きに置いたコロしか使われなかったっぽいのですが、その下に縦のコロ(もしくは板)を敷いて抵抗を減らして使ったんではないのかなという気も、しないではありません(と言うか、小修羅の時も)。

 これらの修羅の現物は保存処理がされまして、大きな方は大阪府立近つ飛鳥博物館(大阪府河南町)に、小さな方は藤井寺市立図書館に展示されております。また道明寺天満宮には大修羅の復元品が展示されています。

 なおこの修羅をモデルとして、修羅最中というものが販売されていますので、是非とも藤井寺にお立ち寄りの際はお土産にご利用くださいませ。販売元は、Dolly pop!とは関係ありません(笑)。

 他にも藤井寺名物には紫最中というものもあったんですが、作ってらした方が引退してしまったので、このまま消えてしまうんでしょうかねー?出来れば、復活して欲しいものです。甘過ぎなくて美味しかったんですよ?

 

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