「……うっ」
激痛に、文次郎は途切れた意識を取り戻した。
目を開けると、そこは竹林の真ん中。依然森の中らしい。
夜も更けている。視野を助ける明かりは月光だけの、ぽっかりと薄暗い空間。
山賊どもは、あれからどうした?
覚醒しだした意識。だが前後の記憶はまだ戻らない。
足に焼け付くような痛みを感じて、文次郎はうめいた。
身じろぎすると、手を後ろ手に縛られているのがわかった。見覚えのない拘束。
「やぁ、起きたかい?潮江文次郎くん」
意外にすぐ近くからかけられた言葉に、文次郎は身を固くする。
声の主に思い当たると、文次郎の表情は苦しげに歪んだ。
「魔界之…」
「ダメダメ、目上には敬称をつけるべきだ」
ドクたまを前にしたように教師面をする彼は、フッと音もなく姿を現した。
月明かりに照らされた人物はまさしく魔界之小路。今回は珍しく普通の出で立ちをしている。
「本当は結構前から君を見つけてたんだよ?それこそドクタケ城から出る前にね。
でも君はなかなか優秀だ。まったく隙がなくて困った。
君が1年の子を助けて山賊に喧嘩を売らなかったら、もっと手荒にならざるおえなかっただろうね」
「……」
文次郎は団蔵を助ける前に、ドクタケ城に単身で侵入していた。
学園の課外授業や課題ではなく、ただの腕試しだった。
ドクタケがまた戦準備をしているらしい…と教師が言っていたのを偶然聞いて、文次郎は興味を持った。
城には商人に化けて入り込めたし、目当ての情報も手に入り、帰りも難なく脱出した。
あまりに簡単すぎたので、これで終わりだとは思わなかったが、まさか魔界之に尾行されていたとも思わなかった。
「テメェ、山賊どもをけしかけたな」
「いやぁ、目的が同じだったから協力したまでだよ」
「ケッ 自分の駒にしただけだろ」
「ははっ そうともとれるかな」
闇夜で襲ってきた山賊は、地形を利用し巧みに文次郎を追いつめた。
明らかに、初めに戦った時以上に統率のとれた動きだ。
逃げ足に刀傷を負い、文次郎は余裕がなくなった。
山賊の生死を保障しないやり方で無理やり正面突破を試みたが、気配を消した者に背後をとられ(おそらくそれが魔界之だったのだろう。)トンッと首に手刀をあてられた。
そして気がつけば、この状態で魔界之と対面している。
手を拘束されてなかったら、すぐにでも攻撃をしているのに。
足に傷を負っていなかったら、こんな状況からすぐにでも逃げ出すのに。
文次郎は憎々しいとばかりに魔界之を睨みつける。
魔界之はそれにいつもの微笑で返す。
「じゃあ、君がドクタケから盗んだ巻物を返してもらおうかな」
魔界之はしゃがみこみ、文次郎の懐に手を入れる。
「くっ……」
探られる手の動きを布越しに感じ、文次郎は屈辱とばかりに顔をそらした。
探り当てた巻物を引き出し、魔界之は満足な笑みを見せる。
「ねぇ」
巻物をしまいながら、魔界之が文次郎を呼ぶ。
「巻物の中身、見た?」
「……はっ」
文次郎は不敵な笑みで肯定した。
魔界之の目がサングラス越しに細くなったのがわかる。
「…君は優秀だけど、馬鹿正直だね。嘘でも否定すれば、助かる命もあるかもしれないのに」
「俺を殺す気か」
文次郎は臆さずに問うた。
「うーん」
意外にも、魔界之はそのことを考えあぐねているようだ。
「これでも私はね、忍術学園と友好的でいたいんだ。ドクタマの教育のこともあるし、何よりあの学園の雰囲気が好きだし。
本音としては、なるべくそーゆーシビアな問題は出したくないんだよねぇ」
「だからって、逃がしてくれるようには見えないが?」
「まぁね、こうやって捕まえたんだから、どうにかはするつもりだけど……」
魔界之はアゴに手を当て、品定めのように文次郎を見やる。
風のやんだ竹林は、しばし異様な無音に包まれる。
パチンッ
静寂を打ち破ったのは、魔界之の陽気な指鳴らし。
「あ、そうか、記憶を消せばいいんだ」
我ながら名案♪と言いながら、魔界之が懐から取り出したのは、ひとつの陶器の小瓶。
何が入っているのかと、文次郎は身を固く警戒しながら考える。
記憶を消す、そういう類の薬だろうか。
「催眠剤とか、その手のもんなら無駄だぞ」
最高学年ともなれば、授業で薬物の免疫をつける訓練をしている。
文次郎は、大抵の薬なら効かない自信があった。
魔界之は文次郎の話を聞いていないのか、小瓶のふたをキュッと開ける。
「君は本当に馬鹿のつく正直者だ。でも安心しておくれ、これは催眠剤とか、そんなたいそなもんじゃないから」
そう言って、魔界之は自分の口にその小瓶をつける。
中身は液体らしく、傾いた小瓶の中からはちゃぷと水音がした。
小瓶の中身を飲み込んだまま、魔界之が文次郎の肩に手をやって、抵抗しないように体を固定。
そのまま、唇を重ねた。
「!?」
口付けは深く、舌で押し割られた歯から流し込まれる液体は、今まで口にしたことがないもの。
苦くもなく甘くもない、無味無臭。
これは、相手に存在を知られないまま何かに混入させるものだ。
毒か? 思い当たった思想に、文次郎はさすがに血の気をなくす。
だが、これが毒なら口に含んだ魔界之もただではすまないだろう。毒ではない。
なら、一体、これは何だ?
答えが出ないのに、促されるまま文次郎はその液体を嚥下した。
ガリッ
「はぁっ…はっ…!」
離れた口に、薬とも唾液ともつかない糸が引く。
息をするのを忘れていた文次郎の呼吸は荒い。
舌を噛み切ってやるつもりだったが、血の味がする前に口を離された。
魔界之がニヤリと笑い、血のにじむ下唇を親指でぬぐう。
「これはね、催淫剤だよ」
文次郎の驚きに見開かれた目を見て、魔界之はやはり楽しげに笑った。
その姿はどことなく妖艶な雰囲気をかもして、闇夜にとてもよく似合った。
「低俗だけど、これなら記憶もトぶでしょ?」
月が薄雲に隠れると、森は一段と闇を増す。
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まえぶれもなく魔界之×文次郎ですいませんでした。好きです…(どさくさ告白)
ここから先は隠しルート・魔文です。よろしいですか?
もし団蔵の助けが間に合わなかったら という話です。ややバッドエンド風味。
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