<手料理計画>

 

 

 

 

 

高屋敷一家が再び集まってから二月、司が用意した新しい家で、それぞれの新しい生活は順調に進んでいた。

父親の寛は、興した事業が嘘のような大成功を起こし、今では日々を忙しく送る敏腕企業戦士として過ごしていた。母親の真純は昔の男との未練をきっぱりと断ち、寛が斡旋した会社へと勤めることに。長女の青葉は殺人絵描きとして名声を上げていて、その常人では考えられない表現方法に、マスコミに(悪い意味で)報道されたこともあった。

三女の春花は長男である司と共に(ロン)(ロン)で一緒に働いていた。春花に関する一件は(ラウ・)(カー)(フェイ)の謀りが関与していたということが妹である(ラウ・)(フォン)により発覚したため、そのお詫びとして春花に仕事を提供したのだ。当初、家輝は本気か否か水商売に近い仕事を春花に差し出したのだが、楓と司の同時制裁(攻撃比7:3)により、その企みは阻止された。

四女の末莉は新高屋敷家から毎日学校に通っていた。高屋敷家が再建して心の拠り所が戻ったおかげか、学校での苛めも解決した。今では少ないが友達もできている。

そして、次女である高屋敷準。彼女は裏の稼業からは手を引き、今は寛の秘書として働いていた。過去のトラウマを乗り切り、家族が作る食事だけなら食べられるようにもなっていた。新しい高屋敷家の団欒に準が欠けることはもうない。

数々の試練を乗り越えた高屋敷一家は、平穏な日々を手に入れたのだ。壊れることのない日常を。

 そして、今日もまた日々の一ページが綴られる――

 

 

 仕事もない日曜日の昼下がり。高屋敷準は自室のベッドに寝転がり、物思いに耽っていた。飾り気の無い部屋の中は準の性格を如実に表している。準は愛用の煙草に火を点けると、部屋の明かりに向けて煙を吹きつけた。

 準は悩んでいた。まともな食事を受け付けられるようになって二月、その間に様々な料理を体験した。準の好物となったオムライスは勿論のこと、真純や末莉が作る暖かな家庭料理や、春花や司が作る中華料理も、全てが新鮮で美味なものばかりだった。

 そんな『当たり前』と呼ばれる幸福で満ち溢れた準の中に、新たな欲望が出てきたのだ。料理を食べるだけではない、自分でも作ってみたい。

そして、その料理を司に食べさせてみたい。

それは好意から来る欲望ではなく、あくまでも恩返しのつもりだった。司は準を心身救ってくれたし、自分に料理を作ってくれると約束を果たしてくれた。準は司に助けられっ放しなのだ。人に貸しを作ることはあれど、借りを作ったままでいるのは、あまりにも自分らしくない。

「そう……やっぱり、借りは作りたくないしね」

準は自分に言い聞かせるように独白した。決心はついた。後は、それを実行に移すだけ。

何も考えず一人で突撃していくほど、準は浅はかでもないし若くもない。順当に考えるならば、ここは誰かによる手助けが必要だ。真純か、末莉か、春花か。この三人であるならば誰でもいい。

準の頭の中で真っ先に選ばれたのは末莉だった。家族の中で準が司の次に付合いが良いのは末莉だからだ。司が当初末莉に対して抱いていた感情を準も同じく持っていたが、末莉の魔力なのか、準も末莉に対して依存する部分が大きくなっていた。何だかんだ言って、年下の娘を妹のような存在として受け入れているのだろうか。

加えて、末莉ならばこういった話を持ち出しやすい。流石に勘繰らないほどに幼くはないだろうが、真純ならば茶々を入れられるだろうし、春花は春花でストレートに表現するので恥ずかしい。

 準は末莉を手懐けることにした。思い立ったように立ち上がり、ふかしていた煙草の火を消して部屋を出た。

 

 

階段を上がり、『まつり』と平仮名で書かれたネームプレートを掛けてあるドアの前で止まった。静かに二回、手の甲でドアを叩く。

「末莉、いる?」

 中に呼びかけても反応はない。ドアを開けて部屋の中を覗くが、部屋には誰もいなかった。

「末莉、いないの?」

 準は部屋の中に入った。部屋の中を見渡していると、奥にある机の上のパソコンが点いているのが見えた。再び集まった後、共同出資で末莉のために買ったパソコンだ。末莉専用という名目だが、準も株を買う時に使わせてもらっている。パソコンが点いているということは、出かけた訳ではなさそうだ。

 何が映されているのかと気になった準は、ディスプレイを覗いた――

「…………」

 離脱した。

 後悔した。

 ディスプレイの中では文書が開かれている。ページ数にして249、それだけの膨大な数の文字が、美麗な男同士の愛の物語を綴っていた。それは、紛れもない同性愛小説だった。

 世の中には男の同性愛を好む女がいるとは準も知ってはいたが、まさか、それが身近にいるとは思いもしなかった。普段の純粋な末莉を見ているから、衝撃もひとしおである。

「……?」

 気配を感じてドアの方を見遣ると、そこには隠れているつもりなのか、顔の半分ほどを晒して準を見ている末莉の姿があった。その顔から感情を窺い知ることはできない。

「ま、末莉……」

 こういう時、準は何と言葉を掛ければいいのか分からない。見ていないふり――はできるかどうか怪しい。準の得意分野ではあるが、今回は少し事情が違う。何せ、妹の特殊な趣味(しかも創作側)を発見してしまったのだから。知らないふりをするのは、あまりにも難しい。

「あ、あはは〜、準お姉さんいたんですか〜」

 準に見つかった末莉は苦笑いを溢しながら、普段の末莉からは考えられない速さでパソコンの前に回りこんだ。

「う、うん……どこに行ってたの?」

「お、お手洗いにちょっと……」

「…………」

「…………」

 二人の間に気まずい空気が流れる。準は思わず、末莉の背後に隠されているパソコンを見遣ってしまった。

「じ、準お姉さんこそ、何か用なんですか?」

 その視線を遮るように、末莉がわざとらしく腕を広げた。緊張しているのか声のトーンは高い。話を逸らしたいという意図が痛いほどに伝わってきたので、準は乗ってあげることにした。こんな気まずい思いをするために、わざわざ末莉の部屋に乗り込んだ訳ではないのだ。

「あ、うん……末莉にちょっとお願いがあって」

「お願い?」

 パソコンの中身とは裏腹な、純粋な顔で末莉は準を見上げた。理由を訊かれることは覚悟していたが、やはり、準には耐え難い恥ずかしさだった。詰まる喉に無理矢理空気を流し込み、何とか声を絞り出した。

「じ、実は、料理の手伝いをして欲しくて……」

「お料理、ですか?」

 準の言葉を聞いた途端、末莉の表情に影が落ちた。末莉は良くも悪くも人の心の機微に敏感な娘だ。料理が合わないので自分で作る、という意味に捉えてしまっても不思議ではない。末莉の感情に気付いた準は、すぐに言い加えた。

「あ、別に真純さんや末莉の料理が不味いってことじゃなくて、えぇと……」

 だが、不安がる末莉を完全に安心させられるほど、準は口達者ではなかった。準が言い淀むのを見て、末莉はみるみる内に萎んでいく。目尻にはほんの少しの涙が滲み出ていた。

 一刻も早く誤解を解こうという準の意思は、率直かつ純粋な言葉を搾り出させた。

「つ、司に、作ろうと思って」

 末莉の影の進行が凍りついたように止まった。

「……おにいさんに?」

「うん……」

 準は頬を赤らめた。普段のとっつき難い雰囲気や少ない口数が相反して、その状態は非常に準の印象と合わないが、取り繕うことをしない準は乙女らしい部分が多い。高屋敷家では既に常識となりつつある事項の一つだった。

「いいですねっ。おにいさんのために手作り料理ですか」

 心配が杞憂であったのが嬉しいのか、末莉は先程までの影を微塵も感じさせない笑みを浮かべた。

「うん……だから、末莉に手伝って欲しい」

「わたくしなんかで宜しければ、喜んでっ」

 末莉とて司に好意を抱いていないわけではない。それを言うならば春花もそうだろうし、青葉も少なくとも特別視はしているだろう。真純だけは例外で、はじめこそは皆と同じだったようだが、今では母親としてすっかり寛に鞍替えしている。

そんな中、自分だけが抜け駆けするようで、準は末莉の屈託のない笑顔に罪悪感を覚えてしまっていた。

「ごめんね……」

 準の心境に気付いたのか、末莉の笑顔がより一層明るくなった。

「気にすることはありませんよ。おにいさんと準お姉さんの仲は、みんなが認めていますから」

「……ごめんね」

「いいですってば。準お姉さん、そんなに謝ってばかりだと、おにいさんに怒られますよ〜」

「司に?」

 突拍子もないことを言われ、準は首を傾げた。

「えぇ。家族計画が始まって間もない頃に、おにいさんに叱られたんです。自分に本当に責任がないと思っているなら謝る必要なんかない、人の顔色を窺って謝るな、って。まあ、その時は何回もゴメンなさいって言って、やっぱりおにいさんに叱られたんですけど……だから、準お姉さんも謝っちゃ駄目です。準お姉さんは何も悪いことをしていないんですから」

 想い出を慈しむ末莉の表情を見れば分かる。やはり、末莉の中には司への想いが残っているのだ。どれだけ隠し通そうとしても、それは無意識の内に末莉の表情に表れている。

「…………」

 準はもう一度、心の中で末莉に謝った。

「それでは、早速行動に移しましょうっ」

「そうだね。早くしないと時間が……」

 時刻は既に三時を回っていた。早く買い出しに行かないと料理を作ることができない。

「あ……でも、真純お母さんにちゃんと言っておかないと。今日の晩ごはんは準お姉さんも作るからって」

「え……皆の分も作るの?」

 準としては、司の分だけを作るつもりだった。第一、料理経験のない準ではそれが精一杯だ。他の人数分を作る腕も気力も準は持ち合わせてはいない。それに、結局真純に茶化されることになるのも、喜ぶことはできない。準の中で一気に萎えが押し寄せてきた。

「いえいえ。みんなで食べる分は、わたしと真純お母さんが作ります。準お姉さんはおにいさんの分だけ作ればいいですから」

 準の心配は杞憂だった。口には出さないが、末莉は準の料理の腕を信頼できるとは思っていないようだ。料理において準は末莉に下に見られているのだが、そのおかげで安心して目的に専念できる。

「分かった。それじゃ、台所に行こうか」

 準は部屋を出た。末莉は準が出るのを見送ってから、パソコンをいじり始めた。文書は閉じられ、電源が落とされてディスプレイが黒く落ちる。それを確認してから、末莉も準の下へと駆け寄った。

「……あと」

「はい?」

「さっきのやつは、タダで内緒にしといてあげるから」

「は、はいいぃい〜?」

 末莉は奇声を上げて後ずさった。

「み、見られていたんですか……やっぱり……」

 肩を落とす末莉。準は新しい煙草を取り出し、火を点けると末莉の頭を軽く叩いた。

 

 

「勿論いいわよ。是非使って頂戴」

 準と末莉からの提案を聞いた真純は二つ返事を返した。

「……すいません。迷惑を掛けて」

「そんなことないわ。可愛い娘の恋路を応援するのも、母の役目じゃない」

 真純の顔に母親の笑みが浮かぶ。

「えっ、と……そんなんじゃ、ない……」

 これは司への感謝の気持ちだ。決して恋愛感情など混じってはいない。これは、ただの貸し借りの問題なのだから。

「私は、司に借りを返すだけ」

「またまた〜、照れちゃって。そこがまた、準ちゃんの可愛い所でもあるんだけど〜」

 真純は嬉しそうに準の額を人差し指で小突いた。準に抵抗はできなかった。

「みんな、そこで何してるの?」

 三人で固まっているのが気になったのか、廊下から春花が顔を出した。

「あ、春花お姉さん。今ですね、会議をしているのです」

 自信満々にそう言うと、末莉は春花の腕を引っ張って台所に引きずり込んだ。どうやら、春花にも事の次第を話すつもりのようだ。

 末莉が掻い摘んで春花に事情を説明する。途中、準が口出ししたい表現は何度かあったが、その悉くを真純によって妨害された。

「お〜、わかった。ジュンは、ツカサのために愛情弁当を作りたいと」

 何が分かったのか、春花は少しズレた納得をした。

「そうです。愛情の篭った料理を作って、おにいさんのハートをゲットするのです」

「ちょ、ちょっと、末莉」

「お〜、ラブラブ〜。羨ましい〜」

「羨ましいです〜」

「若いっていいわねぇ……」

「勝手に決めないで……」

 準の抗議も空しく、準を除く三人は『準の恋の成就のために』という目標を勝手に掲げて増長していた。現実は、準の想定していた状況より三回りも四回りも酷い結果となった。

「『家族計画』ならぬ『手料理計画』、開始です!」

「もう、勝手にして……」

 準はもう、諦めるしかなかった。

 

 

 食材の買出しは、真純を除く三人で行くことになった。真純には家事が色々と残っているからだ。末莉は手伝おうとしたが、準一人に買い物をさせるわけにはいかないので、結局同伴することになった。

春花に買い物をさせるのは論外で、春花は必要以上に買い食いをしてしまうので、高屋敷家では買出しを禁止されていた。現に一度、春花が買い物途中に『ついつい』食べ歩いてしまったことがあり、何も食材を買えずに帰ってきたことがあった。勿論、青葉はマジギレである。その夜の高屋敷家は懐かしのカップ麺で過ごし、さすがの準もこの日だけはペロリーメイトに頼った。今では懐かしい思い出である。

商店街に着くと、末莉に案内されて高屋敷家行きつけのスーパーへと向かった。準はコンビニで用が事足りることが多かったので、実質的にこれがはじめてのスーパー潜入となる。

「では、ここで三手に別れましょうか。わたしは野菜を、春花お姉さんは鶏肉を、準お姉さんは卵をお願いします。特に、卵は特売日なので頑張って取ってきて下さいね」

「頑張る?」

 末莉が言わんとすることを、準はよく理解できなかった。

「それでは、十分後にこの場所に集まりましょう」

 準の追求から逃げるように、末莉はさっさと野菜売り場へと消えてしまった。

「とりにくのにおい〜」

春花も鶏肉の臭いを嗅ぎつけ、釣られるようにして何処かへ行ってしまった。一人だけ取り残された準は、呆然と入り口で立ち尽くした。

「……卵って、どこ?」

 コンビニしか行ったことのない準は、スーパーの構造について詳しくない。とりあえずは、商品が所狭しと並べられている通路の外周を歩いていく。暫くすると、肉や魚介類などのコーナーを経て、内側の格子状の通路の端にある、卵のコーナーに辿り着いた。分かりやすく堂々と『卵特別セール』と書かれた看板が立てられている。

 だが、その看板よりも分かり易い目印があった。溢れかえる人の大群である。

「どかんかい、ダァホ! この卵はワシのもんじゃ!」

「じゃかあしいわ! こんのボケがぁ! 黙って卵を寄こしたらんかい!」

「このダニどもがぁ! 去ね!」

 激しいもみ合いと共に飛び散る罵倒。それは準にとって未知の境地『主婦の戦争』だった。

「あ、あそこを通って卵を取らないといけないの……?」

 準にあの戦場は少々荷が重い。とてもではないが、生きて帰れる気がしない。それ以前に、何故卵一つであれ程までに鬼気迫る闘争を繰り広げているのか、準には理解できなかった。無論、するつもりもないが。

『特売日なので頑張って取ってきて下さいね』

 末莉の言葉の真意を、準はようやく理解した。こういうことだったのだ、『頑張る』ということは。

 戻って誰かに頼むことも考えたが、それだけはできないと思い直した。これは自分に託された仕事だ。ただでさえ、今は末莉達に迷惑を掛けている。これ以上彼女達に頼ることはできない。

「……よし」

 決意した準は小さく頷くと、未知の戦場へと乗り込んでいった。

 そして、十秒後に跳ね出された。

 人ごみの中に入ったまではいいが、一歩も先に進むことはできず、卵の姿を拝むことすらできなかった。やはり、準にはこの戦場は荷が重すぎた。

 だが、卵を買わなければ今日の料理は成立しない。何としてでも、手に入れなければならない。

「…………よし」

 準は再び意気込むと、主婦の群れの中へと混じっていった。

 そして、三十秒後にやはり弾き出された。

 今度は卵の姿を拝むことはできたが、手に取ることはできなかった。卵の数は着実に減ってきており、早くしないとなくなってしまう。卵の数は減っているのに何故、主婦の数が減らないのかは甚だ疑問だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「………………よしっ」

 準は三度意気込むと、戦火交わる死地へと赴いていった。

 そして、一分後にまたしても弾き出された。今度はなかなか健闘した。卵を一瞬手には取ったが、すぐに誰かによって奪われてしまった。

 卵は全て取られてしまったのか、卵のコーナーに群がる主婦の姿が見る見るうちに去っていく。人ごみがなくなってから準はもう一度見に行ったが、やはり卵は一つも残っていなかった。

 駄目だった。申し訳ない気持ちが準の良心を責める。ここで買えなくても他の場所で買えばいいのだが、それでも申し訳ないことには変わりはない。

 しょんぼりとして卵のコーナーから立ち去ろうとする準の肩を、何者かの手が叩いた。

 準が振り返ると、そこには準と同じ顔立ちをした女性が立っていた。準の双子の妹である、景だ。

「……景、こんな所で何してるの?」

「何してるって……スーパーに来てるんだから買い物に決まってるじゃない」

 当然のことを訊いてきた姉に、景は呆れた様子を見せた。

「事の次第は見せて貰いましたよ〜。準姉さんでも歴戦の主婦達には勝てませんか」

 へっへっへ、とオヤジのような笑いをする景。先程からの準の様子を傍から眺めていたとは、なかなかいい性格をしている。

「あんなの……取れるわけない」

 子供が拗ねたような声色だった。そんな準を見れたのが嬉しいのか、景はへっへ〜と軽い笑みを浮かべて腕に掛けた買い物籠を漁った。

「勝てはしなかったけど、頑張ったヒッキー女にご褒美をくれてやろうではないか〜」

 そう言って、景は買い物籠から卵のパックを取り出した。

「景、これ……」

 景の手から卵を受け取ると、呆然と準は景の顔を見た。

「気にしなくていいよ。ちゃんと私の分も残ってるし」

 景はもう一つの卵パックを取って準に見せた。あの戦場の中、景は二つも卵を取っていたというのか。とても、準にはできない芸当だ。

「景……」

「おっと、私もそろそろ行かなくちゃ。甘えん坊を家で待たせているのでね。――じゃあね、姉さん」

「あ、うん……」

 戸惑っている準を尻目に、景は何事もなかったかのように去っていた。

「…………」

 準にはない何かを、妹である景が持っている。

それはとても羨ましく、同時に誇らしいことのようだと準には思えた。

 

 

準が入り口に戻ると、既に二人は目的の物を手に入れて集まっていた。

「あ、ジュンが来たよ〜」

「よかった〜。もう少ししたら行こうと思ってたんですよ」

「遅れてごめん。……あの、これ」

 準は卵のパックを末莉に差し出した。

「うわ〜……すごいです、準お姉さん。最初にしてあの戦場を乗り越えてしまうなんて」

 末莉は心底感心したのか、準の手を握った。

「ジュンはすごいよ〜」

「ちょ、ちょっと……」

 人目のある所で騒がれると恥ずかしい。準は周りを見渡しながら、抱きつこうとする末莉と春花を引き剥がした。

「愛の力は無敵です〜」

「無敵アル〜」

 少なくはない数の好奇の目が準達に向けられていた。準は堪らず末莉達に背を向けた。逃げるようにしてレジへと向かう。

「は、早くレジを済ませよう」

「ジュン、照れてる〜」

「照れちゃってますね〜」

 ここまで冷やかされるのは初めてだった。末莉と組むのはこれで終わりにしようか、と準は本気で悩んでいた。

 

 

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