真田一族の膂力
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「た、大変です、大石副部長! て、て、手塚部長がぁ!」 血相を変えて、ついでに人相も変えて二年の荒井が部室に転がり込んできた。 その様子よりも様相よりも 『手塚』の一言に、部室にいた三年レギュラーたちが臨戦態勢とばかりに色めきたった。 荒井はその現場を目撃した同級生から聞き及んだらしい。 「ゆ、誘拐されたって! 黒服の男たちが嫌がる部長を無理やり車に! 違う! バイクが 乱入して――」 「とにかく落ち着きなよ。初めから順を追って説明してくれるかな?」 後輩の狼狽振りにも余裕の笑みを浮かべて不二周助、流石に最上級生。だがその肩が小刻みに震えている のを他のレギュラーたちは見逃さなかった。 「は、はい。校門前にいたヤツらが言うには、そいつら、部長のことずっと待ってたみたいなんスよ。それで部長が出てきたら、 黒服が取り囲んで、そうこうしてるうちにバイクがやって来て、部長を攫って行ったって」 「手塚は抵抗することもなく、されるがままだったのかい?」 「えっ?」 「不二、そういう質問を挟む場面ではない」 「だって、テニス以外じゃホントウに反応鈍いんだもの。身の危険を感じたら、さっさと逃げる。 殴ってでも身を守る。それだけのことが何でできないかな。僕があれほど何度も何度も忠告してやったのに、 あのバカ」 天下の手塚をバカ呼ばわりして不二周助、苛ついて爪を噛む。こうなった場合の不二に建設的な発想は望めそう にない。周知している乾は専ら大石相手に語り出した。 「相手は黒服とバイクと二派に別れているのだろうか」 「乾、そんなことより早く竜崎先生に報告しなくては。いや、それよりも警察だ」 「営利誘拐なのか、それとも今後の関東を戦う上で青学に対する挑戦か」 「乾!」 「部長は暫く戦線離脱ですよ。ヤだけど、それは対戦相手にも知れ渡ってるんじゃないッスか?」 「いや、精神的揺さぶりという巧緻な作戦とみた」 「いい加減にしろ!」 青学テニス部における最後の良心が堪らず大声を上げた。 「手塚にもしものことがあったらどうするんだ! そんな埒もない会話は後にしてくれ! 荒井! 竜崎先生に 報告を! 目撃者を連れて一緒に行ってくれ! いや、待て! 俺も行く。乾、俺が帰るまできょうの練習は おまえに任せたから。不二、いつまでも爪を噛んでるんじゃない。ほらっ、練習を始めるぞ」 「あの、大石」 テキパキと手塚不在の部を取り仕切る大石に、それぞれ心任せな思考の海へとダイブしていた不二たちも現実に 引き戻される。 「あのさ、大石」 「なんだい、タカさん」 既に部室から立ち去ろうとしていた大石は、先ほどからモジモジしていた河村の言葉に漸く反応した。 笑顔は絶やさないがやはり焦れた様子は隠せない。 「いや、ごめんよ。ちょっと思っただけなんだけど」 「うん。だから?」 「先に手塚の携帯に連絡取ってみたらどうかなって」 「――」 「だれも取ってないよね、手塚に」 弾かれたように――その場にいた、大石と河村を除く全員が携帯を取り出した。我先にとアドレスを繰って 繋げようとする。 「バカ! だれか一人でいいんだよ!」 手塚を乗せたクラッシックモデルのバイクは、一般道を陽の没する方へと疾走していた。青学前を飛び出して、 一度体勢を立て直すのに止まったきりで、ただひたすら西へと走る。 そのときも、相手の急いた様子と妙な迫力に押されて肝心なことが何も聞けなかった。 ただ、どこかで会ったという記憶を手繰り寄せるのに懸命だった。だが、行く先だけでも尋ねればよかったとも 思う。 その手塚のポケットの中で、バイブ状態の携帯が動き出した。受けようにも、疾走するバイクの 後部座席でライダーに取り付いているこの状態では無理だ。 「あの! 携帯鳴ってるので、止めてもらえませんか!」 「えっ! 何だって?」 「いいから止めてくれ!」 もう、我侭だなぁとか言われながら、路肩に急停止する。そっくりそのままお返ししますと、切り返し、 通話ボタンを押した。 「はい、手塚」 その一言で電波の向こうは蜂の巣を突いたような騒ぎになっている。なにやら複数の声が重なり合って、 まったく状況が把握できなかった。不二の携帯からのようだからイタ電でもなさそうなので、向こうが落ち着くまで 辛抱強く彼は待った。 『手塚? 無事なんだね!』 「あ、ああ」 『いま何処にいるの!』 「――川崎の方まで来ている」 『川崎だぁ! 何処へ向かってるのか分かる? いや、犯人は近くにいるの?』 「犯人って。誘拐じゃないんだから」 「何をのんびりしてるの! 立派な誘拐じゃないか。とにかく犯人に代わって!」 不二の怒気に煽られて手塚は怒りの矛先を張本人に差し出した。 「連れが代わってくれって。とにかく怒りまくっているから、行く先だけでも教えてくれないか」 「なんか面倒っちいな」 彼は頭をかきながら手塚の携帯を受け取った。ヘルメットが外され、現れた正体に手塚はあっ、と小さな声を 上げる。 「真田の……」 彼はそれを認めてうんうんと頷いている。 「は〜い。何の用?」 真田家次兄が携帯から耳を外さなくても、不二の罵声は離れた位置にいても十分聞こえてきた。息もつかせぬ勢いで まくし立てている。何か呪いの言葉さえ聞こえてきそうだった。 くすくす笑みを落としながら真田家次兄はホントウに楽しそうだ。 「心配しなくてもさ、手塚くんはちゃんと送り届けるから。誤解、誤解。えっ、僕? 真田惣一郎っていいます。 そ、あれの兄貴。あぁ、君も惣兄ちゃんって呼んでくれたら、バイクの後ろに乗っけてあげるよ。いつにする?」 マイペースとマイペースとの戦いは年輪を重ねている分、惣一郎に分があるようだった。 惣一郎の笑みが崩れることはない。 「行き先? うん、横浜の立海大附属病院にね、スポーツ医学の権威がいらして、連れて行ってあげようって 思っただけじゃん。あぁ、あれは成り行き。なんかしつこいのが手塚くんに付きまとってたからさ。って 言ってもうちの兄貴なんだけどね。目の前で攫ったら怒るだろうなぁって。どんなことでも実力で叶えてしまう ところがあるからさ、呆気に取られる顔ってみてみたいじゃない。思いは複雑だよ〜。兄弟っていっても。君、 同性の兄弟いる? へぇ〜。弟かぁ。可愛い? へへ、生意気なの。兄貴をライバル視ね。よくあるケース だけどさ、うちみたいに兄貴を兄貴と思わないのも憎たらしいよ〜。なにせ、ほらあいつエラソウじゃない。 だれに対してもでしょ。困ったもんだよ」 いつの間にか二人は兄弟談義に花を咲かせている。あの不二をここまで手なずけるとは。 ――やはり柔には柔か。 その手腕を見習いたいと思う手塚だった。 「あまりここで時間を食っちゃうと、帰るのが遅くなるからもう切るよ」 じゃあね、と言ってから携帯を投げてよこす。落っことさないように受け取ったそれから発せられた、 不二の最後の一声はとりわけ凄まじかった。 『とにかく、手塚は無事に帰してよね!』 糠に釘だと確信したのか、ぶちっと切られた電波の音で 携帯が壊れなかったのが不思議だ。 「あーあ、余計な時間を食ったじゃない。急ご。たぶんアイツ病院前で腕組みして待ってる」 その行動理由を説明しない方が悪いとも思ったが、アイツと言われて反応した。 「真田がいるんですか?」 「うん。自分がバイクの免許を持ってたら、僕になんか頼まなかったろうけどね。間違いなく来年は速攻で 免許取得に走るとみた」 「仲がいいんですね」 「分かってないな。これは兄弟っていっても貸し借りの問題だよ」 ほくそ笑む次兄に促されて、再び後部座席に収まる手塚だった。 continue |
忘れていたわけじゃないんですが、長い時間放ったらかしてました。
昏い話でちょっと行き詰って しまってるので、これってホント一服の清涼剤だわ。 よろしければまたお付き合い下さい。 たぶん次はラブい会話になるとおもうんですが、またちょっと置いといて、パラレルに戻るとします。(なぜに?) |