真田一族の膂力
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下校時刻を迎えた青春学園中等部校門前。名門私立中学だけあって、登下校のマイカーラッシュは見慣れた 風物詩の一つだが、横付けされた黒のベントレーと、その横に腕組みをしたまま立ち尽くす黒服の二人組み から発せられる威圧感は一種独特のものがある。六時限目を終了して下校してゆく帰宅部たちは、みな一様に 遠巻きに巻いてヒソヒソと通り過ぎて行った。 「見慣れない車だな」 「外車ショーはいつものことだけどさ――」 「だれのお迎えだぁ?」 小声で囁かれる興味本位な視線の中を、颯爽と通り過ぎる線の細い学ラン姿があった。 男子テニス部部長、手塚国光。 癖のある柔らかな髪が陽に照らされ色素を失い、中性的でいて怜悧な容姿をさらに夢幻なものへと誘った。 だが、一点を見つめる強い視線にだれもが声をかけられないでいる。 滲むように周囲と同体しながら、一種異様な存在感は、そのプレイと同様に超中学級だ。 人を寄せ付けない雰囲気は以前から周知のことだが、きょうは特に凄みすら感じる。 珍しいと誰かが口にした。実際、こんな時間にお目にかかるのは試験期間中くらいなものだからだ。 現れただけで、周囲がざわりとさんざめく。だれもが彼の姿を目線で追っていた。 「手塚、だ」 「ねぇ、ねぇ。手塚センパイ怪我したって聞いたけど、ホント?」 「え〜、そうなの?」 「らしいぞ、。テニス部のやつら、沈んでたからな」 「再起不能だって?」 「え〜、テニス部、どうなるんだ?」 「あ、でも痛々しい姿もカッコいい〜」 当の手塚は無責任で好奇な会話と視線など耳に入らないようだ。テニスバックを掛けた肩を少し傾斜させ、 泳ぐように歩を進める。 ふと周囲を固めていたギャラリーの一人が、それまで微動だにしなかった黒服の男が、前のめりになった ことに気づいた。 「あっ」 手塚が校門を出た瞬間に彼の両脇に寄る黒服の男。剣呑な雰囲気にギャラリーたちが息を呑んだ。 「手塚国光くんですね。少々お話がございます。我々とご同行願えますでしょうか」 手塚の形のよい眉根が寄る。 「失礼ですが、だれが俺に何の用があると?」 「申し送れました。わたし共は真田恭一郎の使いの者です」 「真田の……お兄さんがいったい何の用で?」 「詳しいことは車内で。あなたにとって悪い話ではないと申しておりました」 「ちょっと待ってください。用件も分からずに、のこのこ付いてゆくほど浅はかじゃない。それに あなた方の身元が確かなものとは限らないだろう」 仰るとおりです、と黒服の男がもう一人に顎でしゃくった。彼は黒塗りの車へと向かい、車内の 人物に何か声をかけている。シールドされたウインドウによってその様子は伺えないが、話し合いの結果、 ゆったりとした動作でベントレーから降り立ったのは、予想に違わず真田家の長兄だった。 ARMANIのダブルのスーツを隙なく着こなしてホストに見えないのは、滲み出る知性とそこはかとない品位の せいだ。そして嫌味なほど体にフィットしているのはその肩幅のせいだ。 骨格が似ている。 面影も雰囲気も所作も行動理由も相当な隔たりのある兄弟なのに、真田と被るほどそれが似通っていると 思った。骨格が似るということは、声も似る。 「突然押しかけて不躾だったね。悪かった」 ほどよい甘さの低音。 しかし真田のそれよりも幾重にも荘厳としていた。 真田兄の突然の訪問よりも、その理由よりもその事実に手塚は目を瞬いた。 「怪我をしたらしいね。それで宮崎の附属病院に入院するとも」 「早耳ですね。真田からですか?」 「いや、わたし個人の情報網からだが――」 そう言って、真田長兄は居心地悪そうに少し身じろいだ。手塚もその衆目の多さに初めて気づいた。 「わざわざ宮崎にまで行かなくても、君には首都圏で一番よい医者を紹介できる。きょうはその話で やって来たんだよ」 「なぜ俺にそこまでよくして下さるんですか?」 「君は日本テニス界の宝だからね」 「協会の理事長みたいなことを仰る」 「いつかそうなってもいい覚悟はあるよ」 恭一郎氏は当たり前のように手を差し出して、手塚が肩に掛けているテニスバックを受け取ろうとした。 その手に委ねるわけにはいかないと、小さな声で固辞した。 「とにかく、ここではなんだから、場所を移そう。詳しい話は追って説明するよ。心配しなくても 遅くなる前には送り届けるからね」 「真田は、このことを知っているんでしょうか?」 ――なぜ、と恭一郎氏の眉が片側だけ寄った。そんなところも似ていると手塚はぼんやり見ていた。 「なぜわたしが成すことを、いちいち弦一郎にお伺いをたてなければならない? 君にしてもあいつに 義理立てする謂れもないだろう」 当然だと一歩前に出る。だが差し出されたその手を選択することに、針のような躊躇いが走る。 「折角のご好意ですが、宮崎行きはもう決まったことなので」 「もう変更は効かないと?」 恭一郎氏は困ったなというふうに宙を仰いだ。だが手塚が呟く小さな謝辞に目が細められる。 「仕方ないか。まぁ調査が無駄になっては部下が報われないから、この報告書は君に渡しておくよ。青学附属 病院より、わが立海大附属の方がいかに優れているかという手前味噌な報告書だ。目を通してもらえたなら、 幸いだよ」 そう言って恭一郎氏は茶封筒を差し出した。これ以上の拒絶は相手の面目を潰すと、それを素直に 受け取った。 「次の予定まで時間が空いてしまった。よければ少し付き合ってくれないか」 報告書を質草に脅迫されているような気もする。 「本当はゆっくりと早めの夕食でも一緒にと思っていたんだ。プライベートでよく使う、 気の利いた小料理屋でね。君も気にいって くれると思う。ま、きょうは仕方ないからコーヒーでも付き合ってもらおうか」 押しの強さは兄弟ご同様だ。だが、先に恩を売る辺りは真田兄、流石に社会人の貫禄だった。 どちらにせよこの場所から離れなければと、頷いた矢先、周囲にバイクの爆音が鳴り響いた。 こちらの向って爆走してくるバイクから、ます、手塚に向ってヘルメットが投げられた。 手にすっぽりと収まったそれを見て、驚きと疑問が沸くには少し時間がかかった。 恭一郎氏はというと、 端正な顔にこれ以上ないほどの眉間の皺を寄せて、近づくバイクを睨みつけている。黒服の二人組みが、守るように その前に立ちはだかった。 急ブレーキをかけたバイクは横滑りをしながら、手塚と恭一郎氏の間に割り込むような形で止まった。 周囲の生徒から飲み込んだような悲鳴が上がる。 「メット被って早く乗る!」 「えっ」 「いいから早く!」 ジーンズにTシャツという軽装のその男は、有無を言わせずに手塚の腕を引く。気がついたらバイクの後ろに。 ヘルメットの装着にもたついているとなぜだか、罵声を貰ってしまった。 「トロい! トロくさい!」 「あっ、あの」 「ほらっ、行くよ! しっかり掴まってなきゃ、振り落とすぞ」 吹かされ続けたエンジンで周囲に砂ぼこりが舞う。 だれもが呆気にとられ、身動きできない状況下で、急かされ叱咤されて、なぜかバイクの後ろに納まった 手塚がいた。 先ほど黒服の二人連れには身元が確かではないと言わなかったか。 浅はかじゃないとも。 それなのにこの状況は一体――。 「じゃあね〜」 手塚の疑問符と周囲の驚愕を置き去りにしてバイクは去っていった。 「た……」 「大変だぁ!」 「手塚センパイが誘拐された!」 「恭一郎さま、あれは、あのバイクは……そ……」 「あの馬鹿が――」 忌々しそうにはき捨てる恭一郎氏は、騒然となっている青学校門前をあとにした。 continue |
惣にいちゃんが、かっこよくバイクで姫を掻っ攫う場面が書きたかったんです。 恭一郎さんについて行ったら、あとはアダルティー路線まっしぐらですよね。置屋での一夜、みたいな。 あくまでも和風で。それもまたよし。 |