二年前、真田の前で手塚が左肩を痛めた事件があった。関東大会第一回戦で前年No.2の氷帝とno.4の青学が 当たったために起きた試合の中でのアクシデントだった。 部長同士のシングルス1.氷帝の跡部の計略にあえて挑んだ手塚は、あと一球というところで左肩を痛め、苦痛の声を 上げてその場に膝をついた。 瞬間、自分の中で何か大切なものを失った恐怖が走ったのを、真田は二年経った今でも憶えている。 手塚の真価は、対戦した者、さらに言うならば彼を本気にさせた者にしか本当はわからない、と真田は思っている。実際、 勝利したにもかかわらず、跡部は過剰に自身を誇らなかった。あの自身を誇る男が、手塚との試合が自分にとって無二の ものだったと、手塚を心から賞賛したのだ。 それほどの価値を持った手塚がテニスを止めると言えば、一体どのくらいの人が惜しみ、悔しがり、哀しみ、消化する場 のない力を持つことになるだろう。手塚の左肩が無事あの時完治して良かったと、本当に思うのだ。 「弦一郎、聞いたよ」 向かい合って弁当をつついていた真田に、悪友と言われている柳が話を持ち出してきた。 「青学の不二たちに何を聞かれたんだ?」 柳の質問にますます機嫌を悪くしながら、真田は一口ご飯を口に入れて言う。 「大したことではない」 「じゃ、言えよ」 「・・・去年の全国大会決勝の後、手塚と二人で何を話していたか、だと」 「手塚?何か青学であったのか?」 「さあな」 何故かその時、真田はいらいらしていた。 「真田」 そんな真田を見つめて、ひどく静かに柳が声をかける。 「何だ」 「吉野さんと本気で付き合うなら、その頭の中にいる『もう一人』を消せ」 だが 忘れない方がいい。 お前のためにそっと泣いている人間がいることを。 |