
それはいつのころからか恒例になった行事だった。
両校のレベルが互いに凌ぎを削るライバル高であるのが大きい。また電車の乗り換えなしで十分ほどで行き来できる
距離なのもひとつ。だがやはり監督同士が心安いというのが最たる理由だろう。大きな大会前には必ずといっていいほど
練習試合が組まれていた。
県立湘北高校と私立陵南高校。何度手合わせした相手かしれない。もうどこに職員室があってどこに保健室が
あるかなんて知ってて当たり前。広い通学範囲を持つ陵南の生徒にすれば、学校集合よりも直接湘北へ出向いた方が
早いものもいた。それでも現地集合現地解散にしないわけは、ひとえに体育会系のけじめだ。
今シーズンの手始め。インハイ予選を睨んでの練習試合は湘北高校で行われた。
通いなれた体育館。勝手知ったるお隣の花畑。ネットカーテンを隔てたコートで練習に励んでいる湘北高校女バスの
メンバーだって、すでに顔見知りになっている。特に男子校の陵南にとっては、自校でするよりも密かに楽しみにして
いるものまでいる始末。
なにせ。
「湘北の女バスはレベル高いからな〜」
ギョウカイでは有名だった。
ストレッチをしながら大胆に隣のコートに手を振っているのは、陵南のエースであり県下にその名を轟かせている
フェミニスト系タラシの仙道彰、十七才。ワックスで立たせた前髪はきょうも健在だ。
「わ。知らない子がたくさんいる。新入生だな。なんか初々しいよな」
開脚しながら顔を上げれば、全体を見渡せる絶好のポジション。彼女たちの品定めに熱中していた視野に野郎の足が二本、
突然お目見えした。邪魔でしょうがない。どけろと声を荒げると、思い切りスナップを効かせて振り上げたタオルで
はたかれた。柔らかいとみえてこれが結構痛かったりする。
「いってぇな。なんだよっ、急に」
「なんだよじゃねー。これから試合だっつうのに、どこに気ぃ取られてんだ」
姿を見るまでもなくその声はガードの越野のもの。同学年だし仲がいいのもあるけれど、自分から仙道のお目付け役
なんかを買って出ている律義者だ。とにかくそれを豪語するだけあって、集合時間から部活の開始時間。私生活の細部に
いたるまで監視の目を光らせている陵南の良心だったりする。
仙道をして少し頭が上がらない。
その越野が鬼のような形相で突っ立っていた。ジョシコウセイの生足を拝んでいた後だからその落差にげんなりくる
ものがある。
「湘北のアップが始まってんだよ。三年がごっそり抜けたから、スタメンに一年が入るみてーだぞ」
どんな選手か対パスをみながら判断しろと越野は言いたいのだけれど、そんなものジョシコウセイが跳んだり
跳ねたりするのに替えられない。どうせ試合すれば分かることだし、と唇を突き出せば、ガゴンと越野の膝が首筋
に入った。
「おまっ。首、筋違えちゃうじゃねーかっ」
「へし折られなかっただけでもありがたいと思え! 陵南のエースともあろうもんが、ヨダレ垂らしてエロ目になって
他所の女子を視姦してんじゃねー。恥を知れ、恥を!」
「ヤダ。越野くんってば、シカンだなんてイヤらしい」
「殴るぞ、てめーっ!」
「ケリ入れてて言う科白かよ」
「てめーが不謹慎だからだろ!」
「共学に来て女の子見て、なにが悪い」
「開き直んな!」
「むっつりスケベよりマシだろうが」
「だれがムッツリだぁ!」
「二年のミホちゃん。越野がチラチラ覗き見してんの、知らないとでも思ってたのか。バレバレなんだよ。
青いよねぇ。青春してるねぇ」
確かに二年では一等だな。けど一番はやっぱ三年のハルカさんかと、艶然と微笑んで隣コートに視線を送った仙道の
視線がヒタリと一点に合わせられて帰ってこなかった。
越野の血管が何本かブチ切れる。顔を合わせただけでどんなお堅い子も身を投げ出すと言われているイタリアの種馬の
本領発揮だ。ネット越しでよかったと思う。相手も部活中でほんとうに。
けれど、けれど、こんな不埒なヤロウに己の純情が踏みにじられるくらいムカつくことはない。練習試合なんて
いつの話しだ。越野は仙道の背中に、ストレッチ補助の名を借りたエルボーをお見舞いした。
「くそぉ。仙道、おまえは見るな。ミホちゃんが穢れる!」
「あででででっ!」
「硬ってぇんだよ、てめーはっ」
「見てない、見てないよっ。ミホちゃんじゃないってばっ」
「あ?」
じゃあハルカさんかと越野が顔を上げたとき、
「煩せぇぞ、陵南のドタバタコンビ」
真上から聞き覚えのある声がかかった。
すんませんと恐縮した先、顎を上げて腕組みのままふたりを見下ろしているのは、湘北のエースガード宮城リョータ、
二年生。湘北鬼の主将じゃなくてよかったと安堵するが、その円陣から仁王立ちのままひと睨みを入れているのは、
他でもない赤木だ。越野は頭をすくめるが、仙道にそんな無言の恫喝は効かない。クイクイと人差し指を曲げて、宮城を
身近に呼び寄せた。
そして第一声が、
「だれだよ、あの美人」
と、きた。また最初からケリの入れ直しかよといきり立つ越野を制して仙道は、いままでだれも見たこともないような
切羽詰まった表情をしている。するとたちまち精悍さと秀麗さが増すから、この男の周りには女が群がるんだ。
ハイハイ。なんの御用でしょうかと、宮城はヤンキー座りで仙道の視線を追った。
「あの子。白のTシャツに黒のタンクトップのすげぇスタイルのいい子」
「あー? おまえもほんとに目ざといな。ネット越しに、もう、目ぇつけたのかよ」
「めちゃくちゃ可愛いじゃん。新入生か? なんて名前?」
仙道の勢いに越野もその方向へ視線を向けた。女バスの中でも一際抜きん出た長身の部員がいる。175は軽くある
んじゃないだろうか。こちらからでは横顔しか拝めないが、すけるような肌の白さにすっきりととおった鼻梁。
いまどきの子にしてはカラスの濡れ羽色と称していいほどの黒髪だ。だからか、やけにスタイリッシュさが増す。
確かに目の醒めるような美人だけど、なんかとてつもなく硬い雰囲気がする。そう思って宮城に視線を戻すと、
彼は仙道の必死の形相に肩をすくめていた。
「さすがっつーか、なんつーか。一年の中ではピンじゃねーかな。学校いちはオレの彩ちゃんだけどよ」
「彩子さんが美人なのは分かった。だから、な・ま・えっ」
「へいへい。流川。流川楓。たぶんインハイ予選からスタメン取るぜ、アイツ」
「るかわ。るかわ、かえで……」
バカみたいに復唱して、仙道すっかり夢見心地だ。県下にそのひとありと称されたタラシ君はどこへ行った。けれど、
こうやってその都度本気になってコロコロと相手をとっかえひっかえしてきたヤツでもあるのだ。珍しいことでもない。
夢幻の彼方へ飛び立って行った仙道は放っておいて、越野が宮城に向き直った。こちらは異例だと思う。
「新人戦待たずに一年が、かよ」
「うん。有名私立からもヒキが来てたってウワサのスーパールーキーだからな。一年スタメンってのはぢつはオレら
もなんだ。すげぇガタイのいいヤツが入ったから、たぶんパワーフォワードで。桜木っつうんだけど――」
「へえ。湘北も人材が乏しいね」
「旦那はきょうから使うつもりらしい。もんでやってくれや」
「んなことどーでもいい。スリーサイズは? いや、趣味は? 好きなタイプは? おまえ、口聞いたことあんのか?」
ブツブツと愛しの君の名を呟いていたタラシ君がトリップから帰って来た。けど、聞くかスリーサイズ。で、
答えるか、宮城リョータ。
「82。60。85ってとこか?」
「おまえの想像聞いてんじゃねーっ」
「たりめーだろ。だれが知ってっか。けど、アイツはだめだ。止めとけ」
「なんで?」
「赤木の旦那の彼女だから」
「あ、か」
「えっ」
「えぇっ!!!!!!!!」
失礼にも仙道越野、両名の叫び声が重なった。
呆然としたまま始まった練習試合。一瞬のうちに恋に落ちて瞬く間に失恋した仙道の闘志たるや、それは筆舌にし難い
ほどの凄まじさだった。
普段はあんなお調子者でも瞬時の集中力は定評のあった仙道のこと、それに勝利に対する執念――いや怨念か――
が加わると、もうだれにも抑えが効かない。強引とも言える切り込みでペイントまで駆け上がり、赤木のブロックを
かいくぐって、ひとを小バカにしたフックシュートを決める。アイコンタクトなしのノールックパスをとおす。それほど
得意でないスリーも思うがまま。陵南の主将をして、「おまえどうしたんだ」の出来である。
いつもこうあって欲しいものだ。
それは出足の遅い、また相手の力量に合わせて気紛れに力の配分を見せる仙道の、その背を必死で追いかけてきた
越野の切なる願いだった。
頼むよ。いっそのこと試合ごとに相手選手絡みで失恋させといてやろうか、てなもんである。
「絶好調だな、仙道っ」
「ったり前ですよ、魚住さん。湘北は侮れませんからね」
特に赤木さんが、と続けられるであろう言葉を知っていたのは、宮城と越野のふたりだったろう。だが、恋に対しては
その都度一直線。瞬間瞬間に命を賭けて輝きを見せる男は、とことん諦めが悪い。終了の挨拶が終わり、解散が告げられる
と、陵南の輪を外れて宮城の腕を取る。そのまま体育館の隅に追いやった。
「どういうことだよ」
「なにが?」
「赤木さんの彼女って、ほんとなのかよ」
「じゃねーの? アイツ、入部紹介んときに、『赤木さんに憧れて湘北に来ました』って言ったらしいし。その日から
流川のヤツ、男バスの部活が終わるん待ってやがるんだ。旦那もまんざらじゃないみたいだし。一緒に帰ってるとこ、
見たことある」
「そんな。赤木さんが強引につき合わせてるんじゃないんだ」
「おまえ、その可能性に賭けてたのかよ。残念ながらそうじゃないみたいだ」
「まるっきり美女と野獣じゃん」
「だな。ああいうマッチョなのがタイプなんじゃねーの? 流川にコクったヤツ結構いたみてーだけど、
全部玉砕してやがるからな。」
「どれもこれもイイ男だったんだろうな」
「だぜ。アレにコクろうってんだから、相当自信ねーと無理でしょ」
「あー、オラァ、なんであんなイカツイ顔に生まれてこなかったんだぁ」
「ざまぁみろってんだ。どいつもこいつのてめーになびくと思うな」
「それに無駄のない手触りのいい筋肉してっからなぁ」
「だれが言ってんだよ」
「まぁ、けど障害があっても燃え上がるんが恋ってヤツで」
「おいおい」
「オレを本気で止めたいなら核弾頭でも持ってきやがれっ」
んじゃ早速と、名門陵南のエースは身を翻し、先に終了した女子の後を追うように体育館を出た。
「流川」
情感を込めて声をかける。自転車を押しながら振り向いた拍子に黒髪が揺れ、晒された強い視線と共に仙道の胸を
打った。
制服の膝上五センチのスカート丈が慎ましやかでいい。ルーズソックスじゃなく、紺のハイソックスなのが
清楚でいい。なによりも、なによりも、切れ長の瞳できっちりと正面を見据えた、硬質さと潔さがとてつもなくいい。
間近で初めて接して、もう、恋の直滑降、クラウチングスタイルである。
ところは湘北高校校門前。脱兎の勢いで着替えを済ませ、先に上がった女子が下校していないのを確かめて、校門まで
ダッシュした。待つこと十分。陵南のメンバーはあきれ果て越野だけを残して帰っていった。他校の一年生に
惚れようが女子大生とフタマタかけようが人妻を篭絡しようが、部活後のプライベートにまで口は挟めない。だから、
くれぐれも、くれぐれもひとの道に悖るような真似だけはしてくれるなと、血を吐くような思いで残されたのが越野だ。
いい加減にしろと言いたい。言いたいけど言えない。言って聞くならここまでしない。出足を様子見と称して
高みの見物に徹しているのはゲーム中だけなのだ、この男は。
そしてその想いを一身に集めているとも知らない彼女がたったひとりで現れた。他のメンバーとつるんで帰るかと
思っていたがそうじゃないようで、それなら話しもしやすい。仙道彰。つくづく神に愛された男である。
「流川だろ。流川楓ちゃん」
「あんただれ?」
思わずむしゃぶりついちゃいそうな桜色の小さな唇から飛び出た第一声は、ジョシコウセイのものとしては相当低かった。
そう思うのは霞がかかっている仙道だけで、剣呑さを隠そうともしない響きに、越野なんかうろたえている。実際、
仙道に声をかけられた女の子が、そう返す場面なんかお目にかかったこともなかったのだ。
どう贔屓目に見ても、なにいちゃもんつけてんだ、コノヤローのノリである。
「オレね、仙道。陵南の仙道ってんだ。きょうさ、練習試合してただろ、隣で」
「だから?」
「待ってたんだよ、君を。すげぇキレイな子がいるなって思って」
「ふうん」
「よかったらさ一緒に帰らない。送ってくよ。話したいことがいっぱいあるし」
「無理」
「なんで」
「待ってるから」
「赤木さん?」
「そう」
「付き合ってんの、赤木さんと?」
ホトホト呆れるというか心底感心するというか。ワンセンテンスの返事しかよこない相手によくここまで喰らいつく
よな。越野は仙道の底力を見た気がした。たぶんここから怒涛の仙道ラッシュが始まる。
「付き合う?」
「赤木さんの彼女なのかなって聞いたから」
「そんなんじゃない」
「え? でも毎日一緒に帰ってるんだろ?」
「毎日じゃない。先輩の用事がないときだけ」
「忙しいもんな。三年だと。主将なんかやってると特に。健気に合わせてんだ」
「合わせてねーけど、先輩はガマンしろって言うから」
「うわ。セツナい。流川の方がガマンしてんのかっ。彼女とも呼ばせてもらえないでっ!」
「うん。あんまりショッチュウだと躰壊すから」
「えっ!!」
それには仙道だけじゃなくて越野もぶっ飛んだ。いま、なに言った、この子。たぶん仙道の頭ん中は不埒な妄想
で一杯だ。それを平然と言ってのけ、流川はなに驚いてんだという顔をしている。
「そ、そ、それってどういう、意味で――」
「週いちくらいでちょうどいいだろうって先輩は」
「げっ」
「どうしても先輩相手だと無理するし、でも、止まんねーし。週いちだともっとキツくなっちまうの、先輩なんで
分かんないのかな」
「そ、そんなにキツいの?」
「うん。足腰立たなかったりする」
「足ぃ!」
「腰ぃ!」
叫んだ越野は口からエクトプラズムを出していまにも失神しそうだ。
「か、加減してもらえば? 回数減らすとか」
「そんなんじゃ、足んない」
「る、る、流川っ!」
「なに?」
「お、おまえ、初対面のオレにそんなことベラベラ喋るもんじゃないし、そ、それに、そんなガマンさせられたり、
週いちで無理させられんなら、あ、赤木さんと付き合うの、止めたほうがいいんじゃないのかっ! そりゃ、
しんどいと思うよ。あのガタイだし。強そうだし。きっと持続力もありそうだし」
「うん。めちゃくちゃ、つえー」
「ひぇー」
この悲鳴は越野のものだ。でもいままで腰砕けにならないで説得できるなんて、エラいぞ仙道彰。絶倫男からイタイケな
少女を守ってやれ。強すぎる男(赤木)の後に控えているのがめげない男(仙道)だったりで、どちらを選んでも
彼女の心労と疲労は癒されないだろうけど、すっかり毒気に当てられて、不屈の男にエールを送ってしまう越野だった。
「オレだったら躰壊さない程度に毎日でも愛して上げられるよっ」
打たれ強すぎる。
そう言って彼女の手を取って引き寄せるなんて、きっと魔物に高い尖塔に閉じ込められた美女を救出する役にでも
なり切っているに違いない。落とし所を見つけて、そこに活路を見出すあたり、さすが通常の神経の持ち主ではない。
「毎日?」
「そりゃもうご希望とあらば」
「相手してくれんの?」
「君のためなら、いますぐサラっていってしまいたい」
傍目には鳥肌もんの科白だが、目と目を合わせて囁かれてしまえば、どんな屈強の無表情を誇る女もグラリと
きてしまうのか。硬いと思われていた流川の表情が小さく綻んだ。ニッコリ笑ったわけじゃないけど、だからこそ
貴重なものを手にしたような気がする。
「じゃあ、いまから。近くに公園がある」
「いまからっ!」
「公園っ!」
いや、待て。イキナリ青○誘うなんてないだろう。ここにきてようやく話しがかみ合っていないことに
気づいた仙道は、いままで触れなかった核心を口にした。
「流川っ。公園でナニすんじゃないよな」
「ナニってなに? バスケ。相手してくれんだろ」
――やっぱり?
そこで目が醒めた。
「なんて、夢見ちゃったんだよ。おまえどう思う?」
昨晩は久し振りに流川がお泊りで、気だるさを残したままの朝食の場。仙道は昨夜の一大スペクタクルラブロマンスを
語った。喩え夢の中とはいえ、女にされたとあっては、当然甘い一夜も吹き飛ぶような冷ややかな視線を送ってくる。
「てめー、オレが女だったらよかったとか考えてんじゃねーだろうなっ」
「うーん。その辺りは曖昧だ」
「あんだとっ」
「フロイト先生曰く、夢は願望の現われっていうじゃないか。だとしたらおまえのスカート姿を見たかったとか?」
すぐさまカラのマグカップが飛んで来た。それを片手でキャッチして、女装も美味しいけど、おまえの場合一番
ソソるのは、実はTシャツに短パン姿なんだと、仙道は至って真面目な顔で流川を指差して言う。
「だからいまみたいな格好。メシ食ってエネルギー蓄えたら、襲っちまうかも」
「あんた、窒息死と出血多量とどっちがいい?」
流川も仙道慣れしてきている。テーブルに肘をついたまま艶然と口の端を上げた。その仕草ひとつ、朝日の下では壮絶だ。
「窒息は醜いから失血死にしてくれ」
「じゃぁ、首筋と手首は?」
「おまえの手にかかって死ねるなら本望だけど、最期にもう一回ヤれなきゃ、死んでも死に切れないっ」
語尾の消えないうちに、テーブルを脇にどけてそのまま覆いかぶさってこようとするけれど、流川もスキルを
積んだし手馴れている。跳んでくる方向に予想をつけて、テーブルと同じ方法に躰をずらした。
ベチャリと音を立てて、着地を失敗したカエルよろしく、仙道はその場にうつ伏せた。たぶん自慢の鼻でも強打したん
だろう。なかなか起き上がらないと思いきや、
「けどさ、なんで赤木さんが絡んできたんだろ?」
仙道はまだ夢判断にこだわっていた。その状態でブツブツと。朝食に座る前から立たせてある自慢の前髪が崩れるのも
お構いナシだ。
「願望じゃなかったら畏れっていう可能性もあるな」
顎の下に手を回して仙道がようやく顔を上げる。寝転んだまま顔を傾けて、あさっての方向を見ている流川に
視線を戻した。
「夢ん中でもおまえ、バスケしか頭にないみたいだったぜ」
「……」
「赤木さんが相手してくれないからって健気に言いつけ守ってやがんの」
「だから?」
「流川。おまえさ、赤木さんと練習したいと思ったことあるか?」
「毎日してた」
「そうじゃなくって、桜木なんかには付きっ切りだったんだろ。伝授じゃなくって五番と三番として部活後もやり
あいたかった?」
「夢、見たのはあんただろ。オレがどう思ってるかじゃなくて、あんたが勝手に意識してんだ」
「だな。きっとそう聞きたかったんだ。ペイント内の密集地帯で赤木さん並みのセンターがブロック仕掛けてきたとき、
自分で弱いと判断してるかって」
「弱くねー。ちゃんと切り返せる。けど――」
「ん。オレたちいままで、あんまりポストエリアを重点に置いてなかったかな」
いまから行くか、と流川はその気になってもう立ち上がっている。正直言って、次はいつお泊りが出来るか分からない。
このまま襲って、もうひと眠りして、またあの可憐な夢の続きが見られたらいいなー、なんて思わなくもない。
けど。
なんで赤木だったのか。
こんな生意気で無愛想で無愛想もんを、たぶんものすごく可愛がってくれているから。そして仙道がどうしても
届かない流川のシュートをブロックできる相手だから。
センターは鬼門なんだ。
そういえば湘北にはもうひとり凄まじいセンター候補がいた。
思い至ってひとつ首を振る。
自分を万能だとでも思っているのだろうか。いつからそんなふうに考えていたのか。僅かな可能性を
拾って怯えて、予防線を張っているとしか思えない。
目線を上げると流川が焦れたように促してくる。
ふうん。そういうことか。
やだね。再確認したかったんだな。こんなふうに差し出される手を。
触れて、掴んで、そして仙道は、とびっきりの言葉を口にした。
「さぁ、いこーか。流川」
continue
いい訳なし。連載で煮詰まって一日で書いちゃった。早いわぁ。いままでの中で最速かも。
きっと、流川のこと可愛い可愛いって連呼させたかったとみました。夢オチで。
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