月に乗じ 〜いち








 山々の雪があらかた解けた東三省(中国東北部)の春は、高梁の芽が息吹き、木々は若々しい新緑の葉むらを広げ、 道行くものの目を休ませてくれる。日差しに温かみを感じるようになり、頬を切る風もいくらかは柔らかい。 思うさまに深呼吸しても器官や肺を痛める心配もなかった。
 1933年、満州は穀雨のころ。
 十分な間隔をとり大地を蹴って馬体を進めている一群があった。馬の数は四。うち一頭は頭絡と旅嚢だけをくくり つけた乗り手のいない裸馬である。先頭にひとり。背後の左右にふたりと、騎乗している三人が、一頭を間にはさみ 誘導するように三角形の形で伴走していた。
 この地に数ある馬賊の一群にしては数が少なすぎる。ましてや力と武力を持って近隣の村々を荒らしまわる、匪賊や 流賊の類でもなかった。
 一番前をゆく鞍上の男が湖からの照り返しに破顔して手綱を引き絞った。ながの道程を酷使させた愛馬を労わるように 並足に変え、大きく息を吐く。ここまで来れば彼の生まれ育った街まで遮るものはなにもない。
 一行が目指していた街市は碧を弾く湖のほとりに広がっていた。
 湖の左手に広がる曠野の先には、打虎山と通遼とを結ぶ打通線の線路が見てとれる。先頭の男が指差した 六哈台(ろくごうだい)という街は大都市通遼の影に隠れて ひっそりと生を紡いでいるような小さな街市だった。
「道中、大きな抗争がなかったのが幸いしました。こんなに早くたどり着けるとは、みな驚きますよ。我等の願いを叶え てくださっただけでなく、わざわざご足労いただき、なんとお礼申しあげてよいやら。お時間が許す限りゆっくりと 旅の疲れを癒していってください。街を上げて歓迎します」
 先頭の男が一頭の馬を挟んで背後を固めるふたりを振り返り大声を上げた。左を走る長身の青年は目尻を和ませて ふっくらと笑い、右端の少年に視線を送る。受けた少年は顎の先を少し上げただけの動きを見せた。
 男が身を置く六哈台には付近でも最大数を誇る自衛団――馬賊の一団がある。もともと、己の生まれ育った地域の安全を 匪賊や流賊から守るために組織された任侠の徒である。なんのイデオロギーも存在しなかった義侠心に、日満軍の侵攻 という脅威が横たわるようになったのは、つい近年のことだ。
 ある部族は率先して抗日の突端を切り開き、ある部族は浮き足立たぬように村の自衛だけに専念し、またある部族は 敢えて日満軍に帰順する方法を選んだ。確固たる強大な敵が目の前にいるにも関わらず、いま、同じ満州人同士が銃を 向けあうといった泥沼化を生んでいる。
 私兵に過ぎない馬賊だから足並みが揃わないのではない。組織化されている中国軍も同じこと。軍閥同士のせめぎ合い に明け暮れて、共同戦線を張れないでいる。気づいたときにはその時期を逸し、日本軍による満州国設立という事態と 切欠と隙を招いてしまった所以だ。
――我等だけでも一枚岩でいたいものよ。
 六哈台のものが頭に頂く大攬把はそう言って嘆いた。
――そのためには是非ともこの地に強大な総攬把(ツォランパ)を。
 馬賊の大頭目を大攬把と呼ぶが、さらに彼らを取りまとめた存在を総攬把を称し、確固たる系列社会を築いてきた。 全満でも片手で数えるほどの存在。だからこそ畏怖され、その号令のもと一丸となっていた地軸を、ひとり失い ふたり失い。未だに立て直すにいたっていない。
 囁かれて久しい宿願。儒教と道教の慣わしや教えが奥深く、形式や年功を重んじる馬賊社会だ。統率力や人柄からいって、 六哈台の大攬把が一番その地位に近いとされていた。だからといってその布石のために威厳と体面を整えようとしたのではけして ない。馬賊の頭目が特注でつくらせるという大型のモーゼル銃と共に、その身を預ける名馬をと求めたわけは、子供が 持つような夢であると知っていたから、六哈台のものたちも手を尽したのだ。
 その夢が彼らに導かれた一頭の馬だった。
 黒龍江省の省都ハルビンよりもまだ北に位置する極寒の地に、ルカワと呼ばれる小さな村がある。酪農と農業だけで 成り立つ寒村にはそれでもひとつの伝説があった。コサック騎兵たちが乗るシベリア種と蒙古馬とを交配させた竜騎馬。 親が持つスタミナと速さとを引き継いだ馬の交配に成功したというのだ。
 交配といっても自然発生に近い形でひとつの柵に囲うだけ。特別なんの手立てもしていないというから、当然一年に 生まれる仔馬の数は限られている。耳ツバもののレベルのうわさは巷間に乗るようになり、実際、その雄姿を目に したものや、触れたものも現われ、現実味を帯びてきた。
 その地に向った他の部族のものから、予約待ちのような状況なら手にすることが出来ると言われ、六哈台の大攬把が 一昨年この男を黒龍江省にまで遣わせた。
 それが今年になって実ったのだ。
 件の村、ルカワの村夫子(ツンフーズ)(村長)は愚直なまでに 公正な人物だった。
 名のある素封家や貴族たちがいくら大枚をはたいても、ただ待てとしか言わない。しかも買い手の人となりを吟味する。 貴重品か飾り物のような考え違いをしているものには、絶対に首を縦に振らないという頑固さを持っていた。
 馬たちは生涯駆け続けてこそ価値がある。果てなく続くと思われる無謬の大地。連綿と続く抗争の歴史。古来より 馬たちは戦争の道具のひとつと考えられていた。騎馬は生活の手足であり自衛の手段でもある。体面を重んじる馬賊の 頭目でなくても蒙古馬の限界を超えた竜騎馬は垂涎の的だったのだ。
 ルカワの村夫子にしても、根っからの自由人であり満州人だ。大風呂敷を広げすぎて、なにを守ればいいのか 分からなくなっている軍人には譲りたくない。また、手塩にかけたわが子同然の賢い生き物を、その責務から 解き放つことができないのなら、せめてこの眼に適った飼い主を選んでやりたい。
 その頑固さが彼らに味方したのだろう。六哈台の大攬把がしたためた書簡に感じ入ったのか、彼らは気前よく一昨年 産まれたばかりの若駒を手放してくれた。
 値を吊り上げられでもしたら、到底手の届かない存在になっていたのだ。
「やっと手足を伸ばしてゆっくりと眠れるな。躰の節々がギシギシいってる」
 並足にかえて肩の力をぬくように左後方に位置する青年――仙道が大きく伸びをした。それを受けて六哈台の男 ――程が破顔した顔を向けてきた。
「そうですね。あまり旅慣れておられないと見受けしましたが」
「はは。まぁ、この気温での野宿に慣れてないのは事実かな」
「どんな気候だろうとどれほどの道程だろうと、そこに宿屋のある街や村があるとは限りませんからな」
「確かにね。だから凍死しない知恵が発達するわけだ。枯れた松の葉は着火剤になるとか、針葉樹は火の立ち上がりが 早いとか、野宿用にイノシシの毛皮を手に入れなくちゃいけないとか。いや〜、ホント、勉強になりました」
「いまはまだ気候がよい。寒季まっただ中でも用意さえ怠らなければ、なんとでもなります」
「なるほどね」
 ルカワの村から男に付き従ったふたり――耳に心地よい公用語を操る二十歳半ばほどのこの青年は、如才ないほどの気さくさ で、ただ駆け続けるだけの旅を盛り上げてくれた。
 道中警護のためにとルカワ村夫子の計らいで、この青年に初めて引き合わされたとき、程は、ひとの顔を覗きこんで笑顔 を見せる青年に正直面食らった。後ろ暗いところがないにしても、初対面で目線を合わせる習慣などなかったからだ。 一種、無礼に当たると思い、だが、穏やかな人柄が滲み出たとも取れる笑みに触れて、次の瞬間には自分もそれに答えて いた。
 生粋の満人とは思えない。不思議な匂いのする青年だ。
「あんた、育ちがいいから」
 男が感じ取った懸念に対し、顎が外れそうなくらいの大あくびで答えの一端をくれたのは、この道中、挨拶 くらいの言葉しか交わさなかった少年。ルカワ村、村夫子の孫に当たるらしいが、こちらはまた別の意味で、その躰に西域の 血が混じっているのかと思うくらい肌の白さと、見るものを圧する稀有な顔貌。凡その満州人が持つ牧歌的な雰囲気をキレイ さっぱりと削ぎ落としたような少年だった。
 だが、触れなば斬らんその容貌に反して、焚き火を囲んでいるときも、休息しているときも、 馬から降りるとそのままコロリと横になって寝息を立てられる特異体質を持っている。危ないやら呆れるやら面白いやら。 人見知り云々よりも極端に無口だと気づくのはすぐのことだった。
「そうでしたか。言葉遣いからしてあの村のご出身ではないと思っていましたが」
「え、ええ、まぁ」
「だから、なんも分かってねー」
「粥も満足につくれないおまえにだけは言われたくねーよ」
 少年の働きっぷりを痛感していた程は、確かにそのとおりだと笑った。馬速が落ちるとやおら彼の躰がグラリと前に 傾ぐ。ヒヤリとされられながらも、手綱はしっかりと握っている。斜め方向からそれを見取った男が少年の真横に並ぼう としたが、青年はニッコリ笑ってそれを制した。
 どうやらもう慣れっこの状況らしい。
「……いーから」
「分かった。分かった」
「……ってねー」
「流川ぁ。もうすぐ着くから、それまで寝るなよな。落っこちでもしてみな。 赤兎(せきと)の前脚の餌食だぜ。なんかコイツ、虎視眈々と 狙ってるような気がするんだよなぁ」
「ふん」
 前かがみだった少年の躰がふらつきながらも後ろに持ち直した。なにやら少年にとって青年の愛馬の名は起爆剤の ようだ。そのさまを見て程は闊達に笑った。
 かの村と同じ名を冠する少年と青年の間に横たわるものも、なにかいわくがありそうだった。



 六哈台はぐるりを崩れ落ちそうな古い壁に囲まれ、住宅地と店舗地が別れた中国の典型的な城市だった。街の規模は それほど大きくない。レンガつくり建物と粗末な平屋が混在し貧富の差が見てとれるが、往来は活気がある。 交易も盛んなのだろう。
 季節はゆっくりと暖かい風を運び、市場に並ぶ品物も色彩が鮮やかだ。いままでなら、 寒さのため店舗もきっちりと扉を閉め切っていたはずだから、目に飛び込んでくる色々が目に嬉しい。道行くひとの顔にも ひと息ついた笑顔があった。
 城市に入り馬を降り、目抜きどおりを抜けて、露天の間を縫うように進んだ。もう一度同じ道をゆけと言われても絶対 に無理だと思うほどに何度も折れ曲がりやっと辿り着いたのは、背後に厩を持つレンガつくりの平屋。大通りに面して はいないが、かなり大きな宿屋と食堂を併せ持った店舗だった。
 三人が背後の厩に回ると、一行の到着を馬の足音で聞きつけたのか、通用口からひとりの巨漢が飛び出してきた。
 程の姿を認め、仙道と流川の随行に驚き、そして、息せき切って現れた勢いに怯えて嘶いた若駒に目を細めた男は、 年のころなら四十半ば。程が膝を折り、腰の位置の拳をもう片方の拳で包むという馬賊式の礼をとったところ から、この邪気溢れる男が六哈台の大攬把なのだろう。
「ただいま帰りました、当家(タンジャ)(頭目)」
「長旅、ご苦労だった。待ちかねたぞ。これがそうか。いや、ウワサ以上だ。姿がいい。なによりもこの目がいい。 ああ、早くこれで駆けてみたいものだ!」
 いま目の前にいる竜騎馬しか見えていないのだろう。子供のようにはしゃぎながらもハッと我に返り、馬賊式の礼を 取った男は、ニコヤカな笑みを浮かべた仙道と、生欠伸を繰り返している流川とを見比べたあと、扱い易いと踏んだのか、 仙道の肩をがっしりと掴み、紅潮した頬を隠そうともしないで、その背をかき抱いた。
「挨拶が遅れてすまない。わたしが六哈台を束ねる呉だっ」
 よく来てくれた、よく来てくれたと、仙道の皮大衣(上着)から盛大に埃が舞い上がるのも気にせずに、呉と名乗った 大攬把は喜びを隠そうともしない子供っぽい男だった。
「無事にお届けできて我々も嬉しいですよ」
「よくこの仔を手放してくれた。何度礼を言っても足りないくらいだ」
 とにかく入ってくれと促され、これが抗日馬賊の隠れ家か、と興味深々な仙道と、半分寝こけている流川は真っ暗な 室内に足を踏み入れた。
 入ってすぐの階段を下り、闇に目が慣れるまでもなく、地下室らしき場所にはいくつものひとの気配。完全に頭が落ちて いた流川の手が腰のストックホルスターに伸びたが、その肩を支えていた仙道の手は諭すようにポンポンと拍子を打つ。 彼らが完全に降り立ったところで、低い天井にぶら下がった笠つき電球が灯った。
 部屋の中央に置かれている長方形のテーブルからは、七人の男たちが警戒と好奇とかない交ぜになったような目を 向けている。いまはただの牧童だからと何度言っても瞬時に発せられる流川の殺気は殺せない。あれから一年も経った のに、だ。だから相手にいらぬ懸念と疑心を抱かせてしまうのだ。
 仙道はことさらに強く流川の肩を抱いて頬まで寄せた。
 こんな場所でなんの真似だと、流川に隙が出る。たゆむ強張り。拮抗していた場の雰囲気がだれかの嘆息と共に ゆるゆると解けていった。
「そんなにしゃちこばるもんじゃないぞ。わざわざルカワの村から馬を連れてきてくださった客人に対して失礼だろうが」
 その点に関しては、さきに気をやった流川に非があるのだけれど、気づいているはずの呉は、それを振り切るように その場に集うものたちをひとりひとり紹介した。律儀にも彼らから礼を言わせたかったらしい。
「こんな田舎街だから大した持て成しもできないが、心づくしを用意させてもらった。あんたらの宿はこの上だ。 どうだ。先にメシにするか。それとも湯を使うか?」
「お心遣いありがとうございます。ツレがこの調子ですからね。先にさっぱりさせてもらいます」
 それがいいだろう、と呉が合図すると、ルカワの村に遣わされていた程はふたりを湯殿に案内してくれた。



 ひなびた街だからと呉はさかんに詫びていたが、その夜の宴会は華やかなものだった。食卓には高梁ではない米の 粥が湯気を上げ、携帯用に干したものでない豚の肉が焼かれ、アルコール度数の高い白酒や高梁酒の瓶が並んだ。
 みんなよく呑みよく喋り、闊達でいて気持のよい連中だ。そんな中で、本能のみで生を紡いでいる男、流川は、乾杯の 合図が終わると一直線に米の粥を目指す。大椀を抱え込むように独占して 自分の小鉢に移し、かきこんでさらにお代わりをして。めったに口に入らない貴重品だとは言っても、その見事な 食い意地に、自分のことは棚に上げてひとを育ちがいいなんて揶揄するくらいだから、その躰に流れる出自をキレイ さっぱり忘れてしまっているのかと仙道は感心しきりだ。
「あんだよ」
「いや、旨そうに食うなって思って」
「うめーもん」
「育ちがいいのは一体どっちだ?」
「食えるときに一等いーもんを食う。それが鉄則」
 ビシっと指を立て目を据えて言い切るほどのことでもない。そんなふたりの様子を見て、隣に座った虎髭の男が仙道に 話を振ってきた。
「なぁ、あんたらの村ではどうやって自衛の手段を講じてるんだ?」
 どの自衛団も手探りの状態で自分たちの道を探そうとあぐねいている。そんな瞳だった。
「ルカワ村の村夫子の考えは言い方は悪いけれど、行き当たりばったりですよ。自分たちの糧は自分たちで守る。 それ以上でもそれ以下でもない。襲撃を受けたら総ての村人でそれを退ける。それだけです」
「それが一番難しいのかもしれんな」
「そうですね。それにいまは関東軍の侵攻よりも、村を捨て農耕を捨てて力でねじ伏せることを覚えた匪賊たちの方が 始末が悪い」
「確かに、もと軍人や馬賊の成れの果てってのが多いんだ。襲う相手が違ってるだろうに」
「アイツらを統率できるもんがいないんだから仕方がない。武装勢力が目的を失ったら仕舞いだぜ」
「そんなヤツらを数に入れたら関東軍なんざ、一気に蹴散らせるのと違うか?」
「一度道を外れたものを引き戻すなど、どだい無理な話だ」
「けどよぉ」
 故国の現状を憂いている男たちは、眼前でニコヤカな笑みを浮かべた秀麗な青年が、まさかその最たる怨敵、関東軍の 鬼才と称された牧紳一大佐の懐刀だった過去を持つとは想像も出来ないだろう。彼も無知を装って曖昧に語尾を消す。 そんな目の端に、イチオウ腹が満たされたのか、うつ伏せたままビクリともしない流川が映った。
 抗日運動の行く末だの、自分たちの存在意義だの、打開策だの、机上の空論には耳にすら入らない少年だ。 ただ戦場においてのみ、味方をも身震いさせる鬼神めいた動きで敵に襲い掛かる。そんな苛烈さを身に飼っていた。 あのとき、あの戦いで見せた反応と攻撃力は、敵に回すと怖ろしいというレベルではなかったのだ。
 一線から遠ざかって久しいというのに、その滾った気は未だに収まらない。
 先ほどのように。ルカワ村からやって来た気のいい牧童たちを出迎えるつもりだった彼らが、困惑するほどに。
 だが、これでもかなり穏やかになった方なのだ。ここは右も左も分からない半ば敵地。初めて訪れた街で、初めて触れる 気配に敏感に反応するのはまだ分かる。流川があの村に辿り着いたとき、背後にだれかが立っただけで銃を突きつけて いたと村夫子は嘆いていた。遅れて到着した仙道が見たそのときも、名残はまだ残っていた。
 このごろようやく気配と殺気の違いを躰で覚えたところ。後ろから抱きすくめてもなんの障害もなくなったのは、 大変喜ばしいことだ。
「なぁ、あんたはどう思う?」
「なにがです?」
「満州人は、即刻満州国を捨て去るべきだと我々は考えている。あんな日本人の手でつくられた傀儡政権にしがみ付いて いるから身動きが取れないんだ。とっとと諦めて漢人たちと共同戦線を張るべきだろう」
「スミマセン。難しい話は苦手なんですよ」
「そんな悠長なことを言ってられるのもいまのうちだぞ」
「ルカワの村は平和なのか?」
「同胞に平気で銃を向けるものもいれば、危機感のなってないものいるからな。オレたちが苦労するわけだ」
 仙道は曖昧に笑う。
 いま彼らは、抗日親日のどちらにも組していない。どうすれば日本軍を満州から撤退させられるかなんて、答えようが ない。立場上でなく心情的に。仙道は牧の更迭と共に軍人である意味を失った。流川はだれをも傷つけないように嘗ての 仲間に背を向けた。このまま一生牧童で終わってもいいと思っている。
 ただこうして同じ馬賊仲間たちが憂いている現状に触れて、流川がどう感じているか分からないと思っていたら、
「仙道……」
「どうした?」
「なんか気持わりぃ」
 爆睡しているたはずの流川がテーブルからのそりと顔を上げた。
「大丈夫か? 疲れが出たかな」
「ん……」
「なんだ、なんだ。酔ったか? ってもそのぼうずは酒を呑んでなかったよな」
「ええ。まだ呑めないんですよ。スミマセン。折角の機会なんですけど、コイツ、具合が悪いみたいなんで、引き上げさせて もらいます」
「おー、いいってことよ。今夜はぐっすり眠んな。あしたは朝飯の用意が出来たら起こしに行ってやるよ」
 心配そうに流川の白皙を覗き込む虎髭の男に仙道は頭を下げ、彼の腕を引いた。
「ありがとうございます。ほら、流川、立て」
 躰を支えて立ち上がらせ、俯いたままで読めかった流川の表情が、宴会の行われている部屋を出て扉を閉めたとき、 ほっと安心したように力を抜いた様子を見て、先ほどのあの場、流川に助けられたんだと気づいた仙道だった。






continue






一度完結したお話だったんですが、あのままじゃ、流川を斬り捨てた湘北のみんなはどうなるの、という目からウロコ もんのアイデアをらんうめさんからいただき、(かなり前に)一年後という設定で書き始めました。
らんうめさん。遅くなってごめんなさい。仰ってたお話に届かないんじゃないかという不安いっぱい。でも、好きだと 言ってもらえたこの世界観を少しでも楽しんでもらえたら嬉しいですv