Kingdom of heaven




〜8





 騎士――士爵(ナイト)の資格。それを拝するためには、様々な 修行が必要となって。
 ソールズベリ城にも騎士見習いの少年たちがたくさん生活していたが、大まかな年齢によってふたつにグループに 別けられていた。ひとつは、生家から離されたばかりのとりわけ年少者たちで、まだ士分とは呼べず、小姓や給仕と同じ扱い になる。彼らの主な仕事は目上のものたちの食事の支度や給仕やお世話などで、その合間に礼儀や宮廷作法、一般教養と 躾けを教え込まれていた。
 そして城での奉公も数年を過ぎたもうひとグループには、いっそう厳格で激しい修練が待っている。小姓のころから習い 覚えた馬術剣術槍術が実戦を想定したものとなり、重い武具をつけ、馬に飛び乗るわ、走り回るわ、壁をよじ登るわ、 壕を飛び越えるわ、で、まさにドロ塗れの毎日なのだ。
 なにがキライって、これほどムダな訓練はないとばかりに、センドウが生国を出奔した――有り体に言えば騎士の 修行を途中で放り出した――理由のひとつがあの無軌道なレンジャー訓練だったりする。ベンウィックの城では加えて 重装備での匍匐前進も含まれていた。世嗣の王子だからこそ、常に先頭を切って訓練に挑まなければならない、と、だれに似た のか父王は、根っからのガテン系体育会気質の持ち主だった。
 幾度サボったか知れない。
 だいたい、兜がいけない。あんなものを被っているから、呼吸困難と視野狭窄状態が長く続き、著しく現存体力を 削ってしまう――というのが彼の持論だ。
 だからアレさえ被らなければ、そこまで肉体を酷使して持久力をつける必要もない。弓弩の攻撃さえしのぎ混戦に 移れば、取っ払った方がラクに戦える。滅多に装着しない理由はそんなところにあって、だが、だれも信用してくれないし、 支持してくれない。
 ま、自分のことは置いておいて、いまはルカワ王子だ。
 二、三年前までは立派に王女だった。当然、従騎士としての訓練に時間が足りていない。まぁ、年少組の 作法はスルーして問題ないだろう。曲がりなりにも世嗣の君だ。どの程度まで終了しているのか把握できていないが、 剣技と馬術に関しては実戦経験済みだし。
 騎士見習いも最終段階に入ると、彼らはひとりの騎士の従者となって戦場に赴くものもいる。よって従騎士(盾持ち) と呼ばれた。マキ王がルカワに下した職分はこれに当たる。彼らは年少組から一緒に寄宿し苦労し辛酸を舐め、だから 仲間意識も相当強い。見習い期間に培った友情と至誠は、生涯をつうじての支えだったのだ。
 従騎士たちのサロン――別名、一般食堂――にルカワを誘ったわけは、少しでも彼らと顔をつないでおこうという親心で、
 なのに、
「――んでだよっ!! んでりょーちんだけなんだよっ!!」
「わっ!」
 まさか、扉を開けたとたん、罵声と面倒と巨躯が飛び込んでくるとは思わなかった。
 目の前に迫ったのは両手を広げた大男の赤い髪。次に気づいたときは、ぶっ飛ばされて背中をしたたかに打ち付けて、 天地がさかさまで、センドウルカワと並んだクッションの上に、男が乗り上げている格好だ。
「いってぇ」
 この状態で後頭部を強打しなかったのは、奇跡としか言いようがない。それは受け身と腹筋と日頃の訓練(?)の賜物で、 けれど重いものは重いわけで、ふたりを組み敷いた男――従騎士のサクラギだった――は瞳をパチクリと瞬いたまま動こうとしない。 センドウとルカワ。ルカワとセンドウと視線の動きは行ったり来たりと忙しなく、センドウが諌める前に、低く唸ったのは ルカワだ。
「いつまでひとに乗っかかってんだ、このウド」
「ウ、ウド?」
「じゃなかったら、デク」
「デっ――」
「てめーについてる目は飾りもんか。それとも、ひとにぶつかんなきゃ止まんねーくらいに、反応、鈍いのか。どっちだ」
「あんだとぉっ。このヤロウっ」
「ちょ、ちょっとっ――」
 待てという言葉は繋がらなかった。この状態でこの不利な体制で、そうも悪し様に罵れば、相手は黙っちゃいない。 ルカワは知らないだろうが、頭に血の昇りやすいサクラギなのだ。当然、後ろなんかない。おまえ、バカかと止める間 もなくサクラギの鉄拳がルカワの顔面に食い込んだ。それと同時にルカワの長靴の底がサクラギの腹部を蹴り上げるの だから、どちらをも庇う必要はない。
 ルカワの蹴りを喰らったサクラギが後ろにぶっ飛んだ。だが見事な腹筋で体制を立て直し、怒りたぎったサクラギの目が、 束の間、困惑に揺れた。条件反射で挑みかかったその相手がだれなのか、再認識したのだろう。
 そう。そこにいたのは、昨日、王はのみならず総ての領民、貴賓、騎士たちを魅了した麗しの王妃さまに生き写した ような白皙の少年。というより、王妃さまが男装して現れたといってもいいくらいの激似。(ご本人なんだから当然だ) サクラギ自身目を奪われて、婚儀の行われた中庭から、どうやって宿舎に戻ってきたか分からないくらいに 惑乱させられたお方なのだ。
 その方を殴りつけた。
 だから唇が切れている。
「ぐえっ」
 奇声を発したサクラギは尻餅をついた状態で後ろに跳び退った。戦意は一瞬にして失せている。というよりも、どう 始末をつけてよいか分からないでいる。混乱の坩堝だ。
 だれだ。王妃さまか。王妃さまなのか。いや、んなわけない。わけないけど、わけないけど、わけないけどっ!
 男サクラギ・ハナミチ、キレイなものには滅法弱い。キレイと思った相手に、蹴り上げられた事実をすっかり忘れ、 あわわ、と泡を喰った男の困惑をきっちり読み取ったセンドウはニッコリ笑って立ち上がった。
「王侯を殴りつけたものに言うのも変だけど、慌てなくてもいいよ。サクラギは覚えていないかな? カーマライドの ルカワ王子だ。先の戦闘でご一緒したろ? カエデ王妃の弟君でいらっしゃるから、よく似ておいでなのは当然なんだ」
「ルカワ、王子?」
 そうだよ、と頷いてしゃがみ込んだルカワに手を差し伸べる。その手を無視してルカワは立ち上がった。殺気と 剣呑さはそのままで、一発殴られて仕返しに蹴りを入れたくらいでは、収まらないといった感じか。切れた唇の端を親指で 拭う仕草も堂に入っている。だが、相手はすっかり及び腰。殺気は萎んでしまってるとはいえ、これではいつまで たっても平行線だろう。だから性質上、この顛末の切欠に水を向けるのはセンドウの役目だった。
 サクラギの後ろで肩をすくめているミヤギの姿を認めてから、彼は視線を戻した。
「で、サクラギはなにをいきり立っていたわけ?」
「お……」
 一応センドウの言葉は届いていたようだ。届いているけど理解しているとは言い難い。ルカワに視線を貼り付けたまま、 青くなったり赤くなったり冷や汗を噴出させたりと忙しい。どうやらまだ彼岸から帰ってきていないと見た。パクパク と口は動けども言葉にならない。そんな状態のサクラギを見かねて口ぞえをしたミヤギは、チラとルカワを見やった。
「王からお誉めの言葉を頂いてさ。先の戦において、その方の働き、まことに見事であった。よって予の騎士に叙すって ヤツ」
「へぇ。おめでとう。次に騎士に上がるとしたらおまえだと思ってたよ。俊敏かつ冷静で、そりゃ、叙勲も頷ける見事な 働きっぷりだったからな。あ、そっか。おまえだけ、なんだ?」
 そっぽを向いたサクラギに対してミヤギは肩をすくめた。
 年下といっても年齢は幾つも変わらない。出陣に際しふたりして従騎士の中から選ばれ、王に従い同じように駆けて、 同じように戦って、死線を潜った。なのにひとりだけしか認められなかったでは確かに悔しいだろう。
 しかし、礼儀を弁えないけれど破天荒で一途なサクラギを好ましいと思う反面、その突拍子もない部分が騎士の本分から 大きく外れてしまっているのは否めない。
 礼に適い作法に長けてこその騎士だ。そのための長い訓練だ。特にここは王のお膝元。礼を失しては他国への面目に 関わる。枠に嵌らないという点においては、ミヤギはもとよりセンドウだってひとのことを言えた義理ではないし、 一番の横紙破りは王自身だったりするけど、人前で弁える術はちゃんとふつーに持ち合わせていた。
「そっか。けど、年功序列ってわけじゃないけどね、ミヤギはもう何度も戦闘に出てる。従卒だったけど斥候の役目だって 果たしたことがあるんだ。サクラギは初陣だったろ? まだまだ覚えてもらわなきゃならないことが、いっぱいあるからね。 だから、今回は、ちゃんとミヤギを祝ってやりな」
 たぶん聞いちゃいないと分かっていても、諌めの言葉を吐くセンドウだ。本人は、うーとかあーとかの唸り声を上げた だけで、そんな複雑な顔をしたサクラギに対して、警戒を解かないルカワの目線をセンドウは遮った。
「ああ、そうだ。ルカワ。お礼を言うといい。あの混戦の中で、一番にルカワ王をお探し申し上げたのは、このミヤギ なんだよ」
「えっ」
 聞いて、剣呑な瞳がスルリと流れた。それがサクラギの後ろに突っ立った小柄な男に合わさり、パチクリと目を瞬いたさまが なんとなくその容貌とチグハグだ。そして妙な間があいて呟かれた存外素直な、けれどお礼とも取れない言葉も。
「……した」
「なんだ? なんつった? 全然聞こえねーな」
 と、ミヤギは大げさに耳を傾ける。ルカワは露骨にイヤな顔をした。
 コレはちょっとからかい甲斐があるかも、と瞬時に判じたミヤギも大したもの。ルカワの容貌とまとう雰囲気に反し、 なんとなく突かなきゃ動きそうにない緩慢さとのギャップがどれほど異質か、本人は気づいていないのだろうか。 ちゃっかりふたりして、つけ入る隙を見いだした。それはやはり年上の余裕が成せる技だ。
 ルカワの眉間のしわがはっきりと困惑を描き、揺れた視線がセンドウに流れる。
 オレを見た。
 うん。確かに楽しい。
 そんな役得めいた場面に、センドウだって助け舟は出さない。ニッコリ笑って言い放った。
「聞こえないってさ」
 ムウっとルカワの唇が尖る。尖りながらもこの場を蹴らない殊勝さと、お礼の言葉ひとつ、口にするだけで周囲が息を 詰めて見守る少年に乾杯だ。
 そしてようやく搾り出された言葉。
「あ……した」
「へ?」
「あらら」
「ま、いーだろ。もらっとくぜ」
 聞き取れなくても届くものがある。ミヤギはそれで納得したようだ。あ、そういえば、オレもお礼、言ってもらってない、 と調子に乗ってたたみかけて、ジロと見下されたけれど、その視線もなんとなく甘い。そう思えたのは、あの剣呑さに 慣れただけでもないだろう。
 そのころになるとサクラギも立ち上がり、食堂に詰めていたほかの見習いたちもワラワラと集まりだした。誉れたかき 王騎士長センドウ卿が直々に伴った従騎士に、戸惑いながらもそれぞれが新しい仲間に手を差し伸べる。
「ふうん」
 自己紹介も兼ねたたくさんの手をどう扱っていいのか戸惑うルカワを置いてゆく格好で、見習いくんたちはだれも 人懐っこい。面くらいながらも、そのひとつひとつに、イチオウ顎を引く挨拶を返しているルカワに、サクラギがこれみ よがしに顔を背けた。
 なんだと思う間もなく、サクラギはルカワの肩にわざと肩をぶつけ、そのまま食堂を出て行ってしまった。
 なんとなくだが、ちょっと、ややこしいことになりそうである。



 ルカワの腫れあがった頬を見て、だれとやり合ったんだと睨みを入れたあと、ふつー、オレらんとこに最初に挨拶に くるのが礼儀だろ、と尖った声を出したのはミツイだ。ちょうど小腹も空いたことだし、お茶にしようと 王騎士たちのサロンに足を踏み入れた第一声がそれだった。
 この時間にサロンでくつろいでいたのはミツイとジンのふたり。テーブルの上には焼き菓子が用意され、ジンの従騎士 であるキヨタ・ノブナガがハーブ茶をセッティングしている真っ最中だった。
「そんな堅いこと、言いっこなしですよ、ミツイさん。いいタイミングだなぁ。ノブナガくん、こっちにもふたつ、お願い な」
 キヨタは憮然としたさまを隠そうともしないでジンに視線を移した。
 専属の騎士がジンだからといって、彼の世話だけをしていれば いいというものでもない。この場において一番下位のキヨタが動くのは当然だし、いま従騎士職が空席のミツイなど、当の ジンよりもひと使いが荒かったりする。ましてや、王騎士長センドウ。彼にひと声かけてもらえるなら、お茶どころか 犬馬の労も厭いませんっと、殺到するもの鈴生りだろう。
 けれど。
 けれど、どう見ても新入りの、どう見ても若輩ものの、どう見ても同等かそれ以下の職分の、なのに、勧められもしない のに、エラソウにドカっとソファに腰を降ろしたこの少年の茶まで自分が入れなければならないのか、とキヨタは彼を 指差して叫んだ。
 王騎士サロンに出入りを許されて一年。
「オレっ、オレっ、まだ一度だってこのソファに座ったことないのにっ!」
 ジンは、テーブルをはさんだ真正面でふんぞり返った少年の、挨拶にも満たない顎の動きに目をパチクリしたあと、 慰めにもならない言葉を呟いた。
「……ノブナガ。ソファの問題じゃなくって。いや、その、お茶、四つも五つも同じだから……」
「けどっ!」
 口を尖らせたものの、いつも悪いねぇ、とセンドウに微笑まれてしまっては、動かざるを得ない。
「あちこち案内して疲れたころに、ここに帰ってくるのがちょうどいいやと思ってね。ウオズミさんの焼き菓子は王御用達 だし、ノブナガくんのお茶は結構イケるし。あ、ルカワ。これ食べてみな。烹炊長のウオズミさんの自信作。王はあまり 甘いものをお召し上がりにならないから、オレたちに下賜くださるんだ。疲れたときなんか、たまんないんだぜ」
「知ってる。きのう食った」
「あ? おまえ、婚儀のときいなかったよなぁ。熱があるとかで。あとで貰ったの?」
「そう」
 ここには事情を知らないキヨタがいるための、取ってつけてようなお芝居だ。それにしても、遠慮も会釈もなく焼き菓子 をボリボリかじっている少年に向けて、
「カーマライドのルカワ王子です。きょうからオレの従騎士だそうです」
 で、コッチが王騎士のミツイさんとジン。あっちがジンの従騎士のノブナガくんだよ、と紹介されたって、威厳もなにも あったものではない。
 しかも、返る言葉は、ウス、だ。
 おまえ、どこに騎士の儀礼を置き忘れてきたんだっ、とミツイは噴火寸前だった。その点、ジンの方が順応性は高い。
「もしかして、王の前でもルカワ王子は、こうなのかな?」
 底冷えのするような声音で、マキ王信奉率の高いジンとしては気になる着眼点だ。この、先輩を先輩とも 思わない不遜さが、敬愛する王にも向けられているとすれば、放っておいてよい話ではない。出自が王侯だろうが世嗣の 王子だろうが、いまは無位無官の従騎士だろうに。
「いえいえ。王の前では神妙ですよ。っていうか、王の前でだけネコをかぶってるっていうか」
 ほんとムカつくったらないよ、と、さり気に上下関係を打破し続けた男、センドウはカラカラと笑った。
「ふうん。じゃ、アレだね。ルカワ王子はトゥアハ・デ・ダナーンと同じなんだ」
 なんだ、それ、と、ミツイセンドウの両方から声があがった。当のルカワはハグハグと口を動かせるのに忙しくて、 瞳を返しただけ。運ばれてきたハーブ茶をひと口含み、長い指を目の前で組んだジンは、シンと一点を見つめた。
「ダーナって呼んでんだけどね。耳と尻尾の先が焦げたみたいに色落ちしてて。可愛いんだよ、これが」
「なんの話?」
「オレが厩舎で飼いだした仔犬の話」
「犬に女神の名前なんかつけんなよな」
 畏れ多い、とミツイはつい前のめりだった躰をソファに戻した。興味を失ったルカワは、三つ目だか四つ目だかの焼き 菓子に取り掛かっている。
「狩りのときに見つけてさ。親とはぐれたみたいだから連れ帰って、しばらくずっと面倒みてたわけ。エサも手ずから 与えたし。仔犬のくせにすごい警戒心顕わだったのが次第に結構甘え出したんだよ。やっと、ひと慣れしたかなって 思ってたら、いつだったか、オレがいないとき、代わりにノブナガにエサをやってもらおうとしたら、噛みつかれそうに なったんだって」
 な、とジンは後ろのキヨタを振り返った。
「歯を見せて唸りやがった」
「へぇ」
「それからのノブナガは、危険を顧みず必死になってエサを与えたんだ」
「そっぽ向くし、いかにもイヤイヤ喰ってやる、みたいで、すっげーエラそう、でした」
「馬番の爺さんが言うには、イヌ科の動物にはよくあるらしい。オレを親とか主人って決めたら、他は総て敵か目下扱い なんだって」
「一途ってこと?」
「違うね。他のものにしたら、はた迷惑って話だ。マキ王にしか敬意を表しないんだろ。この王子さま。国許でもそう だったろうさ。彼の上には王しかおわさない」
 なるほどね〜と感心する前に、女神ダーナの裔は盛大に飲み食いして満足したのか、センドウ、と初めてふつーに彼の名 を呼んでくれた。これまでは、てめーかあんた呼ばわりだったのだ。それだけのことなのに、喜んでいる自分にちょっと ビックリである。
 お仕えしている騎士の愛犬だから、一生懸命面倒みてやってるのに、ダーナにそっぽ向かれても必死になって世話をし 続けたキヨタのそのときの気持が、ほんとによく分かるセンドウだった。
「なに?」
 と、パタパタと尻尾を振っている己を客観的に見つける。あぁ、相当に情けない。
「訓練とかってしないのかよ」
「訓練?」
「オレはそれが足りないから、あんたにつけられたんだろ」
 パチクリと音がするほどの強さで目を瞬いたミツイである。ジンはカップを傾ける仕草のままで止まっている。
 王侯貴族の子弟にありがちな、倣岸と矜持でこり固まった鼻持ちならない王子がやって来たと思っていた。しかも、 王に請われるまま王妃の地位なんかについた少年だ。王との間で取り決めがあったと聞いた。それでもまったくもって理解の 範疇外なのだ。彼らにとってはサクソン人よりも不気味な存在だろう。
 その少年が訓練云々を口にする。
「訓練ねぇ。ま、従騎士ともなると見習いみたいに定められたものはないからな。四六時中騎士に仕える。実戦を 経験する。宮廷作法を学ぶ。たくさん恋をする。そして唯一の恋人を見つけて忠誠を誓う」
「他にすることねーのかよ」
「ないね。騎士の生活に準じるんだから。あんまり戦闘から離れてしまうと腕が鈍るから試合ったり、実益をかねた猟に 出かけてりするよ。平時のときは馬上槍試合(ジュースト)なんかも 開催されるけど、ルカワの職分では参加できない。それにいまはアイルランドの動向を探っての待機中だから、あまり 身動きが取れないんだ」
「じゃ、オレの修行ってなにすればいいんだよっ」
「そうだね。なにしようか? どうすればいいと思います、ミツイさん」
「オレにフるなよ」
「なにもする必要ないなら、あんたにくっ付いてる意味がねー」
「あはは、やっぱそうきたか」
 それじゃ、一騎打ちでもしようかと、センドウは誘った。視察に行こう、みたいな気軽な調子で、城内なんて狭っ苦しい ところじゃなくって、外に出ようと、センドウは立ち上がった。






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