そぞろ歩くには月影の明るすぎる夜だった。
ましてや疚しい事由があるならばなおさらで、王や騎士たちが住まう居館の中庭に差し込む光は、くすりと偲び笑う
男の顔貌までもはっきりと照らし出していた。
だが、いかなる時間であろうと、この男――マキ王の行動を止め立てするものはこの城にはいない。ましてや新婚の
王夫妻に遠慮したのか、今宵は近衛兵たちも遠巻きに警護しているようだ。城門は堅く閉じられ、灯りの数から哨戒兵の
数がいつもより多く見てとれても、居館から居館への移動で王の顔に差す影は、中空にかかった月を覆う雲だけだ。
尤も、輝くばかりに美しい王妃を娶ったばかりの王が、このような時間帯にうろついているとはだれも思わないだろう。
余人に見咎められでもしたら、王はもとより王妃の名誉は一夜にして地に落ちる。初夜にひとり寝させられた愚鈍な王妃
というわけだ。だからこうして警備兵の交代の時間を狙い
闇をぬい、知り尽くした城の死角を選んでいたのだが、歩調はどうにものんびりしていた。
払暁まであとわずかという頃合。
野犬の嘶きに首をめぐらせ、歩みを止めた。すると、シンと身を差す冷気と共に、さっきまで一緒だった彼のとび色の
瞳と声が蘇った。
戯れも大概にされた方がよろしかろう、と、怒気を纏った地を這うようなそれ。
一度だって彼の部屋へ訪いを入れるために先触れを差し向けたり、正面玄関の扉を優雅に叩いたりしたことはなかった。
この城にあるものは総て己のものだという倣岸さそのもので唐突に扉を開く。尤もそんな横暴さと執着をひけらかす
相手は他にはいない。常に臣下を呼び寄せる立場にあったのだから。
彼の私室の扉がいつものように施錠されていなかった事実に哂い、薄く開かれた隙間から身を滑り込ませた王の姿を、
窓から差し込む月の光は照らしていた。
だれだと誰何する間もなく、王を見上げたあの部屋の住人のとび色の瞳は侮蔑の色に染まった。手にしていた書を閉じ、
真っ先に口をついた言葉が、先ほどのアレだ。
――戯れも大概にされた方がよろしかろう。
かける言葉のひとつもなく一歩近づけば――おまえ、相当卑怯ものだな、と口元が歪む。不意をついて身を寄せ、嫉妬して
くれているのか、と耳元に囁けば、怒りのために喉元がひくりと波打った。存外、凶暴な男の、振り上げられた腕を押さえ
つけ、背後の壁に縫い付け、その瞳に魅入る。
高価な書がその手から滑り落ちた。
彼と初めて出逢ったのは、父王――ユーサー・ペンドラゴンがまだ健在だった少年のころのことだ。星を読み地の流れを
読み風の行く末を読み、それ故に預言者であり語り部であり吟遊詩人であったドルイド僧。死は他の生への入り口であり、
休息期間とされた、死をも恐れぬケルト独特の土着信仰僧だ。
その高い知力と博識さから、貴顕なる人々の教育係りなどを生業としている僧もいる。召し抱える君侯もいる。
父王もそのひとりだった。頼もしい助っ人を得たと喜ぶ父王の巨躯の影から、髭面の厳つい男が現れると思いきや、
黒衣のフードで半分顔を覆った少年の、一見美少女と見まごう穏やかめいた顔貌に、ただ呆然と吸い寄せられたのだ。
この年にして神学、倫理、医学、法律、裁判、天文学、占い、歴史といった、人々の生活の基盤となるものを掌握
しているのだと父王は誇らしげだった。確かにその碩学ぶりは世嗣の王子としての英才教育を受けていたマキをも
唸らせ、以来彼は父王の軍事顧問として迎えられることとなる。
だが、凡そのドルイド僧たちが何十年もの月日を要して会得するものを、生まれたときから身に宿していたのだと
納得するものはいない。出生の不確かさから、その立居振る舞いから、外見から、大気の中に潜んでいた
夢魔を
集めてつくられた魔の子だと、まことしやかに囁かれた。
それを確かめる術はない。本人も語らない。ただ、屈強で恐れを知らない騎士たちのからかいと侮蔑を跳ね除ける
剣気に異質なものを感じたのも事実だ。目には見えない気の流れ。それをまとって彼は守られている。そう確信したのは、
初めてその白皙に触れたときだった。
マキの私室。一献傾けようと誘ったのはただのいい訳で。
バチリと空気に感電し、思わず手を引いたら、そのさまに怯えた男の瞳があった。思いもよらないマキの行為によってではない。
己の身を呪っての怯えを感じとり、だから構わず彼の躰をかき抱いた。たちまち窓が大きく開かれ、室内で巻き上がる
突風。二の腕を襲う空気の刃。角度を変え勢いを変えいくつもの狂刃はマキに挑みかかり、衣服を裂いて身を掠った。
止めろと腕の中から悲鳴が迸る。オレに触れるな。放せという声はマキのチュニックが飲み込んだ。その攻撃が止んだ
のは、辺りにうっすらと血の匂いが充満し始めたころだ。
不思議と痛みは感じなかった。
――王……子。
――なかなか便利な体質だな、おまえ。身を守るのにこれほど力強い味方はいないだろ。
――体質なわけないだろう。
――そうか。だとしても、そんなもの、どうでもいい。次回からは素直に触れさせてくれ。
――マキっ。
最初の切欠はなんだったのか、もう、分からなかった。なにに酔ったのかも。ただ、ふたりして血に塗れ、貪るように
互いを求め、激しく淫靡な一刻が過ぎたあとに残ったのは、ザラついた虚脱感だけで、なのに、その日もそのあとも、
手放せなかったのだ。
――おまえ、相当卑怯だな
奇しくも、十年も前のあのときと、今宵と、彼は同じ科白を吐いた。
そして、あのときと寸分変わらない姿で、マキの前に居続ける。
――オレは王の軍事顧問じゃないのか。婚姻という一大事に、ひと言の説明もなしにきょうがきて、まさか事後承諾とは
思わなかったぞ。
――おまえがオレの成すことにイチイチ反対するはずがないと思っていたからな。
――これは、これは。また随分と舐められたものだ。だがな、ヴェニドシア(北ウェイルズ)王の婿の座を逃したツケは大きい
ぞ。アチラとカーマライドの国力の差は比べようがないだろうが。なぜ我慢できない。
――なぜ我慢しなければならない。オレにだって選ぶ権利はあるし、美醜には煩くできている。おまえがオレの目を肥やして
しまったんだ。
――喧しいっ。なにトチ狂ったこと言ってる! おまえ、それでも一国の王か!
唇越しにそんな罵倒が返る。それでも努めてゆったりと王は言葉を紡ぐ。
――狂ってるさ。それがどうした。カエデで気に入らないならば、おまえがアイツの身代わりになればよかったんだ。
――バカ言え。おまえが崇めている神のモラルはどうなってるんだ。それほど簡単に騙せるものなのか。欺いてもいい
ものなのか。だとすればとんだ道化ものだな。だが、ケルトの精霊たちは、そうはいかない。
――精霊ね。おまえが言うのだからそうなんだろう。精霊たちの加護を失う。よく聞く科白だ。しかし不思議だとは思わん
か? 男を身に含む罪は目こぼしされても、婚姻は許されないとはイマイチよく分からん理屈だ。
――あんなもの、犬に噛まれたようなものだからだ。
――言ってくれる。歓びに身を震わせても、か?
――煩い。男だろうが女だろうが、おまえはだれかと契るときにイチイチ神に許しを請うのか? ひざまずいてからコトに
及ぶのか? そういう意識づけだろうが。だが、アレで、オレは、加護を失ったかと思ったんだ。
――ほう。だったら婚姻も確かめてみればよかったかな。尤もダメでしたでは、失うものが多すぎるが、カエデが
正妃。おまえが愛妾というのも楽しそうだ。
――だれが愛妾だ。オレにはあんな格好を晒してまで取り戻したいものなんかない。
――そう考えると、カエデは強いな。
――なにが言いたい。
――言葉どおりだ。アイツは欲しいものに対し虚を捨てて両手を伸ばした。おまえは封じ込めた。夢魔と精霊たちの祝福を
受けた身としては、これ以上望むものはないか?
――叶わぬ願いなどないと、言い切れるほど子どもではないし、おまえに施してもらう希望などない。それに――
この身に流れる半端な血を消し去ろうとは思わない、とマキの胸に顔を埋めた彼は、カエデの匂いがする、と呟き
顎を上げた。
――その手は食わん。アイツの匂いを染み付けておまえに会うほど厚顔ではないつもりだが。
――分かったものか。あんな口づけをかましておいて、どの口が言う。
――ほう。ヤキモチを妬いてくれるのか。
――黙れ。至高の冠を戴くとは思えないほどの卑怯ものだと言っているんだ。
――そのフレーズは何度も聞いた。
――まさかあれほどまでに装えるとはだれも思わなかったろう。天上天下、総てを魅了した麗しの王妃さま。アイツと同衾
すれば、抱いてしまうと思ったから、ここへ来たか。ブリトンの王よ。
クスリと哂った王は、是とも非とも答えなかった。
「酷い話だな。新床の花嫁を放りだして、どこ、行ってたんですか」
どれほどぼんやりと歩いていたのだろうか。鞘鳴りも殺気もなくただ冷気だけが動き、気づいたときには背後を取られ、
見慣れた剣が王の喉元を狙っていた。己の居城で、しかし不審も顕わな時間帯で、水平に添えられたそれが真横に動かない
保障はどこにもない。男の気配は酷薄そのものだ。両手を挙げて降参の素振りを見せれば、背後の男がニヤリと音を立
てて哂った――気がした。
なんでコイツに出くわす。
王騎士長とのあろうものが、一晩中ここで座っていたわけでもないだろう。王の行動を監視していたわけでもないだろう。
ただの偶然とはいえ、よくよく、目端が利く体質と見える。
「そういうおまえこそこんな夜更けになにをしているんだ?」
背後を振り返りもしないでマキが問うた。スっと剣を降ろし身を引く男は、賊の侵入かと思いましたよと、心にも
ないことを言う。
絶対、わざとだ。
「全然、寝付けなくってね。気が滾ってしょうがないから、剣術のお稽古してたんです」
「稽古? おまえが?」
「はいはい。訂正します。ただ振るってたんですよ、剣を」
「それにしても、エラく物騒な慰め方だな」
「そうですか? けど、酒なんかに溺れたら、なにするか分からないでしょ」
「王夫妻の寝室に忍び込んだり?」
「あ、それいいですね」
考えも及ばなかったとばかりに諦観し切った様子でセンドウは、剣舞のタメとも取れる気障な型を取った。
彼の愛剣、アロンダイトがマキの顔面スレスレで弧を描き、その間に横たわる思惟を斬り裂く。ブオンと鳴る空気抵抗
の音。そして握りを甘くした重い長剣の柄が、彼の手のひらで手の甲で長い指でいいように踊った。弄るような剣先は
一点を睨みつけたままだ。
葉零れの月のしずくが剣を鈍く弾いて彼の横顔を深く縁取った。男らしさと相まってぞくりと肌が粟立つ
ほどの艶を目にしているのが、男ぶりも誉れ高い王をして、己だけでよかったと思ってしまう瞬間だ。
女たちが群がるのも頷ける。女のみならず男たちが心酔してしまうのも。この男の穏やかな一面に触れている安定感も、
そして窺い知れない深淵に溺れそうになる不安定さにも。その振り子の揺れの大きさに引きずり込まれてしまうのだ。
生まれながらにして華のあるヤツはこれだから困る。
コイツ相手だと、どうもこうもシャクだから。
道化を演じてしまった根底にはそんな思いが根付いていると否めない。
王に剣を突きつけ満足したのか、それを鞘に戻したセンドウはツイとマキの間近に身を寄せた。王よりも長身の男が少し
屈め肩を前後させて耳朶の真横を通り過ぎる。それほどまでに近づく必要があるのかと、本能的に身構えると、
「フジマさんの匂いがする」
すれ違いざま、ひんやりと放たれた言葉にマキは顎を上げた。
振り返ったセンドウがニッコリ笑う。それを肩越しに認めて顎を引く。これはコイツなりの宣戦布告なのか。それとも
意趣返しなのか。そう思った瞬間、先ほどの悔しげなフジマの呟きが蘇り、人間なにかに囚われると嗅覚が先に訴える
のかとマキは笑った。
「ここで哂う? ふつー」
「いや、アイツはカエデの匂いがすると言っていたな」
「やっぱフジマさんと会ってたんだ」
「カマを掛けられてやるつもりはないよ」
ヤなひとだなぁ、とからかうセンドウの表情は陰影がきつ過ぎて見えなかった。言葉の調子も思惟を読み取らせる
震えはない。何かを押し殺すとこの男は見事なくらいに仮面を被る。こちらの警戒の気が緩んだのを見越して、
スっと懐に入るような攻撃を見せるものだから要注意だ。
初めて試合ったときから感じていた着意に間違いはないと言い切れる。
「じゃ、傷心の王妃はオレが慰めさせていただきましょう」
「そんなもの、許すわけにはいかんだろう」
「どっちもだなんて、マキさん、欲深すぎですよ」
そう。どちらも掌中の珠だ。カタチは違っても愛しているという事実に変わりない。己が手で幸運を導いてやれる
という自負だってある。だから間近に引き寄せた。それが許される立場でもある。なのに所々でこの男が零す恋情
めいた破片はいったいなんだ。
ただ突っかかるだけの稚さはないだろう。反発とも違うなにか。自覚しているのか。本気なのか。分からない。分か
らないからマキは、たったいま思いついたといったふうに、踵を返したセンドウの背中に言い放った。
「取り合えず、あしたから頼む」
「?」
「面白いことになろうよ」
センドウはもう一度振り返る。マキは半身を晒している。なにをです、と問う間もなく、王は片手を上げてその場を
立ち去っていた。
いったいなにを頼むのだろうと、寝不足の目を擦りながら朝議の場に出席すれば、昨晩の祝宴で宣言したとおり、
初夜明けの王の姿はなかった。なにごともなかったかのような軍事顧問フジマから、周辺各国の状況が説明され、騎士
たちにはより一層の警戒を呼びかけた。
先の戦闘で失った兵力の増強と再編成。物資兵站の補給と、王が不在でもフジマの指示に揺らぎはない。
続いて賓客として招かれていた各国の君侯たちが暇乞いに現れ、デミーティア王家の恙ない繁栄を祝して帰って
いった。この時間にも本気で姿を見せない厚顔な王の代わりに彼らの相手をさせられたのは、国務大臣も兼ねたコグレ卿と
騎士長のセンドウ卿で、この調子なら、お世継ぎの誕生も間もないでしょうと、微笑む(半哂いな)君侯たちにせっせと
お愛想笑いを振り巻いて、彼らを送り出した。
その最後の客が姿を消した、ちょうどお昼頃だ。奥付きの小姓が、王がお呼びですと、センドウに頭を下げたのは。
君侯たちが引き上げるのを見計らったようなタイミングだった。邪魔くさいこと全部押し付けて、ただいま
ご起床かよ、と口を尖らせ重い足取りで向かった王の執務室には王夫妻がいた。
いや、正確には、豪奢なソファに身を沈め、くつろいだ姿の王の後ろには、茶色い革と布をはぎ合わせた長いチュニック
と膝丈のズボンに身を包み、横で編み上げる革の長靴を履いたカエデが控えていた。
まったき由緒正しい王家の若さまの風体だ。
あ、そういうことか、とセンドウが納得する前に、王はわざとらしくコホンと咳払いをしたあと、知っているだろうが
改めてと、カーマライドのルカワ王子を紹介した。王に促された王子は、ジロとセンドウにひと睨みいれてからクイと顎を
突き出しただけの挨拶をくれた。
「我が后の弟君にあたる」
「はぁ」
だれも聞いていないんだから、その、取ってつけてような芝居は止めて欲しい。けれどこれも必要な通過儀礼のひとつで。
壁に耳あり、障子ならぬ窓に目ありだ。というよりも、自分が蒔いた茶番劇に、とことん徹するつもりなのだろう。
騎士長だからってこんな役目まで仰せつかっちゃうんだから、迷惑手当てでも付けろとボヤきたかった。
「本人とルカワ王のたっての希望により、我が城の食客として向かえるのだが――」
「はぁ」
ルカワ王。意識不明って聞いてるけど、王のシナリオではそういうことらしい。
「ただ年齢が年若なのと、まだ、どの君侯の刀礼を受けていない理由から、いま少しこの城で、騎士見習いとしての教育を
受けてもらうことになった」
「はぁ」
それも以前、あの四阿で聞いた。
「当然、他の従騎士たちと生活を共にするのだが」
「はぁ」
適当に繰り上げ叙勲させてもいいだろうにと思う。律儀な話だ。
「身分がら、だれの従者でもよいというわけにもいくまい。技量と信頼以上に位階も必要となってくる」
「ですね」
ほんとに、ですね、だ。位階って話ならば、マキ王以外に適任はいない。オレにそう言わせたいわけ、とやさぐれる。
やっぱ昨日の晩。斬り刻んでやればよかった。
「よってだ。ルカワ王子の身柄をベンウィックの王子であり、我が騎士長でもあるセンドウに預けようと思う」
「はい?」
「オレの従者にしてしまうと、コイツの世界を閉ざしてしまう」
「ええっ?」
なに考えてんだ、と危うく叫びそうになった。両手で口を抑えたセンドウにカエデ――もとい――ルカワ王子の方が
憮然とした表情をしている。予め聞き受けていた話なのだろうが、どうにも納得いかないと言いたげだ。
言いたいけれど言えない。そんな殊勝さに、ちょっとハラがたった。
そしてそんな差配はなにほどでもないといった王の態度にも。
入団はきょうの午後一番かららしい。婚儀の翌日即入団というのにも笑えた。彼らしいというかなんというか。
王もきっちり約束を守っている。しかも、オレが主、こいつが従僕、と指差し確認して、なんとなく暗雲が立ち込める
ソールズベリ城上空だ。
そうは言ってもこの上下関係。どうしても額面どおりに受け取れないのだけど、たしかに面白い展開じゃないか。
「いいのかな。オレなんかに任せて。王の信頼をすっきりと裏切っちゃうかもしれないですよ?」
「大事ないだろう。なにせルカワ王子はおまえのことを心底嫌ってるからな」
「あら?」
隣でコクコクと揺れる黒髪が憎たらしい。
「そんなこと言うなら、本気出しちゃおうかな」
「おお、出せ出せ。そんな攻防も見物だ。近頃、殺伐した話題ばかりで飽き飽きしていたところだ。存分に楽しませてくれ」
「あんた、新婚でしょうに」
「それを言うな」
「随分、余裕っすね」
「そうでもないがな」
少し言いよどんだ王は、ルカワ、と後ろを振り返った。あさっての方向に目線を飛ばしていた王子のそれが戻る。
当てた方にも当てられた方にも、その柔らかな視線の先にある細やかな愛情をこそ、王は示したかったのかもしれない。
そうなるとこの配置は、やっぱりただの嫌がらせだ。
その証拠に、
「センドウのセクハラに気をつけるんだぞ」
と、釘を刺すことも忘れなかったのだから。
continue
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