Kingdom of heaven




〜6





 その日が訪れて。
 もうなにも考えないと誓った。
 人生最悪の日は前に経験した。
 だからこれは二番目に最悪の日だ。
 きっとあの日よりもマシだろう。
 そう思うことにした。
 それはカエデがソールズベリ城に着いて三日目のことだ。



 やわらかな朝の光がほんのりと部屋に差し込む中、落ち着いた蘇芳色のドレスを身にまとったカエデが、椅子に 腰掛けてウィッグを装着させられていた。彼の後ろでザンバラに切られた髪と格闘しているのは、女官長のアヤコ。 ソールズベリ宮廷の奥向き一切を任されている、目鼻立ちのはっきりとした、おまけにもの言いまでも辛らつな剛毅な 女性だ。
 一昨日、これが私の后だと紹介され、王直々にことの顛末を説明され、おまけに頭まで下げられた。あまりの暴挙に 呆気に取られたまま、ひと言の疑問も質問も挟めず、きょうに至った理由は、王を信頼しているわけでも達観している わけでもない。常識のレベルもここまで超えると、どこをどう切り崩せばいいか分からなかったからだ。
 式の前に、とりあえずこの髪をなんとかしてくれと頼まれていた。
 これがこの子の素のままなんだから、ザンバラでもいいじゃないと思ったけれど、王女の身で髪を切られたなんて、 悲惨な状況しか思い至らないふつうで、そんな疑いをかけられでもしたらカーマライド王家の名に傷がつく。 一国の王妃としても相応しくない、との配慮だろう。
 配慮のしどころが間違っている気もするが、いまの彼女にはこんな瑣末事で気を紛らわせるしかなかった。王や カーマライド王子の真意がどこにあるのか想像もつかないアヤコだったが、王に頭まで下げられたとあっては、全うする しかないだろう。
 けれどこんなものでほんとうに誤魔化せるのかと思いきや、
「いてっ」
「我慢しなさい」
 襟足で跳ねていた髪をひと括りにし、生花と一緒に長いウィッグを止めなければならないのだから、そりゃ、痛い だろう。けれど、こんな道化に付き合う気になったのだから、多少の不便は我慢してもらうしかない。
 躰のライン、特に胸の谷間を押し上げるドレスは避け、喉元も高いスタンドカラーで隠せた。羨ましいことにウエスト周りは もともと柳腰。なんの問題もない。そうすると、女性にしては高すぎる背を除けば、無理のない程度に仕上がるのだから 不思議だ。
 男にしておくには惜しいと称された美貌でも、実際の女装に耐えられるかという点においてはまた別問題だ。骨格がまだ出来 上がっていないのが幸いしたのだろう。無理ないどころか、緋色のドレスに映える肌のきめ細かさや、すっきりととおった 鼻梁や、縁取りを施さなくてもくっきりとしたアイラインなんか、ちょっと、これってどうゆうことよっ、な、レベルである。
 目つきの悪さは伏し目がちにして誤魔化そう。ボサボサの前髪は、香油でしっとりと落ち着かせ斜めに流して スタイリッシュさを際立たせた。最後に唇に朱をはけば、誇大広告でもなんでもなく、ブリテン島いちの 花嫁の完成なんだから、イヤになる。
「あんたのお母さまって、ほんとにおキレイだったからね」
 うん、完璧と腰に手を当てて仁王立ち。アヤコは満足そうだ。
「知ってんの?」
 カエデはアヤコを振り返った。あんた呼ばわりも気にならなかった。気性のさっぱりとした気品のよさと居丈高さがうまい 具合に同居し、只者ではない雰囲気を漂わせていたのだ。女官長というより教育係。いや、小姑? なぜそう思ったか 分からないが、そのカンは外れていなかった。
「何度かね。お会いしたことがあるわ。ルカワ王妃さまの葬儀にも列席してたの。あんた覚えてないか。小さかった ものね」
「?」
「マキ王はわたしの兄よ。だからわたしは前王の公主さま」
「だったら、なんで?」
 使用人なのかと、カエデの当然の問いにアヤコはスッと西の方角を指差した。
「ブリテン島の西南突端の国、ゲルトホルム。あんたのカーマライドよりもう少し西の国よ。二年前、そこに嫁いだ んだけど、知ってる? アイルランドに攻め滅ぼされてしまったの。わたしは国を捨てて命からがら逃げ出した最低の 女ってわけ。救援に駆けつけてくださったお兄さまが、城と我が君と命運を共にするのを許さなかったのね」
「……」
「あたしたち、境遇、似てる。だからなりふり構わず、どうやっても祖国を取り戻したいって、あんたの気持、理解できる の、あたしだけかも」
 と、アヤコはキレイに笑った。出戻りだから肩身、狭いじゃない。後宮でこれからの余生を亡き夫の霊を慰めるため だけに生きてくの、イヤだったし。だから働かせて欲しいってお兄さまのお願いしたの。と、カエデの前髪を治しながら 闊達に語るアヤコの話を耳に留めて、だからマキは自分にアヤコを任せたのかと、理解した。
「後宮の女官長って言えば、王妃さまや愛妾方のお世話ってことになるじゃない。小姑のあたしが。お互いさぞかし やりにくいだろうって考えてたら、あんたなんだもの。笑ったわよ」
 カラカラ笑われてひとつ強張りが解けた。彼女の人柄ゆえのことだ。
 ほどなくもうひとりの女官が姿を見せた。アヤコよりは年下の、やわらかい 感じの少女をハルコと呼ぶらしい。アカギ卿の妹君。あんたの秘密を知っているのは、王の側近とあたしとハルコちゃん だけだから、とアヤコは鏡の中の花嫁と目を合わせた。
「あんたはきょうから二重生活を送るのよ。カエデ王妃のお部屋はここ。カーマライド王子ルカワの部屋はルカワ王と 一緒ってことになってる。王の居館への入室許可を得ているものは限られているから大丈夫とは思うけど、 気取られないように十分注意しなさい」
「分かった」
「その日まで。分かるわね。あんたには大事がある。ここまで来ちゃったんだから、気を抜くんじゃないわよ。吸収する ものは吸収して、得るものも貪欲に自分のものにして。王が差し伸べる手を待っていてはだめ。王がなにを差し置いても この国のために動くのは当然なんだからね」
「アヤコさん」
「うん?」
 頼りなさげな言葉のあとで、スッと顎を上げた鏡の中の王妃の、次に呟かれた言葉にアヤコは目を見開くことになる。
「ゲルトホルムも一緒に取り戻す」
「――」
「きっと」
「……優しいこと、言ってくれるじゃない」
「そーでもねーけど」
「お兄さまですら確約できないと仰っていたものを……」
「どーせついでだから」
「ついで?」
「うん。近いんだろ?」
 前言撤回。
「あんたひと言、多いのよっ」
「ってぇっ」
 だれもが見とれる麗しの王妃さまの側頭部を、パコンと平手で張り倒したアヤコだった。
 ホロっときて損したわよ。アヤコさん、きょーぼー。あんた相手に遠慮してられますか、と、なにやらほんとうの 姉弟ような微笑ましさ。クスクス笑うハルコにいい訳するわけじゃないけど、取ってつけたようにアヤコはコホンと咳払いした。 そのあとだ。厳かなノックの音がしたのは。
 王騎士のアカギが筒型に丸めた羊皮紙を持って入室してきた。刺繍入りの黄褐色のチュニックという正装で、ハルコ、 アヤコ、と視線を移したあと、カエデの姿に息を呑んだアカギは、思わず走った動揺を覆い隠すように 目の前でその巻物を広げた。
「カーマライド王女カエデさまにお伝えいたします。我が王マキはこの婚礼ののち、カエデさまを王妃にお迎えしたいと ご希望です。デミーティア国民を代表してお祝い申し上げましょう。王家の、その、末永い繁栄をお与えくださった王女に」
 まるっきりの棒読みで、末永い繁栄もあったものではないから冷や汗が吹き出るのは仕方がないこと。王よりも先に 王妃の艶姿を拝する栄誉なんか彼にはなかった。
 確かにお伝え申し上げましたと、切り口上で踵を返す彼の後から姿を見せた礼装の小姓が、婚儀の刻限を告げた。



 アヤコの手に引かれて中庭に出た。小さな花が庭いっぱいに敷き詰められ、敷いていない部分がカエデの歩く道に なる。きょうばかりは民衆にも開放されたのか、溢れんばかりのひとの祝福を受け、グラつく躰は歩みをゆっくりに することで、やり過ごした。「しっかりしなさい」とアヤコの声。頷いて顔を上げる。周囲から零れる感嘆の溜息で自分の 分は誤魔化せた。中庭の出入り口。アーチ状の門をくぐったそこは、中庭よりも大きな、さらに人の手と贅を尽くし 丹精された見事な庭園だった。
 視線を上げた真正面には、マキ王と年かさの司教と介添え人のセンドウが待ち受けていた。満足そうな笑みを 見せる王と相対して表情を失くしたセンドウ。ふたりを目の端で捉えてカエデは、何処に視点を持っていけばいいか迷う。 わずかに泳いだ視線を受け止めて、最礼装の王は迷いを切り裂くようにその手を取った。
「オレは果報ものだ。我が后の美しさは万里を越えて伝わるだろう」
「るせーよ」
「口が悪いのがタマに瑕だがな。それでもオレにカエデを与えてくれた神に感謝しよう」
 そう言って手の甲に落ちてきた口づけを振り払うわけにもいかない。その一点に張り付くセンドウの視線も煩わしい。 機嫌が悪いのはオレの方だと言ってやりたかった。けど言えるわけがない。カエデに出来たのは、クルリと身を返して司教と 向き合うだけだ。
「我、主の遣いとして、汝らをここに結ばん。神の目のもと、万民がひとつに結ばれしごとく、汝らを互いに結び、 とこしえに主と結びつけん。主は汝らの魂をつなぎ給う」
 ふたりを向き合わせると、ラテン語の形式ばった言葉が司教の口から零れだした。朗々とした司祭の声が辺りを包んだその 瞬間、カエデは激しい後悔に襲われた。神をも欺く所業。だれもを欺いて、自分すら欺いて、いったい何処へ行き着くのか。
 心ならずとも生まれついたときからその十字架を背負い、忌み嫌っていたはずなのに、いままたこんな格好をさらして。 考えないと誓っても司祭の声に揺り起こされてしまうものがある。
 必ず下るであろう鉄槌。ただ祖国に害が及ばないことを願い、その声なき声が聞こえたのか、カエデの手を握るマキの 手に力がこもった。
「大丈夫だ」
 とはなにに対してなのか。ただ、懐に抱かれる安心感に躰の強張りが少し解け、なのに、傍にいるセンドウの目は少しも 大丈夫だとは言っていない。だれもが、王騎士たちやあのアヤコでさえも、王の言い出したことだからと諦観に満ちた 目で見続けていたものを、この男ひとり、歪な憤りを内包していた。
 そしていま、あんな剣技を見せる男が、戦場であれほど頼りになる男がなんて顔をしている。まるで母を失った ときの父王の顔。もしくはもっと子どものころ、こんなカッコはイヤだとドレスを裂いたときの両親のそれで、彼に対する 嫌悪感が行き場を失う。
 嫌悪感? 浅ましいこんな格好を晒してるのだから、それはお互いさまだろうなと思う。大騒ぎしていた自分の分は三回寝て すっかり過去のものとなり、そうなると流れた意識は生まれて初めて経験したあの戦いへと向う。訓練でもなんでもなく、 初めてひとを斬った。敵に囲まれ血臭に塗れた。父王の具合も悪く統率も失われて、正直もうダメだと思ったのだ。
 だから、あのとき切り開かれた光が、差し伸べられた手が、それをもたらしてくれた男が、いまこの場で消え入りそうな 風情なのがよく分からない。カエデにとってのあの極限状態で、それは刷り込みみたいなもので。
 カーマライドを救ったのは『マキ王の軍』なのだけれど。
 すっかり聞き流していた祝詞も佳境に入っていたようだ。司教は自分の手をマキとカエデの手の上に重ねて儀式を進めた。
「マキ王。汝はここにカエデ姫を己の一部となしたり」
 司教は両手で宙に向って祝福を与えると、ふたりに振り返って領民と向き合うよう促した。一番間近に王騎士たち。 その背後で息をつめて見守っていた民たちが、一様にひざまずく。知力と軍事力を兼ね備え、外敵にあっては勇、内政 においては情を地でゆく不世出の王だ。このログレス(イングランド)の覇者となる日も近いと、だれもが疑わない。
 その敬愛する我が王に、なんと相応しいお后さまであろうか、と立ち上がった領民たちから、割れんばかりの拍手が 湧き上がった。この祝福を受けて、痛むのはただ一点だ。けれど、欺いたのなら最後まで欺きとおさなければならない。 剣呑に唇を引き絞ったカエデの頬にマキの両手が添えられた。
 えっ、と思う間もなくマキの唇が己のそれに柔らかく触れ、少しの猶予を置いたあと、絡みつくような激しいものに 変わった。カエデの目が見開かれる。逃げるおとがいをマキの指がわし掴む。いつの間にか歯列が割られ、怯えて奥に逃げ た舌をマキのそれが追いかけてくる。
 苦しいと、一度マキの胸を叩いても許してもらえなかった。息つく間が精一杯で、次第に痺れる舌の根がわななき、 膝が崩れそうになる。カクンと落ちたところをマキの腕が支えた。それでようやく解放されたのだ。
 思いがけない王の熱情ぶりに、民衆たちは大喝采だ。
 ここまでする必要があるのかと睨みつけても、敵の目は愛おしそうに細まるばかり。
 これのどこがどこがお飾りだ。王騎士たちは一様に呆れ、王の本気の一端に触れたセンドウは、あのときの仕返しかよ、 吐き捨てた。



 早く元に戻りたいという願いも虚しく、婚儀のあとは祝賀の宴になった。
 饗宴が行われた大会堂には大振りのタペストリーが壁にかかり、鷲を描いたたくさんの旗が支柱扉へと連なっている。 部屋の中央には高さ六十センチの石の壁で 囲まれた巨大な炉があり、天井に向って火の粉を散らし、屋根の開閉部から外へと煙を吐いていた。
 入り口から上座への長いテーブルが三列。そのすべてが、祝賀を述べる君侯や騎士たちで埋まっていた。
 上座に着席するなり、マキ王は杯を高く掲げる。
「このような美しい后を娶り、歓喜でなにも言えぬ。長ったらしい挨拶も総て抜きだ。みな、呑んで食って盛大に騒いで くれ」
「デミーティアに反映あれっ」
「マキ王とカエデさまに万歳をっ」
 格式もなにもあったものではない無礼講な狂宴も、カエデにとって煩わしいだけだ。こんなに窮屈な思いをして、 しかも朝からほとんど飲まず食わずで、目の前にご馳走が並んでいるのだから、いただきます、と手を出そうとすると、 アヤコにぴしゃりと窘められた。
 シキタリだからいまは我慢しろだなんて、酷すぎる。
 君侯たちの祝辞が延々と続き、その度に口にできるエールだけが命綱だった。マキは豪快に呑み食いしているのに自分だけ 不公平だと思う。無理やり装着させられたウィッグでこめかみが痛い。第一、ハラが減って眩暈までする。疲れた。 眠い。くそっ。どいつもこいつもなんで幸せそうなんだ。
 やってらんねーと席を蹴ったら、ほんとに立ちくらみまでした。すかさず横にいたマキに抱きかかえられるのだから、 自分で芝居の脚色をしているようなものだ。
――なにやってんだ、オレ。
「我が后は大層お疲れのご様子。申し訳ないが、このまま退出してもよろしかな」
 客人たちへ向けたマキの朗々とした声は、もはや子守唄だった。
「はようにふたりきりになりたいと、マキ王も焦っておいででしょう。我等も無粋は申しませんぞ」
「お心遣い、感謝する。ついでにあすは起こさないでいただけるとありがたいのだが」
「おお、マキ王は、お后の色香に骨抜きにされて、我等客人を蔑ろになさいますか?」
「欲には忠実に生きようと思いましてね」
「一本取られましたな」
「ひと晩でもふた晩でも寝室に篭られるがよろしかろう」
「では、お言葉に甘えて」
 君侯たちはドっと沸き、騎士たちからは指笛までも飛ぶ始末。あからさまなからかいも上の空だった。やっとこの 芝居から解放される。肩を抱かれて身を擦り寄せたのは気が抜けた証拠で、カエデには他意どころか意識すら 怪しい。足早に王妃の私室に飛び込んで、彼はまず、叫んだ。
「アヤコさんっ。コレっ。早く取ってくれっ」
 ウィッグが外され部屋着に着替え終わると、テーブルの上には食べ損ねた晩餐の皿がいくつも並んでいた。黄金色に 澄んだスープ。まだ湯気のたった豚のロースト。トロリと柔らかい鳩肉のパイ。丁子入りのソースがかかった鶏肉。 ローズマリーで味付けされた野菜の煮込み。そしてライ麦のパンとデザートがいくつも。呼吸に喘いで水面を目指す 鯉か光に集う羽虫の如く吸い寄せられ、一目散に突進して戴きますをした。
 ひと目もマナーも捨て去ってかっ込んで、ようやく人心地ついたと顔を上げた部屋にアヤコの姿はなく、マキは大きな ソファに身を沈めてエールを傾けていた。ただ飽きもせず、カエデの食事風景を眺めていたといった風情だ。
「なに?」
 あんたはさっき食っただろうと、肩を入れて食べ物を守るカエデにマキは片手を振った。
「取らんよ。しかし、相当ハラが減ってたんだなっていうか、想像以上に躾けがなってないというか」
「死にそうだったんだ」
「旨いか?」
「うん」
「おまえの口に合ってよかったよ。故郷を離れてなにが哀しいって、食い物が合わんことだからな。ま、おまえに関しては 心配するに及ばんか」
 だが、人前ではそれなりに頼むと言って立ち上がると王は、周りに食べかすをいっぱいくっ付けた唇は外し、額にひとつ 口づけを落とすと、そのまま隣の部屋に消えていった。
 ぽつねんとひとり残されたカエデだったが、後片付けのためにアヤコやハルコが戻ってくるや、小言を食らってそのまま 湯屋に引きずられていった。キレイさっぱりなにもかも落として、躰までほっこりとして、自室に 戻ったときは、もう、瞼が持ち上がらなかった。
 キングサイズの大きなベッドに身を横たえて慌しかった一日を思う。ブリテン広しと言えども、花嫁衣裳を着せられた 王子も他にいないだろう。だが、屈辱よりもただ疲れた。そしていま、怠惰に身を委ねている。本来ならば玉砕してでも 王侯としての、騎士としての誇りを守るべきだったろうに。
 そうしなかったわけは、自分を見つめるマキの瞳があまりにも深かったから。なんの備えもない戦闘の恐ろしさを 知ったから。ひとりではなにもできないから。
――父上。
 さらりとした極上のリネンの寝具はただ気持がよくて、マキはどこへ行ったんだと考える間もなく、カエデは眠りに 落ちた。






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