「王は間違いなく、ことを急ごうとなさる!」
許可なんか待っていられなかった。居館に詰める近衛兵を振り切って、ふたりは走り出した。追いかけてきた近衛兵に
向って「急を要するっ」と叫んだのが王騎士いちの良心、アカギでなければ謀反か反逆かと、取り押さえられていただろう。
そして騒ぎを聞きつけた女官たちには、センドウがニッコリと笑い「騒がせてごめんね」と何気のなさを装う。
その効果の程は見事としか言いようがなかった。役割分担もだ。誉れ高き『湖の』騎士に微笑まれて、ボウっとなった
女官を尻目にセンドウは肩をすくめる。
「オレたちが謀反を起こしたら、けっこう簡単に王の首級を上げられそうですね」
「縁起でもないことを言うな」
「あながち冗談でもなかったりして。そのときは、なにをおいてもアカギさんを説得するから、覚悟しといてください」
「おまえがそれほど熱い男だとは思えんがな」
「失礼だな。オレだって大切なものを取り戻すために、王に刃向かうかも知れないじゃないですか」
薄暗い廊下を曲がりながら、そう言うセンドウの表情をチラリと伺えば、唇を尖らせて拗ねているようにも見える。出口のない
迷路に迷いこんで、困ったなぁ、と。閉塞感に行き詰ってブチ壊すのではなくて、だれか出してくれないかとしゃがみ
込んでいるような風情の男を、アカギは微笑ましく思った。
「刃向かうかも知れないじゃないですか、と必死になって己を鼓舞しているようでは、あの王は討ち取れんよ」
残念ながらな、と笑えばセンドウは、本格的に傷ついたっと、プンスカ怒っている。
同じ理屈で、王に牙を剥くとすればこの男以外に考えられないのではないかとアカギが思うのも事実だ。己を鼓舞したフリで蓋をする。
いまは王を敬愛するが故のリミッターで、それを取っ払う理由に理路整然とした理屈は必要ないだろう。そんな行動を
起こす男だと見える。
その瞬間、なにに重きを置くかが重要なのだ、この男にとって。
ただ行使するかしないかはだれにも分からない。おそらく本人も分かっていない。身中の虫は気紛れだ。敬愛に値する
と膝を折っている限り、これほど頼りになる男もいない。だが、その辺りの見極めと線引きが、他国人である
だけに、だれよりもシビアだろうとアカギは思った。
そのころ渦中のふたりは、先触れが予め用意していた病室のベッドに横たわったルカワ王を見舞っていた。王の居室の
真横にしつられられたその部屋には、すでに医師たちが万全の態勢で待ちうけていて、カエデには取り立ててすることもない。
王国内でも腕の立つものを集めたマキの医師団だ。王がそう言うのだから間違いはないだろう。
紙のように蒼白な顔色と隠しようもない深い皺が燭台の光の中に浮かび上がる。こんなにも年老いてしまったんだと、
否応にも気づかされた瞬間だ。加齢は急速な坂を転がるようなものだ。もう五年若ければ、敵の強襲ごときでこれほどまで
に憔悴することもなかった。
父の年齢を改めて問うたことはなかったけれど、自分よりも年上の甥や姪がいるという話だから――カエデが生まれ
るよりも前に嫁入りした姉がふたりもいる――もうほとんど祖父と言ってもいいような年齢に達しているのだろう。
しばらくルカワ王の枕頭で膝をついていると、背後のマキがその肩をたたいた。
「おまえもちゃんとした手当てをやり直さなくてはならん」
「いーよ。別に」
「よくあるものか。こんな怪我人を放っておいたとあっては、この医師たちが首を括りかねんぞ」
いいのか、とそれは半ば脅しだ。ルカワ王には彼らが付きっ切りで介護し続けるから、と諭され、丁寧な
診察を受けて病室を後にした。次に案内された先は、王の居室と執務室を挟んだひとつ奥の部屋だった。カエデにはここで
寝泊りしてもらおうと王は言う。
「父上と同じ部屋でいい」
「心配するな。なにかあればすぐに駆けつけられる距離だ」
それでも、ここから廊下を経ないで父がいる病室へ向うには、中庭に出るか王の居室と執務室を横切るしかないつくりだ。
四部屋続きのふたつを、しかも真ん中に自分をはさんで、ルカワ親子に与えたことになる。
「わりーよ」
そう言って俯くと、おまえからエンリョなんて言葉が出るなんて、大人になったものだなと、盛大にからかわれた。
カエデにと与えられた部屋は片隅に刺繍の施された大きなベッドがあり、マキのチュニック同様の紫と金の縫い取りの
あるブランケットが掛かっていた。部屋の突き当たりにある大きな長椅子にも、紫と金の布のクッション。さらにその壁
には四角い形をした磨きぬかれた金属板がある。
不思議に思って金属板に近づくと顔が写る。鏡だ。その真下にあるチェストには、銀や骨でつくった櫛が並んでいた。
贅の限りをつくした豪奢な部屋。入ったときから暖かかったのは、大きな暖炉とあちこちに配置されている繊細な
文様入りの青銅製の灯油鉢に火が灯っているからだ。
「ここ、あんたのお后さまの部屋なんだ」
「そういうことになるな」
「じゃ、オレが使えるわけねー」
「それはいっこうに構わん」
なぜと瞳を向けると、不可思議な表情のままでマキは文様入りの丸テーブルに近づいた。その上にあったエールを
王が手ずから銀製のゴブレットに注いでくれた。甘い果実酒をカエデは好きではない。もっぱらエールばかりなのをなぜ
知っているのか。なんて気遣われたなんて考えも及ばない。差し出されたそれを彼は一気に飲み干した。
「折り入って、おまえに話がある」
「?」
外で話そうと促された先は、居室から中庭に出て、小さなアーチ型の花の門をくぐった枝々の合間から伺える四阿だった。
そこにも繊細なつくりの細工のベンチを発見し、あたう限りの贅と愛情ときめ細やかさを注ぎ手入れの行き届いた空間に、
まず、居心地の悪さを感じてしまう。ためらったカエデに王は隣の席を勧めた。四阿のテーブルにも、冷えて汗をかいた
素焼きの壷があった。
アカギとセンドウが、生い茂る木々の合間からふたりの背中を発見したのはそのときだった。アカギが声をかけようと
一歩踏み出す。しかし、その大きな背中ごと、センドウは押し留めたわけは、次に聞こえてきた真摯な声によってだ。
「単刀直入に言おう」
オレはいつもイヤな場面に行き当たると悔やんでも遅かった。
「正式に、カエデ姫に求婚申し上げる」
あぁ、神よ。いま胸中に渦巻いたこの感情を嫉妬と呼んで差し支えないでしょうか。
さらりと風が流れてだれもの呼気が止まる。王が落とした波紋は四阿を中心に広がり、そこだけ無理やり当てはめた
ような歪な空間が思考を閉ざす。言ったマキを除いた三人の中で、一番初めに正気に戻ったのはカエデだった。
「オレ?」
「無論だ」
「オレ、男なんだけど」
「知っているよ」
「だよな。だったらなんで?」
「おまえの無念と少しの時間をオレに預からせてもらえないか?」
無念、とカエデは小さく呟いた。正気に戻ったといっても、飛躍した王のこの論法についてゆけない。会話に聞き耳を
立てているセンドウたちも同様だった。
「それがなんで結婚につながるんだ? あんたが、んな、つまんねー冗談、言うとは思わなかった」
「本気だ。こんなこと、冗談で言えるか」
「意味、分かんね」
語りながら段々とイラだってきたようだ。カエデの口調が尖り出した。
「なかなかよい妥協案だと思うよ。オレにとってもおまえにとっても」
「それのどこがいい案だっつうんだ。あんたが酔狂なのはもう分かった。けどオレと関係のないところでやってくれ」
カエデの苛立ちをすかしたマキは、まぁ聞け、と己のゴブレットにエールを注いだ。
「並び立てるとすればこうだ。ひとつ、オレはいま意に添わぬ婚儀を進められている。ひとつ、デミーティアだけでなく
ゆくゆくはこのブリテンを統一するオレの王妃は美しくなくてはならない。ひとつ、ログレス(イングランド)、
アルバニア(スコットランド)ヴェニドシア(北ウェイルズ)そしてアイルランド。
どこを探してもおまえほどの美貌にはなかなかお目にかかれまい。ひとつ、おまえは祖国カーマライドを、床に伏した父王の代わりに
取り戻したいと願っている。ひとつ、十五にしかならないおまえではどれほどの勢力を集められる。いったい何年かかる?
だが、デミーティア王妃の祖国ならばオレが大義を持って兵を進められる。一石二鳥どころではないだろう?」
どうだ、と問う間をカエデは瞬時に破った。
「それは、つまり、オレが、他人のカーマライドの王子が頼んでも、領土を奪い返す手助けはしてもらえないってことか?」
驚いたことに、王のあの長口上をちゃんと聞いていたのか。核心部分をついたカエデの言葉にセンドウもアカギも息を
呑んだ。デミーティアは周りを敵に囲まれていると言ってもいい。西からの、アイルランドの脅威は確かにある。早々に
カーマライド方面に出兵し取り戻さなければならないのも事実だ。けれど、それ以上に、先に仕掛けてくるのが東の
サクセンなら、なにを差し置いても優先させなければならない。
獰猛で名高いのアイルランド王は酷く高齢だ。だからだろうか、獰猛だが迅速というひとではなかった。現に
アイルランドからアイリッシュ海を挟んだブリテン島の西南突端の国、ゲルトホルムを陥落させ、その隣のカーマライド
出兵まで二年の月日を要している。そして方法によっては和睦の余地だってある。その際かの地を差し出して、カーマライドと
ルカワ王には涙を呑んでもらう可能性が高くなるが、それよりも、これ以上サクセンの拠点をブリテン島につくらせるわけ
にはいかないのだ。アイルランドとサクセンでは数に違いがある。王としての資質も。それがいま現在の、ソールズベリ
での政治的背景だった。
センドウの脳裏にフジマの元へ飛来してきた鷹の姿が蘇る。サクセンが動きつつある。そうなるとカーマライドは捨て
置かなければならない。喩え王妃の故国であってもだ。大義を持ってしても兵を進めるわけにはいかなくなる。王妃の
祖国ならという妥協案はまったくの詭弁だ。カエデとの約束とどう折り合いをつけるつもりなのかと伺っていると、
そのとおりだと、マキは素直に頷いた。
「だったらなんで父上とオレを助けてくれた?」
「同盟国、だからな。あの段階で出兵してアイルランドを退けられればよし。無理でもルカワ王とおまえだけは、
なんとしても救わねばならなかった。領土を失っても王さえご健在ならば、再興は成り立つ」
「命は救えても、領土を取られたいまとなっては、最悪、カーマライドは諦めろと、言いたかったわけか」
「よく理解できたな」
「ちくしょうっ」
カエデの吐き捨てた言いようにマキの、エールを飲み下す物音が重なった。ふたりの間に重い空気が流れる。センドウも
アカギも固唾を呑んで見守るしかなかった。
「ひとつ確認したい。あんた、王だろ。意に添わない結婚なんか、なんで断れねーんだ」
「小国のいち領主としてはそうも言ってられなくてな。ムツカシイ立場なのだよ」
「ヴェニドシアつったか? 婚姻を断ったら、そこからの援助を受けられなくなるぞ」
「いまはな、アチラが大国だが、そのうち逆転させてみせるさ。だからいまを凌げればいいんだ」
「こんな豊かな国なのに?」
「そう。生き延びて栄える手段を常に講じなければならない」
「王なのに……」
「王とは本来そういうものだ。領土を国体を領民を騎士たちを守るために、オレはある。なりふりなど構っていられるか」
束の間静寂が落ち、どちらのものとも図れない重い嘆息が木々の合間から流れて行った。センドウの位置からふたりの
表情は伺えない。煮こごるような想いが積み重なるのを感じ取れるだけだ。
「側近たちはオレが王子だと知ってる。ルカワ王家に姫なんかいないって知ってるんだぞ」
「そんなものを黙らせる知恵もないのか?」
「……あんたの手助けなしに、カーマライドはオレの手で取り戻すって言ったらどうするんだ」
「勇ましいな」
だが、おまえでは無理だとの断罪の言葉の重さはカエデにも分かっていただろう。
「まぁ無理強いはせんよ。できる話でも立場でもないし」
「一回結婚したら一生囚われじゃん。オレはどーなんだよ」
だから、ここから先の話はふたりにとっての確認事項のようなものだ。
「それに関しては心配あるまい。王妃は酷く病弱だからめったと人目に姿を現さない。そうだな。王妃には双子の
弟がいる。それがおまえだ。おまえは認めないかも知れんが、ルカワ王も相当な艶福家であられた。どこからともなく、
王子や王女が現れても不思議ではない」
「んなもん、いねーよっ」
「心配するな。それほど不名誉なことでもない。そう、双子だ。だから王妃とうりふたつのおまえが現れたとしても、
だれも疑わない。男のおまえが王妃であるはずがないからだ。もうひとつ約束してやろう。カーマライドを取り戻した暁には、
あの城はおまえのものだ。おまえをオレの騎士に取り立てててやる。どうだ。破格の扱いだろう」
「騎士……」
「不安そうだな。騎士見習いの教育は受けたのか?」
「ちゃんとしたの、受けてねー。時間がなかった」
素直な返答に、初めてマキの笑い声が上がった。
「ま、仕方あるまい。事情が事情だったからな」
「受けさせてくれんのか?」
「当然だ」
「けど、女のズルズルしたカッコ、ぜってーイヤだ」
「式典のときだけ我慢すればいいんじゃないか?」
「一回こっきりか?」
「う〜ん。それは確約できんな。どうしても王夫妻が揃わなければならない場面がある」
「行き当たりばったりじゃねーか。それにてめーっ。跡継ぎはどうすんだよっ」
「とうとうてめー呼ばわりか。まぁ、愛妾を持つことを王妃が許してくれるなら、問題はなかろう。残念ながら、
オレには嫡出の子は望めんがな」
ニヤリと笑う瞳のどこにもからかう色がなく、この男は本気なんだと理解した。いっときさえ我慢すれば、カエデにとって
は願ってもない条件で、それは祖国を取り戻す最短のコースだろう。あのときの戦闘でカーマライドの兵は半減して
しまっている。マキ王の庇護なしでは生き永らえることすら難しい。
城はおまえのもの。それは領土はマキのものだと
いうのに他ならないが、小国カーマライドひとつ、自治はカエデのものだ。だからこんな茶番を推し進めるメリットがマキに
とってどこにあるのか。もう考えないことにした。
酔狂な王の思惑なんかどうでもいい。
利用できるものは総て利用しろとマキも言っている。
貸し借りはイーブン。立場は対等だと思い込む。
「分かった」
転がり出す運命を受け止めて、カエデは言い切った。
「あんたの后になる」
聞いたセンドウの脳漿が沸騰しそうになった。
王のこの話の詰めようはあまりにも卑怯だ。
カーマライドへの出兵は、いつか、なのだ。
それでも。
カエデのために、カエデをふたり、つくり上げようとしているのか、とセンドウは天を仰いだ。
アレでは説得の余地がないというのがアカギの判断だった。この良識の権化を黙らせてしまうのだから、さすが帝王の
看板を下げているだけのことはある。王が語った言葉の総てが真意だとは思えないが、守りたいものを守る力を存分に
行使されて、当然面白いはずがない。
御前に侍る王騎士たちだけには自分の口から状況を説明しておこうと、彼らに許されたサロンへと向うアカギに従う
センドウの足取りは重かった。
いま現在王から叙勲を賜った騎士の中でも、側近と呼べる王騎士は六人。ソールズベリ宮廷に年功序列制度はない。
ただ実力だけがものを言う。年に一度、もしくは新たな王騎士誕生の際に開催される
馬上槍試合
の勝者が騎士長として認められるのだ。一年前に新参者のセンドウがあっさりと勝ち名乗りをあげ、以来、騎士長なんて
役職を仰せつかっている。
この城の中で大広間に継ぐ広さを持つサロンには、帰還後ともあって六人全員が揃っていた。
まっ昼間から酒をブチまけたような酒精ムンムンの室内では、士分の従騎士も侍らさずにすっかり無礼講の様相の
彼らが、扉の開く音で一斉に振り返った。
お帰り、と声をかけたのはメガネの奥の瞳も柔和なコグレ卿。国務大臣も兼任している実務派だ。ソファから立ち上がって
ふたりが座る場所をつくってくれたのは、アカギに継ぐ上背を持つハナガタ卿。王というよりも軍事顧問フジマに信奉して
いるフシが多分にある寡黙な男だ。
そしてソファの一番奥で、一番エラそうにふんぞり返って酒盃を傾けていたミツイは、ふたりと同様に出陣していたはずなのに、
もうデキ上がっている。帰還してすぐにこの部屋へ飛び込んでみなの歓迎を受け、短時間でこの状態だ。いやはや、
知らぬが仏とはまさにこのことで、のん気でいいねとヤサぐれかけたら、見切ったようにミツイはカラカラ笑った。
「なんか大変なことになってるって聞いたぜ。お調子もんのセンドウまで硬い顔して、騎士長は苦労が耐えねーよな」
「大変なこととはなんだ?」
「すっ惚けんなよ、アカギ。変わりもんだ、変わりもんだとは思ってたけど、あの王サマ。実を捨てて虚勢を取りやがった
って話じゃねーか」
「虚勢?」
「モリシゲ王の娘はイヤだと駄々をこねてアレが王妃だろ?」
呆気に取られてふたりは顔を見合わせた。
「なんで知ってるんすか?」
「なんでもなにも、帰城したときに、そういうことだからってヌケヌケと説明しやがったからなぁ」
あんのヤロウっ、と握りこぶしを掲げてももう遅い。それに、帰城したときだなんてカエデの合意は得ていないだろう。
それすなわち、いつでも取り付ける自信があったということで、あざといにもほどがあるっ。
「ヌケヌケついでに、アレはオレのものだから横恋慕するなってノロけて行ったらしいよ」
そう言って目の高さまで杯を掲げたのは同年のジンだ。センドウにとって年上が多い王騎士の中では、一番気安かった
する。心安いかどうかは別にして、ジンのその言いようにセンドウは目を剥いた。
「ノロケをすんなり聞きうけてたわけ?」
聞き流してたんだよ。王は言い出したら聞かないから、とコグレ。みんな一様に王には甘いと苦笑したのはハナガタ。
面白いことになりそうじゃん、とミツイはやけに楽しそうで、話を合わさなきゃならないコッチの身にもなってほしい
よ、とジンは愚痴る。
「カエデ姫でほんとは王子ねぇ。式典のときだけ王妃でいるわけだ。けど、ほんとにそんな欺瞞がとおるんですか?」
「おまえはお目にかかってねーからな。小ギレイなもんだったぜ。そりゃアッチ嫌がってコッチにしたい気持も分から
ないでもねー」
「分からなくないけど、ふつーはしないでしょ。真っ当な人間なら」
「確かに真っ当ではないが、あながち害ばかりでもない」
ハナガタの同意に、変な方向へ話が転がり出すぞと、センドウは身構えるしかない。
「そうだね。ヴェニドシア(北ウェイルズ)モリシゲ王の姫を宛がわれて、意気消沈してヤケ起こされるのも考え物だし」
「ヤケ起こすような可愛いタマですか? あのひと?」
「んな可愛げはねーな。けどよ、キレーなもんを傍らに置いときゃ、そこそこ機嫌がいいんだろうから、その辺のプラマイ
の差はデカイんじゃない?」
なるほどねーと納得したコグレにつられ、アハハと口をついた乾いた哂いに、センドウはこの会議の結末を見た気が
した。
「もともと、だれだ。んな縁組を持ってきたのは?」
「アチラが乗り気だったんだよ。そしたらさ、大国だろ。他の国が遠慮し出して。もうあとひと押し、ヴェニドシア王が
強引だったら決定だったろうね。ウチの王も断れなかったろうし」
「遠慮か。でしたら他の国のほんとのお姫さまを探し出して、王妃にしちゃう案ってのも、ダメな話だったんですか?」
「そうだね。ヴェニドシアよりも強大で、王と志を同じにされる国で、しかも妙齢で、少なくともアチラよりも
王の好みにあった姫がいらっしゃらないと、ね」
「うん。そりゃ、厄介だ」
「相対的に見てメリットとデメリットは?」
コホンと咳払いをしてアカギが問う。そうまさしくその一点につきる。デミーティアは議会制の王制だ。騎士たちは
議論を戦わせてそれに王が判断を下す。だからみな、ひとかどの論客だ。あとはミツイとジンの応酬だった。
「デメリットはアレだな。后腹の王子は望めないってことだ。妾腹ばっかじゃ、当然後継問題がドロ沼化する可能性が
ある」
「あるかも知れない。ないかも知れないですよね。それは王に任せましょう」
「だな。もひとつは、バレたときの世間体の問題」
「それも王ひとりに責任を取らせればいい。実際、そうなんだから。オレたちは知りませんでしたでとおしましょうよ」
「ジン、おまえが一番キツいわ」
「そうですか? いまはアイルランドとサクセン両方の動きに気を配らなきゃならないからね。新妻にうつつを抜かして、
骨抜きにされるよりはマシだろうと思うんですよ」
「ウツツだぁ? どんな壮絶お色気ムンムン美女にだって骨抜きになるようなタマか。そう言ったのはジンだろうがよ」
「そう。可能性の問題ですよね。多かれ少なかれ王妃なんて手がかかるものだし、新婚ならなおさらでしょ。いまは
やっぱり時期的にマズいんですよ。少なくともカエデ姫がお相手ならば、いままでの生活と大して変わりはない」
「そりゃそうだよな」
センドウはポツリと呟いた。頭に血が昇ってトテツもない考えに陥っていたけれど、よくよく考えれば世継ぎは愛妾方
にと宣言していたんだ。カエデは当然お飾りなんだし、カーマライドの王子として生きる道も用意されていた。
いったいなにを心配していたんだと安堵して、ふと気づく。
それでも。
分かっていても、マキの、王の横に並ばれてしまうのが、とてつもなくイヤだったんだ。
芝居であっても愛を囁かれてしまうのが。
「結論を出そう。我々のスタンスとしては、賛同もしないが反対もしない。我等だけの秘密と口もつぐむ。後は王が
なんとかするだろう。ということだな」
「自分が蒔いた種ですからね」
「いいんじゃねー」
かくして、アカギまでがその気になり、センドウ以外のだれも異論を唱えなかった婚儀は、日を待たずに執り行われ
ることになった。
continue
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