Kingdom of heaven




〜13





――さっきのはどうゆうつもりだっ。
 そのストレートな感情の発露に、以前覚えた危機感がムクムクと湧き上がってくる。
 サクラギはルカワの襟首を捻り上げ、そのまま厩舎の土塀に押し付けた。塀は砂塵を巻き上げ激しくたわむ。 サクラギの噛みつかんばかりの様相は、あの場にいただれもが覚えた怒りの集約だろう。だけど、と思う。思う気持はもう、理屈なく 嫌悪感に近い。
 先ほどの演習でのルカワのひとり相撲を受けて、ここに現れたのがアカギだったらよかったのに。 彼だったら、こんな場面も余裕を持って見ていられる。横っ面のひとつやふたつ、甘んじて受けろと、笑っていられる。
――なのに、サクラギなんだ。
 彼がアカギの怒りを代弁して、なんて可能性は100パーセントない。ルカワのスタンドプレーに、ただ、腹が立った。 それも己の身の内で昇華しきれないほどの、行き先不明な怒りだ。だから言葉にならない。着地点も見えない。ギリっと歯軋りの音。 センドウは息を呑む。やがて、肩を怒らせ、「ちくしょう」と唸るしかなかったサクラギが、ようやく思いを吐き出した。
「なんでさっき、てめーはリョーちんに声かけたっ」
 その言い草に、当のルカワは目をぱちくりだ。
「なんでって……」
「オレじゃなく、なんでリョーちんなんだって聞いてんだよっ」
 想像していた範囲ながらも、激しい虚脱感でセンドウは思わずしゃがみ込みそうになった。サクラギはルカワの視線を 気にしているのだ。乱暴に襟首を揺すって、いまにも殴りかかりそうになりながら、辺り憚らない妬心をむき出しにして、 その視線を得ようとしている。
 ただ向けた本人も向けられた当人も、想いの深さに気づかないという点が幸いなのだが、サクラギの読めない言動は、 ひとの感情に聡い自分をして扱いづらい。
 というよりも、だれもが抱えている枷がサクラギにはない。
 ルカワが顎を上げた。くそ生意気なと、吐き捨てたくなるような倣岸さ、そのままで。
「てめー、なにさま?」
「なにっ」
「つうか、なんなんだよ。てめーの許可が必要だったってのか?」
「んなこと言ってねー」
「だったら、オレの勝手だろ」
 そこにあるのは、枷としがらみの中に囚われて、その範囲内で抗うしか術がないと割り切った少年の顔だ。沈み込んで いるかと思えばこれほど簡単に浮上してくる。先ほどの、センドウの気遣いなんかぶっ飛ばし、ルカワに 生気と毒舌が戻ってきた。
「オレさまをみくびってやがんのかっ」
「見くびるほどのもんなんか、なにもないくせに。力ばっかで、アタマ、全然使ってねーし。ミヤギさんの方が速いし 使えるって思って当然だ」
「オレよりリョーちんの方が速いって、決め付けんなっ」
「てめーなんか、でっかい図体晒して、ドカドカ地面鳴らしてんのがお似合いだ」
「あんだとぉ」
「お呼びじゃねーんだよ」
「もいっぺん、言ってみやがれっ」
「何度でも言ってやる。考えナシの一直線ヤロウ」
「てめーのアタマだって使いもんになってねーだろっ。いい気になって突っ走ったもんの、ニッチモサッチモ状態で、 そのあとゴリに助けてもらわなきゃ、串刺しのブスブスだったろうがっ」
「なってねーっ」
「百回くらい死んでらぁっ」
「見てたみてーなこと言うな」
「見てたわいっ」
「てめーに、んな余裕があったのかよっ」
「あったっ。オレさまにかかったら、両軍の動きなんかお見通しだっ。ジンジンの部隊に押されて、呑みこまれて たじゃねーかっ。てめーの鎧の色、見えなくなったんだからなっ」
 サラっとすげぇ告白してやがる。
 見えなくなった、か、とセンドウは腕を組んだ。確かにあのとき、上背のあるルカワの兜すら見分けがつかなくなった のだ。実戦においては絶望的な場面だ。訓練でだって致命的。それにしてもサクラギは、高みからの見物だったセンドウたち ならいざ知らず、自分の戦いはそっちのけで、ルカワの身を案じていたことになる。
 猛獣同士が威嚇で呼吸を詰めている。片や、怒りでいまにも火を噴きそうだし、此方は最初の一撃の隙を伺ってる状態。 ムカツクから教えてやらないけれど――
 センドウはすっかり蚊帳の外だ。



 いったいいつからなんだろうとセンドウは思った。
 世の中、思いどおりにならないことの方が多くて、世嗣の王子という立場ながら国を捨て諸国を流離った。身軽ならば 気も楽で辛い思い出のひとつもなく、その後の人生における多大な人脈を築いた放浪だったといっていい。得たものは 多かった。だが、彼を取り巻く状況はなにも変わらない。そして事実を知る。
 あのとき、己の意思を貫きとおすために絶対的に足りなかったのは力ではなく、ことを成そうとする気概だったと。
 ただ逃げていただけだと知るのに時間はかからなかった。
 センドウに足りないものを言葉を尽して教えてくれるほど、マキ王は親切でも暇でもない。その背を見続けて一年。 己が国の存続と拡大を、王は驚異的な行動力と貪欲さと如才のなさで維持し続けてきた。夢と綺麗ごとだけでは国は 立ち行かない。王の手は血に染まり泥をかぶり謀略を尽し、それでも駆け続けたのだ。
 守ると決めた強い求心力に惹かれ、王に膝を折ったあのときの決意に悔いはない。ログレス・アイルランド広しと 言えど、サクセンに対抗できるのはマキ王だけだろう。
 ただ。
 叙勲を授ける祝詞の最後の言葉にあのとき驚いて。
 違う。肝心のひと言を敢えて外し、王は刀礼を行ったのだ。
――神と聖ミカエル、聖ジョージの御名に依って、我、汝を騎士となす。勇ましく礼儀正しくあれ。
 肝心の、”忠実”の呪縛でセンドウを縛らなかった。
 サクセンの脅威からそれぞれの故国を守りとおす。その一念が重なりあっての叙勲だとマキはセンドウを手許にとどめ ようとしたのだ。
 大切なものは己が手で奪い返せと。
 欲しいものは、大切なものは、後から取り戻そうとしてもすでに時期を逸している。いまでなければ、意味がない。 そうやって先送りにして簡単に諦めて手放し、だからいま、還る国はこの身に牙を剥く。同じ過ちを二度、三度と繰り 返えすつもりか。
 空っぽになった腕を見つめてセンドウは感じた。
 だれも彼も、殴りつけたくなるような凶暴さを。
 だから。
「あれ?」
 と、自分でも驚くほどの性急さと強引さで、ルカワの腕を掴み引き寄せた。さらに一歩前に出て肩を入れ、サクラギの視線から ルカワを隠す。見る見るうちに、サクラギの琥珀色の瞳が、お気に入りの玩具を取り上げられた子どものように 歪められた。
「んだよ、急に」
 そんなルカワの抗議は彼の肩に手を回すことで封じ込めた。当然、敵はその手を払いのけようと弾いてくる。負けずに 抱いてまた弾かれて。せめぎ合っていると、なぜかルカワは言葉を忘れる。ついでに、どんな防御にも屈しない波状攻撃で 畳み掛けた。すると、バカらしくなって、どうでもよくなるのだろう。センドウに肩を抱かれたままそっぽを向いて 立ち尽すなんてもの、計算の内だ。
「お、まっ」
 目の前で茶番劇を繰り広げられ、それでいいのか、と続けられたであろう言葉は、サクラギの口から発されなかった。たとえ問いかけても、 返る言葉は”別に”に違いない。だからと言って黙って見ているサクラギじゃない。あっという間に沸点をみて、センドウに向って 闇雲に繰り出された渾身の右ストレートは、炸裂することなく空をかいてしまった。
 軽くいなしたセンドウは薄っすらと哂う。己のどこに、こんなどす黒い感情が渦巻いていたのかと、どこか高みから 見下ろしている自分自身がいた。
「本気で殴りかかるか、ふつー」
「るせーっ。どーゆーつもりだっ。なんで、顔、突っ込んでくる」
「だってさ。ふたりともあのままじゃいつまでたっても平行線だよ。だから、オレが引き分けてやったんじゃないか。 だいたい、いま、こんなとこで喧嘩してる場合じゃないんだよな」
「どーゆー場合だろうが、この無愛想キツネに、言って聞かせなきゃなんねーだっ。センドウはすっこんでろっ」
 すかさずまっ正直な二撃目がくる。胸の内に凝った想いをひとつひとつ吐き出している最中に、なにひとつかみ合わず 空振りさせられた怒りだ。気持は痛いほどよく分かる。さらに加えてセンドウ自身の存在だ。その心中を図りかねている のだろう。だからと言って、当たってやるわけにはいかない。
「すっこんでろって、随分な言い草じゃない?」
「関係ねーだろうがっ」
「関係なくはない。ルカワはオレの従騎士だからね。サクラギの怒りは尤もだけど、弟子の不始末はオレの不始末。 あとできっちりナシ、つけとくから。だからおまえにはやれない」
「――」
「やるとか、やらねーとか、なんの話をしてんだ」
 そっぽを向いたままでルカワが言った。笑顔を貼り付けたまま、センドウはその耳元へ唇を寄せた。反射的にルカワは 身を引くけれど、逃げ場がない。そんな状況を目の辺りにしたサクラギにすればたまったもんじゃなかった。
「おまえはオレのもんだってことだよ」
 囁きはルカワだけでなく、サクラギにもはっきりと聞き取れた。なにをトチ狂いやがった、このヤロウ。そう、ふたり ともが呆気に取られその隙に、センドウはルカワの腕を取って、自分の居館へと歩き出した。
 それを止める、サクラギの声はかぶってこない。



 急に腕を取られた痛みと予想外の行動に一度抗ったものの、返事すらよこさない男の横顔を伺うつもりでルカワは 黙したままだった。なにかおかしい。切羽詰まっているというのでもない。虫の居所が悪いだけでもないだろう。 それにしたって、こんな、怒りと焦りがない交ぜになったような状態をさらけ出すような男だっただろうか。
 連れてこられたそこは、ルカワが一度も足を踏み入れたことのない居館だった。王の住まいよりずっと小さいながらも 穏やかな華やかさで彩られている。廊下や部屋の壁に温かい色合いのタペストリーを隙間なく飾り、石肌を隠し柔らか味を 演出するなんて無駄を、王は一切行わない。実用一辺倒のひとだったのだ。
 柱のレリーフや調度品に目を奪われているうちに廊下が終わり、パタンと扉が閉まってその扉に押しつけられた。 間近で目が合うセンドウはルカワの知る男ではない。こんな雑多な感情を向けられたこともなかった。なにかが変わろう としている。いや、本来の男の生地が出ただけなのか。想いだけじゃない。男の意図も読めない。
 だからルカワは逃げなかった。
「言いたいこと言えよ」
「そうきたか」
「いっつもてめーはそうだ。思ってることとやってることが違うから。ヘラヘラ笑いながら違うこと考えてるから、 てめーがなんなのか、全然分かんねーんだよ」
「素直になったら受け入れてくれんの?」
「だれが」
「だろ。それにだれだって自分がほんとはどうしたいかなんて、分からないもんさ」
「キベンにしか聞こえねー」
「色んなことが重なってさぁ」
 そのあと、ふうと重い嘆息を吐いたセンドウは、ルカワの肩に顔を埋めた。肩口で聞こえたのは、「なんかムシャクシャする」 だか「ムカツク」だか。エラく弱気で後ろ向きなセンドウもいたものだ。
「こんなとこで、こんなことしてる場合じゃないんだろ」
 そう言ったのはてめーの方だと詰れば、顔を上げたセンドウは、生意気なヤツ、と吐き捨て、その勢いのまま 顔を寄せてきた。思わずルカワは顎を引く。どこをどう解釈すればこの行動につながるのか、固まった脳では彼に対抗し きれるものではない。
「――」
 ぶつけられたかと思うほどの激しい口づけだ。合わさるより先に舌が侵入してくる。気持悪いと思う間もなく、鉄錆じみた 味が口腔内に広がり、それに煽られたかのようにセンドウはさらに深く淫らに絡んできた。
 いままでの戯れのような軽いふれあいしか知らないルカワの躰は、その性急さに逃げを打った。けれど扉とセンドウの 腕に阻まれて後ろがない。躰は片手で抱きすくめられ、さらに空いたほうの手で、華奢な顎は鷲づかみだ。 どこが痛いのか、もう分からなかった。自在にうごめく舌にいいように弄られ、痺れる舌の根と溢れる唾液が不快で、 可能な限り暴れた。なのに男の腕の拘束はピクリとも緩まない。
 痺れは舌だけに留まらず、キンと脳に突き抜けて我を忘れる。歯列の裏、柔らかい頬の内、丹念に侵されて まず膝にきた。呼気も躰の自由も理性も奪われて初めて、継ぐ息が喘ぎに変わってゆくのだと知った。
「――っぁ……」
 そして思わず漏れた吐息は、躰にこごった熱を放出するかのような熱さだった。己の身に起きた変調にルカワは目を瞬く。 なのに、そのときチラリと合わさったセンドウの視線は、朦朧としたルカワのそれよりも、不思議と深い懊悩に彩られていた。
「ちょっとは大人しくなったな」
「るせー。このヘンタイっ」
「おまえ、いま黙ってたら、すげぇ色っぽいのに」
 情欲に彩られながらも一点を手放さない強情さを哂い、唇の上でそんな戯言が転がった。
「ま、おまえの言うとおり、時間がないから総括しとこうか」
「な、に……」
 抵抗する間もなく、ふわりと躰が傾いでゆく。横たえられた先は、毛足の長い綿織物が敷き詰められた床だった。 痛みはない。だが、それがモロ、男の体重を受け止める形になってさらに息苦しい。密着して知る男の劣情に怖気が 走った。しかし、突っぱねる両手は力が入らない。男は唇のカタチだけで笑う。噛みつく前に舐められた。わずかな抗い すら手の内だと、男は嬉しそうに、ルカワの唇を丹念になぞる。
「さっきの模擬戦のこと。おまえに自分のしでかしたことを正確に理解してもらわなきゃ、サクラギに申し訳が立たない もんな」
「――セ、ドウっ」
 息を継ぐ合間にセンドウは言う。それでも口づけを止めない。至って自分のペースで、それを受けている立場の人間が、理解しようがしまいが、 構わないといったふうだ。先ほどとは一転して、ゆったりとした動きに転じたセンドウの声は、どこか遠いものに感じられた。
「あの場合、ミヤギを選んだのは正解だったね。王もおまえたちの動きに目を見張ったから」
「し、失敗は失敗だっ」
「そう。もう少し騎馬の数を揃えられたらねとか、もっと訓練が出来てたらなとか、原因は色々あるけど、たとえ模擬戦 だと言っても、おまえが取った作戦は致命的な失態を含んでいる」
 突然動きが止まった。ルカワの潤んだ漆黒の瞳がまっすぐ向けられる。総ての雑音が閉ざされたような気がした。 センドウの声と鼓動と脈動しか聞こえない。
「なぜ二騎だけで駆けた」
「……ちょっとでも早く、敵の大将首を取ったほうが、戦時間が短くて済むから」
「味方の被害も少なくてすむし?」
「そう」
「おまえとミヤギが潰された事実は置いといて、考え方としては間違っちゃいない。あしたに繋がるもんもあった。 けど、あのときオレたちは、おまえがなにを考えて突っ走ったか分かっただけに、そのあと取ったお手軽な行動が 理解できなかったよ」
「あんたもミヤギさんがどうこう言うのか?」
「違う。なぜミヤギだったかってサクラギは言ったよね。けど、オレは、たぶんマキさんも、なぜミヤギだけだったかって 問うよ。なぜ手間を惜しんだ? 騎馬隊に指令を通達しなかった? 時間がなかったとは言わせない。サクラギが前線で あれだけ踏ん張ってくれてたんだから、やろうと思えば出来たはずだ。なのにおまえは、顔見知りのミヤギだけに 声をかけた。手を抜いてみすみすの作戦を自分で潰してしまったんだ」
「作戦ってほどのもんかっ。アカギさんに出ろって言われから出た。現にサクラギはサクラギで勝手にやってたじゃ ねーか。だから――」
「だから自分も勝手に走ったって?」
 おまえ、王だろうと、センドウの唇がかたちどった。これ以上ない近さでセンドウの瞳が鈍く光る。ジワリとイヤな 汗が流れた。王位は先送りした。あんた、知ってるだろうと、突っぱねられないほどのうすら昏さだった。
「戦は先に仕掛けた方が負けだ。先に立たず先に攻めず先に勝たず。小手先の様子見なら幾ら戦っても構わない。けど、 大軍を動かすのはかなりの見極めがいる。おまえの奇襲じゃ、ボロ勝ちか大負けのどっちかなんだよ。 言ってる意味が分かるか?」
「負けないってことか。敵に立たせて攻めさせて勝たせて、それでも負けないって」
「それが定石だ」
「んな、まどろっこしいことっ」
「それがおまえの言う、最も味方の被害を少なくする方法なんだよ」
――王のありようだ。
 言い終えてセンドウは、ルカワの耳朶と顎のラインに沿って斜めに走る傷痕に唇を寄せた。模擬刀の擦過傷で出来た 痕だろう。顔を寄せれば寄せるほど、薄っすらとこびりついた赤に、さらに酔ってしまう。こんなの、怪我でもなんでもない。 先の戦闘ではもっと酷い傷を負っていた。自分の目の前で起きたルカワの無謀が、許せないと思う権利なんか ないはずなのに。
 舌を這わすとルカワの身が震えた。その震えは伝播して己の身をも突き抜ける。もう、止まる気もなかった。
 煽られたのは自分では到達し得ないサクラギの近さと、清算しきれない過去の怠惰と、それが押し寄せてくるいまと。 あとはなんだろう。マキの存在とか存在とか存在とか。その王を煽りたかったのか。怒らせたかったのか。 いや、知ってもマキは素知らぬフリをとおすだろう。
 たぶんそれもいい訳だ。明日以降の自分が、何処に存在しているか分からない恐怖。それをルカワを手に入れることで 癒そうとしている。
 そう。いま、この状況だから欲しかったのだ。
 気配を察した逃げるおとがいを片手で封じ、もう一度深く唇を合わせた。舌先で探って口腔内で彼のものを追い詰め、 絡めてドロのようにひとつになる。身の内でトグロを巻く獰猛さをやり過ごす勢いで、その行為に没頭した。頬に朱が差し、 それでも怒りに揺れる瞳があまりに近いから。理解できないものを探ろうとする瞳が近いから。
 歓喜を覚える。
 ルカワは簡単に明け渡したりはしない。
 だから愛しさが募る。手繰る指先を躰のラインに沿って遊ばせた。ゴクリと喉が上下する。強張った躰。射るような視線。 しっとりと吸い付く頬の質。総てが危ういバランスの上に成り立ち、センドウの理性を塗りつぶす。ルカワにこの気持は 理解してもらえないだろう。
 自分でだって上手く説明できない。
 ますます嫌われちゃうな、と、チュニックの裾から素肌に侵入を果たしたそのとき、
「いい加減に――」
 止めるルカワの声は地を這っていた。
「目ぇ醒ませ、このどあほうっ」






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