ルカワ王のご崩御から明けてきょう、朝から自室にこもったままだと聞いていたから、上掛けでも頭からかぶってベットで
手足を縮めているのかと思いきや、いまはルカワひとりのものになってしまったその部屋に彼の姿はなかった。閑散とした
感のある室内をぐるりと見渡すと、少し開いたままになってあるテラスへと続く扉から、ひんやりとした風が流れてくる。
その先は王の家族のためだけの中庭だ。
四間続きのうちの、一番端に位置するルカワ王の居室から出ると、隣の部屋で執務中のマキ王の背中が見えた。この共通
の中庭の、アーチ型の花の門をくぐった先には、四季折々の花に囲まれた四阿がある。さほど大きくはないものの、
王のご家族を癒す心遣いがあちこちに施された空間だった。
ルカワはそこにいた。
四阿の大きなソファにクッションと上掛けを持ち込んで、長々と横になっていたのだ。規則正しく胸が上下している
ところから、本気で爆睡中なのだろう。手足を縮めるどころか、悠々と躰を横たえ、やけに健やかそうだ。
職務を放り出してこんなところで。
けれど、ほっとした。怠惰の色がアリアリでも、薄暗い室内で鬱々とされているよりもずっとマシというものだ。
なのに、緊張感ねーな、とセンドウが一歩、四阿に近づいたとたん、ムチにでも打たれたかのようにルカワは跳ね起きた。
「――!」
見開かれた目とその素早さと、そして余りにも張詰めた気に足が止まる。そんなセンドウに向けられる剣呑な視線は
まったくの他人へのものだ。こんなにも拒絶の色が濃く、警戒心も顕わな。同じ目をマキ王にも向けたのだろうか。
それともオレにだけ、と、肉親の死に接し、手負いの獣のような子どもに対し、あり得ないことにセンドウは苛立ちを
覚えた。
「なんの用だよ」
「ご挨拶だな」
オレはおまえの上司なんだよ、と口を尖らせて近づけば、行儀悪くもケッと吐き捨てたあとルカワは、のろのろと上体を
起こした。泣き寝入ったわけじゃない瞳を覗き込めば、逃げ場のないソファに背中を押し付けて、ルカワは顎を引く。
たぶん、弱みの一切を見せようとしないこの頑なさに、マキ王もさじを投げたのだろう。王位継承云々の話は、
おまけみたいな理由だ。
泣かせていいってことだよな。
鎧を粉々に粉砕して。
けど、どうやって?
ソールズベリ宮廷で生前のルカワ王と面識の合ったものは、マキ王と公主アヤコの他にはセンドウくらいなものだ。
カーマライドからの家臣たちはあくまでもルカワ王家の臣下であって、王の思い出を語り合う立場にはない。それに
世嗣の王子たるルカワが、彼らと親密な関係を築いていたとも思えなかった。
センドウだってそれほど大人ってわけでも、ルカワ王のなにもかもを知っているわけでもなかったけれど。
いまのルカワを目にすると、苛立ちと愛しさとが交互に襲ってくる。
父親の死を受け止めているのか、いないのか。こんな、ネジの飛んでしまった人形のような緩慢さで、鎧をまとおうと
する少年に対して。だれもかれもをひと括りにした少年に対して。
なにから話そう、とセンドウは、テーブルをはさんだルカワの前に腰掛けた。
「まずは、お悔やみを言わなきゃな。このたびは、ご愁傷さまでした」
「んなもん、いらねーよ」
「ダメだよ、ルカワ。おまえはちゃんと聞かなきゃならないんだ」
「なにをだよ。聞いてるよ。分かってるよ。五つ六つのガキじゃねーんだ。父上は死んでないとか言って、あんたらを
困らせるようなことはしねー」
「だったら、なおさら出てくるんだな。こんなとこに引きこもるなんて、おまえらしくもないと思うけど」
「きょうくらいいいだろっ。父上のことだけ考えてても。だれも哀しんじゃいねーんだから、この世でオレくらい、
職務、放り出して、父上のこと思っててやらなきゃ、可哀相じゃねーかっ」
そう。
どうあってもルカワ王の訃報はルカワだけのものだ。自国の王族を失ったわけでもないデミーティア国民には
喪に服する必要もない。葬儀で一日手が止まり、その分、きょうはだれもが忙しい。確かに、カーマライドからの臣たちは
王の死を心から悼むだろうけど、肉親の死に瀕しているのはルカワひとりなのだ。
王を未だに父上と呼ぶ子どもがここにいる。
「ルカワ。ごめん」
だから、説得するための言葉の駆け引きも手管もなく、センドウは思いつくままの、いま伝えなければならない気持を
口にした。案の定、ルカワの訝しげな視線が強くなる一方だったけれど。
「なんで、アンタが謝んだ」
「あのとき、オレがあんなところまで連れ出さなければ、もっと長く王のお側にいられたのに、って思ってさ」
「やめろ。アンタが謝ったら、父上のそばを離れて、修行、修行って拘ったオレはどーなんだよ」
オレのがバカみたいじゃねーか、と俯いたルカワの真横にセンドウは移った。驚いたルカワの躰が逃げを打つ前に
彼の両肩を取り押さえる。あまりにも近い位置で視線を合わせる。そうでもしないと、ここで中途半端な距離を保って
しまうと、また、なにもかも一緒くたにされてしまうと思ったからだ。
言葉はいくら尽しても言葉でしかなく、想いはその覚束ない言葉に乗せるしかなく。間近にありたいと願う想いは、
センドウの両手から彼の肩を伝って、胸の一点にいつ届くだろうか。
ルカワと名を呼ぶ。慈しみを込めて呼びながら、そのあとに、こんな無粋な話を持ち出す己の律儀さに嫌気が差し
た。いまの、中心がグラついたようなルカワに対し、優しい言葉で丸抱えしたところで、返るものがなにもないと
知っている己の理性にもだ。
「フジマさんから聞いてるよね。カーマライド王の即位の儀を早々に執り行いたいって」
「……」
「覚悟を決めなきゃだめだよ。空位の状態を長く続けることはだれにとっても不幸だから。家臣団もそれを待ち望んでる。
ただ、おまえの哀しみを癒す時間を十分に与えて上げられなくって、それだけが不本意なんだけど」
合わせていた視線を外してルカワは小さくイヤだと言った。逃げたそれを捕まえるために、センドウは彼の顎に指を
かけ無理やり引き戻した。イヤだと、爆発寸前のものを含んで、ルカワは何度でもそう言うのだろう。
「イヤだ。カーマライドなんて国は、もうないのに、なにが王位だ。領民も騎士もいないのに王だけがいる
国ってなんだっ」
「あるじゃないか。おまえの心の中に、故国はちゃんと。なんでおまえだけの国なんだよ。もう、諦めちゃったの?」
「んなわけねーっ」
諦める筈がない強い意思が不確かに揺れる。
その地位にあってこの頑是なさはいったいなんだ、とセンドウは思った。是だとか否だとかの問題ではない。王位は
権利じゃなく義務なのだから。どんなふうに甘やかせたのか、世嗣の王子に対する帝王学の根幹を教え諭したとは思えない亡き王に、
恨み言のひとつでもぶつけたくなった。
だが。
領民はもとより、騎士もいないとは。
そうか。その真綿に包んだような王子に、だれかが確実に耳に入れたのだ。ルカワ王の死によるその後の進退に、騎士
たちの意見が真っ二つに割れているという事実を。
ルカワ王子を戴き騎士団一致のもと、デミーティア王の支援を促してアイルランドに刃向かって悲願を遂げるか。
あるいはこのまま、マキ王の庇護のもと、膝を折り忠誠を誓うか。
早急にルカワが王位に昇らなければ、マキ王に下る騎士たちは増える一方だろう。
それを知ってルカワはイヤだと怒りをぶつける。
いや、とセンドウはルカワの放埓さだけでない瞳を探った。
「おまえ、もしかして、無理強いさせたくないって思ってる?」
「オレについて来たって、いいことなんかひとつもねー」
「ルカワ……」
ぼかしたセンドウの言いように、すかさず直球が返った。
ある意味利己的な帝王学は染み付いていなくても、自分の存在がどれほどひとに影響を与えるかは、キチンと
理解していると見える。問題はどちらを選ぶか迷っている家臣たちなのだ。ルカワが王位に昇れば、その彼らに
圧力をかける環境をつくることになる。周囲も強いるに決まっている。けれど、ここで安寧さを望んでも非難されるべき
ではないのだ。
それどころか、力ある主君を選ぶ権利が彼らにはある。
それほど、この国は豊かだった。この国を治める王は傑出していた。総てに勝っていた。
まざまざと見せつけられて、それでもオレがカーマライドの王だと、声だかに叫ぶことなど出来ないのだろう。
「おまえ――」
これほど自虐的な言葉が似合わないヤツもいないのに、雁字搦めな状況に、それでもひとりでも立とうとする少年の
頭をセンドウは片手で抱き寄せた。彼の額がコトンと肩に当たってさらに強く押しつける。ちくしょう、と、だれにも
聞かせたくないであろう吐息を、知っていたかのようなタイミングだった。
「バカだろ、おまえ。王ってなんだよ。象徴だろ。稀にマキさんみたいな文武を兼ね備えたひともいるけど、たいがいが
王宮の奥で命令を飛ばしてるだけじゃん。けど、それでいいんだよ。子どもだろうが老女だろうが、そこにいるだけで、
騎士たちが集えば、それが王なんだ。いまのおまえとマキさんを比べてどうすんだよ。いつかマキさんなんか追い
越すって言ってみろよ」
「バカはてめーだ。ここにいるのはいまのオレでしかねーんだ。どーなるかも分かんねぇ何年か先の話で騎士たちを
拘束できるかっ」
「違うね。彼らはそういうわずかな光に希望を見出すものなんだ。おまえがひと言、カーマライド奪還を口にすれば、
歓喜にむせび泣く騎士、続出だろうに」
「ウソなんかつけるか。分かんねーんだよ。どうやって自分の国を取り戻すんだ。どうやってマキを説得すりゃ
いいんだ」
「ウソも方便なのに」
「るせーっ。つうか、てめー、離れろよっ。暑苦しい」
「だめ」
即答して今度は両手で抱きこんだ。ルカワが身を捩って暴れるものだから、ふんわりと抱きしめるというより
体術に近く、どこをどう見ても押さえ込みだろう。それでもこの手を緩める訳にはいかない。いや、ルカワが
欲したかどうかではなく、センドウの方が抱きしめたかったのだ。己の窮状よりも矜持に寄って立つしか手立てを持たない
子どもを。そしてそれを見ているだけの己が余りにも小さくて、慰めて欲しかったのは自分の方だ。
「もうちょっと、このままでいさせてよ」
「ヘンタイ」
「あのなぁ」
甘えた声を出しても相手はそんなものに一切頓着しない感覚の持ち主だし、歯に衣を着せぬどころか、辛らつさは
いつにも増して健在だ。こんな憎まれ口を聞けている分には心配ないのかも知れない。
「そのヘンタイに懐かれてるおまえも、ふつーとは言えないんじゃない?」
「オレになんの責任があるんだよ。この大ウソつき。八方美人のどあほーヤロウ。てめーだってマキのもんじゃねーか」
「わぁ、聞きようによっちゃ、すげぇ科白っ。でもオレ、ウソはついてないよ」
「ウソつきはマキだ」
センドウの上着にくぐもった声が押しつけられた。
「なに? 喧嘩でもした?」
「マキのヤツ、オレに手助けするつもりなんか、これぽっちもねーんだ」
いまこそ茶番劇を演じた代償を果たせと、マキ王に迫ったのは容易に察せられる。だが、まだその時期ではないと
王は即断した。それも無理からぬことだ。そんなやり取りがあったのだろう。だから余計に、いつに
なるか分からない約定で騎士たちを縛るわけにはいかなかったのだ。
「フザケタことぬかしやがって。オレがなんも言い返せないのを知ってて、ニヤニヤしてやがる」
「いや、そこまで人は悪くないと思うけど――」
「詐欺師もいいとこじゃねーかっ。時期ってなんだよっ。デミーティア王妃の故国なら王がタイギを持って
どーとか、エラソウにゴタク並べてたくせにっ」
「そう言ってたねぇ」
「なんでテメーが知ってんだ?」
「まぁ、それはそれで。だから、その、もうちょっと、待つんだ、ルカワ」
「いつまでだよっ」
「局面が動くから」
間違いなく動くから。それも早々に。だが、なんの確約もなくそう言い続けることが、どれほど残酷かよく分かる。
我が身に照らし合わせても、ほんとうに、よく。
「大丈夫だよ、おまえなら。待ちすぎて当初の目的を忘れちまうようなことないだろうし」
「?」
だから、とセンドウは腕の拘束を解くとソファから降りて片膝をつき、彼の手を取り唇を寄せた。
「センドウ……?」
「カーマライド王、ルカワ陛下にお喜び申し上げましょう」
「だから、オレは――」
「イヤなら戴冠の儀は執り行わなくてもいいと思う。納得できた時期にすればいい。けど、おまえは間違いなく
カーマライドの王だから」
そして告げる。
「ルカワのことが好きなんだよ」
口付けた手を目の高さで掲げ、隣に腰掛けた。空いた手で抱き寄せると密着した躰がヒクっと揺れる。さらに
力を込めて、耳朶に唇を寄せ、もう一度告げるが、ルカワからは罵声も返らない。受け入れ難い言葉を沈黙という名の
許容で示したのか、強く額をセンドウの肩に押し付けるだけだ。
「ルカワ……」
だが、分かりきっていたはずのそんな言葉を、
一度も口にしたことがなかったと、いま、初めて気づいたセンドウだった。
ほう、とフジマは眉根を寄せた。来るぞ来るぞと、センドウは心の耳栓を用意する。
「それで、王宮一の寵臣であり稀代の英雄の名を欲しいままにするだけでなく、ソールズベリ、いや、ブリテンの
宝玉と讃えられた騎士たちの模範である貴君が。あぁ、そうそう。文武に秀いで、見目麗しく、天性のフェミニスト
ぶりをいかんなく発揮して、数多の宮廷中の女官たちの腰を蕩けさせたとウワサの王騎士長センドウともあろう方が、
ルカワ王子の説得に失敗しましたと、スゴスゴと引き上げてきた訳か?」
ことの次第をマキ王に告げようとしたセンドウは、忙しいのひと言で執務室から追い払われ、仕方なく美貌のドルイド僧
の私室を訪れた。単刀直入に結果報告をした後の開口一番がこの科白の羅列だ。
いったいオレはこのひとのご機嫌をどこで損ねたのでしょう、と天に向って問い正してみたくくなる。取り扱い要注意は
ルカワも似たようなものだけど、彼の場合、どこに地雷があるのか大体察することができる。要するに単純なのだ。
だが、この美少女めいた
容貌の青年は爆発して初めて、そこに埋めてたんだよなぁという仕草を取るから、存在そのものが地雷原だ。
「その、壮絶なまでに嫌味な修飾語の連発は止めてくださいよ。フジマさんだって失敗したくせに」
「オレは説得に失敗したわけじゃない。王のお言葉を伝えに行っただけだ」
「へぇ、あなたほどの方が子どものお使い?」
「臣である限り、そういう役目もあるさ。ただオレが不思議なのは、なぜおまえが嬉しそうなのかってことなんだけどな」
「嬉しそうですか?」
「不気味なほど」
なにかあったのか、と勘ぐる瞳の直視をかわしてセンドウはツラリと哂った。フジマは、その、ひとを小ばかにした
ような笑顔が大嫌いなんだと言ったあとさらに、
「意味もなく哂われるくらいなら、ルカワの仏頂面の方がなんぼかマシだね」
と、珍しいことに彼の肩を持った。
「あれぇ。あなたもルカワの魅力に参っちゃったクチですか?」
「魅力? ふん。あれほどの愚か者はそうそういないだろうという話だ。だがどちらに接していて精神的にラクかって
なると、言わずもがなだろ?」
「嫌われたもんですね。なぜだろ? オレ、フジマさんになんかしましたか?」
執務机の後ろの窓を開けて風を取り入れたフジマは、その問いには答えないで、センドウに背を向けたまま横顔を
晒した。
「オレの従者にしてしまうと、アイツの世界を閉ざしてしまう、と王は言ったらしいな」
一瞬、なんのことだか分からなかった。ほんの数日前に聞いた話なのに、その日がやけに遠く感じられて、いまに
そぐわないほどの過去だったのだ。なぜフジマはそんな会話を持ち出してきたのだろう、と思考を一巡させてみる。
そうやって放たれた言葉ひとつで探り合おうとする習い性が、互いに相容れない部分なのだろうけれど。
「羨ましいですか?」
だから、そう、カマをかけてみた。
「なぜオレがアイツを羨ましがらなければならない?」
フジマは背中越しに答えを返す。
「いや、目に余るほどの温情つうか寵愛がねぇ。気に入らないのかな、なんて。もしくは、いかなる理由だろうと、
王の隣に並ばれるのが耐えられないとか?」
「それはおまえだろ? 変な当てこすりしてんじゃないよ」
「じゃなんで機嫌、悪いんです?」
「別に。即位の件はルカワ王子の要望を優先させることにしよう。王騎士長には、ご尽力いただき申し訳ない」
絡むだけ絡んでおいて、けんもほろろ、慇懃無礼とはこのことだ。やり合うつもりがないようだけど、いつものセンドウ
なら黙っていない。軽くジャブくらいは応酬しあっただろう。けれど、きょうは色んな理由から心が広く出来ていた。
「なんだかんだと理由を並び立ててましたけどね、どう考えたって不自然な話なんですよ」
お返しとばかりにセンドウは唐突に語りだした。ようやく彼は振り返った。
「我が王はヴェニドシア(北ウェイルズ)の姫がイヤだったんじゃない。ほかのだれとも結ばれたくなかったんだ。
だから結婚したという事実が必要だったんでしょ」
「なんの話だ?」
「ねぇフジマさん。あんな剛直のカタマリみたいな性質してて、随分なロマンティストだと思いませんか。心に思う
ひとと、どうしても添いあうことが出来なくて、だからってひとり身をとおせる立場でもない。周囲が許さない。
なら仮初めのお后と割り切って立てればいいのに、それすら裏切りなんだ。自分の心に対して」
「……」
「カエデ姫なんて亡霊をつくり上げちゃってさ。いっぱしの純愛気取りなんだから、哂っちゃいますよ」
それはどうかな、とフジマは口の端を上げて呟いた。
「キレイなものなら男だろうが女だろうが忖度しない度量の深さをお持ちだ。おまえ、楽観視してるが、無理からのルカワ
じゃないぞ。食指が動いたっておかしくない。実際婚儀のときの艶やかさには、だれもがぶっ飛んだんだ。あのふたりが
同じ閨で睦みあっていないと、だれが断言できる?」
「やけに自虐的ですね。けど、断言、できますよ。ルカワが変わらないから」
「?」
「同時にあのままのルカワも守ろうとした王の言い分もほんとうだろうし。まだ十五のルカワがカーマライドを取り戻す
には力も時間も足りないのは事実でしょ。だから、出来るだけそばで守ろうとした」
「それこそ羨ましい話だな」
「そうですね。そんな王にそこまで大切にされているあなたとルカワが」
「――」
フジマはなにひとつ表情を変えなかった。救われないなと思う反面、図星を言い当てられてストレートに反撃する
稚さなぞ、最初っから持ち合わせていないだろう。王の軍事顧問という立場がそうさせているのではなく、たぶん、あの
王に一番近しい位置に居続けるための自己防衛だ。
「ま、オレに対してもルカワに対しても、あんたがヤキモチ妬く必要なんかないって話ですよ」
オレに慰められても嬉しくもなんともないでしょうけどね、とセンドウはそれこそ見惚れるほどの笑顔を見せた。
フジマが嫌う笑みではない。してやったりと顔に大書されている。
「だれがヤキモチだ」
吐き捨てて振り返った。おまえのレベルで物事を判断するなと言ってやりたかったが、いま、こんなふうに笑える
この男に免じて矛先を緩めてやった。
思うところは別にある。
ルカワは王の言うことなら大人しく聞く。というより、王の言葉にしか従わない。センドウはそのルカワに振り回され
っぱなしだ。騎士が従騎士の尻に敷かれていると言っても過言ではない。そして当の王は、センドウの気質と資質を
なによりも愛されている。ルカワとセンドウの意見が食い違えば、間違いなくセンドウを優先させる。そんな愛し方だ。
この三すくみは面白いと思った。
と、同時に局面が動いたときにどう作用するのだろう。
「明朝未明。演習を行う」
フジマはセンドウの目を見た。この男はだぶんもう分かっている。なのに、
「そりゃいい。実戦さながらの演習と聞けば、ルカワも飛んで起きてくるでしょう」
そう言って笑って立ち去るセンドウはやはり一筋縄じゃいかないと、フジマをして思う。
continue
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