けさ会ったときの父王の様態は意識こそ戻っていないものの、比較的穏やかな表情と呼吸を繰り返していた。
付きっ切りの看護で疲労の色濃い医師団も、予断は許しませんと言ったきりで、格別慌てたふうでもなかった。それだけで
なく、王子にはつつがなく、お暮らしいただきますようにと、気遣いさえ見せてくれたのに。
それなのに。
急変。
小姓でも見習いでもなく、王の軍事顧問であるフジマがわざわざ馬を駆り己を探し出した理由を改めて思った。一刻も
争う。彼らが戻るのを待っていられないくらいに。城のだれよりも、たぶん王よりも多忙を極める男が、わざわざ。
「なんでオレたちの居場所が分かったんです? まさか、鷹クンが知らせたなんてこと、ないですよね」
先頭を走るルカワに併走する形で馬を駆るセンドウが、隣のフジマに声をかけた。
「一騎打ちに出たとミツイたちから聞いたからな。城を出たおまえが、城下にゴマンといる女の褥にもぐり込む以外に
出掛ける場所は、だいたい、察しがついてる、と言っておこうか。まぁ、ふつーに人海戦術を取ったさ。アレは斥候みたいなもんだ」
相当数の騎士も探索に回したということだ。
「お手数をお掛けして、申し訳ありません。けど、ゴマンなんて、ひと聞きが悪いですよ」
「おや。そこに引っかかるのかい?」
「ただ、事実は正確に伝えてもらわないとね。で、斥候って、フジマさんの分身のは、オレを探せって命令すれば、
可能なんですか?」
背中にひんやりとした汗が伝う。声をひそめ、センドウはひと足先に城に向って飛び立った鷹を指差した。探し出した
ということはひとの見分けがつくということだ。想像して、ちょっと怖くなる。
「人海戦術を取ってって言ったろ。おまえたちが南の方角へ向ったと報告を受けたからな」
「ほんとに?」
「人語を解する鷹なんか、オレはまだ一度も見たことない」
「フジマさんなら、飼ってても可笑しくないですけどね」
そう軽快に返しながらも、人語を解する鷹はいなくても、フジマの思惟を読み取る鷹がいても可笑しくないと思う。
彼の指令を受けてアイルランドからヨーロッパまで。どこにだれを配置して、いったい何羽飼育しているのかまでは
知らないけれど、フジマならばそれくらい、可能じゃないだろうか。
「優秀ですね」
言いざま、センドウは前しか見ていないルカワを顎でしゃくった。残酷にもフジマは黙って首を振るだけだ。センドウ
はもう瞑目するしかなかった。ルカワの心痛を思えば胸が裂けそうになる。なぜ城外へ
なんか誘い出してしまったのだろう。剣を合わせるだけなら中庭でもよかったのに、ルカワが余りにも普通だから、
ちょっと調子に乗ってふたりきりで遠足気分を味わいたくて。
なにも言わない子だから。だからこそ、センドウの方が気を回さなければならなかったのに。
ほんの僅かな時間の差で、もし、もし、父王の最期に間に合わないなんてことになってしまったら、ルカワにどう詫びれ
ばいいのだろう。
自分はいつもなにかを間違える、とセンドウは思う。ルカワを前にすると特に判断が鈍る。
如才なくひとのしがらみの波間を縫い、上手く衝突を避けて生きてきた。それは別に自分に才覚があったわけでも、
だれかが救ってくれたわけでも、ましてや運がよかったわけでもない。ただ結論を先送りにしてきたからに過ぎないのだ。
ルカワの言ったとおりだ。王騎士長なんて、ただちょっと剣の腕がいいだけの男が、ついていい重職ではない。
ましてや他国人の自分が――祖国に背を向けた自分が、と思い至ってセンドウは顔を上げた。
己の寄る辺がグラリと傾いでしまう予感。
マキ王のそばに侍る理由が余りにも希薄だから、ことあるたびに見失ってしまうものがある。
ここにいてはいけないのではないかと。
資格がないのではないかと。
――そうじゃない。
己の弱気を打ち消すようにセンドウはかぶりを振った。違う。ルカワに対する後ろめたさで、問題をすり替えては
いけない。だれに言われたからでもなく、この国を選んだのは自分の意思だったじゃないか。
先頭を走るルカワが門番の制止を振り切って城門をくぐった。愛馬から飛び降りると脱兎の如く王の居城へ。色を
失った血相の持ち主を留める近衛兵はひとりもいない。いくら特別待遇のルカワだからって、あれを簡単に見送ってどう
するんだ、と言いたくなった。
フジマにしてもセンドウにしても、許可がない限り自由に居城へ出入りする権限は与えられていない。ルカワが
駆け込んだ門前でその背中を見送っていると、隣へ並んだフジマが顎をしゃくった。行こうと言っている。
「許可、いいんスか?」
「なに殊勝なこと言ってやがる。最悪の場合、ひとりでも多く、事情を知っているものがそばにいた方がいいに決まって
いるだろうが」
王のためにも。ルカワのためにも。
聞いてセンドウも駆け出した。今度も彼らのゆく手を遮るものはいない。門前の衛兵は困った顔をしているだけだ。
まったく、いざってときの王城の警備体制はどうなってるんです、と隣を走るフジマにグチれば、「王騎士長どのは
総ての騎士たちの憧れの的だから。畏れ多くて、とても、とても」とは、ひとを喰ったフジマの弁だが、「触らぬフジマ
さんに祟りナシなんでしょうね」が、彼を畏れ敬う衛兵たちの心情に一番近いとセンドウは思う。
異様なくらいに静まり返った居館の廊下に彼らが立てる靴音だけが響き渡った。
静か過ぎる。
ピタリと閉じられたルカワ王の居室の扉を勢いよく開け放つことが憚られるくらいに。
ひとひとりすり抜けられるくらいの隙間を開け、彼らは己の身を滑り込ませた。まっ昼間だというにの、分厚いカーテン
が陽光を遮断された室内は、薄い燭の灯りだけが頼りの覚束なさだった。まだ目が慣れず、いったいこの部屋にだれが
いるのかさえも見て取れない。
センドウは扉に背中を預けたまま。フジマは王の姿を見つけたのかその真横に並んだ。寝台の枕頭にルカワが膝を
ついて父王の手を取っている。その周りを医師たちが囲んでいた。マキ王とフジマはルカワの真後ろだ。病人独特の匂い。
途切れがちな呼気。それを見つめる人々の潜めた息遣い。余りにも重苦しくて、逃げ出したくなってしまう。
ルカワはなにも言わなかった。ただ父王を見つめていた。もう、だれの目にも明らかなのだ。かそけき吐息を吐き出して、
吐き出して、吐き出して。次にそれを取り込む力さえ失って、ゆっくりと生を閉じてゆく。センドウの耳にも聞こえた。
呼吸が止まる音というものを。絞り出された最期の呼気を。
「――」
瞑目していたセンドウにも見えた。ルカワの躰が強張るのを。だれもが息を呑み医師たちの衣擦れがささやく。凝って
いた空気が動き出した。病人のために引かれていたカーテンが厳かに開け放たれる。瞳をほそめると、一斉の陽光に支配
された室内は霞がかかったようだった。マキ王は腕を組んだまま。その王の耳元へフジマがなにかを囁いている。
医師のひとりがルカワ王の脈を取った。ひとつ首を振るとルカワに向って深く深く腰を折った。
「ルカワ王におかれましては、たったいま、ご崩御、あそばされました」
「我々の力及ばず、まことに申し訳ありません」
ルカワはなにも言わない。ただ、懐から取り出した短剣で父王の白髪をひと房切り取ると、恭しくそれに唇を落とした
だけだった。マキ王はそのルカワの肩と軽く叩いて耳元に唇を寄せた。労わりか労いか。ルカワにはなんの反応もない。
ただ黙って聞くともなしに聞いている。
重い吐息を吐いた王がルカワの肩を支えて立たせようとした。パシンと、その手を切るような拒絶の音が静かすぎる
室内を引っかいた。王を振り返ったルカワの目には怒りや哀しみが存在しない。なにも存在しない虚空を含んで
いた。
もう一度声をかけようとした王を遮ったのはフジマだった。彼の朗々とした、しかし底冷えのする声音がルカワを
包み込む。
「最善の手を尽しましたが、このような事態になり、我等も慙愧の念に耐えません。しかし、一刻も早く父君をオークの
森へお返しし、またオークの樹からお還りいただかなければならない。あなたがこの場をお譲りくださらないことには
なんの儀式も執り行えぬではありませんか。童のように駄々をこねて我等を困らせないでいただきたい。父君の御霊を
お守りするのが、系統たるもののお役目でございましょう。あとは、我々ドルイド僧のお任せくださいませ」
オレはこの瞬間のためにこの場にいたのか、とセンドウは、マキから譲り受けるカタチでルカワの両肩に手を置き、
痛いほどに力を込めた。その痛みで彼岸からルカワを呼び戻したかった。ときが止まったようなルカワにも、力を込めた
センドウを狼藉者のように睨みつけるくらいの気位は残っていた。
けれど。
あの、心地よいほどの殺気と剣気と負けん気が形成していたルカワはどこにもいない。
一直線に伸びた気質を。
なによりも、そんな彼を守りたいと、願ってなにが悪い。
盟主ルカワ王を失ったソールズベリ宮廷は、早速葬儀のための準備にとりかかった。医師団はすかさず祭祀を司る
僧に戻り、その中でも最高位に君臨するフジマは、黒衣を白衣に取り替えて潔斎に入った。葬送の鐘が国中を覆い
尽す。農作業中の領民も頭を垂れ、王の御霊の不変を願う。ケルトの教義によると、死は肉体の消滅だけを意味し、
魂の新しい旅立ちでもあると信じられていた。
オークの森には聖なる力が満ち溢れ、人々の魂を輪廻転生し続ける。
この時期のブリテン島及びアイルランド周辺は、古代ケルトの土着宗教ドルイド教とキリスト教が渾然一体となった
時代だった。ちょうど紀元435年は、聖パトリックがアイルランドにおけるキリスト教の布教に成功した年でもある。
キリスト教布教活動の成功の鍵は、ケルトの神々を認め吸収していったところにあると言われていた。
何れキリスト教に飲み込まれる運命にあるドルイド教とその僧たちも、いまはその高い知識と神秘性によって、尊敬と
畏怖の念を一身に集めていた。
いま、葬儀にあたり、ルカワ王のご遺体をどこに埋葬するかという問題が持ち上がった。
デミーティア王家の陵墓というわけにはいかない。ましてや、いまはアイルランドに占拠されてしまった故郷の陵墓に
戻すことも叶わない。故国のある身だから、この地で客死された貴人の扱いではなく、つまり新たなる墳墓には
埋葬しない。陵墓の近くに急遽、もがりを設え、そこに安置させるとの
発案者はフジマだったという。ルカワが父王の白髪を切り取った、その意を正確にくみ取っての判断だったのだろう。
魂風と呼ぶ、死者が吹かせる西北への風が
領土を駆け抜けていった。水色の空が鉛色に侵食されつつある。葦原を生ぬるい風が吹き抜け、枯れ葉色の葦群れが
一斉に頭を垂れた。王のご遺体を運ぶ騎士たちの群れがその中をゆっくりと進む。通り過ぎる村々には農事に勤しむ領民の
姿があった。その領民たちが葬送の列を認めて手を止める。膝をつくものもいた。
葬列の先頭はフジマと王の棺。そのあとにマキ王とルカワが続く。ルカワのそばに付き添ったのはアヤコだ。もがりまでの
道々には籠を抱えた女官たちが礼を送っていた。彼女たちは色とりどりの花弁を散らせて葬列を見送るのだ。強い風に
煽られる花々を目で追っていると、突然、かき消えそうな小さな声でアヤコが歌を口ずさみだした。
聞いたことのないハーモニー。この国のものだろうか。それともたった二年の生活を送っただけの嫁ぎ先の葬送の歌か。
だれの耳にもアヤコの心地いい低音が小さく振るえ、彼女も大切なひとを何度も亡くしている事実を知る。そうやって、小さな声で
鎮魂歌を口ずさみながら哀しみを乗り越えてきたであろうひとの手を、ルカワはしっかりと握った。
その様子にはだれもの目が止まった。
ポツポツと片時雨が一行を濡らす。
きっと。
泣けないルカワの代わりに空とアヤコが泣いてくれたのだ。
「これじゃどっちがどっちの従騎士か分かんねーな」
葬儀の翌日、王騎士のサロンに顔を出したセンドウに、そう言って哂ったのはミツイだ。王騎士長のお側に仕える
従騎士であるルカワの姿はもちろんない。朝の支度から食事まで、全部ひとりでこなしてきた。自室にこもりっきりなん
ですと、センドウも屈託がない。
「きょう一日、おまえの世話はだれがするんだ?」
「オレ、ひとり身が長かったですから、全然平気ですけどね」
「全然とか言うな。情けねー。ルカワ、叩き起こして来いっ」
「きのうのきょうなんだから、無理ないよ。ほら、三親等以内のご不幸は七日間の忌引き、って言うし」
「いつそんなシステムが出来たんだよっ」
コグレのおトボケにミツイは口を尖らせたけれど、総ての感情を父王のもがりに置き忘れてしまった様相のルカワに
対して、なんとか取り繕うとしている男をからかわないでおくには、余りにも痛々し過ぎると、ふたりともが思ったのかも
しれない。
「なんかひと回りもふた回りも小さくなっちまったみたいでね」
「そうか? ふてぶてしいのは変わらねーと思うけどな。おまえらが気ぃ使い過ぎんだよ。王にしてもおまえにしても、
それこそ腫れもんに触るみたいによ」
「そうは言いますけど……」
「実際、腫れ物だしね」
「そんなもん、アノ王子さまが望んでるわけねーだろ」
「大丈夫だよ。センドウだって分かってる。あ、そうそう。王がお呼びなんだ。折り入って話があるんだって。お急ぎ
みたいだったから、早く行った方がいいよ」
コグレにそう言われ、あぁ、なんかこのタイミングでの呼び出しって、絶対に抜き差しならない状況に陥るんだよな、と
センドウは頭をかきながら王の居館へと向った。
一日たってソールズベリの宮廷は通常に機能している。活気に溢れ笑いに満ち、それぞれが慌しくたち働いて
いた。時は立ち止まることを許さないし、いつまでも感傷を抱えているわけにはいかないのだ。
様式美を可能な限り削ぎ落とした王の執務室には、珍しくこの部屋の主人がひとりきりだった。いつも影のように
つき従う美貌の男の姿がない。その代わりと言ってはなんだけど、机の上に山と積まれた書類が雪崩落ちながらも、器用に
均衡を保っていた。
きっと予定期限を大幅に過ぎた決済書類なんだろう。これがある限り、王はこの部屋から一歩も出られない。立派な楔で
あり、置き土産だ。ご両人とも、ほんとによく分かってらっしゃる。
「お呼びと聞きましたが」
「ああ。よく来てくれた。だれかの相手でもせんことには、休憩も取らせてもらえないからな」
机の前の王は目だけを上げて苦笑した。すかさず隣室に控えている小姓がお茶のセットを携えて入室してきた。
根っからの武人である王は当然、この執務室にお篭りが苦手だ。なのに図ったようと言うか有無を言わせないと言うか。
こうも素早くては気晴らしに出掛けることも出来やしない。
黒衣のドルイド僧の姿はないのに、やけに躾けのよいことだ。
「フジマさん、どこかに潜んでらっしゃるんですか?」
だからそんな問いが出た。
「いや、アレはアレで忙しい。そうじゃなくて、時間を計ってやがるんだ。この量ならば、集中すれば夕餉までには済み
ましょうとか、ぬかしやがった。おまえ、フジマの『お分かりですね』くらい、怖ろしい科白はないぞ」
きょう中に決済できなければどうなるか、お分かりですね。執務室を抜け出したりしたら、どうなるか、お分かり
ですね。さらに、わたしの政務を滞らせてしまうと、どうなるか、お分かりですね、なのだろう。
「信用されてますねぇ」
「本気で思ってるのか?」
「言葉のアヤです」
王を缶詰にするほど、のっぴきならない状況ながらも、小姓はハーブティーを応接テーブルの上に用意してくれた。茶を
喫する間くらい執務机から離れてもよい許可が下りているのだろう。
マキ王は凝り固まった鬱積を揉み解す仕草を取ってソファに腰掛けた。
「ところで、葬儀のときに王妃のお姿をお見かけしませんでしたが、公式見解ではいかがされてるんですか?」
「心労のため、葬儀の一切を弟君にお任せして、いまは臥せっておる」
「なるほど」
王は茶をひと口含むと、ソファに仰け反って目を閉じた。心労は王の方にも忍び寄っていた。折り入っての話など、
ルカワ絡みに決まっている。だから水を向けたのに、王の話はなかなか核心に進まなかった。
「カエデと試合ったらしいな」
「え、ええ。あの日ね。一度お手合わせしたいと思ってましたから」
「おまえの目から見て、どうだ?」
「まだカタチに囚われてるように見える、かな?」
そう言ってセンドウは目を閉じた。一直線につき進んでくるルカワの剣筋を好ましいと思っても、怖ろしいとは
感じなかった。殺気は相当のものだ。素直なばかりでもない。こちらの虚をつく動きにも目を見張った。だが試合にくい
相手というよりも、もっと剣を合わせていたい遣い手と映ったのだ。
楽しい、とは、いつ命のやり取りをするかもしれない騎士相手に、思う感情ではない。
実戦経験があまりにも少ないからだろうか。戦場にはテクニックとスピードだけでは到達出来ない領域がある。
それをいまのルカワに求めるのは酷な話なのだけれど。
「そうだな。昔から有象無象のしがらみを背負って、それを斬り捨てようと必死だった。アレにとって、象あるなにかを
得ようと足掻く力は必要だ。生き方に象がなかった。いまそのなにかを掴もうとしている。その足掻きが剣筋に出ている。
なにかを掴んでそれに固執してまた足掻いて。そこから脱したとき、カエデの剣はホンモノになる」
おまえのようにな、と王は笑った。
ふたりの視線が絡み合う。センドウの剣筋は、しがらみから足掻いて脱した結果
だと王は言う。なぜだと、その思惟を、つい探ってしまう己がいた。
もしセンドウがこの国の出身だったなら、王騎士長の役目は間違いなくアカギのものだったろう。そうならなかった
背景には、もちろん剣術に対する多分の信頼と、ほんの少しの遠慮と、そして彼をこの地につなぎ止めておくための楔が
存在した。
王自身分かっていて、センドウも知っていてなお、いまそう言い放つ、この瀬戸際。まだ見ぬ敵が背後から迫り来る予感に、
センドウの肌がジリジリと焦げた。
ルカワの話だけではなかったのだ。
ついに動き出したか。
センドウをこの地に深くとどめておきたい状況が。
こごっていた澱を払拭するかのように王は重い嘆息を吐いた。
「話というのは他でもない。ルカワ王亡きあと、その王位はカエデが継がなければならないのだが、どうも渋っていてな」
「なぜ渋るんです?」
「理由をはっきりとは聞いていない。通達に出向いたフジマには、ただイヤだと駄々を捏ねたらしい」
「駄々って? なに、反抗期?」
「かもしれんな」
だからおまえが理由を聞いてこい、と凡そ、王騎士長に下すとも思えない命令を口にした。
「なんであなたが行かないんです?」
「この状況を見て、それを言うか?」
「ダレかさんの尻に敷かれてますねぇ」
「喧しい。さっさと行って、承諾を取り付けて来い」
「ひとつお聞きしますが、ルカワはオレの従騎士ですよね。オレがルカワの、じゃないですよね」
「虚しいと思うなら、早々に手なずけることだな」
「ご自分が不可能だったことをオレに押し付けないで欲しいよな」
「ああ、そうですか、と、大した説得も試みないで引き上げたのはオレじゃない。フジマだ」
「だれもルカワのこと言ってませんよ」
センドウのからかいに、フンと鼻であしらったあと王は、
「潮時だ」
と、表情を引き締めた。そろそろハラを括れよ、とはセンドウの来し方と行く末だ。言ったあと、窓から覗く蒼穹に、
眩しそうに目を細めた王の顔からはなにも伺えなかった。
continue
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