残り香〜2









 翌日、どこか気だるさの残る躰を引きずるように、四乃森蒼紫がエールフランスで成田からロワシー(シャルルドゴール) へ到着したのは、もう夕陽も傾いたころだった。
 国際線の空港として以前はオルリーも使われていたが、現在はここだけになっている。年間利用客数は約4200万人。 イギリスやドイツの同じ国際線専用空港に少しひけを取っているとはいえ、間違いなく欧州有数の玄関口なのに、 この国の入国審査は相変わらずおざなりだ。いつだったか係員が蒼紫の入国カードを受け取るのを忘れたことさえあった。
 きょうもやる気のなさそうな係官は視線を上下しただけの動きで入国を許可した。
 必要最小限のものだけを詰めたワンショルダーのバックパックを肩にかけた蒼紫が旅客ターミナルへ出ると 、何度往復したか分からない道程なのに――尤もいつもマネージャーの武田観柳が一緒だったが――待合の椅子から 見慣れた人物が立ち上がった。
 プレタポルテとオートクチュールの両方を提供するブランド、総帥なき『アルコーン(闇天使)』の副社長。いま 現在にしての最高責任者だ。
 『アルコーンオム』の細身のスーツを着こなし、ゆったりとしたブロンドを揺らして駆けてくるその人物は、 恥かしいくらいの嬌声を上げ、大げさな仕草で両手を広げて蒼紫に抱きついてきた。
「久し振りね、アオシっ。ひとりでたどり着けるかと気に病んでいたのよ」
「曾我の社葬で会っただろう。久し振りってほどでもない。それに子供扱いは止めてくれ、シュザンヌ。なにも忙しい あんたが来る必要なんかなかったんだ」
 ショウモデル顔負けの長身にスタイリッシュな美貌。年齢不詳に拍車をかけているのは、彼女が手堅く積み重ねて きた実績だ。
 シュザンヌ・ブリューノは、しつこいくらいに何度も蒼紫の両頬に挨拶以上のキスを送ると、少し淋しそうな笑みを 浮かべながら、もっとよく顔を見せて頂戴と、その言葉を唇の上に乗せて蒼紫に押しつけた。
 この国の人たちは押しなべて愛情表現が熱烈だが、舌さえも絡み合おうばかりになって、蒼紫は彼女の躰を押し離す。 あら、残念。もうちょっとだったのに、とは武田観柳がマネージャーとして健在だったころよりの、彼女なり牽制方法で ありスタンスだった。
「十分に至近距離だと思うが」
「なに言ってるのよ。ここはね、『ひとを見たらスリだと思え』のパリなのよ。あなたから目を離せるわけがないじゃない。 ボヤってしてる間にバックを取られ兼ねないんだから。尤もパスポート失くして、ずっとこっちにいられるっていうなら 願ったりだけど」
「ここに来てスリに会った経験はない」
 日本でだって一度もないと眉をひそめると、そんな憮然とした表情すら愛おしいとばかりにシュザンヌはカラカラと 笑った。
「そりゃ、あれだけカンリュウが引っつきまくってたらね。スリどころか、どんな種類の虫も退散よ」
 シュザンヌは仕方ないとばかりに蒼紫から離れると、彼女とは別種の『アルコーンオム』のスーツをTシャツだけで着こなし た細身の姿をうっとりと眺めた。
 黒地に二藍のピンストライプ。
 生前からことあるごとに四乃森蒼紫を念頭に置いたデザインを手がけようとした『アルコーン』の、創設者兼チーフ デザイナーの初期の作品だが、ステージ上でスポットライトを浴びた際に溶け込むこのような寒色の統一ではなく、 どこかに一点、光り物を配色したいと考えていたシュザンヌだ。
 これでは余りにもイメージを固定し過ぎる。様々な色彩や肌色に溢れた空港のような場所でも、ポッカリと浮かんだ モノクロ写真のように、蒼紫の容貌と合わせてひと目を惹くには違いないのだけれど、打破してしまいたいと思わせる ものが彼にはある。
 その凝り固まった偶像視を曾我の束縛と共に塗り替えたい。新生『アルコーン』と共に。まだまだ可能性を秘めている と信じているシュザンヌだったが、彼自身は曾我の過去の作品に袖をとおしてこの場にやってきた。彼女と別の意味での 哀悼だとしたら、この冷徹魔人も可愛いところがあるというものだ。
 曾我も救われるだろう。
「あなたの後任マネージャーはまだ決まっていないって聞いたから、フランス滞在中はわたしがそれを勤めます。 少しでも気心が知れている方がいいでしょ」
「気遣い、感謝する」
「当然の処置よ。それにしてもアオシ。あなた、ちゃんと食べてるの? 痩せたんじゃない。夏はほんとに大変なんだから、 ちょっとは気を使いなさいよ」
「倒れるような無様な真似はしない」
「それはないでしょ。あなたのプロ根性は見上げたものだったから。でもね、アオシ。ひと夏、点滴を打ちながら仕事を 続けるなんて正気の沙汰じゃなかったわ。カンリュウは健康管理にどこか甘かったのかしらね。わたしはその点みっちり といかせてもらうから、いまから覚悟してらっしゃい」
 母親のような口調で言うシュザンヌはスルっと蒼紫に腕を絡め歩を進めた。そして出口ではなく、ロビーの自分が 腰掛けていた待合へ蒼紫を誘う。ふたりが近づくと、シートに深く腰掛け組んでいた長い足を解いて立ち上がった人物を 蒼紫は知っていた。
「ようこそ、フランスへ。また会えて嬉しいよ、アオシ。君が我々の要望以上の仕事をしてくれると信じている」
 長身の蒼紫よりもまだ上背があり、堂々とした体躯の男は、両手を広げ蒼紫を包み込むような抱擁する。
 仕事を同じにしたことはなかったが、何度かショウのレセプションや撮影で会ったことがある。確かそのときは真昼間から 堂々と、コニャックだかアルマニャックだかの匂いをプンプンさせていた素行の宜しくなかった男だ。それがいまでは 軽く当てられたフレグランスの香りだけ。
 ダラリと放り投げられた蒼紫の腕が彼の背に回ることはなかったけれど、仕事に対する熱意がそうさせたのなら、 なにも忌避するいわれはない。
「レイモン・バルバス。何度か会ってるわね。『ジャン・パトゥ』のメゾンを支えていたひとですもの。けれど きょうからわが社のデザインを手がけてもらうことになったわ。ソガの未完のスケッチから遺作を完成させてくれた のも彼よ。いままでとは多少ラインや配色に変化が見られるとは思うけれど、力強い『アルコーン』が誕生するんじゃ ないかと、いまからわたしも楽しみなの」
 シュザンヌ・ブリューノは得意そうに顎を上げ、レイモン・バルバスは優雅に蒼紫の肩を抱き、蒼紫はその手から 逃れるためにバックパックで防御した。



 ターミナルビルを出てシュザンヌの愛車、シルバーメタリックのルノーに収まった三人は、A1高速道路で一路パリ 市街へ向った。時間にして三十分ほどだ。座るなり後部座席で目を閉じた蒼紫を退屈させまいという心遣いより、 観柳と離れてからの蒼紫の日常を心配しているシュザンヌは彼を質問攻めに合わせた。
 蒼紫自身になんの落ち度がなかったとはいえ、愛人と称されたデザイナーが殺され、それ絡みでマネージャーが 麻薬取締法違反で逮捕されたとあっては大変なスキャンダルだ。当然蒼紫にも疑惑の目が向けられ、ジャーナリズムの名を 借りた精神的暴力に晒されたのではないだろうか。そう眉を寄せると、
「それほどでもなかった」
 と、蒼紫はニベもない。
「モデルの仕事だけをしていたのがかえってよかったのかもしれない」
 テレビや映画などの露出度が低ければ、コレクションや雑誌だけのモデルなんて、血眼になって糾弾するほど著名でも なかったのだ。
「信じられない。日本でのあなたの評価がそんなものだったなんてっ」
 シュザンヌは痛し痒しといった表情を隠そうともしない。受けた痛手が浅いもので済んで喜ばしいには違いない のだけれど、なにか釈然としないのだろう。それまで黙って助手席で腕を組んでいたバルバスが、シュザンヌの 憤りを遮るように静かに口を開いた。
「君も分かっているだろうが、欧州でのアオシの知名度は絶大だ。ソガ亡きいま、『アルコーン』は君と専属契約を 結びたいと願っている。今回の依頼はその説得もあったんだ。日本はなにかと気ぜわしいだろう。それに君の気質 に合っているとも思えない。いっそのことこちらに居住権を移してはどうだろうか」
 そこまで考えているとバルバスは言い切った。
 気質に合っているとは思えない、か。
 確かにそうだ。
 閉塞的でいて個人主義の意味を履き違えた国民性。下世話な好奇心と義務とを混同し切った マスコミ陣。マイノリティーを受け入れる土壌も性癖を理解する気もないくせに、動機探索の理由を盾に個人の プライバシーを踏み荒らした評論家たち。事件と曾我が築いた功績とは別けて考えるべきだなんて、聞いているこちら が失笑するくらいのおためごかしだ。散々真実と捏造と想像を織り込み、大衆とやらの興味をかき立てておいて、 いまさらその訳知り顔はないだろう。
 先ほどそれほどでもないと言い切ったが、心穏やかな日々を送っていたわけでもない。雑音の気にならない蒼紫をして、 固定電話とインターフォンの電源を抜いたくらいだから。
 ――だけど。
「この業界でこれ以上仕事をするつもりはない」
 そう言い切ったものの、ではなにで生計をたててゆくつもりなのかと問われても答えられない。そんな心の揺れを 感じ取っているのだろう、バルバスは前を向いたままで静かに宣言した。
「そうか。だが、一度や二度で口説き落とせるとは考えていないさ。我々の熱意もくみ取ってもらいたいがね」
「ごめんね、アオシ。無理強いはするつもりはないわ。なんたって、いま、ウチのブランドは死に瀕しているんです もの。わたしたちに関わるということは、あなたも共倒れになってしまうかもしれない。けれど、このまま 終わらせたくない。幸いにもレイモンは理解してくれたわ。そして、生まれ変わる『アルコーン』 には是非ともあなたの力が必要なの。ソガの追悼とレイモンのお披露目の企画で呼びつけて、こんなだまし討ちのような ことをするつもりはなかったんだけど、考え直してもらえないかしら」
 蒼紫は黙したままだ。失墜したイメージの回復を図ろうとしたら、その渦中にいた蒼紫を担ぎ出すなんて得策とは 言えない。そこはシビアなフランス人。彼女にだって分かっているはずなのに、互いが被害者だという温情からだろうか、 『アルコーン』復活のキーパーソンに蒼紫を据えている。
 この慈悲ともとれる好意を放り投げてしまって道理がとおるのだろうか。
 そう考えて、不意に墜落するような気分に襲われた蒼紫は身じろいだ。
 好意ってなんだ。だれがだれに対して筋道をとおさなければならない。それは惜しみない愛情を注いでくれる シュザンヌに対して。それを後押ししようとするバルバスに対して。
 与えられた情理を、そんなふうに考えたことがなかったから。いままで。
 手に余る溢れそうな感情と共に蒼紫は深く息を吐き出した。それを察してシュザンヌは申し訳なさそうな声を出す。
「ごめんついでにもうひとつ。今夜ね、あなたの嫌いな、プロモーションを兼ねたレセプションが『リッツ』で 開かれるの。ガードで固めるから出席してちょうだい」
 バックミラー越しに彼女のヘイゼルの瞳が揺れ、彼を理解してくれる数少ない友人の頼みとあっては、 そちらの依頼は断れそうになかった。



 警視庁捜査一課、第三強行犯係室に事件を知らせる放送が響き渡った。仮眠室のソファで長々と横になっていた 斉藤はその音声に反応してノソリと上体を起こす。腕時計で確かめると午後八時。三時間ほど爆睡しただけだ。
 必要最小限の身づくろいを済ませ上着を片手に第三強行犯係室へ戻ると、「遅い」と声を荒げたのは、三係長の 比古清十郎ではなく、階級下の高荷恵。『斉藤一で遊ぶ会』の主宰だと豪語する女だ。無視して彼は席についた。
 斉藤が着座したのを確かめると比古は、第一報を片手に報告を読み上げた。
「マル害は新宿にあるスナック『らら』のママ、高瀬順子。三十五才。死亡推定時刻、昨夜の五時から六時の間。 凶器はマル害の背中に突き刺さっていた刃渡り二十センチほどのステンレス製の包丁。第一発見者は『らら』の 常連客だ。その男が七時過ぎに店に現われて、店の奥で血を流して倒れている彼女を発見した」
 比古は報告書を叩きつけるように机の上に放り投げると、ドサっと椅子の背もたれに体重を預けた。大して重厚でもない 回転椅子がたちまち軋みを上げた。
「本来ならジュク署管轄の事件なんだが、その三日前に渋谷のスナック『むーんらいと』のママが殺されている。開店間 もない時間帯。そして背後から包丁で一突きという点も類似しているという見解から、きょう、合同捜査に格上げされた ところだ」
「どちらのスナックも開店当時はママひとりしかいなかったんですか?」
 高荷恵が報告書を指で弾いて顔を上げると、比古は腕組みをして鷹揚に頷いた。彼自慢の肩の筋肉の盛り上がりは、 きょうも健在のようだ。
「カウンター席しかないようなちいせぇ店だ。どっちも時間帯によっちゃ、アルバイトの女の子を雇っているが、あいにく なのか幸いなのか、ひとりだった。付き出しの仕込みなんかもマル害がひとりで行ってるそうだ」
「争ったような形跡は?」
「ない。ついでに物色された跡もだ。彼女が倒れる際にカウンターに置いてあった電話やメモ、トレイなんかが 落っこちた程度だとよ。逃げるマル害を狭い室内で追いかけっこという修羅場ではなかったようだぜ」
「静か〜に近寄って静か〜に殺したんやろか? ほんなら、物音とか悲鳴とか、隣近所はなにも聞いてへんて?」
「まぁ、どの店も多少は防音設備が効いてるからな」
「マル害はふたりともホシ対して背を向けたということだな。逃げるのではなく自然と」
 まだ眠気の去っていない意識を引き戻しながら斉藤が言う。現場を見ていないからなんとも言えないが、殺意に気づいて 逃げる以外に、接客のプロが店に来た客に背を向ける瞬間があるだろうか。
「確かに、室内がキレイなだけに、疑問が残る点だ。とにかくいまは足を動かすしかねぇ。『むーんらいと』の常連客の コミなんかは所轄の刑事がかぎ回ったあとだろうが、もう一度徹底的に洗いなおす必要がある。『らら』との間に つながりがあるのか、ねぇのか。かぶってんのは常連客だけとも限んねぇだろ」
 合同捜査本部会議はあすの朝いちから。その前にちょっとでもネタを仕入れてきやがれ、と足蹴にする勢いで 比古は部下たちを夜の街に追い立てた。



 ちょうど時間帯も時間帯。斉藤と安慈のふたりは、第一の殺人があった渋谷のスナック『むーんらいと』が入居 しているビルの前に立っていた。エレベーター前の案内板をみるだけで二十ほどの店舗がひしめき合っている。
 『むーんらいと』はこのビルの二階。階段を使って上がり、ふたりはその左右のうち、読み取れないアルファベット のプレートを上げている店の重厚な扉を開いた。
 前が見えないほどの煙草の煙をかき分けて入った先、一枚扉の入り口にしては店内は意外と広さがあった。後ろに 続いた安慈は、あからさまに手で煙をかき分けているが、耳に馴染むスタンダードナンバーと共に、落ち着いた内装と 目に優しい照明の彩度。もの静かに語り合う客層がなかなか好ましい。
 ふたりはテーブル席を避けてカウンター席に座ると、「ご注文は?」の声がかかる前に警察手帳を差し出した。カウンター の中にいた青年はひとつ頷くと足早にテーブル席に回りこみ、客たちと談笑している男に小さく耳打ちをする。おそらく あの男がこの店の責任者なのだろう。その男は客たちに丁寧に礼を送るとカウンターにいた青年と入れ替わるように 斉藤たちの前に立った。
 年のころは三十過ぎくらいか。精悍さと男臭さと子供っぽさを合わせたなかなかの好男子だ。
「店長の柳井と申します。以前に見えられた刑事さんとは違うんですね」
「ええ。たぶんそのときは所轄の刑事がお話に伺ったと思いますね。わたしたちは本庁からの応援で、お忙しいのに 何度も同じ話で申し訳ない。それと、すみません。このお店はなんとお読みすれば?」
「ああ。『アジール』と読みます。聖域って意味のドイツ語で。それも犯罪人や奴隷、債務者たちを守るための聖域 なんですよ」
「ほう」
「まぁそんなことはどうでもいいか。いや、忙しいと言ってもこんな感じですよ。わたしたちも、 隣であんな事件があったのを知らずに笑ってたんですからね。他人事じゃないし、正直いって怖ろしくもある。 一刻も早く犯人を捕まえてもらいたいですから」
 一杯ひっかけながらいかがです、とのあり難い申し出をウーロン茶だけでやり過ごし、斉藤は『むーんらいと』のママ、 河上由美についての人となりから尋ねた。
「所轄の刑事さんにも話したんだけど、河上さん、気さくな方でした。こんな小さな店舗ばっか入ったビルですから、 入れ替わりが激しいんだけど、僕がここに店を出した三年前から顔みたいな存在でした」
「『むーんらいと』はここで六年商売をされてます」
「そうですか。長いですよね。気さくって言ったのは、付き出しのおかずみたいなのを分けてくださったり。ま、ウチと あちらの客筋が違うから、河上さんのひじきの煮たのは僕たちの賄いだったんですけど、お若いのにちゃんとお袋の味 してたから、やっぱ嬉しかったんですよ。普段ロクなもん食ってねーから」
「やはり客筋が違いますか? こちらのお客で『むーんらいと』に出入りされていた方をご存知ないですかね?」
「うーん、どうかな。ウチはこのとおり女の子を置いてないし、愛する音楽をただ語ってもらってる感じですからね」
 おーい、ケンちゃん、と柳井は最初斉藤たちの相手をした若い男の名を呼んだ。「おまえ、お隣のお客さんって 知ってる?」「知らないっすよ」「向井さんたちは行ったことないすか?」「ないな」「だれか知りませんかね」
 ひととおり柳井は客にも尋ねてくれたが結果は芳しくなかった。
「すみません。お役に立てないで」
「いえ。それと、ひとつお聞きしたいんですが、例えば柳井さんが店内にいて、客に背中を見せたりすることはあり ますか?」
「背中ぁ? 失礼に当たるからな」
 キャッシャーやレジにしてもそんな位置には置かないだろうと柳井は言った。
「分かりました。なにか気がついたことがあれば、どんな些細なことでも結構ですから、ご一報ください」
 鷹揚に頷いてから柳井は小さく笑って付け加えた。
「宜しければ、刑事さん。今度お見えになるときは、仕事抜きでおいでください。お好きな選曲でお出迎えしますよ」
 無粋な刑事でもこの店の持つ雰囲気を気に入ったと見抜かれていたらしい。
「ええ。是非とも」
 斉藤は名残惜しそうに安慈を促して『アジール』を出た。



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